« 2006年7月 | トップページ | 2006年11月 »

2006-10-29

〔NEWS〕 チャータースクールは「合憲」 オハイオ州最高裁

 米紙ワシントン・ポスト(電子版)が伝えたAP電によると、米国オハイオ州の最高裁判所は10月25日、同州のチャータースクールを合憲とする判決を下した。
 最高裁判事4対3による僅差の合憲判決だった。
 裁判は州内の教育委員会、教員組合らが起していた。

 多数派による意見(判決)のなかで、ジュディス・ランジンガー判事は、州議会には、異なる基準含め、公立学校(コモンスクール)の基準・要件を定める権限と裁量を持つ、と指摘した。

 反対派は、チャータースクールによって、ふつうの公立校へのファンドが削減されると批判していた。
 オハイオ州では1998年にチャータースクール法が制定され、昨年段階で250校が展開している。


http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2006/10/25/AR2006102500837_pf.html

Posted by 大沼安史 at 12:06 午後 チャータースクール | | トラックバック (0)

2006-10-28

〔コラム 夢のひと枝〕 「世界史」が「漏れ」た!――「学習指導要領」における「世界」の軽さについて

 「法的拘束力」を持つという「学習指導要領」の「現実」との乖(かい)離が明らかになった。高校の必修科目、「世界史」の履修「漏れ」をめぐって、「学習指導要領」が独占支配する「教育収容所列島」が揺れている。
 教育委員会の黙認のもと、各校で行われていた「裏カリキュラム」が突如、表面化して、「学習指導要領体制」が一気に液状化した。
 文科省による「統制教育」の虚妄の瘡(かさ)蓋がとれ、膿のたまった、爛れきった傷口が開いた。

 新聞によれば、受験を控えた3年生がこれから「世界史B」の4単位を取得しようとすると、1日6コマ(ひとコマ50分)連続授業で、「23日」もかかる。「世界史」だけに、かかりきりで。

 「23日間世界史一周」……そう考えれば、そんな、たいしたことではないようにも思える。人類の長い、長い歴史は、わが国の文科省の学習指導要領によって、たった「23日」に「縮減」され、薄っぺらな「文科省検定(検閲)版・世界史」の「教科書」のなかに押し込められている……。それに付き合うだけのことだから。
 
 そうはいっても、現役の3年生たちにとってはたまらない。最後の追い込みをかけるときなのに、受験対策の「試験勉強」の時間が盗られてしまうからだ。
 「いい大学」に入る、「有名大学」に合格する。それがあるから、小中高12年間のクソのような生活に耐えて来たのだ。「観点別評価」対策でやたら手を挙げ、「ハッキリした声」で答え、ストレスは仲間をいじめて発散し、偏差値を上げるためにアホな暗記を続けて来た。
 だからこそ必死で、「学校」では「塾」のことを隠し、「塾」では「学校」を嘲笑う、ダブルスクールを続けて来たのではないか。
 
 最後の3学期、ゴールは目前。
 大学に合格してしまえば、そんな「学校教育の悪夢」を払拭できるというのに、こんな瀬戸際になって、「世界史」という足枷が……。
 「世界史」なしで卒業していった先輩浪人たちバッカ得して、うちら現役生のこと、お前らナメてんのか、テメェラ、ヨォ、なんて毒づきたくもなるだろう。

 当然のことだ。受験が終わって一段落したら、文科省と教委を相手取って、集団で損害賠償訴訟を起こしたらいい。
 そう、相手は「文科省」と「教育委員会」だ。高校の先生たちではない。
 
 君たちもあの、東京の「君が代」強制卒業式のことを知っているだろう?
 「学習指導要領」通りやらない、といって、式場の現場に教委の役人が張り込み、「証拠」のビデオを撮って先生たちを「処分」した、あの事件だ。
 学校における何事も「決定」しているのは「彼ら」だ。現場の先生たちは、「手先」として使われているだけだ。
 
