2015-11-29

〔夕陽村舎日記〕★ ♪ Simple Song Of Freedom

 きょう、机に向かって仕事をしながら、BBCラジオ・スコットランドのイアン・アンダーソンさんの番組を聴いていたら、終りの方で、この歌が――ボビー・ダーリンのこの歌が聴こえてきて、思わず耳を澄ました。
 〔ユーチューブは ⇒ こちら 

          *

 ボビー・ダーリン、といっても、いまの若い人は――「シールズ」の若者たちも、ピンと来ないはずだ。

 アメリカの歌手、Bobby Darin (1936~1973)。

 「マック・ザ・ナイフ」とか「ドリーム・ラバー」で有名な、ぼくのような戦後、団塊世代のアイドル歌手。

 その彼が、こんな反戦歌を歌っていた――だなんて知らなかった。

          *

 ♪  Simple Song Of Freedom (自由のための、シンブルな歌)
    

 歌詞に、たとえばこうある。

   Come and sing a simple song of freedom
    Sing it like you've never sung before
   Let it fill the air, tell the people everywhere
   We, the people here don't want a war

   さあ、歌おうじゃないか、自由のためのシンプルな歌を
    歌おう 歌ったことのない歌を初めて歌うように
     空に広げよう そしてみんなに告げるんだ
      ここにいるぼくたち民衆は戦争を望まないと

          *

 イアン・アンダーソンさんが24日放送の番組プレイリストに、さりげなくこの歌を入れたわけは、もはや言うまでもなかろう。

          *

 昨日午後、山形市の「シベール(遅筆堂文庫)アリーナ」で、ピーター・バラカンさんの「ライブDJ」があり、聴きに行った。

 トークのなかで、バラカンさんが、Power to the Peaceful Tシャツをつくったと紹介していたので、帰りに一枚、買い求めた。

   Power to the Peaceful (平和な心のある人たちに権力を!)

 ジョン・レノンの、Power to the Peace(平和に権力を) のもじり――いや発展形か?

          *

 ピーター・バラカンさんは、もう世界は音楽を愛するピースフルな人たちでいっぱいだ、心のなかはもう平和でいっぱいだ、だから大丈夫、ぼくらは平和な世界を目指していける、と(たぶん)言っているのだ。

          *

 さて、ボビー・ダーリンはこうも歌う。

  ♪ 戦わずに楽しんでいるやつもいる
    大統領や首相や王様ってやつらのような
    棚をつくって、そこに乗せてさ 好きなだけ戦わせてやるさ
    その間、ぼくたち民衆は、自由のための歌を歌える

          *

 わたしたち、日本の平和を愛する者が歌う歌も、全部、Simple Song Of Freedom だ。

 しかし、歌を歌うには、戦争大好き指導者どもを「棚上げ」しなければならない。

          * 

 日本の若者たちよ、「行かないやつらに、させられることはない」!

  ♪ We, the people here don't want a war

 ボビー・ダーリンが歌う「われわれ」とは、君たちのことであり、「ここ」とは、この日本のことではないか。

          *

 国会前で、自由のための歌を歌いたまえ!

 戦争法をゴミだしし、安倍政権をゴミだしし、平和の歌を歌いたまえ!

Posted by 大沼安史 at 02:19 午後 5.希望・連帯・創造 |

2015-05-06

〔拡散希望〕◆ ドキュメント、『9条を抱きしめて~元米海兵隊が語る戦争と平和』/ 故・アレン・ネルソンさんは言った。「みなさんとみなさんの子どもたちはこれまで憲法第9条に守られて来ました。今後はみなさんが第9条を守るために立ち上がり声をあげなくてはなりません」/ 「世界平和はここから、この部屋から、わたしたち一人ひとりから始まるのです」

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 〔★は大沼〕⇒ http://www.dailymotion.com/video/x2p1r37

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 ★ ベトナム戦争の地獄のさなか、アレン・ネルソンさんは攻撃を逃れて飛び込んだ塹壕の中で、ベトナムの若い女性と鉢合わせになった。

 出産!

