2010-10-21

〔コラム 夢の一枝〕 フラクタルとしての個人 または自由なる学び

 「フラクタルの父」、ブノア・マンデルブロートさんがお亡くなりになった。

 フランス系アメリカ人のユダヤ人数学者、85歳だった。
  時事通信 ⇒ http://www.jiji.com/jc/zc?k=201010/2010101700011

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 マンデルブロートさんが提唱した「フラクタル」とは何か?――

 それは、ひとことで言って、「自己相似性(Self-similarity)」の原理である。

 同じパターン、同じ式の単純な「繰り返し」の中から、複雑なパターンがさまざまに生成されるが、元に戻せば、そこにあるのは、同じパターン、同じ式……!

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 僕にはもちろん、あいまいな理解(無理解)があるだけで、「フラクタルとは何か」、正直言って、正しく定義する自信はないが、そこに何か、深い真理が潜んでいることは、直感できるような気がする。

 マンデルブロートさんの訃報(死亡記事 ⇒ http://www.independent.co.uk/news/science/father-of-fractals-dies-at-85-2109421.html )を読み、マンデルブロートさんが遺した――

 (ことし2月、カリフォルニア・ロングビーチでの収録 ⇒ http://www.ted.com/talks/benoit_mandelbrot_fractals_the_art_of_roughness.html

 ――最後の講義ビデオを視聴して心に留まり続けるものは、ある人間の学びとは(その人の人生とは)、その人間の個人としての「フラクタクル」としての発展、それ以外の何物でもないのだな……という事実に由来する感動である。

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 そう僕が思うのは無論、マンデルブロートさんの数学理論をトレースしたからではない。

 知識の理解ではなく、僕の体験として了解でしかない。

 61歳になった今、自分の人生を振り返って、その原初にあるものを見ようとする時、今現在に通じる、あるパターンなり、考え方、傾向、ズレのようなものが、その後の人生の基本にあったことに気付き、その事実を(苦笑をもって)認めざるを得ない。
 それ、すなわち、「自己相似性」の再確認!

 三つ子の魂は、少年、青年、中年、老年を通じて、それがどんなに激しく転変しようとも、自己相似性についてはまったく不変である……これは、誰しも自分自身の経験から頷くことができることではないか。

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 自分というシンプルなパターンの繰り返し――その中から、複雑な自分というものが生れるのだ。

 ピカソを見るがよい! あの劇的な変わりようは、ピカソという「自己相似性」があったればこそ、現象し得たものではなかったか!

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 マンデルブロートさんのことし2月の最後の講演のタイトルは、「フラクタル――ラフであることの芸術(Fractals and the art of roughness)」だった。

 講義の冒頭、マンデルブロートさんは、こう言った。

 Roughness is part of human life forever and forever.

 「ラフなもの(パターン)こそ、人生である。永遠に、永遠に」

 自分の中のラフなもの――いまだ規則化されていないもの――を、自分というアンデンティティーの原基として、それを永遠に繰り返して行く。

 そこに、その人間の、学びを通じた自己実現があるはずだし、あるべきではないか?!

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 この世に生れた、〈私〉というフラクタル――自己相似形をどう維持し、発展させるか?

 そこにたぶん、今日の教育の課題が(希望が)あるのではないか、と僕は思うのだ。

 「子どもというフラクタル」を――それ自体においてナチュラルでシンプルなものを――早々と抑圧し、解体してはならない。

 その子の「かたち」を破砕してはならない――と僕は思うのだ。

 子どもたちに、学びの反復による、自己創造を赦す教育が――学校が、生れなければならない。

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 マンデルブロート氏は、ビデオ講義の最後を、まるで遺言のように、以下のような言葉で締めくくっていた。

 Bottomless wonders spring from simple rules, which are repeated without end.

  底知れない驚きはシンプルなルールから生れるものです。終わりのない繰り返しの中から。

 自分というものを生涯にわたって繰り返して行く。

 それを子ども期において早くも破壊している現状は、許されるべきことではない。

Posted by 大沼安史 at 10:29 午後 コラム・夢の一枝 | | トラックバック (1)

2010-10-15

〔コラム 夢の一枝〕 「世直し」は、高校生から

 フランスで、高校(リセ)の若者たちが、サルコジ政権との闘いに決起している。

 ネオリベ・サルコジ政権が進めようとしている「年金改悪」案に、フランスの高校生たちが、真っ向から立ち向っている。

 「年金」とは無縁な(?)10代の若者たちが、「年金」問題で闘う、自分たちの親の世代を支援している……。

 これはすごいことだ。

 パリからの報道によると、校門封鎖などが実施された高校(リセ)は、全国4300校余りの高校(リセ)のうち約700校に達したそうだ。⇒ http://www.47news.jp/CN/201010/CN2010101501000168.html

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 仏文科省のまとめでも、全仏260の高校(リセ)で抗議行動は起きたという。

 ⇒ http://www.lemonde.fr/societe/article/2010/10/15/les-blocages-et-les-rassemblements-de-lyceens-se-poursuivent_1426505_3224.html#ens_id=1426310

 パリ郊外、モントルイユでは、高校生が、警官隊の「フラッシュ・ボール」ゴム弾の直撃を受けた。
 目に、直撃を受けた。失明しないか、心配だ。

 デモに立ち上がった高校生に対して、「フラッシュ・ボール」の「狙い撃ち」を命じたサルコジ政権!

 もうこうなると、あとはない。

 (フラッシュ・ボール ⇒ http://en.wikipedia.org/wiki/Flash-ball

 モントレイユの女性市長は、警察の武力行使を非難したそうだ。
 ⇒ http://www.liberation.fr/societe/01012296426-greve-du-mieux-a-la-sncf-10-raffineries-sur-12-affectees 
 

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  フランスの労組は19日にゼネストを行う。そう、投票で決めたそうだ。
 なぜ、19日かと言うと、その日、フランス国民議会の上院が、年金支給を60歳かた62歳へ「引き上げる」サルコジの改悪案に対し、投票を行うからだ。
 ⇒ http://www.bloomberg.com/news/2010-10-14/french-unions-to-strike-on-eve-of-senate-vote-on-sarkozy-pension-overhaul.html

 製油所の労組のストで、ガソリン不足が生じ、サルコジの足場が揺らいでいる。

 ロマ族(ジプシー)国外追放で排外主義をあおり、年金問題では「君たちの負担増につながるよ」と若者を脅かしてみせるなど、フランス民衆を欺き続けて来たサルコジ政権だが、ここにきて、思いがけない「高校生の反乱」が噴出し、いよいよ、追い詰められたかたちだ!

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 そこで、日本の高校の教師のみなさんに、本ブログとして、緊急アピール!

 フランスの高校生たちの闘いを授業、及び、ホームルームの討論の中で、ぜひとも紹介していただけませんか!

 「援助交際」でカラダを売ったり、パンツを売ったり、同級生の「イジメ」に励んだり、「難関大学」突破を目指して、「偏差値上げ」に汲々とすることだけが、高校生のすることではないと、今、この時点で続いている、フランスの高校生たちの「決起」の姿を紹介しながら、日本の高校生諸君に、伝えてあげてはいただけませんか?

Posted by 大沼安史 at 08:23 午後 コラム・夢の一枝 | | トラックバック (0)

2009-12-13

〔コラム 夢の一枝〕 「北のミカド・東武天皇」はなぜ“消された”か?――もうひとつの「歴史教科書」問題

 幕末、「御一新」のあの時代に、天皇が「2人」いたということを――明治天皇とは別に「東武天皇」というお方がおられたことを――そして、そのことが当時のニューヨーク・タイムズで報道されていたことを、どれだけの方がご存知だろう?

