2017-07-01

〔空から歌が聴こえる〕 ♪ Sweet By and By

Screenshot6835

………………………………………………………………………………………

  ◎ ユーチューブ Sweet By and By ~ May Erlewine ⇒ https://www.youtube.com/watch?v=UTOUNItKR1A&list=RDUTOUNItKR1A#t=172

          *

 きょうは所用で京都に出かけた。東寺の前を通って、この都の昔の姿を思い描いた。

 悲しみや苦しみも、時間が流れた分だけ、この通りでも、いっぱいあったんんだろうな、と思った。

          *

 By and By、とは「未来」を意味するそうだ。

 もともとは中世英語の bi and bi から来てるそうだ。biは「一人」の意。

 なるほど、未来はひとりひとりのいのちのつながりのなかから来るものだ。

 Sweet By and By 幸せな未来。

 わたしたちは幸せな未来をひとりひとりのいのちの連鎖のなかで産み出すことができる。

 なんか、涙が流れてしかたない歌だなあ!

          *

 May Erlewineさんは1983年の米国ミシガン州北部、ビッグラッピッズの生まれ。

  ホームスクーラーだ。

 アナーバーのワシュナウ・コミュニティー・カレッジ出身の、シンガー・ソングライター。

 おなかの赤ちゃんもいっしょに歌っているのだろう。

 透き通るのような、臨月の女性の美しさ。

          *

 May Erlewineさんは「社会正義(ソーシャル・ジャスティス)の活動家でもあると、人物紹介に出ていた。

 なるほど、彼女には、こういう歌もある。

  Inauguration Day(大統領就任式の日)

 たぶん、トランブ大統領の就任式にあわせてつくった歌だ。

  ♪ 闇が最も深い時こそ 忘れることはできない 誰が大統領であろうと、パワー(権力)を持っているのは、わたしたち民衆だ!

 In the darkest hour
 We cannot forget
 We the People have the power
 No matter who the president is

          *

 わたしたちの日本にあてはめれば、「誰が首相であろうとも」――である!
 

          *
 

 ◎ ユーチューブ Sweet By and By ~ May Erlewine ⇒ https://www.youtube.com/watch?v=UTOUNItKR1A&list=RDUTOUNItKR1A#t=172

 ◎ 彼女のHP ⇒ http://mayerlewine.com/#/player1?catid=0&trackid=0

Posted by 大沼安史 at 05:46 午後 6.命・水・祈り |

2015-05-10

〔夕陽村舎日記〕 天晴れぬれば

 吉備(岡山)の山里で、農家の田植えが終わった。

 窓から、神社の森の手前にある水田を、視界の隅にとらえることができる。

 すぐ目の前。

 青空と雲を映し出す田んぼの手前は、わたしたちが借りている畑だ。

          *

 きのうは畑に出て、家族総出で田植えをしている家族の姿を遠くに眺めた。

 よちよち歩きの女の子もいる。

 風に乗って、話し声も聞こえる。女の子の声も。

          *

 昨年出た、 『宮本常一と写真』 (石川直樹さんら著、平凡社)に、民俗学者の宮本さんが撮影した写真が載っている。

 宮本常一さん は愛機(カメラ)を携え、戦後の日本を撮り続けた人。

 なかでも、子どもたちの写真が、いい。

          *

 たとえば、宮本さんが昭和34年(1959年)7月、静岡県磐田郡の水窪(みさくぼ)から西浦へ歩いたときに出会った、あの有名な、9人の子どもたちの写真。

 それから、山口県見島の宇津の洗い場で、ちびっこが真っ裸のフリチンで遊んでいる、一枚。

 これは昭和37年(1962年)8月の写真だ。

 そのころ、わたしは、10歳、あるいは13歳。

 自分の子どもの頃を見ているようで、懐かしさを感じた。

          *

 吉備の里に暮らし始めて半年が過ぎた。

 わたしたちの畑にも、サルやタヌキがおいでになり、いろいろ、悪さをしてくれる。

 裏山に向かって、「狸汁にするぞぉ~」なんて大声で脅しをかけているが、効き目はない。

 野生動物の保護活動をしていると思うしかない。

          *

 耕作放棄地も多い。空き家になっている農家も目立つ。

 明治のころ、ここ岡山から、福島の安積(あさか)野に、士族十家族が移住した。(『安積野士族開拓誌』〔高橋哲夫著、歴史春秋社〕より)

 安積野とは猪苗代湖から疎水を引いて開かれた開拓地。

 いまの郡山市あたりがそれだ。

          *

 これからもっともっと、逆移住(?)があっていい。

 ここ吉備高原でも、「福島」ナンバーの車を見かける。

          *

 山里に暮らしだして、立松和平さん(の本)らに導かれ、仏教の本を読むようになった。

 いま、手元にあるのは、立松さんの『あなただけの日蓮聖人』(小学館)。

 図版がいっぱい入った、見ても読んでも、為になる本だ。

 日蓮聖人が今の世にいらしたら、時の政権におもねず、首をはねられそうになっても、島流しにあっても、原発の再稼働や、さらなる属国化に反対し、権力者たちを諌めたことだろう……と思いながら、頁をめくっている。