 「君が代」の「徹底」には狂奔し、「世界史」には目を塞いできた「彼ら」の責任が問われている。文科省と教育委員会の「怠慢」「指導力不足」による「必修外し」が原因なのだから、処分されるべきは「彼ら」である。

 その「彼ら」がどう逃げようとするか、しっかり見届ける必要がある。
 私見によれば、それこそ、生きた「世界史」の勉強になる。
 これから少なくとも数ヵ月、生きた「教材」が目の前で展開される。まさに「教科書的事態」が繰り広げられるはずだ。

 君たちが住むこの日本という国は、「世界史」のなかで――とくに20世紀の中盤以降、特異なカタチを採り続けて来た。
 ナチス・ドイツの「国民学校」に模してつくられた文部省による「1940年統制教育体制」は、単なる「試案」、目安に過ぎなかった「学習指導要領」を「法的拘束力」を持つものへと変質させ、「教育委員の公選制」を破壊することで、戦後民主主義下においてゾンビのように延命し、いまも列島の「学校」を「教育ラーゲル(収容所)」化して権力をふるい続けている。

 〔余談になるが、1951年に「教育委員の公選制」を「任命制」にして、教育委員会の独立性を破壊した国会法案審議において、参議院本会議場(!)への警官隊導入を参議院議長に申し入れたのは、安部首相の祖父の、「昭和の妖怪」こと岸信介・自民党幹事長(のちの首相)である〕

 つまり、日本はこの70年間というもの、「世界史=現代史」のなかで、非常に特殊な「時間=空間」を刻んで来た。ドイツはナチが一掃されたのに、日本では戦前・戦中の支配層が生き延び、それがいまなおこの国を「統制」している。
 その「教育面」における現れが文科省の「戦後統制教育」であって、それが何から何まで……「世界史」の果てまで、「学習指導要領」「教科書」「教員人事」を核とした「検定教育」で縛り上げている。
 
 言うまでもなく「歴史」は、「次世代」が生み出す「新しい時間」で創られていくべきものだが、若い諸君の「みずみずしい時間」を、「教育」の名において「漂白」「消毒」し、新陳代謝による世直しの可能性を消し去っているのが、日本の「現代史」の実相なのだ。
 別の言い方をすれば、日本人の「歴史」創造力を、若い芽のうちから殺いでしまうもの、それが「日本の教育」であり、日本の「現代」のゆがみの実相なのだ。

 だから、日本の「統制教育」からは、ほんとうの意味での「歴史教育」はすっぽり抜け落ちている。歴史教育は歴史の真実に迫るものでなければならないが、それは「検定」によって禁じられたものになっている。
 「現代史」では、とくに……。
 「現代史は試験に出ない」のは、それ相応の、日本的な歴史的理由があるからに他ならない。

 そうした世界にも稀な、日本特有のさまざまな「メタボリック教育症候群」が一気に顕在化した部位のひとつ(いじめも別の部位におけるシンドロームである)として「世界史」における「漏れ」問題が、この「美しい国」においてただいま発生し、この国の次世代を担うべき17、8歳の諸君が、日本の「現代史」の最先端・最前線――すなわち、この西暦2006年の10月下旬という歴史的なこの瞬間において、世界の人々が唖然として見守るなか、これはもう確実にギネスものの、異常な「世界史的事件」に直面させられているのである。

 これは現役生だけでなく、日本社会としても不幸なことではあるが、ある意味では幸運なことである。「言い換え」なし、「削除」なしの、「ナマな歴史的な現実」に学ぶことができるからだ。「学習指導要領」を軸とした「統制教育」の「リアルな事実」に「実況」でふれることができるからだ。
 これこそ、ほんとうの「社会勉強」であり、「現代史の授業」である。
 「統制教育」を見直し、日本の教育を「再生」させる、ひとつの好機として問題を直視し、制度改革につなげていく……。
 この問題は、受験生だけがひどい目にあえば、それで済むような問題ではない。