 少なくとも、戦後に生まれ、「新しい戦後歴史教育」を受けて育った僕(現在60歳)は、45歳になるまで知らなかった。聞いたこともなかった。

 「東武天皇」が、奥羽列藩同盟(幕末の北日本政府)によって「擁立」されていたことを、その中心である仙台で生まれ育っていながら、僕は何ひとつ知らずに、「昭和」を生きていたわけだ。

 新聞社の論説委員を辞め、仙台に帰郷し、一人の郷土史家に会うまでは。

 仙台郷土史研究会の副会長をされていた、逸見英夫氏とお会いしたのは、たしか1997年の夏だった。
 逸見氏のまるで図書館のような事務所で、私は「東武天皇」のことを初めて知り、驚いたのだった。

 僕は長いこと新聞記者をしていたから、特に面白い話は疑ってかかる癖がついており、ここでも逸見氏に、証拠はあるんですか、と迫った。

 その時、逸見氏が僕に示したもの――それがマイクロフィルムから起した、1968年(明治元年)10月18日付のニューヨーク・タイムズ。
 JAPAN:Northern Choice of a New Mikado(北部日本、新しいミカドを選ぶ)という記事だった。。

 僕はせっかく仙台に帰郷したのに(逸見氏とも知り合ったのに)、その後、誘いがあって上京、教員生活を続けた後、今春、再び仙台に舞い戻ったのだが、つい先日、奥羽列藩同盟の立役者である玉虫左太夫の事績を調べているうち、仙台市教育委員会が制作し郷土史の視聴覚資料をチェックしていて驚いた――というより、ある事実に気づかされた。

 戊辰戦争を扱ったその視聴覚教材は、これが「錦の御旗」だと言って、大きな菊の御紋が入った、いかにも堂々とした薄緑色の旗(らしきもの)を画面で紹介し、「官軍」の正統性を強調していたのである。とりあえず、間に合わせでつかった「西陣織」ではなく、いかにも、それらしい四角い緑の布に、天皇家の御紋を付けて、これがそうだと画面に登場させていたのだ。

 もちろん、「東武天皇」のことも「延寿」という元号のことも、一切合財、何も触れていない郷土の歴史学習の教材だった。幕末・北日本政権の拠点だった仙台市の――仙台の子どもたちが学ぶ、これが歴史の真実を伝える教材だった!

 僕はこの教材を見て、遅まきながら、自分の「無知」の原因に気づかされたのだ。「賊軍」としての仙台藩、奥羽列藩同盟――。明治以降、昭和になってからも、「聖戦」が終わってからも、この「朝敵史観」は、学校教育を通じ、仙台においても、子どもたちの中に「史実」として一貫して吹き込まれていたことに。

 だから僕もまた、「東武天皇」のトの字も知らずにいたのだ。「明治天皇」の「官軍」に盾突いた「逆賊」の末裔だという「思い込み」に囚われていたのである。

 僕は、この「東武天皇」が日本の近現代史から“消された”問題は、しっかり検証されねばならない大問題だと思う。
 この国の「歴史教育」の問題とは、「神国・日本」によるアジア侵略、「沖縄」だけではないのである。

 「靖国神社」は、戊辰戦争の「賊軍」戦死者を「排除」している。つまり、「靖国」とは「官軍」(そしてその後継である皇軍)の神社であるのだ。

 米国は「南北戦争」の後、南北和解を果たしたが、日本では幕末Civil War=戊辰戦争後、「勝てば官軍」の独裁・強権政治を続行、その勢いで遂にはアジアを侵略し、「敗戦」に至ったのではないか?

 そのいわば原点にあった、「錦の御旗」の「官軍」の神話づくりのための、史実の抹消……。
 「国史」の都合上、完全に抹消されてしまった「東武天皇」!

 前述のニューヨーク・タイムズの記事の書き出しはこうである。(逸見英夫氏訳)

 「日本の政治でもっとも重要なニュースは、新しいミカドの擁立である。これは日本の北部における内乱、あるいは将軍家の内紛によってもたらされた。新しいミカドは大兄宮(おおえのみや)といい、高僧のひとりである。この動きによって、いまや日本にはふたりのミカドが存在する事態になった。従来のミカドは依然として南部で権力を保持している」

 長州(山口)の教育委員会はともかく、仙台市(及び宮城県)の教育委員会はこの問題を本格的に検証し、史実として確定できたら歴史教育の教材として使い、文科省に対しは歴史教科書の書き換え(あるいはせめて「説」としての付記)を要求すべきである。 

         ☆
  
 「東武天皇」即位説 Wiki ⇒ http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8C%97%E7%99%BD%E5%B7%9D%E5%AE%AE%E8%83%BD%E4%B9%85%E8%A6%AA%E7%8E%8B#.E3.80.8C.E6.9D.B1.E6.AD.A6.E5.A4.A9.E7.9A.87.E3.80.8D.E5.8D.B3.E4.BD.8D.E8.AA.AC

Posted by 大沼安史 at 03:35 午後 コラム・夢の一枝 | | トラックバック (1)

2009-07-21

〔教育コラム 夢の一枝〕 公立「中高」で「入試」をする頽廃 

 私が暮らす仙台市の連坊で、旧・県立宮城ニ女高の立替工事が進んでいる。公立の中高一貫校に生まれ変わるのだそうだ。

 受験産業が早速、騒ぎ出し、受験生(小学生)を相手に「模試」を実施する、と宣伝している。

             *

 この仙台の新設「中高一貫校」に限らず、「中高」の「中」は、もちろん、義務教育の段階だ。

 そこにどうして点数による「競争原理」を持ち込むのか?

 「高」ならまだしも、「中」で。しかもその「中」の狭き門に挑むのは、「小」(学生たち)である。

             *

 アメリカにチャータースクールという公設民営校がある。そのシステムについては省くが、地域住民全員の税金(の一部)が投入された準公立校である。

 けっこう、人気が高い。

 だから「選抜」することになるが、方法は――「籤引き」か「(空き)順番待ち」だ。

 公平の原則が徹底している。

             *

 当然だ。公立学校は――とりわけ義務教育段階の公立学校は、税金で(つまり、自治体を構成するみんなの負担で)運営される学校だから、中高一貫校といえども(教委の直接統制をまぬかれたチャータースクールといえども)、一部の「お受験組」のための学校ではないし、そんなふうに運営してはならない。

             *

 公立学校――いや、「学校」とはそもそも、「学力を引き上げる」場所であるはずだ。学力の低い子どもに、より注意を向け、援助する場所であるはずだ。

 入試をして、小学校から塾通いした(教育投資を一身に浴びた、教えやすい)「点数の高い子」を集める……

 教育界のモラルは、どこに行った? 

 どうしても「入試」するというなら、点の低い子から取りなさい……などといったら、あなた方はきっと、せせら笑うのでしょうね。
 
 
 

Posted by 大沼安史 at 02:07 午後 コラム・夢の一枝 | | トラックバック (0)

2009-07-19

〔教育コラム 夢の一枝〕 日本の夏休み……りんごの木の育たない夏  ブレイクの詩に寄せて  

 統制教育の国の、遅く、短い「夏休み」が始まった。

 小学生から夏期講習……。
 新聞に、新設高校の「模擬試験」の大広告。合格力の判定。

 日本の夏は学力の夏。点数、学力、キンチョーの夏。
 「夏休むな」の「夏休み」……

         *

 「学力世界1」のフィンランドでは、6月には「夏休み」に入る。休み返上で、学習塾に通う子はたぶん、いない。

 「学力日本1」の秋田では、教育界のスキャンダルが噴き出ている。長老ボスが、やたら金を借りまくって、使い込み、お亡くなりになった由。

 「教育界・統制ピラミッド」があるから、こういう不祥事が。
 大分も秋田も同じだ。人事に利権……子ども、そっちのけ。

         *

 「学力崩壊」の責任を、子どもや教師に押し付け、涼しい顔の文科省。
 統制の元凶、教育行政の当事者、責任者は、君たちではないか!

 ズル、ごまかし……それを英語では、Cunning と言う。

         *

 ブレイクの詩、「夏に(To Summer)」の一節。

   絹を脱ぎ捨て 流れに飛び越め!
   われらが谷は 誇りの夏を愛してる! 
  
         *
 
 何それ、試験に出る?
 出ないから、大丈夫。余計なこと、考えるんじゃない!

         *

 ブレイクの詩を、もうひとつ。こんどはもろ「学童(The School Boy)」!

