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2010-10-21

〔コラム 夢の一枝〕 フラクタルとしての個人 または自由なる学び

 「フラクタルの父」、ブノア・マンデルブロートさんがお亡くなりになった。

 フランス系アメリカ人のユダヤ人数学者、85歳だった。
  時事通信 ⇒ http://www.jiji.com/jc/zc?k=201010/2010101700011

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 マンデルブロートさんが提唱した「フラクタル」とは何か?――

 それは、ひとことで言って、「自己相似性(Self-similarity)」の原理である。

 同じパターン、同じ式の単純な「繰り返し」の中から、複雑なパターンがさまざまに生成されるが、元に戻せば、そこにあるのは、同じパターン、同じ式……!

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 僕にはもちろん、あいまいな理解(無理解)があるだけで、「フラクタルとは何か」、正直言って、正しく定義する自信はないが、そこに何か、深い真理が潜んでいることは、直感できるような気がする。

 マンデルブロートさんの訃報(死亡記事 ⇒ http://www.independent.co.uk/news/science/father-of-fractals-dies-at-85-2109421.html )を読み、マンデルブロートさんが遺した――

 (ことし2月、カリフォルニア・ロングビーチでの収録 ⇒ http://www.ted.com/talks/benoit_mandelbrot_fractals_the_art_of_roughness.html

 ――最後の講義ビデオを視聴して心に留まり続けるものは、ある人間の学びとは(その人の人生とは)、その人間の個人としての「フラクタクル」としての発展、それ以外の何物でもないのだな……という事実に由来する感動である。

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 そう僕が思うのは無論、マンデルブロートさんの数学理論をトレースしたからではない。

 知識の理解ではなく、僕の体験として了解でしかない。

 61歳になった今、自分の人生を振り返って、その原初にあるものを見ようとする時、今現在に通じる、あるパターンなり、考え方、傾向、ズレのようなものが、その後の人生の基本にあったことに気付き、その事実を(苦笑をもって)認めざるを得ない。
 それ、すなわち、「自己相似性」の再確認!

 三つ子の魂は、少年、青年、中年、老年を通じて、それがどんなに激しく転変しようとも、自己相似性についてはまったく不変である……これは、誰しも自分自身の経験から頷くことができることではないか。

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 自分というシンプルなパターンの繰り返し――その中から、複雑な自分というものが生れるのだ。

 ピカソを見るがよい! あの劇的な変わりようは、ピカソという「自己相似性」があったればこそ、現象し得たものではなかったか!

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 マンデルブロートさんのことし2月の最後の講演のタイトルは、「フラクタル――ラフであることの芸術(Fractals and the art of roughness)」だった。

 講義の冒頭、マンデルブロートさんは、こう言った。

 Roughness is part of human life forever and forever.

 「ラフなもの(パターン)こそ、人生である。永遠に、永遠に」

 自分の中のラフなもの――いまだ規則化されていないもの――を、自分というアンデンティティーの原基として、それを永遠に繰り返して行く。

 そこに、その人間の、学びを通じた自己実現があるはずだし、あるべきではないか?!

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 この世に生れた、〈私〉というフラクタル――自己相似形をどう維持し、発展させるか?

 そこにたぶん、今日の教育の課題が(希望が)あるのではないか、と僕は思うのだ。

 「子どもというフラクタル」を――それ自体においてナチュラルでシンプルなものを――早々と抑圧し、解体してはならない。

 その子の「かたち」を破砕してはならない――と僕は思うのだ。

 子どもたちに、学びの反復による、自己創造を赦す教育が――学校が、生れなければならない。

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 マンデルブロート氏は、ビデオ講義の最後を、まるで遺言のように、以下のような言葉で締めくくっていた。

 Bottomless wonders spring from simple rules, which are repeated without end.

  底知れない驚きはシンプルなルールから生れるものです。終わりのない繰り返しの中から。

 自分というものを生涯にわたって繰り返して行く。

 それを子ども期において早くも破壊している現状は、許されるべきことではない。

Posted by 大沼安史 at 10:29 午後 コラム・夢の一枝 | | トラックバック (1)

2010-10-15

〔コラム 夢の一枝〕 「世直し」は、高校生から

 フランスで、高校(リセ)の若者たちが、サルコジ政権との闘いに決起している。

 ネオリベ・サルコジ政権が進めようとしている「年金改悪」案に、フランスの高校生たちが、真っ向から立ち向っている。

 「年金」とは無縁な(?)10代の若者たちが、「年金」問題で闘う、自分たちの親の世代を支援している……。

 これはすごいことだ。

 パリからの報道によると、校門封鎖などが実施された高校(リセ)は、全国4300校余りの高校(リセ)のうち約700校に達したそうだ。⇒ http://www.47news.jp/CN/201010/CN2010101501000168.html

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 仏文科省のまとめでも、全仏260の高校(リセ)で抗議行動は起きたという。

 ⇒ http://www.lemonde.fr/societe/article/2010/10/15/les-blocages-et-les-rassemblements-de-lyceens-se-poursuivent_1426505_3224.html#ens_id=1426310

 パリ郊外、モントルイユでは、高校生が、警官隊の「フラッシュ・ボール」ゴム弾の直撃を受けた。
 目に、直撃を受けた。失明しないか、心配だ。

 デモに立ち上がった高校生に対して、「フラッシュ・ボール」の「狙い撃ち」を命じたサルコジ政権!

 もうこうなると、あとはない。

 (フラッシュ・ボール ⇒ http://en.wikipedia.org/wiki/Flash-ball

 モントレイユの女性市長は、警察の武力行使を非難したそうだ。
 ⇒ http://www.liberation.fr/societe/01012296426-greve-du-mieux-a-la-sncf-10-raffineries-sur-12-affectees 
 

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  フランスの労組は19日にゼネストを行う。そう、投票で決めたそうだ。
 なぜ、19日かと言うと、その日、フランス国民議会の上院が、年金支給を60歳かた62歳へ「引き上げる」サルコジの改悪案に対し、投票を行うからだ。
 ⇒ http://www.bloomberg.com/news/2010-10-14/french-unions-to-strike-on-eve-of-senate-vote-on-sarkozy-pension-overhaul.html

 製油所の労組のストで、ガソリン不足が生じ、サルコジの足場が揺らいでいる。

 ロマ族(ジプシー)国外追放で排外主義をあおり、年金問題では「君たちの負担増につながるよ」と若者を脅かしてみせるなど、フランス民衆を欺き続けて来たサルコジ政権だが、ここにきて、思いがけない「高校生の反乱」が噴出し、いよいよ、追い詰められたかたちだ!

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 そこで、日本の高校の教師のみなさんに、本ブログとして、緊急アピール!

 フランスの高校生たちの闘いを授業、及び、ホームルームの討論の中で、ぜひとも紹介していただけませんか!

 「援助交際」でカラダを売ったり、パンツを売ったり、同級生の「イジメ」に励んだり、「難関大学」突破を目指して、「偏差値上げ」に汲々とすることだけが、高校生のすることではないと、今、この時点で続いている、フランスの高校生たちの「決起」の姿を紹介しながら、日本の高校生諸君に、伝えてあげてはいただけませんか?

Posted by 大沼安史 at 08:23 午後 コラム・夢の一枝 | | トラックバック (0)