 
 それでは、今回の「必修科目の履修漏れ」が提起している、日本の教育における「メタボリック症候群」とは何か?
 こんご、政府(文科省)、教育委員会が演じる、「幕引き」のための「不条理劇」の「ナマ実況」を眺める「観劇ガイド」を兼ね、「見所」のポイントを提示することにしよう。

 ひとつは、この「世界史・履修漏れ」問題が、実は二重の意味で「構造的」な問題であることだ。
 そのことをまずもって明確化する。
 文科省・教委はこれをごまかそうとするはすだから、日本のジャーナリズムには徹底追究と責任の究明にあたってもらいたい。

 問題が「構造的」であるという意味は、これが個別の高校の問題ではないということだ。とくに公立の場合は、各校は教育委員会のコントロール化にある。指導主事がいて統率している。個別の高校が突出して出来るようなシステムにはなっていないのだ。暗黙の了解があって、組織的に「必修外し」が行われて来た。
 一部に「余計な勉強がしたくないという生徒の要望を聞き入れて」などと、責任を「生徒」にかぶせる言動もあると聞くが、「教員配置」を含め、あくまでも組織的・構造的な問題であって、責任は教委にある。
 日本のジャーナリズムはそのことを徹底して追究し、報じてほしい。
 日本の新聞各社は若者の「新聞離れ」を嘆いているが、深層取材と報道を続ければ、若い読者は必ず帰って来る。
 
 地域の「公立進学高」は「中心校」とも言われ、地方の「教育界」の「看板」であり、教委とのパイプも太い。下々(三流校、底辺校など)とは違うのだ、違っていいというエリート主義がはびこり、「やり放題」に流れやすい。そして有名大学への合格者数を上げるために、教委の後押しで「やり放題」を続ける。その結果が、このザマであるのだ。

 地方の教委がとるべき責任はしかし、「単独責任」ではない。文科省の責任でもあるのだ。
 文科省は若いキャリア官僚を地方教委に「教育長」などとして出向させている。地方の現場の実態を知らないはずがない。その点でも指導責任は重大であり、最低でも教委との「共同責任」は逃れられない。

 この点に関してとくに日本の新聞ジャーナリストらに望みたいのは、文科省出向者がいる地方教委での実態追究である。
 (ついでに言えば、あるいは、文科省のキャリアのなかに――あるいは、たとえば外務省のキャリア組のなかに――、「必修漏れ隠し」で難関大学の入試を突破し、ついで国家公務員上級試験をパスしたような輩がいないかどうかも調査してほしい。なぜ、こういうセコイことを言うか、については後述する)

 もうひとつの重要なポイントは、「学習指導要領」の「縛り」が「現実」と乖離してしまっていると言う事実だ。
 「要領」と「現実」の距離は、全国の進学高が「みんで渡れば怖くない」ほどに拡大している。「要領」は「現実」にそぐわない、と、「教育の当事者たち」が考えているのだ。そうして「必修外し」とその「隠蔽」(公文書偽造)を繰り返して来た。それも文科省・教委の公認もしくは黙認の下で。

 ことは「世界史」に限らないはず。「要領無視」は、もしかしたら、中学(とくに私立)レベルでも広く行われていることかも知れない。

 「必修外し」が「現実」とそぐわないのは、直接的には「大学入試」(という「現実」)とかみ合わないためだが、それだけではない。
 「必修科目」とされる重要な「科目」など建前みたいなもので、より広い、生きた現実、生きた世界と深く関わらない、薄っぺらで軽いものなのだ。

 先述の文部官僚や外務省エリートなら、「高校の『世界史』だって? そんなの履修しなくったって平気さ。おれたち、超難関大学を突破して、こうしてキャリアになってるジャン」と証言してくれることだろう。

 だから、そういうことがあるものだから、マスコミさえ、こぞって「世界史」について「漏れ」といい、そういう軽めの言葉を使って恥とも思わない。
 
 「漏れ」だって? 履修「漏れ」だって?
 「世界」の「歴史」を学ばないことは、その程度のものなのか?
 「世界」の「歴史」を学ばせないことは(高校で「世界の歴史」を「学ぶ」機会を奪うことは)、「お漏らし」程度に過ぎないことなのか?

