2009-08-03

〔NEWS〕 「九条」を守り抜く政治ファンタジー小説 刊行! 

 日本の戦後史最大のタブーである「M資金」の謎を、日蘭(オランダ)混血の少女、「NONO」が暴き、「九条」を葬り去る陰謀を、「頑爺(がんじぃ)」率いる民衆が阻止する、小生の政治ファンタジー小説、『NONOと頑爺のレモン革命』が刊行されました。

 版元のHPは ⇒  http://homepage2.nifty.com/forest-g/book/4196.html

 来年、2010年は「60年安保」の50周年の記念すべき年。
 それに合わせた、記念出版であります。

 なお、本書では、アメリカの「対日政治工作資金」(これで日本の戦後政治が買われてしまった!)=「M資金」の出自、素性の秘密に迫っています。

 小説の本文中に出てくる「毎朝新聞」の「スクープ記事」 (ブログ用に少し書き換えました)を以下に掲載します。

 すでに本ブログで「公開」済みの「あとがき(に代えて)」

 ⇒ http://onuma.cocolog-nifty.com/blog1/2009/06/post-dae4.html

 と、合わせてお読みいただければ幸いです。

 この小説は、単なるファンタジー小説ではありません。フィクションの姿をとった、「真実」の物語であります。
                   * *

 『NONOと頑爺とレモン革命』に収録された「毎朝新聞」の「スクープ記事」

   戦後史の最大のタブー 舞鶴沖に浮上 
    旧海軍 オランダ病院船沈める 
     海底に莫大な財宝・軍事物資を隠匿 
      20兆円 米軍潜水艦が回収 保守政権の資金源に
       M資金は「マイヅル資金」と判明 
        「残金」は60年代に日本へ一括返還

 日本の戦後史最大のタブーとされていた「M資金」をめぐる秘密が舞鶴沖に浮上、その全貌が姿を現した。日本の戦後保守政治を動かして来たといわれる、米国の対日政治工作資金、「M資金」は元々、終戦直後、旧日本海軍が舞鶴沖に沈めたオランダの病院船に隠匿されていたものであることが、本紙特別取材班の調べで明らかになった。

 舞鶴沖の海底に隠された軍需物資・財宝は、現在の時価換算で、二〇兆円以上に相当するもので、この存在を察知した米側が潜水艦を使って回収、「M資金」として使用していたこともわかった。「M資金」の「残金」は、六〇年代に米側から日本の保守政権に一括返還されていたことも判明、歴史の闇に包まれていた真実が、本社取材班の調査報道で、一挙に白日の下に曝け出された。

 本社取材班の調べによると、終戦直後、日本海軍の手で舞鶴沖に沈められたのは、太平洋戦争初期に日本海軍が拿捕したオランダの病院船『オプテンノール』号。
 オプテンノール号は日本本土に回送後、改装され、日本海軍所属の病院船『天応丸』に生まれ変わった。『天応丸』はさらに『第二氷川丸』に改名、終戦時は横須賀の海軍基地に繋留されていた。

  日本海軍は、すでに戦争が終結しているにもかかわらず、横須賀基地の地下倉庫に隠匿していた、金銀などの財宝とタングステンなど軍事物資を『第二氷川丸』に積み込んだ。
 
 傷病兵の移送を偽装し、物資を満載して横須賀基地を出港した『第二氷川丸』は、津軽海峡経由の北回りルートを取り、八月二十八日、舞鶴軍港に着いた。

 三日後の同月三十一日の夜だった。『第二氷川丸』は舞鶴軍港で最後の積み込みを終えると出港、若狭湾内の冠島の北東海域で停船、キグストン・バルブ(弁)を抜いて、水深一二〇メートルの海底に沈んだ。乗員は同行した小型船艇に移譲して軍港に帰還したと見られる。
 
 同船の積荷リストによれば、金二五〇トン、銀一〇〇トン、白金七〇トン、水銀(瓶)五〇〇本、ダイヤモンドなど貴金属類・特殊金庫五個分、その他の宝石・貴金属装飾品五〇〇トン、工業用ダイヤモンド五トン、タングステン三〇〇トン、タングステンラグ五〇トン、錫三五〇トン――などが海底に沈んだ。

 現在の貨幣価値で換算すると、二十兆円を超すものと見られている。

 こうした財宝・物資は、主に中国大陸で海軍特務機関が入手したものとみられ、『第二氷川丸』など「病院船」を貨物船代わりに使って横須賀、舞鶴に移送し、備蓄していたらしい。