          *

 そして――先日、たまたま 川端茅舎 (1897~1941)の句集を読んでいたら、こんな句に出会った。

 ・ 春泥に子等のちんぽこならびけり

 ・ 蝶々にねむる日蓮大菩薩

          *

 (これだから?……)立松和平さんは、こう書いている。

          *

 身延山の緑したたる山にいくと、草木国土悉皆成仏(そうもくこくどしっかいじょうぶつ)という言葉が身に迫って感じられます。

 草や木や国土のように心を有しないものも、人のように情のあるものも、生きとし生けるすべてのものが仏となるのです。

 木の葉が騒いで光が降りかかる時、草の上に宿る一滴の露が光る時、日蓮さまが微笑んでいると感じられるのです。  (上記書、110頁)

          *

 草木国土悉皆成仏。

 「3・11後」の時代において、草木国土が悉皆成仏するとは、放射能による「悉皆被爆」をふせぐ、なくす、ことである。

 原発をなくすことである。

 それが日蓮聖人の願いでもあるのではないか。

          *

 天晴れぬれば、地明らかなり。

 放射能プルームが流れる空の下に、われらの成仏、あるやなしや。

Posted by 大沼安史 at 07:36 午前 6.命・水・祈り |

2015-05-07

〔9条を守ろうと呼びかけた、元米海兵隊ン アレン・ネルソンさん 講演記録〕◆ 96年5月20日、東京の早稲田奉仕園で開かれた講演会の記録(要旨)★ ネルソンさんはこの年、1996年の来日で、日本国憲法第9条を知り、衝撃を受けた!

Nelson001〔★は大沼〕 
 ⇒ http://www.jca.apc.org/~uratchan/gbmarines/allen.html

 ← (写真) ネルソンが左胸につけているまるいバッジには、漢字で「平和」と書かれています。

          *

 ◎ 関連 :  (拡散希望)〕◆ ドキュメント、『9条を抱きしめて~元米海兵隊が語る戦争と平和』/ 故・アレン・ネルソンさんは言った。「みなさんとみなさんの子どもたちはこれまで憲法第9条に守られて来ました。今後はみなさんが第9条を守るために立ち上がり声をあげなくてはなりません」/ 「世界平和はここから、この部屋から、わたしたち一人ひとりから始まるのです」 

 ⇒ http://onuma.cocolog-nifty.com/blog1/2015/05/post-3472.html#more

          *

◎ 〔講演要旨より〕

 ◆ 私は沖縄に駐留している米軍基地の撤去を支持します。

  沖縄に駐留している米軍は「人殺しの訓練」をしているからです。

  解決策はあります。自分たちをピースキーパーと呼んでいる軍隊は、すべての戦車、すべての銃、戦闘機を捨て去り、ガンディーのしていたような眼鏡を支給し、髪の毛はそり、ガンディーの絵がプリントされたシャツを着て、平和維持のために行進させればいい。

  こうすれば平和は非暴力的に維持することができます。(以下に続く)

          *

          *

 ◆ 私たちはベトナムで、ある村に入りました。そして迫撃砲を撃ち始めました。ベトナムの人たちはみんな家の後ろに防空壕を持っていてアメリカ軍が空から攻めてくると、みんな子どもを抱えて防空壕に逃げ込みます。私は壕まで降りていき、攻撃しました。すると誰かが私のそばにいるのに気がつきました。よく見ると、それは16~17歳ぐらいの若いベトナム女性でした。最初にすべきことは彼女を「殺す」ことです。「殺人」は今までにもしてきたことであり、子どもでも、老人でも、誰でも殺しました。それは「命令」なのです。アメリカ兵は戦争を「ゲーム」のように思っています。オリンピックのようなもので、笛が鳴ったら急いで多くの人を殺すという「ゲーム」のように。私が「子どもでも誰でも殺した」と言うと、みんな驚きます。戦争とは、残虐な「ビジネス」です。人間が戦争でどんなことをしているのか、理解するのは難しいでしょう。

 さて、私は彼女を撃とうとしましたが、何かが私がそうするのを止めました。彼女の出血の仕方が今まで見たこともないようなものだったからかもしれません。けがをしているのか、なんだかよくわかりませんでした。とにかく、私は一瞬ちゅうちょし、よく見てみると、彼女は壕の中の壁を背に座り込み、何かを押し出すような、そんな動きをしていました。彼女は汗びっしょりでした。彼女に呼びかけると、私に殺されるのではないかとおびえていました。彼女は相変わらずなにかを押し出すような動作をしていました。