 ネルソンさんは、その赤ちゃんを抱きしめたことで、自分のなかの「人間」に目覚めた。

 ニューヨークのブルックリンに帰還し、ホームレス生活を続けていたとき、教師をしている高校の同級生と出会い、その依頼で、小学校に行き、子どもたちに「戦争」のことを話した。

 そして――ほんとうのことを言えないまま、他人事のような話を終えたあと、最後に質問の手を挙げたこどもから、「ミスター・ネルソン、あなたは人を殺しましたか」と問われる。

 真実を言うべきかどうか……自分と闘いながら迷い続けたネルソンさんの口元から、つぶやきのように出た言葉は――「殺した」だった。

 そんなネルソンさんを、子どもたちは見放さなかった。「かわいそうなネルソンさん」

 苦しみ続けたネルソンさんに、再生への転機はそのとき訪れた。

 日本に招かれ、同志社中学や沖縄などで講演をするようになったネルソンさんに、一冊のパンフレットが手渡された。

 日本国憲法の英文パンフレットだった。

 9条を読んで、ネルソンさんは衝撃を受けた。

 1996年のことだった。

          *

 「憲法9条を読んだとき、自分の目を疑いました。あまりに力強く、あまりに素晴らしかったからです」

 

 「日本国憲法9条はいかなる核兵器よりも強力であり、いかなる国のいかなる軍隊よりも強力なのです」

 

 「日本のみなさんは憲法に9条があることの幸せに気づくべきだと思います……憲法第9条が戦争の悲惨さ、恐怖や苦しみから、みなさんを救ってきたからです」

 

 「ご存知のように多くの政治家が憲法から第9条を消し去ろうと躍起になっています。断じてそれを許してはなりません」

 

 「みなさんとみなさんの子どもたちはこれまで憲法第9条に守られて来ました。今後はみなさんが第9条を守るために立ち上がり声をあげなくてはなりません」

 

 「第9条は日本人にのみ大切なのではありません。地球に住むすべての人間にとって大切なものなのです。アメリカにも9条があって欲しい。地球上のすべての国に9条があって欲しい」

 

 「世界平和はアメリカから始まるのではありません。国連から始まるものでもありません。ヨーロッパから始まるものでもありません。世界平和はここから、この部屋から、わたしたち一人ひとりから始まるのです」

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 アレン・ネルソンさんは2009年、ベトナム戦争で浴びた枯葉剤が原因とみられる癌で亡くなった。享年61歳。

 遺骨は、石川県加賀市の光闡坊に眠る。ネルソンさんがなんども講演し、心の安らぎを得たお寺だ。

 7回忌は、ことし3月に。

 住職の佐野明弘さんは、ネルソンさんのことを、こうふりかえった。

 「9条によって平和になるという希望というよりも、9条そのものが存在することが希望を持てたんですね……平和への道というのはないんだ、平和こそが道なんだ、と常々おっしゃっていた。やはり真理を衝いていますね」

 〔★は大沼〕⇒ http://www.dailymotion.com/video/x2p1r37

◎関連 ◆ 〔DVD案内〕

 ≪アレン・ネルソン―ベトナムの記憶≫
       ⇒ http://america-banzai.blogspot.jp/2008/01/dvd.html

          *

 ・ 価格 10,000円(図書館価格3万円)

元沖縄駐留海兵隊員アレン・ネルソンが語るベトナム戦争最前線の記憶。初めて人を殺したときのこと、多数の住民を殺害した戦場の日々、帰国後のホームレス生活、PTSD(心的外傷後ストレス障害)・・・本当の戦争とは。

監督 藤本幸久  撮影 栗原良介 編集 藤本幸久/栗原良介/影山あさ子
音楽 アレン・ネルソン(歌、ハーモニカ、ギター)、中村剛(ギター)
挿入歌 「Amazing Grace」「Down By The Riverside」
日本語字幕 影山あさ子 企画・製作 森の映画社 著作 Office Kageyama
51分/日本語字幕版/2009年