 舞鶴沖の浅海に沈めたのは、米軍による接収を逃れるのと、日本海軍の再起を期すためと見られる。

 同船の引き揚げについては、旧海軍関係者が会社を設立するなど、これまで数次にわたって試みられて来たが、資金難などからいずれも中断に追い込まれた。

 このため、同船の財宝・軍事物資は手つかずのまま、沈没した船内に眠っていると見られていたが、平成八年(一九九六年)に、民間の篤志の手で行われた船体の点検作業で、船腹部に計二十二ヵ所、水中バーナーで切断された長方形の穴があることが潜水作業員によって初めて確認された。

 現場海域は潮流の流れが激しく、人工衛星で船位を維持する「ダイナミックボジション装置」を備えた米軍の潜水艦でなければ、そのような切断作業は困難。

 このため、戦後日米関係史に詳しい複数の関係者は、日本海軍の隠匿工作を知った米軍が潜水艦で船内から物資を回収したものと見ている。

 戦後、日本を占領下においた米国は反共政党を育て上げ、政権党の座に就かせたが、CIA(中央情報部)などによる秘密工作資金の出所がこれまで謎とされていた。

 ニューヨーク・タイムズ紙のピュリッツァー賞受賞記者、ティム・ワイナー氏は近著、『灰の遺産』の中で、「六〇年安保」時にも行われていた、CIAによる資金供与の事実を暴露しているが、今回、舞鶴沖に沈められた旧海軍の財宝・軍事物資の米軍による回収工作が明らかになったことで、新たに「M資金」の「日本還流」の事実が浮かび上がった。

 世界的な経済紙、フィナンシャル・タイムズのジリアン・テット記者(前東京支局長)の調査報道によると、米側の対日資金の残額が一九六〇年代に、一括して日本政府に「返還」されていたことも判明した。このことも舞鶴沖海底の旧海軍の財宝・物資が米国によって回収され、対日工作資金をして使われていた事実を示唆するものだ。

 テット記者によれば、一括返還された資金は、「シリーズ五七年債」と呼ばれる「日本国債」の「引き出し権(券)」のかたちで保守政権が管理、政治資金として使って来た。

 「M資金」の「M」についてはこれまで、GHQ(連合軍最高司令官総司令部)の第二代経済科学局長を務めたマーカット少将の頭文字説など数説あったが、本社の取材活動で「マイヅルのM」であることが確定した。

 (この本記記事以外の、小説本文中に載った「関連記事」については略)

 

Posted by 大沼安史 at 05:21 午後 NONOと頑爺のレモン革命 | | トラックバック (0)

2009-07-21

〔NEWS〕 小説、『NONOと頑爺のレモン革命』、見本本、完成!

 小生が仙台の出版社、「本の森」から刊行する小説、『NONOと頑爺のレモン革命』の見本本が出来てきました。
  ⇒   http://hello.ap.teacup.com/vancouverbc/img/1248148096.jpg
 
 本を手にしている初老の男が、小生、大沼安史であります(はじめまして!)。
 盟友・小笠原信之の命名で、「BOO仙人」と呼ばれています(とほほ)。

 四六版、1600円(+税)。

 予約・ご注文は 「本の森」のHP ⇒ http://homepage2.nifty.com/forest-g/
 から。
 メール注文だと送料が無料になります。

Posted by 大沼安史 at 01:03 午後 NONOと頑爺のレモン革命 | | トラックバック (0)

2009-07-10

【NEWS】 『NONOと頑爺のレモン革命』のコンテンツが確定!

 新作の小説、『NONOと頑爺のレモン革命』のコンテンツが確定しました!

 「目次」は以下の通りです。 

■目次

◎本文

○プロローグ/
1.「イマジン」機、成田へ
2.「国会」へ届け! 「平和の灯」
3.えっ? オノ・ヨーコさんも乗ってるの?
4.決めろ! ヨッシャー、頼むぜ、「鍋男」ライダー
5.「丘サド」学校議会が「世直し」宣言!
6.安部首相の長男坊、「丘サド」で変身!
7.「ドラゴン退治だ」 小田実がアピール!
8.「燃えるパリ」で闘ったNONO
9.文彦先生の「バッカも~ん」カミナリ
10.「黒船地震」で「震災難民村」生まれる
11.「ドン・キッズ」と「鍋連」が「震災難民」を支援!
12.「丘サド」が闘いの全国センターに
13.「6・15」の「関ヶ原」へ決起!
14.日本のおじいさん、あなたは誰? どこにいるの?
15.愛は湯煙の中で
16.千春・コースケ、暗殺をまぬかれる
17.信太と早苗の「社会」勉強
18.世論操作で「九条」がつぶされる!
19.「永田町」に秘密の地下トンネル網
20.ジャカルタ、1945年
21.オランダの病院船、「オプテンノール」号
22.毎朝新聞が世紀の大スクープ!
23.「頑爺同盟」、いざ出陣!
24.NONO、「緑の日の丸」を掲げる!
25.NAOMIは、「絵」の少女の名前だった!
26.「平和の灯」、成田到着!
27.最高潮?「夏の赤白歌合戦」
28.国会前に「対話」空間
29.レモンを持った「ジャンヌ・ダルク」
30.「時間泥棒は、お前だ!」
○エピローグ