 ふと、両足の間を見ると、小さな頭のようなものが見えました。私は、高校で「出産」のことを習ったこともなかったし、映画でも見たことがなかったので、それが「出産」だとはすぐには気がつきませんでした。彼女は、さらに押しだそうとしており、私は思わず両手を差し出して、赤ちゃんを受けとめたのです。

 小さい目は閉じられたまま、小さな手は握りしめられ、へその緒もついたままでした。彼女はへその緒を口でかみきると、私の手から赤ちゃんを奪い取り、自分の着物に包んで壕から急いで逃げていきました。

 目の前で起きたことが信じられませんでした。あまりにも一瞬の出来事でした。もし、私の手にその「出産」のあとが残っていなければ、幻覚だったと思ったかもしれません。

 壕から出てきた私は、壕にはいる前と、違っていました。仲間の海兵隊員も「どうかしたのか」と声をかけてきました。私の気持ちが動転していた理由、それは、ベトナム人も「人」だということに気づいたからです。 海兵隊での訓練では、ベトナム人は「Gooks(=よごれ、いなかっぺ、黄色人種)」または「Slant eyes(目のつり上がった東洋人種-軽蔑的表現)」、「共産主義者」、「人間ではない」、「共産主義者=人間ではない」と教えられました。「Gooksは自分たちと同じような父、母を持たない」と教えられました。

 私は気がついたのです。自分がこれまで殺してきたベトナム人は、同じ「人間」であり、故郷で待っている自分の妹と同じくらいの年齢の少女たちを殺してきたのだということを…。私はいてもたってもいられない気持ちになりました。私はずいぶんひどいことをベトナム人にしてきたのです。また、今現在それを続けていることに気づいたのです。私はどうしたらいいのか、悩みました。以前の私を「攻撃的」というなら、「防衛的」になりました。以前は「狩り」をするために「獲物」を探していましたが、もはや「狩り」もしたくなければ、「獲物」を見つけたくもありません。どうしても殺さなければならないときだけ、非常に限定して、銃を使うようになりました。

 〔★は大沼〕 
 ⇒ http://www.jca.apc.org/~uratchan/gbmarines/allen.html

          *

 ◆ ドキュメント、『9条を抱きしめて~元米海兵隊が語る戦争と平和』/ 故・アレン・ネルソンさんは言った。「みなさんとみなさんの子どもたちはこれまで憲法第9条に守られて来ました。今後はみなさんが第9条を守るために立ち上がり声をあげなくてはなりません」/ 「世界平和はここから、この部屋から、わたしたち一人ひとりから始まるのです」
 ⇒ http://onuma.cocolog-nifty.com/blog1/2015/05/post-3472.html#more

Posted by 大沼安史 at 07:11 午前 6.命・水・祈り |

2014-04-30

〔あじさいの詩〕 山尾三省さん 「祀り歌」

 チェルノブイリから2年後の1988年8月8日、8連なりの日を中心に、長野・八ヶ岳山麓で「No Nukes One Love」をテーマにした「お祀り」(1~9日)があった。

 特設の野外ステージが、山麓の富士見パノラマスキー場につくられ、私設の放送局も開局、「デイリー・ガイヤ」という新聞まで発行された。

 広瀬隆さんが基調講演した「お祀り」には、海外からもミュージシャン、先住民族・反核活動家らも参加した。

 山尾三省さんはそのコンサートのオープニングで自作の「祀り歌」を読み上げた。以下は、その一節。

               *

   …………

  八ヶ岳よ
  旧石器・縄文の時代より
  全人類のいのちを変わりなく育み続けてきた大いなる山よ

  わたしたちに 新たな希望を与えて下さい
  核兵器と原子力発電を廃絶して
  心やすらかに 日々のわたくしたちの苦楽の生活が営めるよう
  いつまでも あなたの深い緑を讃え続けられるよう
  新たな希望の道を 指し示して下さい

  ………… (野草社刊、山尾三省著 「聖老人」 392頁より)

               *

 フクシマがあったいま、八ヶ岳での「祀り歌」の祈りは、無駄なことだったのだろうか?

 そうではない――決してそうではない……と、わたしは思う。

 千人を超す参加者が、そこで三省さんの、この歌を聞いたという事実は、いまに残る。

 わたしたちの前にはいま、三省さんの願いを、参加者の願いを、たしかに聞いた八ヶ岳がある。

 そこに新たな希望のはじまりが――はじまりとしなけばならないものが、あると思う。

1d8d9863_bb_2

Posted by 大沼安史 at 01:07 午後 6.命・水・祈り |

2014-04-20

〔あじさいメモ〕 なぜ水は燃えるのか? それは量子が交響しているからこそ――メイワン・ホー女史が仮説を提示 

1d8d9863_bb

 先日、本ブログで、「水は燃える」ことを紹介した。

  ◎ 「水は燃える! 塩を加え、高周波をあてれば!」⇒ http://onuma.cocolog-nifty.com/blog1/2014/04/john-kanzius-d6.html

 
 なぜ、水は塩を加え、高周波をあてれば燃えるのか?

