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2010-09-05

〔いんさいど世界〕 学校・いじめ・アウシュヴィッツ 

 英紙インディペンデント(電子版)に、同紙の教育記者、ポール・ヴァレリー(Paul Vallely )氏による、アウシュヴィッツ訪問記が掲載されていた。
 英国の教師グループに同行し、アウシュヴィッツとは何なのか、その恐ろしさを、子どもたちにどうしたら伝えることができるか――をともに考えたルポルタージュだった。
 ⇒ http://www.independent.co.uk/news/world/europe/tough-lessons-how-teachers-are-seeking-answers-at-auschwitz-2067788.html

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 ヴァレリー記者のルポを読んで、3つのことが心に浮かんだ。その3つがひとつになって…………これはもう何としても、一刻も早く解決策を見つけ出すべき、重い課題となって、心に迫って来た。

 ひとつは、「アウシュヴィッツ」と日本の学校での「いじめ」の関連。

 もうひとつは「アウシュヴィッツ」と日本の「学校」の相似。

 そして最後に、「アウシュヴィッツ」的な日本の教育状況を、どう超えて行くかという最重要な問題――。

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 順を追って見ることにしよう。まずは「いじめ」との関連から。

 アウシュヴィッツの現場で、一緒に旅した英国人女性教師(倫理科担当)が、ポール・ヴァレリー記者に、自分は学校でどんなふうにホロコースト問題を教えているか、こう説明してくれたそうだ。

 女教師は「どうしてそんなひどいことを?」「止める人はいなかったの?」と疑問をぶつけてくる生徒たちに、逆にこんな質問を返すのだそうだ。「あななたち、いじめがあるって知ってるでしょ。あなたたち、その時、どうした?」と。

 ヴァレリー記者のルポ記事のこの箇所が、私の心にひっ掛かったのは、最近の日本の学校での、無残というほかない、「いじめ自殺」の多発が頭にあったからだ。

 「いじめられた友人を守れなかった」と遺書を残して死んだ川崎市の中3男子。「いじめられていたらしい」大阪・高槻の小3の女の子の自死。始業式の日にマンションから飛び降りて死んだ、東京・昭島市の中1女子…………

 ユダヤ人を駆り立て、アウシュヴィッツに追い込んだ、ふつうのドイツ人たちと、級友を自殺に追いやった、日本のふつうの児童生徒たちと――。
 そこに、何らかの類似性があるような気がして、胸が痛んだ。

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 第二の問題――「アウシュヴィッツ」と日本の「学校」の相似を思い浮かべたのは、ヴァレリー記者の、ナチス権力による「ホロコースト」遂行の徹底した中央管理、効率性の追求の指摘に触発されてのことだ。

 その指摘のせいで、「死の工場」(アウシュヴィッツ)と「教育工場」(日本の「学校」)との間に、どれだけの本質的な「違い」が、決定的な「断絶」があるのか、わけがわからなくなってしまった。

 ベルトコンベアー式の徹底した集団管理。そして個の分断。
 「生き残り」への駆り立て。自然な、生の(成長)欲求の破壊。ストレス、そして憎悪。

 アリス・ミラーによれば、ナチス・ドイツが生れた背景には、産業社会の期待に応えるべく出現・定式化された、子どもを徹底して調教・管理・抑圧する(暴力も行使しながら……。ヒトラーも父親に死ぬ目に遭わされた……)、あのシュレーバー流の「暗黒教育(あるいは闇の教育) Schwarze Pädagogik 」があったとされるが、現代の日本の「学校」も、子どもを徹底管理し、自由な学びを(そして遊びを)まったくもって認めないという点で、アウシュヴィッツを産み出したものと、相似しているのではないか?…………

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 (こう考えることは、もちろん、とても辛いことだけだど)私たちが、この「相似」と向き合う勇気を持ちさえすれば、「いじめ地獄」が蔓延する、日本の学校にも、それを乗り越えて行く方向性が生れる――これが、ヴァレリー記者のルポを読んで、私が覚えた、3つ目の感想である。
 
 「学校」から、「アウシュヴィッツ的なもの」に、もしかしたらなりかねないものを一掃する。管理と統制で子どもたちの生を窒息させているものを除去して行く…………

 子どもを選別の対象とするのではなく、子どもの生に敬意を表し、その生の実現を支援して行く…………

 これに今、踏み切らないでどうする?

 誰が?――――

 日本の「学校教育」を縛り上げて来たのは、文科省の中央統制だから、ヴァレリー記者が紹介していた、あの、倫理科の女教師の問いかけ――「あなたたち、助けたこと、あるの?」は、この国ではまずもって、政府の教育行政当局に投げかけられるべきものであるだろう。 

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 ポール・ヴァレリー記者のルポ記事には、「アウシュビィッツ」へ続く鉄路の写真が添えられていた。

 その線路の上を、英文学を専攻していたパリ・ソルボンヌ大学のユダヤ人女子学生、エレーヌ・ベールさんも、貨車で通過したのだ。

 『エレーヌ・ベールの日記』(飛幡祐規訳、岩波書店)によれば、それは「1944年3月8日」のこと。

 エレーヌさんはこのアウシュヴィッツから、さらにベルゲン・ベルゲン収容所に移送され、そこで非業の死を遂げることになる(ベルゲン・ベルゲンには、当時、あのアンネ・フランクもいた!)が、いったいどんな思いで、あの「労働は自由をつくる」の「欺瞞の門」をくぐり抜けたことだろう?

 エレーヌさんも、もっともっと、学びたかったのだ!

 自死した日本の子どもたちも、「学校」が言うのとは違った自分の学びを、ほんとうは、きっと、もっともっと学びたかったことだろう。

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  エレーヌ・ベールさんの「日記」は、「1942年4月7日」に始まる。

 あの大家のポール・ヴァレリー(Paul Valéry)のパリの居宅に押しかけ、その著書に「献辞」を書いてもらったのだ。

 それからわずか2年後、ナチスに殺される女子大生のために、老詩人は本の見返しに、こう書いた。

  目覚めに なんと優しい光、そしてこの生き生きとしたブルーの なんという美しさ

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 日本の子どもたちからも、朝の平和な目覚めを奪ってはならない。
 

Posted by 大沼安史 at 05:58 午後 いんさいど世界 |

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