◎「平和」をイマジンする―「M資金」「六〇年安保」「九条」―あとがきに代えて 
 

Posted by 大沼安史 at 01:47 午後 NONOと頑爺のレモン革命 | | トラックバック (0)

2009-07-09

〔NEWS〕 近刊の小説、『NONOと頑爺のレモン革命』 表紙が完成!

 ⇒  http://hello.ap.teacup.com/vancouverbc/
 
 「帯」で隠れてしまいましたが、「NONO」(ギターを抱えた少女)の右下に、若い頃の「小田実さん」が、左下には、「白地に赤の)日の丸 を背負った亀さんが、描かれています。

 NONOの抱えるレモン色のギターには「緑の日の丸」も!

 仙台在住のイラストレーター、羽倉さんの作品です。

 この「表紙」及び、小説の「おもわせぶりな」(?)紹介は
 ⇒ http://onuma.cocolog-nifty.com/blog1/2009/06/post-66af.html

  小説につけた「あとがき」(未定稿)は

 ⇒ http://onuma.cocolog-nifty.com/blog1/2009/06/post-dae4.html

 

Posted by 大沼安史 at 09:03 午後 NONOと頑爺のレモン革命 | | トラックバック (0)

〔コラム 本の森・一番町日記〕  「平和をつくれないものに壊す資格はない……」

 「平和をつくれないものに壊す資格はない……」

 近刊の小説、『NONOと頑爺のレモン革命』の最後の方に、何度か出てくる言葉だ。

 クライマックスに向けた急展開の中で登場する言葉なので、「うるさくなっても」と、注釈をつけなかった。

 しかし、「出典」――出自のはっきりした言葉である。出所を明らかにするのは、小説の執筆者として当然の義務であろう。

 で、この場をかりて明らかにすると、1992年、ブラジルのリオで開かれた国連環境サミットで、カナダの日系、スヴェン・スズキさんという、当時、12歳になる少女が語った、いまや伝説の名演説から採った。

 (ビデオ画像) ⇒   http://www.youtube.com/watch?v=C2g473JWAEg

 スズキさんは、こう言った。

   If you don't know how to fix it, please stop breaking it!
   (直し方を知らないなら、壊すのは止めて!)

 これが原典の言葉だ。
 小説では、すこしアレンジして、「平和をつくれないものに壊す資格はない……」とした。

 小説の中で、この言葉を語るのは、10代半ばの日本の男の子である。

 そう、「平和をつくれないものに壊す資格はない……」!

 『NONOと頑爺のレモン革命』は、平和を壊さない、平和をつくる、ファンタジー小説である。

  

〔注〕 このコラムは、小生がボランティア編集長を務める、仙台市の市民出版社、「本の森」の編集部ブログ、「一番町日記」(⇒ http://hello.ap.teacup.com/vancouverbc/ )のコラムを転載したものです。
  

Posted by 大沼安史 at 02:30 午後 NONOと頑爺のレモン革命 | | トラックバック (0)

2009-06-20

〔コラム 机の上の空〕 ギターを弾く、小鳥のような少女

 今朝、コンビニで買った朝日新聞(統合版朝刊)をめくっていたら、ひな飾りの前に座る、おばあさんが、同じ背丈の、ギターを弾く木彫りの少女に手を添えている写真が目に飛び込んで来た。

 木彫りの少女は、高野悦子さん。あの『二十歳の原点』の高野悦子さんだ。学生運動に加わって苦しみ、自死した人だ。

 (東京などでは朝日の夕刊に掲載されている)「ニッポン 人脈記」の記事。

 あの高野悦子さんも、ギターを弾く少女だった! 
 ジョン・バエズさんのように、新谷のり子さんのように、加藤登紀子さんのように。

 そう思った瞬間、数日前の雨の朝、平野ルミさんのあの歌を、40年ぶりに、なぜか突然、思い出したわけが分かった。(そして、急にトチくるって、ブログに「懐メロ」コーナーを設けてしまったわけが……)