 「現代の世界」を創りだした「世界の歴史」など、(「国史」=日本史や「数学」、「英語」などとちがって)実はどうでもいいものだという、軽い認識が教育当事者にあることが、そもそもの問題である。

 「ウマイヤ朝」についてはふれられていても「イラク戦争」の実態には迫らない「検定教科書」。
 「年号」の羅列、「断片的知識」の集積と化した、「検定世界史」の授業内容。 

 「世界史」の「漏れ」の背景には、朝鮮半島や中国を含む「世界の現実」と断絶した、「ナショナリスティックな歴史教育」の歪んだ意図さえ感じられる。
 
 そういう社会的風潮があったからこそ、「漏らし」て「捨てられた」のだ。

 かくして「世界史」は消えた!

 
 そして来春の卒業式では「君が代」「日の丸」が「要領」通り、一斉に強制される。文科省・教委はこれだけは漏らさないのだ。「履修漏れ」問題は何らかの「救済策」で乗り切り、おそらくは誰も責任を取らないまま、「卒業式」を迎えることだろう。
 
 そこに至るすべてを、現役の受験生諸君には当事者として直視していただきたい。そうして日本という国の生きた現状に学ぶのだ。「世界」なかで「世界史」のなかで、自分はどう「教育」され、どんな「社会人」になろうとしているか、学んでほしい。

 そうして数年後、「主権者」として最初の「1票」を投じるのだ。
 リベンジは、たぶん、その時、できる。
  
  

Posted by 大沼安史 at 02:09 午後 コラム・夢の一枝 | | トラックバック (0)

2006-10-24

〔NEWS〕 「東京シューレ葛飾中」 来春、開校へ

 毎日新聞の東京都内版(10月24日付け朝刊)によると、都の私学審議会は23日、不登校児を支援しているNPO「東京シューレ」(奥地圭子理事長)が計画を進める「東京シューレ葛飾中学校」を私立校として認可するよう知事に答申した。
 特区制度を利用、葛飾区の旧松南小の一部を借りて開校する。各学年40人規模。

 (大沼・注)
 私立校として認められると私学助成を受けられるので、財政難は一部緩和されるが、それでもまだまだ厳しい。
 安部首相の提唱する「教育バウチャー」の出番はここにある。

 もうひとつ。
 学校(開校中を含め)の空き教室をつかって「学校内学校(School with in school)」を立ち上げることはもっとあってしかるべきだ。
 学校の小規模化、多様化が図れるだろう。

Posted by 大沼安史 at 02:09 午後 NEWS | | トラックバック (0)

〔NEWS〕 道人事委 「学習指導要領」の「法的拘束力」を否定

 毎日新聞(10月23日付け夕刊)が報じたところによると、北海道人事委員会は同日、倶知安町立倶知安中学校の卒業式で君が代斉唱を妨害したとして道教委から訓告処分を受けた男性教師(49歳)への処分を取り消す裁決を下した。

 「日の丸・君が代」処分では9月に東京地裁が「憲法が認める思想・信条の自由を侵す」として違憲判決を出したばかり。
 
その判決に沿った道人事委の決定で、裁決では「強制することは教職員の思想、良心への不当な侵害として許されない」と違憲性を指摘。

 さらに、校長が君が代斉唱の根拠とした「学習指導要領」にについて「大綱的な基準とはいい難く、法的拘束力は否定せざるを得ない」と言明した。

 (大沼・注)
 「学習指導要領」には「法的拘束力なし」。
 当然すぎることが、北海道の人事委員会によって、明示された。
 画期的でもあり、遅すぎた判断でもある。

 「要領」という、官僚が書いた要領の得ない「駄文」を、「官報」に記載したからといって、法的拘束力がある、と言い張ってきた文科省への痛打。 

 毎日は(他紙がそっけなく扱ったのに対し)夕刊第一社会面の3段記事で報じたが、ほんらい、社会面のトップでもよかった記事である。

Posted by 大沼安史 at 01:56 午後 NEWS | | トラックバック (0)