   夏の朝 学校へ?
   ああ、うれしさ、全部、飛んじゃうよ
   疲れ果てた教師の残酷な目
   一日が台無しだ
   ため息と絶望だけだ

   But to go to shool in a summer morn,
      O! it drives all joy away;
      Under a cruel eye outworn,
      The little ones spend the day,
      In sighing and dismay

         *

 遊ばせちゃだめなんだよ、教えこまなくちゃだめなんだ!……予習、復習、ドリル、テスト。
 覚え込ませるんだ、詰め込むんだ、正解だ、マルだ、点数だ!

         * 

 ブレイクは言った。

 「リンゴの木はね、ブナの木に、育ち方、聞いたりしないよ」

   
 

Posted by 大沼安史 at 08:32 午後 コラム・夢の一枝 | | トラックバック (0)

2008-04-29

〔コラム 夢の一枝〕 「わたげ」10年の歩み

 北海道の最東端は、根室の納沙布(ノサップ)岬だ。日本の最東端ではないが(銚子の犬吠崎が最東端に位置する)、日本の「最果て」の、少なくとも一つであることは確かである。

 最果て、納沙布の岬……そこが地の果てであることは、地理的であるよりも感覚的である。突堤のように突き出た半島が突然、そこで終わり、濃霧の海が断念を迫るように視界を閉ざす。

 1971年、新聞記者になり立てのわたしは、その根室で取材活動を始めた。
 その頃のことで今も忘れられないことがある。納沙布に続く一本道の沿道を、タンポポの黄色い前線が毎年、着実に、最果てを目指し、進んでいたことだ。

 タンポポ(西洋タンポポ)の綿毛が、車輪の巻き上げる風に乗って、一路、岬を目指していた。

                 ◇

 そんな納沙布のタンポポを思い出したのはほかでもない。仙台の「NPO法人わたげの会」が、10周年を迎え、会の理事長の秋田敦子さんが、小さな本を記念出版したからだ。
 秋田さんがこの10年の続けて来た、ふんわり、やわらかで、無理なく、しかも決然とした歩みに思いを馳せているうち、あの根室の道路沿いのタンポポの花が目に浮かんだからだ。

 本のタイトルは『わたげ・希望の種』、版元は、わたしたち(故・小池平和氏ら有志)が1997年2月に仙台に創設した出版社、「本の森」である。

                 ◇

 わたしが秋田敦子さんと初めてお会いしたのは、「本の森」を立ち上げた、その年の夏のことだ。

 秋田さんは当時、お寺の部屋を借り、お年寄りや障がい(秋田さんは、「障害」ではなく「障がい」と書く)を持った人たちの居場所を開いていて、わたしは一方通行の通りに面したその居場所を、車で訪ねたのだ。
 なかなか探し当てられないわたしのために、秋田さんは通りに出て来て、手を振ってくれた。白いブラウスが、昔の女学校の女学生のようで眩しかった。

                 ◇

 そんな秋田さんの居場所、「わたげ」に、「肩幅の広い、がっちりとした、体格の良い青年が、小柄な母親とともに」訪ねて来たのは、翌98年6月のことだ。

 「その外見とは裏腹に……表情が不安げだったことが今でも印象深い、その青年の出会いが、それから十年の私の人生を動かしていくとは、その時には想像もできなかった」と、秋田さんは書いている。

 お年寄りや障がいを持った人たちが、ふらっと遊びにゆける「わたげ」に、ひきこもりの若者や子どもたちも来るようになった。

                 ◇

 その2ヵ月後の同年8月、「わたげ」は広瀬川沿いの古い家を借りて、「フリースペースわたげ」として再出発する。その後、組織をNPO法人化して態勢を整え、これとは別に社会福祉法人「わたげ福祉会」をも発足させて、今では自前の施設を中心に、10歳から39歳まで200人が生活しながら進学や自立を目指す場となっている。

 就労訓練で蕎麦屋も直営している。「わたげ茶屋」……夜は居酒屋になる。全国から見学に来る人たちのための、宿泊施設もある。

 「わたげ」はいつの間にか、そこまで育っていた。

                 ◇

 「わたしたちの活動にはマニュアルも期限もありません」と、秋田さんは本の最初のところに書いている。

 時間の管理も、マニュアルによる管理も、「わたげ」にはないのである。

 じっくり時間をかけ、他者への信頼と、自分に対する自信が根付くのを、ふんわり、やわらかく、無理せずに自然体で待つ。

 そうして今年は3人が……登校拒否で勉強に背を向けていた3人の若者が、自分の意志で大学に進学したそうだ。

                 ◇

 秋田さんの本の巻頭に、あの有名な、エリュアールの詩、「自由」の一節が掲げられている。

 
             …………………………

            ひとつの言葉の力によって
             僕の人生は再び始まる
          僕は生まれたのは 君と知り合うため
             君を名ざすためだった

                自由、と

        (安藤元男訳、岩波文庫『フランス名詩選』より)

                 ◇

 大学を出て、新聞記者になったばかりのわたしは、根室という見知らぬ土地で、不安な社会人生活を始めていた。
 仙台に生まれ、仙台に育ったわたしは、根室にもタンポポが咲き、それが納沙布目指して歩みを止めないでいることに慰められ、勇気付けられたものだ。

 ふんわり、やわらかく、無理せず、決然と……

 わたしもまた、いま人生の岬へ向かう最後の旅の途上に立ち、「わたげ」で暮らす子どもたちや秋田敦子さんに見習って、自然体の、自由な「わたげ」として生きたいと切に思うものである。     

 ☆ 秋田敦子さんの本は、間もなく書店の店頭に並びます。本体1200円。四六版129頁。

   問い合わせは ⇒ 「本の森」 電話 022(712)4888
                  http://homepage2.nifty.com/forest-g/ 

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⇒ http://homepage2.nifty.com/forest-g/  

Posted by 大沼安史 at 12:14 午前 コラム・夢の一枝 | | トラックバック (0)

2008-03-11

〔コラム 夢の一枝〕 子どもたちの「不幸」「不安」に向き合うこと

  南ア出身のアメリカの教育学者、バレリー・ポラコウさんに、「子ども期の崩壊」(The Erosion of Childhood)という本(邦訳名、「失われ行く子供期」(家政教育社、後半部分は拙訳)がある。子どもの人間的な成長にとって(あるいは社会の未来にとって)、かけがえのない「子ども期」が、いかに幼児教育の現場で侵食されているか実態を観察、考察を加えたものだ。

 ポラコウさんはブラジルの教育学者、故パウロ・フレイレが「学問上の娘」と呼んだ人だ。わたしはその彼女について学んだから、フレイレの「孫」になる。もちろん、「不肖の孫」であることは百も承知のことではあるが……。

 「学校教育」による「子ども期」の崩壊現象は、とくに1970年代になってから、子ども総体に及ぶ社会的な危機として、さまざま論者が指摘し、警鐘を鳴らして来た(ジョン・ホルト、ニイル・ポストマン等)。「好奇心」の破壊、教授への「恐怖・威嚇」の動員……などが、その内実である。

 アメリカにおける、いわゆる「脱学校」の運動、学校のラジカルな改革の動きは、こうした危機感を背景に湧き上がった。

 もちろん「学校」はおしなべて、自分たちは「教育者」であるとの「認識」「存在理由」に立ち、こうした批判に耳を傾けて来なかった。「子ども期の崩壊」を叫ぶ者に対しては、異端者として声高に非難して来たのである。

 つまり、60年代、70年代においてフリースクール運動が高揚したアメリカにおいてさえも、そうした批判意識の持ち主は極少数にとどまっていた。「子ども期の崩壊」などという問題意識は、学校関係者の間で、皆無に等しかったわけだ。

                       ◇

 その風向きが変わって来たようである。

 英紙インディペンデント(電子版)を見ていたら、3月11日付の紙面に、英国の教員組合(ATL)が政府に対し、「なぜイギリスの子どもたちは不幸せななのか、をさぐる」独立調査委員会の設置を求める決議を挙げる――との記事が、フロントのトップ記事として載っていたのだ。

 英国の小中学生は700万人。この子たちがこの国の未来を構成することになるわけだが、その中の「多くの子どもたちが不幸せで不安を抱えているように見える」、その原因は一体、どこになるか、独立委員会を設け、客観的な視点から究明しようと、脱学校の運動家・思想家ではなく、教員組合が言い出したのである。