 以下は世界的な生物物理学者の仮説(の紹介――大沼のヘボ理解に基づくヘボ訳なので、下記の原文〔英文〕を参照ねがいます。ホー女史が、とにかく、なんだか、ひどく大事なことを書いているような気がするので、敢えて紹介します!!!)。

               *

 CD(量子域)のすぐ外側に浮遊した、ヒドロニウム・イオン化した陽子が、そのCD(量子域)がとらえた高周波と共鳴することで、CDの表面に引き寄せられることにより、ほとんど束縛を逃れた電子と結合することで水素ガスを形成する一方、同じプロセスの中で、同時に酸素を形成するため(水が燃える)!

 NACLがなぜ必要かは分からないが、NACLは水に溶けることでNa+とCl-にイオン化する。

 イオンは水の電導性を増大させるとともに、水の構造に影響に与えることも知られている。

 水が燃えるとは、地球のいのちの中核にある水の酸化のドラマチックなものに過ぎない。そして量子が交響する水こそ、それを可能にしているものだ。
 

 One possible explanation for the phenomenon of burning water, I suggest, is that the protons as hydronium ions hovering just outside the CD〔coherence domain〕could be resonating to the RF frequency trapped by the CD, thereby becoming attracted to the CD surface to combine with the almost-free electrons to form hydogen gas, and in the process, triggering the simultaneous evolution of oxygen.

The requirement for NaCl is unclear. NaCl is expected to inonize into Na+ and Cl- when dissolbed in water.

Ions increase the electrical conductivity of water, and are also known to affect water structure.

Burning water is just a particularly dramatic oxidation of water that is at the heart of life om Earth, and quantum coherent water is what makes it possible.

 ★ Mae-Wan Ho 著、 Living Rainbow H2O、57頁より

 ⇒   http://www.worldscientific.com/worldscibooks/10.1142/8418

Posted by 大沼安史 at 08:25 午後 6.命・水・祈り |

2014-04-11

〔あじさい エネルギー革命〕 (動画つき) 水は燃える! 塩を加え、高周波をあてれば! 米国のエンジニア、ジョン・カンジウス(John Kanzius)さんが偶然、発見! ★ 2007年のニュース(?)だが、真実である! こうなると、もう原子力はいらない!

1d8d9863_bb

 ★ 癌細胞を電磁波でやっつける研究をしているうちに、偶然、発見したそうだ。

 発明家、カンジウスさんの発見を、米国の著名な科学者、ラストラム・ロイ(Rustum  Roy)教授らが確認した。

  水は、燃える!

 この常識破りには、どこか小保方晴子さんの「STAP細胞」に通じるものを感じる。

 わたしは2007年秋に世界的なニュースになった、この世紀の大発見を、最近、メイワン・ホー女史の「生きている虹の水」という本を読むまで、知らなかった!

 ホー女史によると、現象はリアル(真実)だが、メカニズムはまったく分かっていないそうだ。

 最大の出力は約300ワット。

  NaCl 0.1~30%の塩水に照射する polarized radio freqency beam は、~13.56MHz。

               * 

 ★は大沼 ◎ 米国・ペンシルバニア地元テレビ局のニュース映像(ユーチューブ) 
 ⇒ http://www.youtube.com/watch?v=aGg0ATfoBgo

 ◎ 地元紙、ピッツバーグ・ポスト・ガゼット紙(2007年9月9日付け)
 ⇒ http://www.post-gazette.com/frontpage/2007/09/09/Salt-water-as-fuel-Erie-man-hopes-so/stories/200709090217

Posted by 大沼安史 at 10:03 午後 6.命・水・祈り |

2014-04-01

〔あじさいコラム〕 「STAPプリンセス」に、躍動の春を!

 夕刊の社会面を開いて、驚いた!

 黒々とした、太字の大見出しが、蛇のようにうねっていた。

 「不正 小保方氏のみ」

               *

 「STAP細胞」論文の筆頭筆者である小保方晴子さんに「研究不正行為があった」とする「最終報告書」を「理研」が発表した。

 「研究不正行為」とは何か?

 それは――研究の根幹をなす画像に、計2点の「改竄・捏造」があったことだそうだ。

 具体的には、「別の実験画像を切り貼りした行為」は「改竄」であり、「博士論文と酷似した実験画像を使った行為」は「捏造」なのだそうだ。

               * 

 「改竄」「捏造」――とは、なんとも、仰々しい表現である。

 「改竄」は、「悪用するために、勝手に直すこと。<登記簿を――する>」(デジタル大辞泉)
 「捏造」は、「事実でないことを事実のようにこしらえること。でっちあげること。<記事を――する>」(同)

               *

 「理研」の「調査委」が、小保方さんが論文で発表した「STAP細胞」そのものが嘘っぱちだと結論づけたのならまだしも、「STAP細胞」の追試もしないで、こんな乱暴な表現で決めつけるなんて!