2006-10-23

〔ジャック天野 詩集『美しい国の子どもたち』より ② 〕  私が死んだら読んでください

 北海度の滝川市で12歳の少女が死んだ
  自分の教室で 自殺をはかった
 
 教師の教壇に遺書が置かれていた
  「私が死んだら読んでください」

 小学校の6年生が死んだ
  教室を死に場に ひとりっきりで

 前にも死のうとしたことがあった
  「でもこわくてできませんでした」

 いじめにあってもう生きてゆけない 
 「でも今私はけっしんしました」

 こわいけど、「でも」
  生きたいけど 「でも」

  「この手紙を読んでいるということは私が死んだということでしょう」
    
 少女は死んで「言葉」を残した。
  「私が死んだら読んでください」

 最後の「作文」 12歳の「遺言」
  それを教育委員会が「封殺」した。

 「生きる力」を育てるこの国の「教育」は
   彼女のことを2度も、殺した

Posted by 大沼安史 at 11:54 午前 ジャック・天野 詩集 「美しい国の子どもたち」 | | トラックバック (0)

2006-10-19

〔コラム 夢のひと枝〕 「教育再生(産?)会議」 スタート

 「教育再生会議」が10月18日、官邸での初会合でスタートした。

 翌19日の朝刊各紙は「『脱文科省』困難」(読売)、「『百家争鳴』集約難航も」(毎日)など、成果を危ぶむ指摘が目立った。嵐のなかの船出といったところである。

 開会の挨拶のなかで安部首相は「『美しい国』を造る上での基礎は教育だ」と述べ、具体策を列挙してみせた。

 その冒頭に据えられたのは、首相公選の際、「公約」に掲げた「教育バウチャー」ではなく、「教員免許更新制度と学校評価制度の導入による質の高い教育の実現と学力向上」。
 そんな、手垢のついた小手先の「具体策」を前面に掲げたところに、「会議」の実質的頓挫を見越した、首相の「保身」と「逃げ道」づくりが透けて見える。

 
 「教育を再生」する会議ではなく、このまま、これまでの「教育」を「再生産」するだけの会議に終わるのではないか。

 「教育再生」というのなら、管理と統制で締め上げられ、生気を失った教師たちに、新しい免許状を手渡しても、それほど意味はない。

 日本の公教育の教師には、そもそも「マイカー」(自分自身の教え)がないからだ。文科省の「車」(学校)を「マニュアル」(学習指導要領、教科書、手引き)通りに「運転」するだけ。まるでお猿の電車である。お猿さんドライバーの免許を更新してどうなるというのだ。
  
 学力世界1のフィンランドでは、教師が教科書もカリキュラムも決める。現場での裁量と決定権を認める……本来の「教員免許」とは、そういうものである、
 権限のないものを更新してどうしようというのだ。

 「学校評価」にしても同じことがいえる。文科省に手足を縛られ、学習指導要領にぐるぐる巻きにされた「学校」のどこに、独自性を出す余地があるというのだ。学校に自由と裁量を与えて、しばらく様子を見た後でなら、外部評価もよかろうが、いまのような状況ではさほど意味がない。
 車のたとえで言えば、旧社会主義国家のダサイ「国民車」の低性能を、一台ずつ比べてみて、一喜一憂するようなものだ。

 そもそも、全国一律の「お役所学校」を運営しているのは、文科省なのだから、「評価」さるべきは、彼らの「お役所仕事」である。

 苦言を言い続けても仕方ないので、「教育再生会議」のために、いくつか「提言」をしてみたい。

 日本の教育の「再生」をいうなら、「検死」からはじめるべきだ。日本の公教育の死因を特定するのが先決である。
 何が日本の公教育を「死」に至らしめたか?
 日本の公立学校における「死に至る病」とは何か?