 私がこんど出す本(『NONOと頑爺とレモン革命』)のカバー用に、イラストレーターのHさんが描いてくれたのが、ギターを持って「国会」へ向かう少女、NONOの絵。本文にはない「ギターを弾く」NONOの姿を、Hさんはレモン色で描いていた……

 そう、その絵が伏線になって、40年前の歌を思い出していたのだ――そのことを、高野悦子さんの木彫の写真は教えてくれたのだ。

 そして、私の本のカバーの絵を超えたもっと大きな時代の意味をも、教えてくれていたのだ!!!……。

 「人脈記」の記事の中で、高野悦子さん同様、「69年」に20歳だった作家の関川夏央さんが、こう言っていた。

 「……主体的に考えろ、世界を見ろ、と強要するような空気があった……悩むことを強要し、自分を責めさせたという意味では、時代の悪意があった」と。

 同感である。
 その通りだと思う。
 社会正義がイデオロギー化し、「正しさ」が「理論」として絶対化される中、「プチブル精神」は否定された。

 お前、「自己否定」、しろよ! 歌なんか、歌ってる場合じゃねえぞ、ギターを捨ててゲバ棒を握れ!

 何が、「ベトナムに、平和を」だ? ホーチミンは反スタ・スターリニストじゃねえか!

 「ベ平連」式のフランスデモが、ヘルメット姿のジグザグデモに代わって行く中、「フォーク・ゲリラ」たちの姿も、いつも間にか、消えてしまった。

 「自己否定」を迫る「時代の悪意」は、「一人でも始める・一人でもやめる」小田実さんのような市民運動家を個人主義者として侮蔑するまでになっていた。

 一言でいえば、それは、「69年世代」から……たぶん、高野悦子さんからも、「ギター」を奪ったのである。

 同世代である、僕の場合もそうだった。

 仙台の深沼海岸を歩き、歌をつくってはメロ譜に書いて、NHKの『あなたのメロディー』という番組あてにせっせと送りつけていた軟弱な僕も、いつの間にか、歌づくりを忘れていたのだ。

 (そうだった、NHKの番組に採用された僕の曲のひとつは、『浜辺でギターを』という歌だった!……)

 お母さんの高野アイさんがそばで優しく微笑む、「ギターを弾く高野悦子さん」は、僕にはなぜか、背後のひな人形たちを率いた、小鳥たちの楽団の、歌手兼ギタリストのように見える。

 そうとしか見えない僕の耳に、「時代の悪意」を超えて響いて来るものは、今のところ、素敵なラブ・ソングでありながら、あの時代に、まったく歌われることのなかった、平野ルミさんのあの歌である。

 「ギターのように愛されたい」……高野悦子さんという「ギターを弾く少女」は、この歌を歌っただろうか?

 歌わずとも(亡くなった翌年出た歌だから……)、歌ったはずだ。

 今、歌っている……そんな気もする。

 ⇒  「ギターのように愛されたい」は、  http://onuma.cocolog-nifty.com/blog1/2009/06/i-love-his-for-.html
  
 

Posted by 大沼安史 at 01:11 午後 NONOと頑爺のレモン革命 | | トラックバック (0)

2009-06-14

〔コラム 本の森・一番町日記〕 「日の丸」を背負った亀、「国会」に向かう!

 小生(大沼)の2冊目の「世直し小説」、近々、仙台の市民出版社「本の森」から出す、新作のタイトルが決まった。 『NONOと頑爺のレモン革命』!

 「NONO」は、フランスから来た(小説の主人公のひとり)女の子のニックネーム。
 20世紀の初め、フランスで活躍した思想家・教育家が子ども向けに書いた物語、『NONOの冒険』から拝借した。
 「頑爺」は「がんじぃ」と読む。もちろん、あのインドの「ガンジー」さんにちなんだ由緒ある(?)名前である。

 じゃ、「レモン」は?……これはマル秘。
 でも、「ヒントその1」は、「高村光太郎さんと智恵子さん」。

 そして、昔、街頭デモをして、催涙ガスに巻かれたことのある人なら、その汁を××に絞り込み、○○させた経験がおありでしょうから、分かるはず……これが、「ヒントその2」。

 なんだか、思わせぶりで、済みません!

 で、ストーリーも、読んでのお楽しみ(つまり、買ってください、というアピール!?)になるが、
(ただし、「あとがき」未定稿は、本ブログで既報 ⇒https://app.cocolog-nifty.com/t/app/weblog/post?__mode=edit_entry&id=58298437&blog_id=153575)

 そのエッセンスを取り込んだ、カバーの絵が完成し、昨日、「本の森」に届いた。

 仙台在住のイラストレーター、H女史の力作。
 凄い! 
 まるでシャガール!(H女史と誕生日が同じ!)、しかもパンクな。
 
 「オモテ」の表紙の絵は、「NONO」が中心。レモン色の「レモンちゃんNONO」になっている。ギターを抱えて、歌いながら「国会」へ向かうNONO!