 本ブログで既報の通り、英国では「ケンブリッジ・プレイマリー・レビュー」調査によって、テスト漬けの英国初等教育の問題点が明らかになったばかり。
 この点から見ても、子どもたちの「不幸」「不安」の少なくとも一因は、「学校教育」にあるはずである。
 AFTが採択する予定の決議文に、「子どもたちは圧力を感じることなしに、自分自身の学びを探求し探索し、楽しまねばならない」とあるのは、その裏返しの教育環境に子どもたちが追い込まれている、との反省があるからだ。

 「社会が悪い」「親が悪い」と逃げずに、自分たちの教える現場の問題点を追究しようとするAFTの姿勢は、評価に値しよう。

 だが、もちろん「学校教育」だけはない。
 英国では、サウス・ウェールズの田舎町で10代の子どもたちが相次いで自殺を遂げるなど、「子どもたちの心が壊れやすい状態にある」。これは、「学校」を取り囲む(「学校」に浸透する)、家庭・社会環境とも関係することだろう。

 が、だからといって「責任配分ゲーム」にうつつを抜かすことは許されない。
 問題は「学校」として(「学校」を運営する政府として、「学校」で教える教師として)、責任をどう引き受け、問題をどう乗り越えていくか、ということである。

                      ◇

 子どもたちの「不幸」「不安」に対し、正面から向き合い始めた英国の教師たち。

 われわれ日本人もまた、彼・女らの姿勢、問題の設定の仕方、解決への意欲に学ぶべきである。

 「教育問題」を「学力」や「授業時間数」の問題に矮小化してはいけない。
 子どもたちの苦しみを受け止め、そこからともに歩み出すのが教師の務めであり、政府(教委、文科省)の責任ではないか。

 日本の教育改革も、たぶんそこから出発しないと意味はない。 

⇒ http://www.independent.co.uk/news/education/education-news/why-are-children-so-unhappy-794033.html

Posted by 大沼安史 at 01:22 午後 コラム・夢の一枝 | | トラックバック (0)

2008-02-17

〔コラム 夢の一枝〕  「春」が来ない国   「文科省」の諸君に贈る歌

 大好きな歌がある。音痴だけど、いつかカラオケで歌ってみたい歌がある。「奥入瀬」という歌だ。山本譲二の歌である。

 「奥入瀬(おいらせ)」は言うまでもなく十和田湖に発する清流だ。湖に向かう道は、流れに沿って続く。助手席の亡妻とともに、出張ついでに一度、ドライブしたことがある。新聞社を辞めて一緒に仙台に帰郷した翌年のことだ。いまから十年ほど前の初夏。

 横浜の部屋でときどきCDを流し、亡妻を乗せ、あの道をたどる。

 歌手も曲(桜庭伸幸・作曲)も素晴らしいが、歌詞もいい(北川文化・作詞)。

 出だしは、こうだ。

  ♪ 奥入瀬 雪解け 阿修羅の流れ 君をさがして啼く鳥 水面に浮かぶさだめ
    時はめぐり また春がきて……

                  ◇

 奥入瀬の雪解けを見たことはないが、歌詞通りの「阿修羅の流れ」だろう。詞を書いた北川文化という詩人(いや、歌人というべきか)は、たぶん、この「阿修羅」の一言に思いのすべてを注ぎ込んだのだ。

 なぜか、そうとしか思えない。

 詩人のいうように、めぐる春は阿修羅の流れで始まるのだ。冬の湖に別れを告げ、自責と憤怒を背に、さだめのごとく駆けおりるのだ。

 阿修羅のほとばしりは、冬に耐えた雪解けの水だからこそ、奥入瀬の清い流れとなりうる。
 
 CDを何度も流すのは、ことしもまた春が来ようとしているからだ、阿修羅の流れの潔さに見習いたいためでもある。

 敗戦4年後、1949年(昭和24年)の2月生まれ。わたしに59の春が始まる。

                  ◇

 この国に春は来ても、子どもたちには春は来ないのだな……土曜日(2月16日)の新聞を見て、つくづく思った。

 「学習指導要領 改訂案」の「発表」。
 
 「憲法」では「改正」と言うくせに、「要領」は「改正」ではなく「改訂」である。

 そう、いまの「要領」は、それ以前の「要領」と同様、正しく、間違っていない。だから「改正」とは言えないのだ。だから「改訂」とかわす。

 ここに「国家教育の絶対主義」がのぞく。本来、「試案」であり、ガイドラインに過ぎなかったものを、官報に載せることで一躍「法律」の座に祭り上げた、戦時以来、連綿と続く、「統制教育」の本質が素顔を見せるのだ。

 「コマ」を増やす(あるいは減らす)、「科目」を増やす(あるいは減らす)、「ゆとり」をつくる(あるいは、ゆとりを与えない)……それ自体は実は枝葉のことである。さじ加減である。

 文科省にとって死活的に重要なことは何か?――それは、自分たちが決めたことを全国の子どもたち全員に画一的に学ばせる、その権力の維持である。

 これを子どもの側から見ればどういうことになるか?
 知らない誰かが決めたものを決められた通りに、決められた内容・時間通りに強制的に学ばされる、ということである。

 これはそのまま、教師にもあてはまる。
 誰かが決めたものを決められた通りに、決まられた内容・時間通りに、強制的に教えさせられる(子どもたちに強制して教える)……

 何事かを学ばされる、ということは、その時間、別のことを学べないということである。
 何事かを教えさせられる、ということは、その時間、別のことを教えられないことである。

 学ばされることと学びたいこと、教えさせられることと教えたいことが一致することは、唯一対無数の関係にあるから、ほとんどあり得ない。

 つまり、文科省による「教育統制」の権力行使は、学びと教えの機会とそこから生まれる可能性を封殺しているのだ。

 「教育」の名の下に、「教育」を圧殺する「大罪」を、「要領」の看板を塗り替えながら犯し続ける、教育(官僚)権力=文科省。

 自分たちの犯している犯罪の重さ、罪深さを(戦時中は、「大義」のために命をささげる「小国民」を大量生産し、戦後、にわか民主主義者となってゾンビのように居座り続けた文部官僚らを、わたしたちは忘れない)を当事者として知り抜いているものだから、「学習指導要領」の変更を、「改善」あるいは「改正」とは(始原へと遡り、原罪を暴き出すことでもあるから)、口が裂けても言えないのである。

                  ◇

 戦時から続くこの国の教育統制のダムは、子どもたちの自然の流れを封じ込め、無気力なたまり水を、定期的に濁流として放水するだけだ。

 春の水を「学習指導要領」というコンクリート護岸の画一水路に流し込み、ほとばしりを抑えこんでは同じペットボトルに詰め込み、河口に行き着く前に分類して出荷してしまう。

 日本の子どもは自然の流れを知らず、海を知らずに育つのだ。その点では、養殖の鮭以下の存在である。

 学びと教えの機会(流れ)とそこから生まれる可能性(海)を封殺する、この国の統制教育――その腐った土台である「学習指導要領」を(「改訂」ではなく)「撤廃」もしくは「ガイドライン化」しなければ、この国自体が滅びかねないことは、あの「PISA(ピザ)調査」でも確認済みのことではないか。

 文科省の役人たちがそんなに「学習指導要領」にこだわるなら、「PISA」で「学力世界1」を維持するフィンランドに乗り込んで行って、強制して見給え。

 検定教科書を強制し、画一時間割を強制し、相対評価を強制し、テストを強制して見給え。

 かの「森と湖の国」の子どもたちも、日の本の少国民同様、学力低下に苦しむことを請け合いである。

                  ◇

 今回の「学習指導要領」の「改訂」案は、安部前政権下において枠組がつくられたものだが、その安部政権が教育改革の「お手本」としていた英国で、先日(2月8日)、ケンブリッジ大学が主導し、イングランドの初等教育を2年ががりで見直した「ケンブリッジ・プライマリー・レヴュー」という調査結果が発表された。

 それによると、イングランドの初等教育は、世界で最悪の「テスト漬け」教育となっていて、子どもたちに悪影響(damaging effect)を及ぼしている、というのだ。

 そんなものを、われらが安部政権は模範と仰ぎ、新指導要領づくりを続けていたのである。
 あきれてものが言えない。

 この調査は、ノルウェーのオスロ大学やアイルランド大学といった外国の教育学者らの協力で行われた。つまり、外側からの評価を――セカンド、サード、あるいはもっと多くのオピニオンをもとに、多彩な視点に立って行われたものである。

 翻って、文科省の「学習指導要領」の「改訂」作業はどう進められたか?