 これじゃまるで、たとえば料理学校の女生徒が、「無アレルギー(?)」の万能料理法を発見、割烹着姿で卒業制作の腕をふるい、絶賛を浴びた……にもかかわらず――――その発表のレシピの写真に難癖をつけ、せっかくの研究成果そのものに泥水を浴びせかけているようなものだ。

               * 

 この「調査委」の「最終報告」に対し、小保方さんは「(報告書を受け取り)驚きと憤りの気持ちでいっぱいです。特に、研究不正と認定された2点については、理化学研究所の規程で『研究不正』の対象外となる『悪意のない間違い』であるにもかかわらず、改ざん、ねつ造と決めつけられたことは、とても承服できません。(中略)このままでは、あたかもSTAP細胞の発見自体がねつ造であると誤解されかねず、到底容認できません」とのコメントを発表した。

               *

 「悪意のない間違い」を、ふつうは「ミス」という。

 「ミス」を、「改竄」だ「捏造」だと言われては、小保方さんのみならず、「発見」された当の「STAP(刺激惹起性多能性獲得)細胞 Stimulus-Triggered Acquisition of Pluripotency cells」自身、「万能細胞」としての自らの存在意義と可能性を全否定されたような気がして、いまごろきっと「驚きと憤りの気持ちでいっぱい」でいるのではないか。

               *

 この「STAP細胞」をめぐる騒動で思い出すのは、フランスのINSERN(国立保健医学研究所)のディクレターを務めたこともある、世界的に有名な免疫学者、ジャック・バンヴェニストさん(Jacques Benveniste 1935~2004年)の、画期的な研究発表に対する猛烈なバッシングのことである。

 バンヴェニストさんは、自分の研究所のほか、自国フランスのほか、イスラエルなど3ヵ国の5つの研究所グループと連携し、水に含まれていた抗原(アレルゲン)のアンチゲン(抗原)がもはや不在――ゼロになった時でさえ、その水が、まるでその抗原を記憶しているかのように、アレルギー反応を示すこと(――「水の記憶」理論)を発見し、くだんの「ネーチャー」誌(1988年)に発表した。

 ところが、発表の4日後、「ネーチャー」誌の編集長自らが学者2人を引き連れて、INSERNに現れ、自分たちで実験を「再現」。

 その結果、パンヴェニストさんの発見を否定する結果が出たとして、次ぎの「ネーチャー」誌上で公表したのである。

               *

 また、バイオ・フォトン(生物光子)の発見者(正確には再発見者)として知られる、ドイツの生物物理学者のポップ博士の(Fritz-Albert Popp 1938年~ )の場合、勤め先の大学から、追い出される始末。

 教え子の若手研究者の協力で、自分で制作したバイオ・フォトン検出装置だけは、地下室に隠すことができて没収をまぬかれたという逸話の持ち主だ。

 犬の人間(飼い主)に対するテレパシー感知などのユニークな研究でも知られる、英ケンブリッジ大学の生化学の指導的な研究者だったルパート・シェルドレーク博士(Rupert Sheldrake 1942年~ )などは、自分の(最初の)本を、「ネーチャー」誌の論説記事で「焚書にあたいする(book for burning)」と酷評されたほどだった。

               *

 既存の学問(信仰)体系を突き崩すような学説の提唱者や発見者は、ともすれば、かのガリレオがあじわった憂き目に遭いがちなものであり、それが既成の利権を危うくするものであればあるほど、バッシングの強烈さがますことは、たとえば「常温核融合」のケースでも見られることだ。

 小保方さんの「STAP細胞」も、そうした時代画期的な、コペルニクス的な転回をもたらす、可能性を秘めたもの。

 そして何より――わたしたち人間の「いのち」にかかわる、たいへん発見である。

               *

 小保方さんは「STAP細胞」を一時、「プリンセス細胞」と命名しようかと思ったこともあるそうだが、彼女がわたしたちの意識(世界)に呼び出した、いわば人の生命の素というべき「刺激惹起性多能性獲得細胞」は、まさに、生命のプリンセス。

 それでも地球は動いているように、「STAPプリンセス」もまた、本格デビューを前に(そしてママになる日を前に……)、なお、可能性のダンスを続けている。

 その可能性は否定されずに、そこに、可能性の事実として――残っている。

 せっかく生まれ、ステップを踏み出した「STAP細胞」の「未来」に幕を引き、生命科学のプリンセスの、いのち輝く、躍動の春を、だいなしにしてはいけない。

Posted by 大沼安史 at 08:31 午後 3.コラム机の上の空, 6.命・水・祈り | | トラックバック (0)

2014-03-30

〔さあ あじさいの国へ〕 <増補・更新版> フクイチ3周年 アラン・ロシさんの詩 「太陽」

 ★ …… わたしは子ども / フクシマの子 / 明日を口笛で吹く / 沈む夕日と 

  …………

  I am a child

  Of Fukushima

  I whistle tomorrow

  With the setting sun.