 これをはっきりと特定すべきである。

 簡便な方法がある。
 日本の「公教育の死因」を探る場合、その大元というか中枢は文科省なのだから、「検死」にあたるのは、自分たちが牛耳る「日本の公教育の裏も表も知る文科省の人間が最適任だ。

 で、日本の公立学校に批判的な目を向けることができる(あるいは向けている)文科省の官僚とは、どのような種類の官僚たちか?

 そう、こたえはひとつ、わが子を「公立」に通わせず、「私立」に通学させている官僚たちだ。

 「教育再生会議」はまず、「公立」を忌避した文科省の役人たちに、その理由を問うべきである。
 そうすることによて初めて、文科省の当事者の口から、日本の公教育の真の「死因」を学ぶことができるだろう。
 そうすることによって、もはや「蘇生」は無理としても、社会保険庁と同じように文科省の「解体的出直し」を図ることができるだろう。

 提言のふたつめは、せっかくの首相公約なのだから、「教育バウチャー」の問題に真正面からぶちあたることだ。
 会議の初会合では、委員のなかから「親孝行のできる子を」などという意見も出たというが、問題はそうした子どもを育てることが可能なシステムの構築である。いまの「文科省学校」の全国一律金太郎飴では、親孝行の桃太郎(?)が出ないというなら、出るシステムを考え出すしかない。安部首相やブレーンの下村官房副長官が本来「会議」に期待したかったのは、そうしたシステムの基本的な再検討、再構築であったろう。

 その意味でも「会議」のメンバー諸氏には、「教育バウチャー」の議論を、絶対に避けて通ってほしくない。
 安部首相にも、逃げずに踏みとどまれ、と言いたい。

 私見によれば、「教育バウチャー」の議論は、たとえ結果的にその「大規模な導入」に至らなくとも、死にかけた子どもたちをぎりぎりのところで救い出す、妙案を生み出す可能性を持っている。

 報道では、「会議」は免許更新・学校評価を優先させ、「バウチャー」は後回しとなる見通しだというが、それならそれで、「会議」のなかの推進派の委員らがたたき台(素案)をまとめ、「会議」の場に提示してみてはどうか。

 日教組も教育学者たちも、「バウチャー」に反対なら反対で、「会議」に意見書を提出してはどうか。

 「会議」がダッチロールに陥り、混乱のまま閉会に向かうだけなら、それはそれで、ご苦労様、と言って済ませることもできるが、再生しなければならない、崩壊した公教育によって、子どもたちが公立学校で「死」にゆく状態がこのまま再生産され、永続化されることだけは、あってはならない。

 「教育再生会議」を、政権のお飾り、延命装置にしてはならない。
 「会議」の失敗は、わが国の「1940年統制教育体制」の戦後版でしかない、「文科省公教育ゾンビ」の「再生」をもたらすだけだ。

Posted by 大沼安史 at 03:56 午後 コラム・夢の一枝 | | トラックバック (0)

2006-10-17

〔ジャック天野 詩集「美しい国のこどもたち」より〕   偽善者にもなれなかった偽善者 それは「学校」

 福岡県筑前町の公立中学校で、担任から「偽善者にもなれない偽善者」と嘲笑された2年生の男子生徒が、「いじめ」を苦に自殺した。13歳だった。

 全国一律、「文科省お役所学校」のひとつで、またも悲劇は起きた。

 男子生徒は「学校」というものに、追い込まれて死んだ。

 逃げ場はなかった。
 日本の子どもは「制服」を着せられ、日中、「学校」から一歩たりとも外へ出てはならない。

 教室には「担任」が解き放った「いじめ」という名の毒蛇がトグロを巻き、「級友」という、担任の“教え子”たちが、男子生徒をその「エサ」にしていた。

 つまらない「授業」のウップン晴らし。「学校」という「収容所」のなかのエンターテイメント。
 まるで、昔の日本軍の「内務班」。
 「教室」での「ウグイス、谷渡り」。

 母親の相談が、そのまま「情報公開」された。
 彼の「個人情報」が担任の口から校内に広がった。 
「プライバシー」を暴かれ、それがそのまま、「あだ名」になった。

 この九州の「文科省学校」にも、生徒に「人権」はなかった。
 「人間の尊厳」もなかった。
 「正義」もなかった。
 
 「教育」という名の
 管理と統制と
 若い命に対する侮蔑だけがあった。

 「担任」は、生徒を「イチゴ」と見立てて等級付けしていた。
 「ジャムにもならない、お前ら」
 「5段階評価」?
 