* ご購入された方の学習会や授業にお使いいただけます。日本語字幕のない版(英語テキスト付き1万円)もあります。セットの場合は15000円(上映権付5万円)DVDの他、上映用にはミニDVもあります。

 アレン・ネルソン(Allen Nelson)さん:

 元アメリカ海兵隊員。1947年7月30日、ニューヨーク・ブルックリンに生まれる。貧困家庭に育ち、高校中退後、1965年、18歳で海兵隊に志願入隊。1966年、沖縄駐留を経て、ベトナム戦争の最前線に派遣。1970年1月に除隊するが、心的外傷後ストレス障害(PTSD)に、長く苦しむ。1995年に沖縄で起きた海兵隊員による少女暴行事件をきっかけに、1996年、沖縄を訪れる。以来、毎年、市民グループの招きで来日。全国各地で、延べ1000回以上、自身の体験を語り続けた。2009年1月 多発性骨髄腫を発症。2009年3月25日 家族に見守られながら永眠。多発性骨髄腫は、ベトナム戦争で米軍が使用した枯葉剤に被曝した兵士に、多発する病気であると、アメリカ退役軍人省も認めている。

Posted by 大沼安史 at 04:58 午後 5.希望・連帯・創造 |

2014-03-30

〔さあ あじさいの国へ〕 <増補・更新版> フクイチ3周年 アラン・ロシさんの詩 「太陽」

 ★ …… わたしは子ども / フクシマの子 / 明日を口笛で吹く / 沈む夕日と 

  …………

  I am a child

  Of Fukushima

  I whistle tomorrow

  With the setting sun.

               *

 ロシさんの、このかんたんな、かんたんすぎるほど正しく、深く、美しい詩を読んで…………、事実として(わたし個人の記録として)、わたしもなんだか、急に、書いておきたくなったので書く。 

 ことしの3周年にあわせ、わたしは「歌」をつくった。

 フクシマの歌だ。

 わたしが(ファンとして)大好きな女性(歌手)に譜面と詞を送ったら、「歌います」と言ってくれた。

 もうすぐ、どこかで、歌ってくれるはずだ。

 彼女へのお願いの手紙に、わたしは、口笛で間奏をいれてくれないか、と頼んだ。

 そう、それでも、いや、だからこそ――口笛を吹きながら、フクシマから歩き出したフクシマの子どもたち。

 その明日に幸あれと、わたしもまた、願わずにいられない。 

               *

 ★は大沼 ソースは ◎ 音楽療法家 佐藤由美子さんのブログ ⇒ http://discoverjapannow.wordpress.com/2014/03/17/poem-for-fukushima/
 ◎ アニック・ロシさん(スイス・フランス国籍の詩人)のHP ⇒ http://www.fullofcrow.com/poetry/2010/04/full-of-crow-poetry-april-2010/
 ◎ 佐藤由美子さんのツイッターは ⇒ https://twitter.com/yumikosatomtbc
  〔上記の個人的な文は、ホスピスで活動されているらしい、佐藤さんの「人生は短い。大切なことを言い残すことはないように」というツイートに励まされ、書いたものです。〕

               *

  ★ 佐藤由美子さんが紹介してくださった上記の詩の題、「太陽」とは、わたしたちの日本の国であり、その明日を、まさに「いのち」として「体現」する「子どもたち」のことだろう。

 「フクイチ」で沈んだこの国にも、フクシマの子どもたちがつくる明日の夜明けがある。

 いまは、そのための、夜更け。

 苦しいけれど、それを待つ、夜。

 わたしたちは、新たな生誕のための、日の昇る夜明けのための、「澄み渡った夜半(よわ midnnight clear)」の最中に――その時にある。

 決して、絶望してはならない。

 そこには、テリー・マクミランさん〔1953~2007年 米国のカントリー・ミュージシャン〕が奏でる、(以下の)このハーモニカのような、やさしく、透明な平和がある。