 内向・密室・単線・国粋的な作業だったことは間違いない。

 日本同様、「人間しか資源のない」デンマークという国は、PISAで学力が低下しているとわかると、制度の見直しのため、国外の教育学者たちに問題点を探ってもらっている。

 「他者」の目を通して、自分の問題点のありかをさぐり、病巣を除去する……そのぐらいの勇気を、どうして日本の文科省は持てないのだろう?

 「自虐」「自虐」と騒ぎ立て、「自慰」に耽っているだけではないか。

 君たちの「閉じこもり」こそ、若者(子どもたち)の命のほとばしりを妨げ、無気力な「閉じこもり」に追い込んでいる元凶ではないのか。

                  ◇
 
 最近、気になるのは、「学力」と「国力」の相関である。この国の「学力低下」は、「国(民)力低下」に重なる。(フィンランドはこの真逆、(PISAで見た)「学力」が高くて(国民ひとりあたりのGNPで見た)「国(民)力」も高い。

 この単純な等式の上で、日本が「統制教育」をこのまま続けてゆくとどうなるか?
 結果は「自虐的な自滅」である。自分の国の未来である子どもたちをイジメにイジメ抜くことは、この国の未来を危うくすることである。

 こうした結果が目に見えている以上、今回の「改訂」案発表で朝日新聞が載せた社説、「教師力の育成が先決だ」には賛成できない。

 それよりもまず、「統制教育」の解体が先決ではないのか。「学習指導要領の縛り」の撤廃が必要でではないのか。

 たしかに朝日の社説は「指導要領は学校現場に示した目安ぐらいに考える……そうした姿勢こそが文科省に求められている」と書いているが、求められるのは「姿勢」ではなく、指導要領の明確な「目安」化である。

 どうしてそうハッキリ、物申すことができないのか?

                  ◇

 日本の教育にも「春」は来なければならない。「国旗」「国歌」の強制で「君が代」「日の丸」が泣く、「沈黙の春」に代わる、「ほとばしりの春」が来なければならない。「雪解けの春」が来なければならない。

 文科省にも言い分もあるだろうし、さまざまな事情、制約があったことも理解できる。しかし、このままでいくとマズイ(ヤバイ)とは、君たちもわかっているはずだ。

 「ナショナリスト」を自称するわたしとしては、このまま行くと日本民族の自滅、日本の亡国に行き着いてしまうと本気で思っている。

 「教育亡国」(これは亡き、林竹ニ先生の言葉である。林先生とは、奥入瀬に近い蔦温泉で一度、お会いしたことがある)……これを防ぐには、「教師力を」といった個人的レベルへのすり替えではなく、制度的な改革に取り組む必要がある。

 その場合、まず大事なことは、ネオリベ的に「教育制度」を「解体」するのではなく、「教育制度」への多様かつ主体的な「参加」を促す、フレキシブルな受け皿としての「制度」を設計することである。

 そして、そうした新たな「制度」の中心に、子どもたち個人の、自分に対する教育の権利(学習権・学問自由)を保障する「エンパワーメント」の制度的な保障を据える。

 そうして、「自己」と「他者」が「みんな同じ」に囲い込まれない、自由な活動、時間と空間を、学校(教室の内外)に立ち上げる。

 そうしたところにこそ、文科省で働く、君たち「公務」員の使命があり、仕事のしがい・生きがいがあるのではないか。

                  ◇

 米国の権力の中心が実は「ホワイトハウス」ではなく「ペンタゴン」(国防総省)にあるように、日本の権力の中心は「官邸」にあるのでなく、同じペンタゴン(五角形の建物)の「文科省」にある……わたしもまた実は、こういう見方をする一人である。

 それほどまでに文科省の影響力は、人間しか資源のないこの国にとって、深くて大きいのだ。

 文科省の諸君よ、制度を知る君たちこそ、「春」がないこの国の雪を解かし、自責と憤怒を背に制度改革の「阿修羅」にならなければならない。

 制度を変える、「改訂」ではなく「改革」する……それが君らの「さだめ」ではないか。

 事務次官の銭谷氏よ、そのことは、大学の同期である君も、よく知ってのことだろう。

 時間はあまり残されていないが、志ある政治家はまだいる。

 文科省の官僚を引き連れ、一緒に阿修羅の群れとなって、ほとばしれ!

 子どもたちをして、海へ向かわしめよ! 

 傾き出したこの国の春の希望は、たぶん、そこにある(いや、そこにしかない……)。 
 

Posted by 大沼安史 at 01:44 午後 コラム・夢の一枝 | | トラックバック (0)

2007-10-04

〔コラム 夢の一枝〕 「わたしはあの子を医者にしてあげたい」 アンジェリーナ・ジョリーの涙 

 女優、アンジェリーナ・ジョリーさんは、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の親善大使である。

 その彼女が9月末、ニューヨークで開かれたクリントン前大統領主催のシンポジウム、「紛争及び紛争後の状況における教育」セッションに参加し、イラク難民の子どもたちに対する教育支援の必要性を訴えた。

 ジョリーさんは8月、イラク難民が流入するシリアを訪問し、難民たちと面会して来た。
 ダマスカスでのことらしいが、こんなことがあった。

 路上に、火傷を負ったイラク人の若者がいて、乞食をしていた。イラクで拷問を受け、ゴミと一緒に焼かれ、シリアに逃げて来た。

 そして、その若者に、年下の友だちがいた。

 10歳の少年。同じく戦乱のイラクから逃れて来た男の子だ。

 男の子は街頭でテッシュを売って暮らしていた。テッシュ売りのかたわら男の子は、火傷した若者の包帯を取り替えたり、看病をしていた。

 それを見たジョリーさんは、その子に聞いた。「医者になるつもり、ある?」と。

 その子は答えた。
 「いや、ぼくは医者にはなれない」と。

 「どうして?」と、ジョリーさんが聞くと、少年は言った。「ぼくはテッシュを売らなくちゃならないから」

 そのやりとりを紹介して、ジョリーさんはこう語った。

 「その子はすでに医者でした。親身になって、看病していたから。テッシュ売りで稼いだ金を遊びに使わずに看病していた。ティッシュを売らなくちゃならないとその子が言ったとき、わたしはその子を医者にしたいと思った」

 そう語るジョリーさんの目に涙が溢れた。

 女優の作り涙ではなかった。6年前から、UNHCRの親善大使を続け、難民の支援を続ける、ひとりの女性、ひとりの母親の涙に見えた。

 日本の医学生にも、見てもらいたい涙だった。

 ぼくも、もらい涙を、ふた粒ほど、彼女から頂戴した。
 ハードなスケジュールで疲れた彼女の顔が、涙目を通して、慈母のように神々しく見えた。    


http://video.clintonglobalinitiative.org/health_cast/player_cgi2007_nointro.cfm?id=3502

http://www.unhcr.or.jp/ref_unhcr/angelina/index.html

http://www.unhcr.org/news/NEWS/46d544c16.html

Posted by 大沼安史 at 11:05 午後 コラム・夢の一枝 | | トラックバック (0)

2007-10-01

〔コラム 夢の一枝〕 「先生たちの雑用を減らせ!」 OECD調査に学ぶ 日の丸統制教育「再生」の道 

 「管理教育」が現場を窒息させ、国技「いじめ」が蔓延する日本の公教育。
 「統制地獄」にあえぐこの国の教育に再生の道はあるのか?

 文科省にその答えを聞いても無駄だろう。

   この国の可能性であるべき、子どもたちを「勉強嫌い」の「集団学習自決(?)」に追い込んで恥じることない「元・軍国主義教育総元締め」に期待すること自体、無理なことだ。自覚のない(あるいは自覚はあるが、犯行を認めようとしない)加害者に、被害の回復を求めることはできない。

 それでは、何に聞いたらいいか? どこに意見を求めたらいいか?