               *

 ロシさんの、このかんたんな、かんたんすぎるほど正しく、深く、美しい詩を読んで…………、事実として(わたし個人の記録として)、わたしもなんだか、急に、書いておきたくなったので書く。 

 ことしの3周年にあわせ、わたしは「歌」をつくった。

 フクシマの歌だ。

 わたしが(ファンとして)大好きな女性(歌手)に譜面と詞を送ったら、「歌います」と言ってくれた。

 もうすぐ、どこかで、歌ってくれるはずだ。

 彼女へのお願いの手紙に、わたしは、口笛で間奏をいれてくれないか、と頼んだ。

 そう、それでも、いや、だからこそ――口笛を吹きながら、フクシマから歩き出したフクシマの子どもたち。

 その明日に幸あれと、わたしもまた、願わずにいられない。 

               *

 ★は大沼 ソースは ◎ 音楽療法家 佐藤由美子さんのブログ ⇒ http://discoverjapannow.wordpress.com/2014/03/17/poem-for-fukushima/
 ◎ アニック・ロシさん(スイス・フランス国籍の詩人)のHP ⇒ http://www.fullofcrow.com/poetry/2010/04/full-of-crow-poetry-april-2010/
 ◎ 佐藤由美子さんのツイッターは ⇒ https://twitter.com/yumikosatomtbc
  〔上記の個人的な文は、ホスピスで活動されているらしい、佐藤さんの「人生は短い。大切なことを言い残すことはないように」というツイートに励まされ、書いたものです。〕

               *

  ★ 佐藤由美子さんが紹介してくださった上記の詩の題、「太陽」とは、わたしたちの日本の国であり、その明日を、まさに「いのち」として「体現」する「子どもたち」のことだろう。

 「フクイチ」で沈んだこの国にも、フクシマの子どもたちがつくる明日の夜明けがある。

 いまは、そのための、夜更け。

 苦しいけれど、それを待つ、夜。

 わたしたちは、新たな生誕のための、日の昇る夜明けのための、「澄み渡った夜半(よわ midnnight clear)」の最中に――その時にある。

 決して、絶望してはならない。

 そこには、テリー・マクミランさん〔1953~2007年 米国のカントリー・ミュージシャン〕が奏でる、(以下の)このハーモニカのような、やさしく、透明な平和がある。

  祈りと希望がある。

 ◎ ユーチューブ  It came upon a midnight clear ⇒  https://www.youtube.com/watch?v=g4ZHIT9s2zY

Posted by 大沼安史 at 11:07 午前 5.希望・連帯・創造, 6.命・水・祈り | | トラックバック (0)

2014-03-22

〔命・水・祈り〕 きょう、3月22日――世界各地で、午後3時(各ローカル時間)を期して、カナダ先住民族の少女、タカイヤ(Ta'Kaiya)さんの呼びかけにこたえ、地球の自転に合わせ、「グローバル・ウォーター・セレモニー」の祈りが次々に行なわれた! 極東の日本から始まって…………「水の祈り」の輪が、世界を一周!

1460311_758382370840023_1698559050_

 ★ カナダ・バンクーバーの先住民族の少女 タカイヤさんの名前の意味は「スペシャル・ウォーター」だそうだ。

 タカイヤさんは以下のメッセージ・ビデオで、水はわたしたちひとりひとりの中に流れている、と語っていたが、ほんとうにその通りだ。

 いのちの水をこれ以上、汚してはならない。

 「フクイチ核惨事」を引き起こした日本政府と東電の罪は、ここにも――水を放射能で汚染したことにも、ある。

 わたしたちがなすべき「脱原発」は、水の精に対する、わたしたちの聖なる義務であるだろう。

         *

 タカイヤさんのメッセージ・ビデオには、虹が滝にかかるシーンが出てくる。

 英国の著名な生物物理学者、メイワン・ホー女史によれば、水は文字通り、いのちの虹として(量子協働の働きを通じ)、わたしたちのいのちを躍動させるものなのだそうだ。

 水――それは、いのちの「クオンタム・ジャズ」を奏でるものである、と。

 水は、タカイヤさんという、神秘の「いのち」を存在せしめ、わたしたち自身もまたそれによって生かされている、ほんとうにスペシャルなものなのだ。

 これ以上、汚してはならない。  

 ★は大沼 ◎ タカイヤさんのビデオ・メッセージ ⇒ http://www.youtube.com/watch?v=qORL2Ck1Kec&feature=youtu.be
 ◎ 呼びかけ団体 UNIFY ⇒ http://unify.org/love-water
 ◎ タカイヤさんのフェースブック ⇒ https://www.facebook.com/TaKaiya4Truth/info

Posted by 大沼安史 at 10:12 午後 6.命・水・祈り | | トラックバック (0)