 47歳の「担任」は罪を認めた。
 遺族に対して、「一生かけて償います」と謝罪した。
 「校長」も「教師の言動が自殺につながったと認識している」と言った。

 「一生かけて償う」
 「教師の責任だと認識している!」
  よっ、大統領! さすが、世の模範たるべき教育者!

 その「校長」がその夜の午前2時前、遺族宅を訪ねた。
 真夜中の家庭訪問。恥も外聞もない、前言の撤回。
 「教師の発言が自殺と結びついているとは考えていない」。

 そしてその朝の全校集会。
 「すばらしい君たちを前に手を抜いてしまった。乱暴な言葉や甘えがあった」
 「全力で君たちを守る。この言葉にうそはない」

 自殺した男子も「すばらしい君たち」のひとりだった。
 「校長」が「全力で守る」べきひとりだった。
 その「言葉」に「うそ」がなければ……。

 「偽善者になれない偽善者」とは、ほんとうは誰だ?
 13歳の「すばらしい君」を死に追いやったのは、ほんとう誰だ?
 「この言葉にうそがある」のは、ほうとうは誰だ?

 (大沼・注) 畏友・ジャック天野氏より、メールで詩の投稿があった。氏が三文詩人だとは知らなかった。デキの悪さには目をつぶり、今後、投稿がありしだい、随時掲載する。

Posted by 大沼安史 at 01:40 午後 ジャック・天野 詩集 「美しい国の子どもたち」 | | トラックバック (0)

2006-10-15

【学びのナチュラル 〈その1〉】  ジョン・ホルトとニイル  雨の日の出来事

その日は、荒れ模様の天気だった。

子どもたちは寄宿舎の部屋に閉じこもり、老いたA・S・ニイルは、おかげで坐骨神経痛が痛んで来た、とこぼした。

ジョン・ホルトが訪ねた、英国スコットランドのサマーヒル校。

ニイルの開いたフリースクールはその日、嵐のような悪天候のもと、ひっそり息づいていた。

ニイルの部屋でのふたりの対話は、誰に邪魔されることもなく、しばらく続いた。

そこでどんな会話が交わされたか、ジョン・ホルトは何も残していない。たぶん、自由教育をめぐる質疑と応答があったであろうことは想像できるが、対話の記録はどこにもない。ジョン・ホルト自身、「長い時間、興味の持てる話し合いをした」と記しているだけだ。[]

話し合いも終わり、そろそろ退去しようと立ち上がりかけたジョン・ホルトを、ニイルは「もうちょっといてくれ」と手で制した。

椅子に座り直してあれこれ話をしているうち、午後の三時ごろになって、ニイルの義理の兄弟のひとりが部屋に入って来た。テレビで、スコットランドとイングランドのラグビーの試合がある。観たいけど、構わないか、ということだった。

結局、三人でラグビーをテレビ観戦することになった。

ニイルとの対話について何も書き残していないのに、そのラグビー観戦のことを、なぜかジョン・ホルトはかなり詳しく書いている。

「ニイルはわたしに、ラグビーのこと、知っているか、と聞いた。何も、と答えると、わたしもそうだ、とニイルは言った。わたしたちはテレビに向かった。観戦して二分も経たないうちに、わたしはパニックのような混乱に陥っている自分に気づいた。それはわたしがあの機織の道具を目の前にしたときと同じ感覚だった」

ここでいう機織の道具とは、ジョン・ホルトが以前、友人に誘われ、米国メーン州のある学校を訪ねたとき、初めて目にしたものだ。[]