 一番いいのは、統制教育の被害者である現場の先生や子どもたちに「新・教育再生会議」をつくってもらい、率直に意見具申してもらうことだが、最近、OECD(経済開発協力機構)が発表した「教育瞥見2007」を見るのもひとつの手である。

 日本の新聞もすでに報じていることなので、ここではひとつだけ、日本の教育に関する調査結果を確認しておこう。

 それは日本の教師の授業時間が世界1、少ないことだ。
 それでいて、拘束時間は世界1、長い。
 (下記、OECDサイトの「JAPAN」の項を参照)

 日本の教師はつまり、余計な「雑用」に追いまくられ、肝心の「授業」をできないでいるのだ。

 管理、管理、管理!
 通達、通達、通達!

 書類、書類、書類!
 
 研修、研修、研修!
 報告、報告、報告!

 「雑用」が減れば、教師に笑顔が戻る。「ゆとり」が生まれる。それを見て子どもたちが安心する。安心して勉強しだす。

 「ゆとり教育」とは「授業時間」を減らすことではなく、「雑用」を減らすことである。    


http://www.oecd.org/document/30/0,3343,en_2649_201185_39251550_1_1_1_1,00.html#data

http://www.asahi.com/life/update/0918/TKY200709180359.html

Posted by 大沼安史 at 10:58 午後 コラム・夢の一枝 | | トラックバック (0)

2007-09-28

〔コラム 夢の一枝〕 「緑の学校」 ここに

 米紙ボストン・グローブ(電子版、9月27日付け)に、地元マサチューセッツ州のクィンシーで建設が進む、エコ・フレンドリーな「緑の学校」のことが出ていた。

 街中にある公立の「クインシー高校」を、「環境」に配慮した新校舎に全面改築するプロジェクト。1億2600万ドルを投入して、最先端の校舎につくりかえるのだそうだ。

 太陽発電、太陽蓄熱、温室、農園。
 そしてカレッジ並みの広々とした緑の校地(キャンパス)。

 エネルギー効率が高く、光熱費を毎年数万ドル、節約できるそうだ。

 これだけなら、別に驚くほどのことでもないが、新校舎に付属して750席の講堂が建設され、一般市民にも公開される、とのくだりを読んで思わず唸った。

 学校の講堂(ホール)を市民に開放・共有するなんて、文科省による「統制教育」の中からは飛び出しっこないアイデアだ。

 もっと驚いたのは、「クインシー高校」で生徒たちが運営している「スリー・シーズンズ」レストランがグレードアップして再開店することだ。

 一般市民にも食事を提供するというから面白い。

 日本の「兵舎型校舎」とはコンセプトを異にする「緑の学校」。
 設計は「国が示した基準」に従うのではなく、建築家に頼んだそうだ。

 同じ「お役所教育」でも、違いがありすぎるといわざるを得ない。

 公立学校の改築計画を進める教委の担当者は、いちどクィンシーに行って見学してくるといい。
  


http://www.boston.com/news/education/k_12/articles/2007/09/27/quincys_heart_of_green/

Posted by 大沼安史 at 07:00 午後 コラム・夢の一枝 | | トラックバック (1)

2006-10-28

〔コラム 夢のひと枝〕 「世界史」が「漏れ」た!――「学習指導要領」における「世界」の軽さについて

 「法的拘束力」を持つという「学習指導要領」の「現実」との乖(かい)離が明らかになった。高校の必修科目、「世界史」の履修「漏れ」をめぐって、「学習指導要領」が独占支配する「教育収容所列島」が揺れている。
 教育委員会の黙認のもと、各校で行われていた「裏カリキュラム」が突如、表面化して、「学習指導要領体制」が一気に液状化した。
 文科省による「統制教育」の虚妄の瘡(かさ)蓋がとれ、膿のたまった、爛れきった傷口が開いた。

 新聞によれば、受験を控えた3年生がこれから「世界史B」の4単位を取得しようとすると、1日6コマ(ひとコマ50分)連続授業で、「23日」もかかる。「世界史」だけに、かかりきりで。

 「23日間世界史一周」……そう考えれば、そんな、たいしたことではないようにも思える。人類の長い、長い歴史は、わが国の文科省の学習指導要領によって、たった「23日」に「縮減」され、薄っぺらな「文科省検定(検閲)版・世界史」の「教科書」のなかに押し込められている……。それに付き合うだけのことだから。
 
 そうはいっても、現役の3年生たちにとってはたまらない。最後の追い込みをかけるときなのに、受験対策の「試験勉強」の時間が盗られてしまうからだ。
 「いい大学」に入る、「有名大学」に合格する。それがあるから、小中高12年間のクソのような生活に耐えて来たのだ。「観点別評価」対策でやたら手を挙げ、「ハッキリした声」で答え、ストレスは仲間をいじめて発散し、偏差値を上げるためにアホな暗記を続けて来た。
 だからこそ必死で、「学校」では「塾」のことを隠し、「塾」では「学校」を嘲笑う、ダブルスクールを続けて来たのではないか。
 
 最後の3学期、ゴールは目前。
 大学に合格してしまえば、そんな「学校教育の悪夢」を払拭できるというのに、こんな瀬戸際になって、「世界史」という足枷が……。
 「世界史」なしで卒業していった先輩浪人たちバッカ得して、うちら現役生のこと、お前らナメてんのか、テメェラ、ヨォ、なんて毒づきたくもなるだろう。

 当然のことだ。受験が終わって一段落したら、文科省と教委を相手取って、集団で損害賠償訴訟を起こしたらいい。
 そう、相手は「文科省」と「教育委員会」だ。高校の先生たちではない。
 
 君たちもあの、東京の「君が代」強制卒業式のことを知っているだろう?
 「学習指導要領」通りやらない、といって、式場の現場に教委の役人が張り込み、「証拠」のビデオを撮って先生たちを「処分」した、あの事件だ。
 学校における何事も「決定」しているのは「彼ら」だ。現場の先生たちは、「手先」として使われているだけだ。
 
 「君が代」の「徹底」には狂奔し、「世界史」には目を塞いできた「彼ら」の責任が問われている。文科省と教育委員会の「怠慢」「指導力不足」による「必修外し」が原因なのだから、処分されるべきは「彼ら」である。

 その「彼ら」がどう逃げようとするか、しっかり見届ける必要がある。
 私見によれば、それこそ、生きた「世界史」の勉強になる。
 これから少なくとも数ヵ月、生きた「教材」が目の前で展開される。まさに「教科書的事態」が繰り広げられるはずだ。

 君たちが住むこの日本という国は、「世界史」のなかで――とくに20世紀の中盤以降、特異なカタチを採り続けて来た。
 ナチス・ドイツの「国民学校」に模してつくられた文部省による「1940年統制教育体制」は、単なる「試案」、目安に過ぎなかった「学習指導要領」を「法的拘束力」を持つものへと変質させ、「教育委員の公選制」を破壊することで、戦後民主主義下においてゾンビのように延命し、いまも列島の「学校」を「教育ラーゲル(収容所)」化して権力をふるい続けている。

 〔余談になるが、1951年に「教育委員の公選制」を「任命制」にして、教育委員会の独立性を破壊した国会法案審議において、参議院本会議場(!)への警官隊導入を参議院議長に申し入れたのは、安部首相の祖父の、「昭和の妖怪」こと岸信介・自民党幹事長(のちの首相)である〕

 つまり、日本はこの70年間というもの、「世界史=現代史」のなかで、非常に特殊な「時間=空間」を刻んで来た。ドイツはナチが一掃されたのに、日本では戦前・戦中の支配層が生き延び、それがいまなおこの国を「統制」している。
 その「教育面」における現れが文科省の「戦後統制教育」であって、それが何から何まで……「世界史」の果てまで、「学習指導要領」「教科書」「教員人事」を核とした「検定教育」で縛り上げている。
 
 言うまでもなく「歴史」は、「次世代」が生み出す「新しい時間」で創られていくべきものだが、若い諸君の「みずみずしい時間」を、「教育」の名において「漂白」「消毒」し、新陳代謝による世直しの可能性を消し去っているのが、日本の「現代史」の実相なのだ。
 別の言い方をすれば、日本人の「歴史」創造力を、若い芽のうちから殺いでしまうもの、それが「日本の教育」であり、日本の「現代」のゆがみの実相なのだ。