 おお、ドラクロア! デモ隊を率いて、「国会」へ雪崩れ込む、自由の女神! 

 NONOの足元には、亀さんがいる。背中に白地に赤丸の「日の丸」を背負った亀がいる!

 な、なんだ? 何なんだ、これは? ま、まるで、ミヒャエル・エンデさんのMOMO!

 NONOのレモン色のギターには、白地の緑丸の「緑の日の丸」。
 い、いったい、これは何なんだぁ~?

 しかも、画面右下が「キャンドル・ライト」の海。

 光の海の中で、「平和の聖火」のトーチを掲げている男性は、若い頃の、小田実(まこと)さんではないか!!!
 「ベ平連」時代の、若々しい小田実さんではないか?

 「頑爺」とは、あなたのことですか? 教えてください、小田実さん!!

 背表紙の絵も凄い。

 いまにも海に沈もうとする、オランダの病院船!

 その上の空を、抱き合って飛んでいるのは誰だ?!

 おお、な、なんと、ジョン・レノンさんとオノ・ヨーコさんではないか?  

 おお、シャガールが遂に、ジョン&ヨーコ&ラブ&ピースを描いた!

 ――――というわけで、H女史の手になる、物凄い、迫力満点の絵のおかげで、すばらしいカバーの本になりそうだ。

 ハチャメチャなストーリーのエッセンスを、見事にシャガール化し、「構図化」してくれたHさん、ほんとうに、ありがとう!

   
 『NONOと頑爺のレモン革命』は、前作、『緑の日の丸』に続く、シリーズ第2作。
 目下、編集作業中で、遅くても8月中には発売の予定です。

⇒  

〔注〕 このコラムは、小生がボランティア編集長を務める、仙台市の市民出版社、「本の森」の編集部ブログ、「一番町日記」(⇒ http://hello.ap.teacup.com/vancouverbc/ )のコラムを転載したものです。

Posted by 大沼安史 at 11:37 午前 NONOと頑爺のレモン革命 | | トラックバック (1)

2009-06-01

「平和」をイマジンするために……「M資金」・「六〇年安保」・「九条」のことなど

◎ 以下は、仙台市の市民出版社「本の森」から、近く出版する、小生(大沼)の   小説 『NONOと頑爺のレモン革命』 「あとがき(に代えて)」です。 

                          

 「小説」に「あとがき」が不要なことは百も承知で、この本の読者に知っていただきたいことを「追記」したい。

 それは本書、『平和の聖火』の根幹に、「フィクション」ではない、「事実」があるということである。

 そうした「事実」の基盤の上に、著者である私(大沼)にとって、もうそれ以外あり得ないものとして――著者にとっての「真実」として、この物語は生まれた。

 それは、偶然の積み重ねによるものであったが、必然の成り行きでもあった。

 私という、「戦後日本」を生きて来た、一人の「日本人」の前に、驚くべき「事実」がいくつか現れ、その度に、「物語」の筋道が刻み込まれたのである。

 本書を産み出す最初の動因は、平成十三年(二〇〇一年)の春、私の前に現れた。

 あの独特のピンクの紙面の、「フィナンシャル・タイムズ(FT)」を読んでいた時のことだ。 FT紙の「週末特集」(同年4月7日付)のトップに、ジリアン・テット(Gillian Tett)東京特派員の調査報道記事(Mischief or conspiracy?)が載っていた。

 日米の関係者に取材して書かれた、「還付金残高証明書」をめぐる「謎」に迫るその記事は、実に驚くべき内容で、読み進むうち、われわれ一般の日本人というのは、何も知らない――何も知らされていないのだな、という思いにつくづく囚われた。

 正直なところ、テット記者の記事を読んで、私は初めて「還付金残高証明書」というものを知った。二十五年も新聞記者をして、日本の政治経済や社会問題に首を突っ込んで来たはずなのに、そんなもの、聞いたこともなかった。

