2009-07-18

〔コラム 本の森・一番町日記〕 佐藤道夫さんを偲ぶ

 亡くなられた佐藤道夫さん(参議院議員)に、私が初めてお目にかかったのは、90年代の初め、佐藤さんが札幌高検の検事長をしていらした時のことだ。

 私はその頃、札幌で、地元新聞社の社会部デスクをしていて、「顔売り」がてら、年の瀬に開かれた、東北大学法学部同窓会の会合に顔を出した。その時、声をかけて下さった。

 拓銀をめぐるスキャンダルが、地元の経済界を巻き込んで噴出していた頃のこと。
 私はスキャンダルの背景に、地元の新聞の社会部記者(デスク)として迫ろうとし、佐藤さんは地元の検察の長として、捜査に当たっていた。

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 同窓・同郷の先輩でもある佐藤道夫さんは、現職の検事長でありながら、検察中枢が金丸捜査に手心を加えたと、朝日新聞紙上で批判の論陣を張った「骨」のある人だったが、それ以上に、けれんみのない、「いい文章」を書くエッセイストとして、私は尊敬していた。

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 付き合いは――といっても、私が一方的に押しかけて行くだけだったが――、佐藤さんが参議院議員に転進してからも続いた。

 参院議員会館の部屋へ、何度か遊びに行った。

 私が仙台市の市議会選挙に「市民政党」から出るというと、わざわざ仙台まで応援に駆けつけてくれた。

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 私が佐藤道夫さんを好きだったのは、あの独特の「飄々とした距離感」に魅かれたせいだ。
 群れず、同調せず、少し離れたところから観察し、事の核心をつかみ、自分なりの意見を述べてゆく……。

 『検事調書の余白』などの著作に収められた名エッセイは、そうしたスタンスから生まれたものだろう。

 その「飄々とした距離感」には冷淡な隔絶はなく、人情味を感じさせるものがあった。

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 そんな佐藤さんから聞いた言葉で、今、一番の印象として残るのは、議員会館で聞いた、この一言だ。

 ある有力な政治家を評しての一言。

 「えばる奴は嫌いだ」――。

 佐藤道夫さんのその一言を、お国訛りの仙台弁をかすかにとどめた、その声の響きとともに、今、思い出す。

 「えばる奴は嫌いだ」――。

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〔注〕 このコラムは、小生がボランティア編集長を務める、仙台市の市民出版社、「本の森」の編集部ブログ、「一番町日記」(⇒ http://hello.ap.teacup.com/vancouverbc/ )のコラムを転載したものです。

Posted by 大沼安史 at 01:16 午後 本の森・一番町日記 | | トラックバック (0)

2009-06-18

〔コラム 本の森・一番町日記〕  I Guess the Lord Must be HERE in ……

 私より10歳年下のわが「人生の師」、「本の森」の大内代表がCDをかけた。聴きながら、翻訳の仕事を続けていたら、ロイ・オービソンのDream がかかった。

 懐かしくて耳を傾けた。
 おお、ロイ・オービソン! ぼくが中学生の頃から、大好きな歌手!(Blue Bayou なんか、何度聴いたか知れない……)