 だから、日本の「統制教育」からは、ほんとうの意味での「歴史教育」はすっぽり抜け落ちている。歴史教育は歴史の真実に迫るものでなければならないが、それは「検定」によって禁じられたものになっている。
 「現代史」では、とくに……。
 「現代史は試験に出ない」のは、それ相応の、日本的な歴史的理由があるからに他ならない。

 そうした世界にも稀な、日本特有のさまざまな「メタボリック教育症候群」が一気に顕在化した部位のひとつ(いじめも別の部位におけるシンドロームである)として「世界史」における「漏れ」問題が、この「美しい国」においてただいま発生し、この国の次世代を担うべき17、8歳の諸君が、日本の「現代史」の最先端・最前線――すなわち、この西暦2006年の10月下旬という歴史的なこの瞬間において、世界の人々が唖然として見守るなか、これはもう確実にギネスものの、異常な「世界史的事件」に直面させられているのである。

 これは現役生だけでなく、日本社会としても不幸なことではあるが、ある意味では幸運なことである。「言い換え」なし、「削除」なしの、「ナマな歴史的な現実」に学ぶことができるからだ。「学習指導要領」を軸とした「統制教育」の「リアルな事実」に「実況」でふれることができるからだ。
 これこそ、ほんとうの「社会勉強」であり、「現代史の授業」である。
 「統制教育」を見直し、日本の教育を「再生」させる、ひとつの好機として問題を直視し、制度改革につなげていく……。
 この問題は、受験生だけがひどい目にあえば、それで済むような問題ではない。

 
 それでは、今回の「必修科目の履修漏れ」が提起している、日本の教育における「メタボリック症候群」とは何か?
 こんご、政府(文科省)、教育委員会が演じる、「幕引き」のための「不条理劇」の「ナマ実況」を眺める「観劇ガイド」を兼ね、「見所」のポイントを提示することにしよう。

 ひとつは、この「世界史・履修漏れ」問題が、実は二重の意味で「構造的」な問題であることだ。
 そのことをまずもって明確化する。
 文科省・教委はこれをごまかそうとするはすだから、日本のジャーナリズムには徹底追究と責任の究明にあたってもらいたい。

 問題が「構造的」であるという意味は、これが個別の高校の問題ではないということだ。とくに公立の場合は、各校は教育委員会のコントロール化にある。指導主事がいて統率している。個別の高校が突出して出来るようなシステムにはなっていないのだ。暗黙の了解があって、組織的に「必修外し」が行われて来た。
 一部に「余計な勉強がしたくないという生徒の要望を聞き入れて」などと、責任を「生徒」にかぶせる言動もあると聞くが、「教員配置」を含め、あくまでも組織的・構造的な問題であって、責任は教委にある。
 日本のジャーナリズムはそのことを徹底して追究し、報じてほしい。
 日本の新聞各社は若者の「新聞離れ」を嘆いているが、深層取材と報道を続ければ、若い読者は必ず帰って来る。
 
 地域の「公立進学高」は「中心校」とも言われ、地方の「教育界」の「看板」であり、教委とのパイプも太い。下々(三流校、底辺校など)とは違うのだ、違っていいというエリート主義がはびこり、「やり放題」に流れやすい。そして有名大学への合格者数を上げるために、教委の後押しで「やり放題」を続ける。その結果が、このザマであるのだ。

 地方の教委がとるべき責任はしかし、「単独責任」ではない。文科省の責任でもあるのだ。
 文科省は若いキャリア官僚を地方教委に「教育長」などとして出向させている。地方の現場の実態を知らないはずがない。その点でも指導責任は重大であり、最低でも教委との「共同責任」は逃れられない。

 この点に関してとくに日本の新聞ジャーナリストらに望みたいのは、文科省出向者がいる地方教委での実態追究である。
 (ついでに言えば、あるいは、文科省のキャリアのなかに――あるいは、たとえば外務省のキャリア組のなかに――、「必修漏れ隠し」で難関大学の入試を突破し、ついで国家公務員上級試験をパスしたような輩がいないかどうかも調査してほしい。なぜ、こういうセコイことを言うか、については後述する)

 もうひとつの重要なポイントは、「学習指導要領」の「縛り」が「現実」と乖離してしまっていると言う事実だ。
 「要領」と「現実」の距離は、全国の進学高が「みんで渡れば怖くない」ほどに拡大している。「要領」は「現実」にそぐわない、と、「教育の当事者たち」が考えているのだ。そうして「必修外し」とその「隠蔽」(公文書偽造)を繰り返して来た。それも文科省・教委の公認もしくは黙認の下で。

 ことは「世界史」に限らないはず。「要領無視」は、もしかしたら、中学(とくに私立)レベルでも広く行われていることかも知れない。

 「必修外し」が「現実」とそぐわないのは、直接的には「大学入試」(という「現実」)とかみ合わないためだが、それだけではない。
 「必修科目」とされる重要な「科目」など建前みたいなもので、より広い、生きた現実、生きた世界と深く関わらない、薄っぺらで軽いものなのだ。

 先述の文部官僚や外務省エリートなら、「高校の『世界史』だって? そんなの履修しなくったって平気さ。おれたち、超難関大学を突破して、こうしてキャリアになってるジャン」と証言してくれることだろう。

 だから、そういうことがあるものだから、マスコミさえ、こぞって「世界史」について「漏れ」といい、そういう軽めの言葉を使って恥とも思わない。
 
 「漏れ」だって? 履修「漏れ」だって?
 「世界」の「歴史」を学ばないことは、その程度のものなのか?
 「世界」の「歴史」を学ばせないことは(高校で「世界の歴史」を「学ぶ」機会を奪うことは)、「お漏らし」程度に過ぎないことなのか?

 「現代の世界」を創りだした「世界の歴史」など、(「国史」=日本史や「数学」、「英語」などとちがって)実はどうでもいいものだという、軽い認識が教育当事者にあることが、そもそもの問題である。

 「ウマイヤ朝」についてはふれられていても「イラク戦争」の実態には迫らない「検定教科書」。
 「年号」の羅列、「断片的知識」の集積と化した、「検定世界史」の授業内容。 

 「世界史」の「漏れ」の背景には、朝鮮半島や中国を含む「世界の現実」と断絶した、「ナショナリスティックな歴史教育」の歪んだ意図さえ感じられる。
 
 そういう社会的風潮があったからこそ、「漏らし」て「捨てられた」のだ。

 かくして「世界史」は消えた!

 
 そして来春の卒業式では「君が代」「日の丸」が「要領」通り、一斉に強制される。文科省・教委はこれだけは漏らさないのだ。「履修漏れ」問題は何らかの「救済策」で乗り切り、おそらくは誰も責任を取らないまま、「卒業式」を迎えることだろう。
 
 そこに至るすべてを、現役の受験生諸君には当事者として直視していただきたい。そうして日本という国の生きた現状に学ぶのだ。「世界」なかで「世界史」のなかで、自分はどう「教育」され、どんな「社会人」になろうとしているか、学んでほしい。

 そうして数年後、「主権者」として最初の「1票」を投じるのだ。
 リベンジは、たぶん、その時、できる。
  
  

Posted by 大沼安史 at 02:09 午後 コラム・夢の一枝 | | トラックバック (0)

2006-10-19

〔コラム 夢のひと枝〕 「教育再生(産?)会議」 スタート

 「教育再生会議」が10月18日、官邸での初会合でスタートした。

 翌19日の朝刊各紙は「『脱文科省』困難」(読売)、「『百家争鳴』集約難航も」(毎日)など、成果を危ぶむ指摘が目立った。嵐のなかの船出といったところである。

 開会の挨拶のなかで安部首相は「『美しい国』を造る上での基礎は教育だ」と述べ、具体策を列挙してみせた。

 その冒頭に据えられたのは、首相公選の際、「公約」に掲げた「教育バウチャー」ではなく、「教員免許更新制度と学校評価制度の導入による質の高い教育の実現と学力向上」。
 そんな、手垢のついた小手先の「具体策」を前面に掲げたところに、「会議」の実質的頓挫を見越した、首相の「保身」と「逃げ道」づくりが透けて見える。