 そんな「封印」された事実を、ジリアン・テットという、英国人の若い女性記者は明るみに引き出し、「謎解き」さえ試みていたのである。

 脱帽させられた。

 「シリーズ五十七年・日本国債」とも呼ばれる「還付金残高証明書」は、昭和五十七年(一九八二年)に、日本の「大蔵大臣」が「発行」した、とされるものだ。

 額面は「百億円から五千億円」。発行高は、なんと「数兆円」にも達する。

 この「証明書」は、日本銀行、あるいは第一勧業銀行(当時)に持ち込めば、額面相当の満期十五年の日本国債と交換できる――とされていた。

 日本政府(当時の大蔵省=現・財務省)は、これが世界の金融センターに出回り始めてから十年も経った平成五年(一九九三年)になってようやく、大蔵省のホームページで、詐欺狙いの「偽物」宣言をすることになるのだが、ジリアン・テット記者はこの政府説明を鵜呑みにせず、「秘密と論争」に包まれた「還付金残高証明書」の「起源」を探ろうとした。

 その結果、テット記者は、日本政府の説明とは違った、もうひとつの有力な「説」に行き着く。

 それは主に、かつてケネディ政権でアドバイザーを務めた米国の弁護士、ノルバート・シュレイ(Norbert Shlei)氏の証言に基づくもので、「還付金残高」とは、一九六〇年代にアメリカ側から日本側に「還付(返還)」された対日政治工作資金、すなわち「M資金」の「残高」である、という説だ。

 これによれば、この「還付」された「M資金」の残りを「掴み取った」のは、大蔵大臣、首相を務めた田中角栄ら日本の政治家たち。

 田中角栄はこの還付金を、仲間の名義で「日本国債」を買うことで隠匿したが、七〇年代になって、田中角栄の「取り巻き」たちがその現金化を目論み、問題の「還付金残高証明書」を印刷・発行した。

 そして、一九八〇年代半ばになって、「M資金」の金が盗まれた、との噂が内外に広まり、「残高証明書」の保有者から、補償を求める動きが出た――というのである。

 テット記者は、南米のウルグアイ政府もこの「残高証明書」をつかまされたくちだが、交渉役にA・ヘイグ元米国務長官を立てて、日本政府からの借款の返済に充てることに成功した、という話も紹介している。

 しかし、こうした彼女の調査報道で、一体何が最大の驚きだったかといえば、噂の「M資金」は幻でもなんでもなく、「歴史の現実」だった(可能性がある)と示唆した点だ。

 アメリカが戦後、「M資金」を使って、自民党政権の育成、支援を続けて来たという憶測は昔からあり、私も知らないわけではなかったが、ジリアン・テット記者の報道は、その「残金」の対日返還(還付)という「事実」にも触れ、さらにはその後の使われ方にも踏み込んだもので、「M資金」なるものの「実在」(の現実的可能性)を、私の脳裏にしっかりと焼き付けたのだった。 

 (ジリアン・テット記者は東京勤務のあと、ロンドンの本社に戻って、コラムニストになったが、二〇〇三年には、長銀がアメリカのファンドに買収され、新生銀行になるプロセスの真相に迫った『Saving the Sun』を、そしてつい最近は、世界的な金融大破綻の元凶となった、新型ディリバティブ取引の実態を暴露した、『Fool's Gold』を出している。二〇〇八年には、英国の最優秀ジャーナリストにも選ばれた気鋭のジャーナリスト。そんな彼女だからこそ、東京勤務の最後に、「M資金」という、誰も解けなかった謎の解明に挑むことができたのだろう……)

 「M資金」――なぜ「M」資金であるのか、それすらも分かっていない、この「対日政治工作資金」をめぐる、第二の衝撃は、それから三年後の平成十六年(二〇〇四年)六月、こんどは身近なところからやって来た。

 私が創立にかかわった仙台の市民出版社、「本の森」が、沈没船の引き揚げに意欲を燃やし続ける、仙台市在住の実業家、藤野卓児氏の著書、『眠れる財宝』を出版したのである。

 藤野氏が外国のサルベージ会社に依頼して引き揚げに取り組んで来た「沈没船」こそ、実は本書、『平和の聖火』に出て来る、オランダの病院船、「オプテンノール号」であるのだが、驚くなかれ、この船は戦時中、日本の病院船に改装され、終戦後間もなく、帝国海軍の「財宝・軍需物資」を満載し、帝国海軍の手で「舞鶴(イニシャルは「M」!)」沖に沈められた船であることが、藤野氏のその本で分かった。

 しかも、舞鶴沖の海底に今なお眠る「オプテンノール号」の船腹には、すでに「二十二ヵ所」もの穴が開けられており、「ダイナミックポジションという装置を備えた大型潜水艦によるものと考えられる」とのこと(同書一一六頁)。