 大内代表に「このCD、何?」と聞いたら、映画「You've Got Mail」のサウンド・トラックだった。

 トム・ハンクスとメグ・ライアンのあの映画。
 昔、観た記憶がある。

 「同じコンビで、Sleepless in Seatle というのもありましたね」

 ああ、そうだった。あれも観た……いい映画だったなあ……。

 記憶の森の奥へ入りかけたところで、大内代表が気をきかせて(わが「人生の師」は、こういう素敵な気配りをできる人なのだ!)、ぼくにこう言った。

 「何曲かあとに、いい曲、かかりますよ。大沼さん、きっと気に入ります」

 この一言で、引き返した。

 
  I Guess the Lord Must be in New York City

  女性の歌手(シニード・オコーナーというアイルランドの歌手、この歌手、ただものじゃないぞ!)が歌う歌だった。初めて聴く歌だった。

  ⇒ http://www.youtube.com/watch?v=5E-e8LdGDl4
 

 ♪ 悲しみの全てにグッドバイ言って 明日 旅立つんだ
   ニューヨーク・シティーには、きっと神様がいるんだ

  ♪ ツトメは果たした 何処にも行かず 過去だけを見詰めて 答えのないまま

  
 ♪ なんて素晴らしい 私の生きる場所はそこ
   初めてだよ 許されて自由になる このニューヨーク・シティーで

 神様のふところに飛び込んで、自由になる、軽快なリズム。
 ほんと、いい歌だなあ~

 
 そうか、そういうことか……忘れていた、ぼくのニューヨーク・シティーは、この仙台だった……。

 ぼくが叩く(「幸せの黄色いハンカチ」がはためく?……)神様が住む「裏口のドア」は、この「本の森」のドアだった……

 雨の昼下がり。

 一番町のビルの一室。

 さっき、大内代表がシトラスの香を焚いていた。

 古いオフィスビル6階のこの部屋にも、

  I Guess the Lord Must be here in HONNOMORI!

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〔注〕 このコラムは、小生がボランティア編集長を務める、仙台市の市民出版社、「本の森」の編集部ブログ、「一番町日記」(⇒ http://hello.ap.teacup.com/vancouverbc/ )のコラムを転載したものです。

Posted by 大沼安史 at 05:58 午後 本の森・一番町日記 | | トラックバック (0)

2009-06-07

〔コラム 本の森・一番町日記〕 ジョン・アーヴィングのラストセンテンス

 ニューヨーク・タイムズ(電子版)のビデオ・インタビューに、作家のジョン・アーヴィングが出ていた。

 昔、『ガープの世界』を読んで感心したことがある。村上春樹氏もこの人から、ずいぶん、影響を受けているじゃないかな……とにかく、僕の好きな、尊敬する作家だ。

 で、ビデオを観た。

  11月、遅くとも年明けには出る、新作、『Last Night in Twisted River』(千曲川の最後の夜、とでも??)のインタビューだった。

 4年前、2005年の1月に、「最後のセンテンス」が浮かび、それから7ヵ月後に「最初のセンテンス」を書いた――つまり、物語を書き出した。

 最初に浮かんだ「最後のセンテンス」は、手の手術をした病院に向かう車の中でのことだった。

 ボブ・ディランのCDを流しながらのドライブだった。

 「Tangled up in blue」 を聞いていて、こんな一節にぶつかった。
    
    ♪He had a job in the old North Woods
          Workin' as a cook for a spell
          But he never did like it all that much
          And one day the ax just fell

 その時、浮かんだのが、『Last Night in Twisted River』の結びの文章となる、以下の一文。

  He felt that a great adventure of his was just beginning as his father must have felt in the throes and dire circumstances of his last night of Twisted River.

  自分にも、大きな冒険が始まりつつあることを、彼は感じた。それは彼の父親が、あのトゥイスティド・リバーの最後の夜に、苦痛にさいなまれ、ひどい状況に囲まれながら、感じたに違いないことだった。

 病院に着くや否や、ジョン・アーヴィングは、その部屋にあった、処方箋か何かの紙に、このラストセンテンスを書き付けたそうだ。

 ラストセンテンスは一字一句なりとも変えない。このラストセンテンスに向かって書いていく。
 これが、彼の小説作法だそう。
 コンマもダッシュも動かさない!……
 う~ん、なんか、凄い!

 小説の最初の方は、1章を5章と入れ替えたり、いろいろ変えるけど、最後の最後だけは絶対、変えない。そのラストセンテンスの一点を目指して書く。

 アーヴィング流の極意は、作家を目指す、日本の若い人たちの、「指針」にもなるような気がするが、どうだろう?!

 書き出しにあれこれ悩むのではなく、最初に「到着地点」を決めてしまい、そこに向かって筋(ストリー)を考え、曲がりくねった川を下ってゆく。

 中学や高校での作文指導にも、このやり方、意外に役立つかも知れない。

 文章は終わりから書く……そう、コペルニクス的な、小説作法の発想の転換!

⇒  http://video.nytimes.com/video/playlist/arts/1194811622313/index.html

〔注〕 このコラムは、小生がボランティア編集長を務める、仙台市の市民出版社、「本の森」の編集部ブログ、「一番町日記」(⇒ http://hello.ap.teacup.com/vancouverbc/ )のコラムを転載したものです。

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