 
 「教育を再生」する会議ではなく、このまま、これまでの「教育」を「再生産」するだけの会議に終わるのではないか。

 「教育再生」というのなら、管理と統制で締め上げられ、生気を失った教師たちに、新しい免許状を手渡しても、それほど意味はない。

 日本の公教育の教師には、そもそも「マイカー」(自分自身の教え)がないからだ。文科省の「車」(学校)を「マニュアル」(学習指導要領、教科書、手引き)通りに「運転」するだけ。まるでお猿の電車である。お猿さんドライバーの免許を更新してどうなるというのだ。
  
 学力世界1のフィンランドでは、教師が教科書もカリキュラムも決める。現場での裁量と決定権を認める……本来の「教員免許」とは、そういうものである、
 権限のないものを更新してどうしようというのだ。

 「学校評価」にしても同じことがいえる。文科省に手足を縛られ、学習指導要領にぐるぐる巻きにされた「学校」のどこに、独自性を出す余地があるというのだ。学校に自由と裁量を与えて、しばらく様子を見た後でなら、外部評価もよかろうが、いまのような状況ではさほど意味がない。
 車のたとえで言えば、旧社会主義国家のダサイ「国民車」の低性能を、一台ずつ比べてみて、一喜一憂するようなものだ。

 そもそも、全国一律の「お役所学校」を運営しているのは、文科省なのだから、「評価」さるべきは、彼らの「お役所仕事」である。

 苦言を言い続けても仕方ないので、「教育再生会議」のために、いくつか「提言」をしてみたい。

 日本の教育の「再生」をいうなら、「検死」からはじめるべきだ。日本の公教育の死因を特定するのが先決である。
 何が日本の公教育を「死」に至らしめたか?
 日本の公立学校における「死に至る病」とは何か?

 これをはっきりと特定すべきである。

 簡便な方法がある。
 日本の「公教育の死因」を探る場合、その大元というか中枢は文科省なのだから、「検死」にあたるのは、自分たちが牛耳る「日本の公教育の裏も表も知る文科省の人間が最適任だ。

 で、日本の公立学校に批判的な目を向けることができる(あるいは向けている)文科省の官僚とは、どのような種類の官僚たちか?

 そう、こたえはひとつ、わが子を「公立」に通わせず、「私立」に通学させている官僚たちだ。

 「教育再生会議」はまず、「公立」を忌避した文科省の役人たちに、その理由を問うべきである。
 そうすることによて初めて、文科省の当事者の口から、日本の公教育の真の「死因」を学ぶことができるだろう。
 そうすることによって、もはや「蘇生」は無理としても、社会保険庁と同じように文科省の「解体的出直し」を図ることができるだろう。

 提言のふたつめは、せっかくの首相公約なのだから、「教育バウチャー」の問題に真正面からぶちあたることだ。
 会議の初会合では、委員のなかから「親孝行のできる子を」などという意見も出たというが、問題はそうした子どもを育てることが可能なシステムの構築である。いまの「文科省学校」の全国一律金太郎飴では、親孝行の桃太郎(?)が出ないというなら、出るシステムを考え出すしかない。安部首相やブレーンの下村官房副長官が本来「会議」に期待したかったのは、そうしたシステムの基本的な再検討、再構築であったろう。

 その意味でも「会議」のメンバー諸氏には、「教育バウチャー」の議論を、絶対に避けて通ってほしくない。
 安部首相にも、逃げずに踏みとどまれ、と言いたい。

 私見によれば、「教育バウチャー」の議論は、たとえ結果的にその「大規模な導入」に至らなくとも、死にかけた子どもたちをぎりぎりのところで救い出す、妙案を生み出す可能性を持っている。

 報道では、「会議」は免許更新・学校評価を優先させ、「バウチャー」は後回しとなる見通しだというが、それならそれで、「会議」のなかの推進派の委員らがたたき台(素案)をまとめ、「会議」の場に提示してみてはどうか。

 日教組も教育学者たちも、「バウチャー」に反対なら反対で、「会議」に意見書を提出してはどうか。

 「会議」がダッチロールに陥り、混乱のまま閉会に向かうだけなら、それはそれで、ご苦労様、と言って済ませることもできるが、再生しなければならない、崩壊した公教育によって、子どもたちが公立学校で「死」にゆく状態がこのまま再生産され、永続化されることだけは、あってはならない。

 「教育再生会議」を、政権のお飾り、延命装置にしてはならない。
 「会議」の失敗は、わが国の「1940年統制教育体制」の戦後版でしかない、「文科省公教育ゾンビ」の「再生」をもたらすだけだ。

Posted by 大沼安史 at 03:56 午後 コラム・夢の一枝 | | トラックバック (0)

2006-06-10

〔コラム 夢の一枝〕 立ちあがったチリの高校生たち 参加する教育改革を要求

 地球の反対側、南米のチリで、公立高校生たちが立ち上がり、3週間に及んだ抗議行動の末、バシェレ大統領から教育改革の約束を勝ち取った。
 フランスのリセの生徒に続く、高校生らによるプロテストの勝利。
 世界の対極にあるチリを舞台に、教育崩壊のさなか、無気力と無関心の淵に沈む、日本の高校生たちにはない、勇気と連帯による「世直し」が、10代の若者の手で成し遂げられた。

 ニューヨーク・タイムズ紙が首都、サンティアゴ発で伝えた一連の報道によると、高校生たちの抗議行動は5月半ばに始まった。
 サンティアゴの公立高数校で生徒たちが授業をボイコットし、教室から出るプロテストが起きた。運動はさらにエスカレートし、高校生たちが校舎を占拠して、泊り込みを続ける事態にも発展。生徒の親が食事の差し入れをする場面さえ見られるようになった。
 運動はさらにチリ全土に広がって、70万人を超す生徒たちが抗議行動に参加し、サンティアゴなど各都市で街頭デモが始まった。
 
 そんな高校生たちの決起は社会的な共感を生んで、大学生や労組ばかりか、チリ政府の文部省の役人までもが連帯の意志を表明した。
 制服姿の高校生が警官隊の放水、催涙ガス弾を浴びる姿は民衆の怒りに火をつけ、警察の責任者を罷免へと追い込んだ。

 高校生たちが掲げた要求は、人権抑圧と圧制を続けたピノチェット将軍による軍事政権が、まるで最後っ屁のように残していった、公教育の解体=民間企業の参入を進めたネオリベ路線(新自由主義教育路線)に決別し、公教育の再生を目指すものだった。それが民衆の支持を引き寄せた。

 高校生たちの要求は、①教育政策づくりへの生徒・父母・教師の参加②貧困家庭の生徒に対する財政的な支援③公教育の地域格差の解消④学級規模の縮小と大学入試検定料の無料化―などだった。

 これに対して、ピノチェット政権下の弾圧を生きのび、南米初の女性大統領としてこの3月就任したバチェレ大統領は、高校生の声に耳を傾ける柔軟な姿勢を示した。
 5月29日には、貧困な生徒への無料ランチ(給食)の実施や大学入試検定料の無料化、1200校の校舎改修など、来年度に向けて総額2億ドル相当の追加支出を行うことを約束した。

 このバチェレ大統領の大幅な譲歩に対し、高校生たちは黙って引き下がらなかった。「要求はまだ完全に受け入れられていない」として6月4日には60万人(政府発表)が参加する全国ストライキを実施。サンティアゴでは一部の過激な生徒が街頭に出て、警官隊と衝突する事態となった。

 こうしたなか、高校生たちの間で、交渉による事態収拾を図る動きが生まれ来た。
 バチェレ大統領が高校生12人を含む、73人のメンバーによる教育改革評議会の発足を決めたことから、その場を通じて政策づくりに参加できる道が拓けたからだ。

 高校生たちが政府の公教育改革に参加する!
 さすがピノチェットの圧制を耐え抜き、デモクラシーの花を再び開花させたチリのことではある。

 当事者の参画による公教育の再建。
 統制教育をやめようとしない日本の文科省に、ぜひとも見習ってほしいところだ。  

Posted by 大沼安史 at 05:53 午後 コラム・夢の一枝 | | トラックバック (0)