 ジリアン・テット記者が調査報道で突き止めた「現実的可能性」の土台の上に、この藤野氏の「発見」を重ねて考え合わせるなら、結論はひとつ――日本海軍が再起の日のために、舞鶴沖の浅海に、軍需物資(タングステンなど)や貴金属類を船ごと沈めていたのを、占領米軍が察知して密かに回収、「(MaizuruのMの)M資金」の暗号名で戦後の対日政治工作に使い、その後、日本側に還付した残金が「残高証明書」に変わり、新たな疑惑の種子となっている――という話の線が、この時、浮かび上がったのだ。

 「ロッキード事件」で田中角栄とともに逮捕された、大物右翼の児玉誉士夫氏は、戦時中、海軍の嘱託として、上海に「児玉機関」を設立、軍事物資の調達にあたり、それを日本本土に(おそらくは、国際法で攻撃してはならないと定められた「病院船」を使って)移送していた人物。

 このこともまた、ひとつの補強材料となって、「M資金」をめぐる「封印」された「歴史の事実の物語」が、私の中で明確な輪郭をもって膨らんで来たのである。

  私の中に生まれ、心の底に錨を下したこの「見方」が、今回、この『平和の聖火』として結晶化するまでには、その後、いろんなことがあったが、中でも大きかったのは、平成二十年(二〇〇八年)八月に出た、ニューヨーク・タイムズ、ティム・ワイナー(Tim Weiner)記者の『灰の遺産(Legacy of Ashes)』(邦訳、『CIA秘録』、文藝春秋社刊)の衝撃だった。

 「CIAの秘密の武器は……冷たい現金だった」という書き出しの、同書「第十二章」は、米国CIA(中央情報局)の対日政治工作を暴露したもので、たとえばそこには、「M資金」残金の日本返還(還付)の裏づけともとれる、

   「一九五七年六月、岸(信介)は(渡米の際、米側に)一連の内密の支払いではなく、CIAによる財政的支援の恒久的な財源を求めた」(Kishi wanted a permanent source of financial support from the CIA rather than a series of surreptitious payments.)  ――といった「事実」の指摘さえあった。 (この点については、私の「個人ブログ」の以下の頁を参照 ⇒ http://onuma.cocolog-nifty.com/blog1/2007/08/post_4ac3.html )

 

 私は戦後の昭和二十四年(一九四九年)の生まれの「七〇年(学生)世代」で、「六〇年安保」(小学六年生だった)の「当事者」ではないが、東大生の樺美智子さんが国会前で亡くなったこと、そしてその日が「六月十五日」だったことは、何かで読んだか聞いたかして心に刻み、これまでずっと忘れずにいた。

 あの、本のタイトルにもなった、「人知れず微笑まん」という言葉とともに……。

 そしてその「樺美智子さん」のことを、彼女と「同年代」の今の若い人(私の知る限りのことだが……)が、「全員!」、「聞いたこともない」ことを知り、私なりに伝える努力をしなければならない、と思い続けて来た。

 私の「M資金」をめぐる「物語」の舞台が「六月十五日の国会前」になり、物語のメーンキャラクターの一人として、樺美智子さんの「再来」のような「ジャンヌ・ダルク」が登場するのは、このためである。

 それともうひとつ、私に『平和の聖火』の執筆を強烈に促したのは、あの小田実(まこと)氏だった。

 私は小田実氏と面識がないから、当然、小説を書けと直接言われたわけでもないが、「ぐずぐずしないで、何か書け」とドヤされているような気がして、大きな励みとなった。

 言うまでもなく、小田実氏は、私たち「七〇年世代」の、(言わせてもらえば)「憧れ」の的だった人だ。「行動力」と「言葉」を持った人だ。「ベ平連」を立ち上げ、反戦・平和運動を続け、あの「阪神大地震」では、被災者を救う市民立法運動を巻き起こし、遂に国会を動かして、法律を創った人だ。

  『平和の聖火』の、もう一人の主人公として、名前の「読み」が違うだけの「小田実(みのる)」氏に決起してもらったのは――「震災難民村・東京コミューン」の「村長」として、国会デモの先頭に立っていただいたのは、市民運動家として、波乱の人生を果敢に踏破した小田氏へのオマージュであるわけだが、私自身に、この『平和の聖火』の執筆を特に強く迫ったのは、病床の小田氏の姿だった。

 癌と闘い続けていた小田氏が、その死のベッドで、最後の小説、『トラブゾンの猫』を、それこそ最後の力を振り絞って口述している(NHKの教育テレビで見た)、その姿だった。