使い方のわからない機織器、操作法を知らない手動の織機。

動かし方の説明を受けたとき、なぜか感じ始めた不安。防衛本能のような不安……。

途方に暮れたそのときの感覚が、テレビのラグビーの試合を観ながら甦って来たのだ。

ルールを知らない自分に対する苛立ち、焦り、不安。わたしは教師であるのに……。

ジョン・ホルトはこう続ける。

「ラグビーは初心者には理解しにくい難しいゲームだ。サッカーとアメフトが変に一緒になっていて、片方のルールを知っていても、誤解するのがおちだ。そんな試合を観るわたしの頭のなかで、例の〈教師の声〉が響き始めた。『あの選手はなぜそうしたの?』『なぜ、あそこにボールを置いたのか?』『なんであんな風に走っているのか?』等など。が、わたしには何も答えられない」

「それから数分後、わたしは気づいた。これは機織器を前にしたあの状況の再現であると。わたしにはゲームを推理するだけの知識がなかった。だから、質問することも無駄だった。ニイルも答えられない。ニイルの義理の兄弟も無口だし、何より、わたし自身がどう質問していいかわからない。唯一、わたしにできること、それは質問を打ち切り、自分の目でそのものを見ることだった。そう、子どもたちがそうしているように。とにかく、すべてを摂り込んでいく。すべてものに目を向ける。そして気に病まない。これが、わたしがその時、したことだった。わたしの内なる(教師の)声が文句を言い出すたびに、わたしはそれを黙らせた」

ジョン・ホルトはここで、一方で、頭のなかで質問を発しようとする〈内なる教師の声〉を抑え込み、他方、「すべてを摂り込み、すべてに目を向け、くよくよしない」子どもの目で、一見、不可解なゲームを見守ろうとしたのだった。

見守り続けてどうなったか?

「(前半が終了し)ハーフタイムになっても、わたしは試合開始時と同じくらい、わけがわからなかった。フィールドで起きたすべてがわたしを驚かせていた。ハーフタイムにアナンサーたちが、前半のプレーを解説していた。何を言っているのか、まったくわからなかった。わたしは、こどもたちが大人の会話に耳を澄ますように、わけもわからないのに、それがどんな意味なのか気にもしないで、あらゆる言葉を摂り込んでいた。間もなく後半がスタートした。前半開始時と同じく、わけのわからないままに……。後半十分が建ったときのことだった。ラグビーというゲームのさまざまなパターン(型)が、落ち着くべきところへ、すーっと嵌り込んだのである。あの機織器と同様、ラグビーはわたしの心になかでかたちをとりはじめたのだ。わたしは突然、選手たちがしていることを理解している自分に気づいた。選手たちが次に何をしようとしているのか、わたしはすでにわかっていた。アナンサーたちの言う『いいプレー』がなぜ、いいプレーなのか、ミスはなぜ事実としてミスなのか、もうわたしにはわかっていたのである。もちろん、わたしがまだ知らないことも多かった。ゲームやルール、ペナルティーの詳細を理解してはいなかった。しかし、わたしはいまや、自分から質問できるだけのことを知っていたのである。答えを聞いても、それがどういうことなのか理解できるだけ、すでにわかっていたのである」

ニイルのかたわらで、ラグビーというものを、子どものような目で、自から学びとっていったジョン・ホルト。

このサマーヒルでの体験は、ジョン・ホルトにとって忘れられない記憶となって生涯、消えずにあったものだろう。

〈教師の声〉が掻き立てる不安をやり過ごし、対象に正面から迫って、まるごと摂取していく、子どもたちの本来的な学び。それをジョン・ホルトは、ほかならぬサマーヒルの一室において、それもニイルのそばで体験し、体得したのである。

PS ジョン・ホルトをめぐる断章を、こんご随意、掲載します。


[] HCL(How Cildren Learn) p282~283

[] HCL p273

Posted by 大沼安史 at 07:31 午後 | | トラックバック (0)