2014-03-12

〔コラム だから あじさいの国へ〕 「津波てんでんこ」を阻んだ(?)「学校」の呪縛

 津波がうねりながら押し寄せつつあるとき、子どもたちは教師たちと、校庭に、いた。

 45分間、校庭でじっと待機されられ……そしてようやく移動を始めた、運命の午後3時37分、そこへ大波が襲いかかった。

        *

 全校児童106人のうち68人が死亡、6人が行方不明となった。

 犠牲者は教職員10人を含め、84人。

 大川小学校(宮城県石巻市)の「3・11」の悲劇である。

        *

 亡くなったこどもたちの遺族でつくる「小さな命の意味を考える会」によると、津波が到達(地震発生51分後の午後3時37分ごろ)する直前、3時35分過ぎに学校の前を車で通った人がいて、「その時まだ校庭に子どもがいた」と言っている、という。

 津波到達時点で、校庭にはまだ子どもたちがいたが、一部は「大津波がいよいよ迫って、川や側溝からすでに水があふれていた時」、あろうことか、新北上大橋のたもとの、川のそばの堤防道路の方へ向かって、移動を始めていた、という。

 「考える会」はこう指摘する。

 「わざわざ民家裏の細道を通り(行き止まり)、津波が来るのに川に向かっています。児童が追い込まれたのは、最も狭く、山の斜面の急な場所。校庭から、移動した距離は先頭の子で約180m。1mも上には行っていません。状況から見て『避難』とは言えません」

         *

 それにしても、どうして、近くのほかの小学校(2校)がしたように裏山に逃げず、校庭で子どもたちを待機させ、あげくにわざわざ川に向かって歩き出したのだろう?

        *

 亡くなった児童23人の遺族が10日、「教職員が児童の安全を守る義務を怠ったことによる人災」とする裁判を仙台地裁に起こした

 損害賠償請求訴訟だが、真相究明のための訴訟でもある。

 遺族らは、石巻市教委の事故検証委員会がまとめた「報告書」では「事実解明が不十分」として、裁判に訴えた。

        * 

 こんご解き明かされるべき、真相とは何か?

 わたしが思うに、事実関係として、少なくともひとつ言えるのは、この悲劇はあくまでも「学校の管理下」で起きたことである。

 悲劇は「学校管理下の時間と空間」の中で起きた。

 子どもたちは自主判断で裏山に逃げなかったのではない。勝手に校庭に居残っていて、波にのまれたわけでもない。

 あくまでも、教師たちの指示に従って校庭で待機し、川に向かって移動していたのである。

       *

 それは大川小の教師たちも同じことだ。(校長はこの日、年休をとっていた)

 教師たちもまた、最後の最後まで、「学校の管理下の時間と空間」にあり続けた。

 管理下にある子どもたちに、間違いなく最後の瞬間まで付き添い、たぶん、子どもたちを助けようと必死になりながら、同じ大波にのみ込まれた。

       *

 悲劇はすなわち同校の「学校管理下」において…………こどもたちが同校の「児童」であり、そのそばにいた唯一の大人たちである教師たちが「教諭」――あるいは「教職員」であった、同校の「学校管理下」において起きていたのである。

 「学校管理下」の状況の中で、「管理」する側の「教職員」によって決断、あるいは不決断が行なわれた。

 すぐさま裏山に逃げずに、校庭にとどまり続け、ついにはなぜか川に向かって歩き出すという「判断」が下され、実行に移されたわけである。

       *

 以上、この点ひとつとっただけでも、管理側(市教委などを含む)の責任はまぬがれないが、わたしはこの「学校管理下の悲劇」を、<「学校」を外した視点>で、いちから見直すべきだと思う。

 つまり、地震後、津波が来るまでの51分間において、こどもたちや教師たちがもしも「学校の管理下」から離脱していたら、どういう結果があり得たか――という、別の、違った角度からの検討が必要ではないか、という問題提起をしたいのだ。

 すなわち、こどもたちが「児童」としてでなく「こどもたち」として、教師たちが「教職員」としてではなく「大の大人」として、(「学校管理下の時間と空間」が消えた、単なる)その場に居合わせたとき、何が起きていたか――という問題提起である。

       *

 わたしは地震後、校庭に集合したあと――かりにその場で、「教職員」が子どもを守る「大人」に変わり、「児童」が「子ども」に変わっていたら、迷うことなく、みんなそろって裏山に逃げたに違いない、と思っている。

       *

 地域の防災放送が津波の襲来を告げる中、校庭に整列した「子どもたちは」は、不安な気持ちでいっぱいだったに違いない。

 不安は恐怖に変わっていたに違いない。

 「子どもたち」が「児童」である自分をかなぐり捨てていたとしたら、当然の選択として裏山に向かったはずだ。

       *

 それは教師たちも同じことである。

 教師たちが「(石巻市教委管理下)大川小の教諭」であることより、子どもたちを守るべき「大人である」との自覚に目覚めていたなら、「裏山」が「避難先」に指定されていなくとも、そんなことなどお構いなしに、子どもたちを誘導して、そこへ一緒に逃げていたはずである。