 凄い人だな、と思った。ほんとうに偉いな、と思った。

  『トラブゾンの猫』――トルコの黒海沿岸、トラブソンの「廃墟」に住む、猫たちの物語……。

 どんなストーリーになるのだろう?――と考えているうち、ミヒャエル・エンデの『モモ(MOMO)』の、冒頭のシーンが浮かんだ。

 古代ローマの遺跡のような「廃墟」に住みついた、得体の知れない、謎の少女、MOMO。 「時間」(つまり「歴史」)を盗む「灰色の男たち」の仕掛けを見破り、亀さんの導きで、遂に時間泥棒たちをやっつけるMOMO。

 小田実氏の病床に始まった連想は、「廃墟」を通じて、「MOMO」のイメージを喚起すると同時に、舞鶴沖に沈んだ、オランダの病院船に行き着き、「小田実」と並ぶ、物語のもう一人の主人公、日本人の血を引く「オランダ人女性、NONO」を浮かび上がられた。 (その女性の名前を、なぜ、NONOとしたかについては、本文中の注記を参照)

 政治ファタジーとでも呼ぶべきこの小説には、小田実さん、樺美智子さん以外にも、私に直接、間接的に影響を与えてくれた「人物」が、似通った名前で次々に登場して来る。みんな、私が尊敬申し上げる人たちだ。

 人物だけでなく、現実世界に実在する、私にとって大事な「事実」――たとえば、アメリカのボストン郊外に実在する、「サドベリー校」など――にも総出演してもらった。

 その意味で本書は、還暦を迎えた、「七〇年世代」(といっても、デモの後ろの方でウロチョロしていただけだが……)の一人である筆者の、人生――いや半生の(これが精一杯の)総決算である。

 すでにお気づきのように、私が書いた(いや、書かされた?)、『平和の聖火』のメッセージは、実に単純である。「歴史の封印を解き、歴史の真実を見詰め、平和を、九条を守り抜く」――そう、それだけのことだ。

 ただ、問題は、では、平和を、九条を、どのようにして守り抜くか?――ということ。

 ここでひとつ、ハッキリ言えるのは、平和も九条も、「非暴力」によって守り抜かねばならない、ということだ。

 「平和」を「平和」の中で、守り通して行く。「九条」を「九条」の精神で守り抜いて行く。

 この点に、いささかの間違いがあってはならない。

 権力の否定を、自己の絶対化に変造する過ちは、二度と繰り返してはならない。

  さて、次の問題は、その平和的な手段や如何に、ということだが、そこで登場するのが、誰にでも、いつでも、どこでもできる「イマジン(Imagine)!」である。

 想像こそ、力! 想像こそが、平和をつくる!

 「イマジン!」こそ、「平和」の基本になければならない。

 本書がジョン・レノン氏とオノ・ヨーコさんの「ベッド・イン」で始まり、国会前で、あのようなフィナーレを迎えることになるのも、みな、そのためだ。

  「M資金」のような金で買われたものではない、民衆がデモクラシーの力でもって生み出し、維持し続ける「平和」……『平和の聖火』は、そのための想像力に「点火」するものだ。

 そして、それぞれの心に灯った「平和のキャンドル」が、希望となって輝く。

  望めばいいのだ! 想えばいいのだ。

  War is Over! If you want it!

 戦争はなくなる!みんなで望めば!

  「イマジン」はまた、「平和」も創るが、「愛」も育てる。

 ラブ&ピース。

 憎しみを、敵意を、侮蔑を――イデオロギー対立を、善悪二元論を乗越えてゆくもの、それが「イマジン」による「愛」なのだ。

 不毛な二項対立……それは、たとえば「日の丸」論争についてもいえる。本書でNONOが言うように、「日の丸」の白地の「赤」の向うには、実は「緑」があるのである。そんな視点に立てば、「日の丸」も違って見えるはずだ。

 「イマジン」は「平和」の沃野を拓き、その大地の上で、認め合い、許し合い、ともに創造する、デモクラティックな「愛」を降り注ぎ、世直しの「緑の苗」を育ててゆくものである。

 あの「国会」前で、倒れた「小田実」を助けた、「日本のジャンヌ・ダルク」の少女の名前が「早苗」でなければならないのは、そのためである。

  本書が「九条」を守るのに、いくらかでも役に立てば――そのための想像力を少しでも刺激するものになれば、それは著者として、望外の喜びである。

 イマジン、ラブ&ピース!

                        二〇〇九年六月 仙台・連坊にて

                                 大沼 安史 

 〔追記〕 本書は、拙著、小説『緑の日の丸』(本の森)の続編である。本文中の「注記」を、若者たち、特に子どもたちに対する「呼びかけ」の形にしたのは、この国の未来を担う世代に知ってもらいたいが故である。

Posted by 大沼安史 at 03:51 午後 NONOと頑爺のレモン革命 | | トラックバック (1)