       *

 それが、悲しいことに――「津波てんでんこ」……「さあ、みんなで裏山さ、逃げっぺ」とは、ならなかった。

 そうなっていたら、たぶん、全員が命拾いしていたはずなのに。

       *

 裏山に逃げなかった理由は、残酷なまでにかんたんなことだ。

 大川小には最後まで「学校管理」の影が重くのしかかり、その呪縛によって、まともな判断力が殺がれてしまっていたのだ。

       *

 津波が襲いかかる最後の瞬間まで、「学校の管理空間と時間」が、大川小を支配し続けていた。

 大川小の教師たちは、あるいは学校の「裏山」を「教育的な(学習)空間」と見ていなかったのかも知れない。

 「裏山」にいる時間を、「教育的な(学習)時間」とは見ていなかったのかも知れない。

 その延長線に悲劇は起きた…………?!

       *

 そして、あるいは…………もしかしたら、同校の「教諭」は、ラジオのニュースなどで伝えられた津波の高さをもとに、これは大丈夫と判断し、川の堤防まで出て、津波が押し寄せる「めったに見られない自然現象」を、「児童」たちに観察させようとしたのかも知れない。
 
 「災害教育」の名の下に???

       *

 わたしは、新聞記者時代、「教育」を担当した経験から――あるいは、米国のサドベリー・バレー校など世界のフリースクールを取材した経験から、「文科省・教委・学校」という縦の指揮命令系統が貫く「管理教育」の逆三角形が、この国の教育の場の自主性・主体性を奪っていることを、かねがね憂慮していた。

 そして、そうした国家教育における逆ピラミッドの重圧下にあって、個々のこどもたちの素直で多様な「感情」と「価値観」が封殺されていることも、これ以上、続いてはならないことと考えてきた。

 「感情」――たとえば「わくわくとした気持ち」や「喜び」は、その子の動機と関心を開花させるものであり、何をもって善しとするかの「価値」意識は、その子独自の学習を導き、理性的な判断力をも養うものであるから、「学校」から排除してはならないもの、と思ってきた。

       *

 いまこうして大川小の悲劇の経過をたどるとき、津波が刻々と迫る大川小の校庭には、この種の「感情」(つまり不安・恐怖にもとづく避難行動の決断)も、指示やマニュアルよりも子どもたちの命を優先させる「価値意識」も、なかったのではないかと、残念ながら思わざるを得ない。

 そこには最後まで――児童がこどもに、教諭が大人に戻ることを阻害する「管理」が……「学校」」が、ただただ在りづづけていたのではないか?

       *

 わたしの(推定的)結論はこうだ。

 大川小の子どもたちと教師たちは、津波に襲われる前に、すでに自主的な判断の自由と権利を奪われていたという意味で、この国の「管理教育」の犠牲になっていたのである。
 
       *

 同じ「3・11」の「フクイチ」が、国策の果ての「想定外」の核惨事であるとすれば、大川小の悲劇は、現場の主体的判断を窒息させ続けてきたこの国の、すでに想定されていた、「管理教育」による悲劇である。

 そう、言わざるを得ない。

             ###

  (付記) わたしが大川小のことを書こうと思った(そして実際、いま書き上げた)のには、ふたつ、理由――というか、偶然がある。

 ひとつは本。

 机の上で、半分ほど水浸しにしてしまった本(乾いてごわごわになった本)を数日前、偶然、手にとって、読みだしたのである。

 その本は、フクイチの国会事故調に参加された、あの田中三彦さんが訳された『デカルトの誤り』(アントニオ・ダマシオ著 ちくま学芸文庫)の原書(英文)ペーパーバック。

 その本の冒頭に、「感情」は「理性」を阻害するものではない、という意味のことが書かれてあり、これは、あの〔わたしが個人的に尊敬する、米国サドベリー・バレー校のダニエル・グリーンバーグさんが『自由な学びとは』(緑風出版)で言っている〕「価値」と「学習」の連関とも響き合うものであり、そして何より、あの大川小の悲劇を解き明かすものかもしれない、とふと思ったことがひとつ。

 もうひとつは、原稿を書いている最中、大川小でお亡くなりになった教師の一人を知る人から、その方の思い出話を聞いたこと。

 そのふたつがあって、つらいことではあったが、とにかく言いたいことを書き上げた。

 わたしが若ければ、そしてまわりに賛同する人がいたら、大川小のあとに、「大川サドベリー校」をつくりたいと思って、ガムシャラに動していたかも知れないな、などと、それでもいま、まだ夢を見る。

 大川小の悲劇を無にしてはならない。

Posted by 大沼安史 at 09:42 午前 2.教育改革情報, 3.コラム机の上の空, 6.命・水・祈り | | トラックバック (0)