  祈りと希望がある。

 ◎ ユーチューブ  It came upon a midnight clear ⇒  https://www.youtube.com/watch?v=g4ZHIT9s2zY

Posted by 大沼安史 at 11:07 午前 5.希望・連帯・創造, 6.命・水・祈り | | トラックバック (0)

2014-03-11

〔コラム さあ あじさいの国へ〕 日の出づる国の浄化のために

  3人がアメリカで、きょう3月11日、朝から晩まで、断食に入る。フクシマの人々に――フクシマを生きるわたしたちに連帯して断食する。

 ハーヴェイ・ワッサーマンとジル・スタインさん、デヴィッド・スワンソンさん。

 脱原発を目指す3人は、3・11の地球時間を、日の出から日没まで、地球が半回転する分、わたしたちのために、そして未来の希望のために祈ってくれる。

         *

 その1人、ハーヴェイ・ワッサーマンさんは、こう書いている

 3連続メルトダウン、4連続爆発、燃料棒の飛散、太平洋の核汚染水の垂れ流しは、この地球に生存する、私たちの生きる力の織物に、致命的な穴を開けてしまった、と。
 The three melt-downs, four explosions, scattered fuel rods and continual gusher of radioactive water into the Pacific Ocean at Fukushima have torn a deadly hole in the fabric of our ability to survive on this planet.

 チャイナシンドロームと化したフクイチの核の溶融マグマは、文字通り、地球に穴を開けてしまった。

 その「核のブラックホール」から、地上へ、地下へ、海に空に、死の灰の大放出が続いてゆく。

 フクイチとはかくも恐ろしき、空前の核惨事である。

         *

 フクイチという、極東の島の東海岸の一画に出現した「穴」だけで、人類の未来を吸いこんでしまうのに、地球上には、さらにたくさんの「核のブラックホール」の予備軍が控えている。

 ワッサーマンさんの言う通り――フクイチは「核の氷山の一角( the tip of the radioactive iceberg)」に過ぎない。

 フクイチ核惨事の「死の二の舞・三の舞」が、日本列島を含む、地球のどこかで繰り返され、第2、第3の「大穴」が開けば、世界は滅びる。

 東電がこんごフクイチを放棄し、逃げ出すようなことになれば、フクニ・東海と「悪夢の連鎖」が続き、世界滅亡の引き鉄がひかれる。

 わたしたちは、そういう状況の中で、3年目の3月11日という、運命的な日を迎えたのだ。 

 だからワッサーマンさんら3人は、警告の断食に入った。
 
        *

 3人の断食はしかし、意識の中において、在るべき地球の未来を先どりしようとする、固い決心のこもった断食でもある。

 「原発」も所詮は、わたしたちの意識の産物。

 わたしたちが必要なしと思えば、必要でなくなる。

 「原発のない世界」――「そのヴィジョンを讃えるために、わたしたちは断食する」と、ワッサーマンさんは書いたが、「脱原発のヴィジョン」は、日本に生きるわたしたちにもまた、それは……いのちの限界から発せられた希望の光として讃迎すべきものである。
  To honor this vision, we won’t eat from dawn to dusk on March 11.

        *

 フクイチ核惨事・開始3周年――。

 わたしたちもまた、(「断食」する・しないはともかく)、きょうという一日を、「原発のない世界」を、いまここにあるものとして、わたしたちの心に引き寄せ、心に打ち立てる日とすることにしよう。

 心を清め、「原子力」という人類に取りついた「妄念」と「邪気」を払い、きょう、3・11という1日を、「原発完全廃絶」の日に続く一日として過ごしてゆこう。

        *

 ワッサーマンさんら海の向こうの3人は、日の出から日没まで、西方穢土と化したわたしたちの日本を思いつつ、食を断ってくださる。

 日の出づる国である日本のわたしたちが、死の灰にまみれたこの国の、脱原発による「浄土化」に立ち上がらないで、どうする!

Posted by 大沼安史 at 09:05 午前 3.コラム机の上の空, 5.希望・連帯・創造 | | トラックバック (0)

2014-03-09

〔コラム あじさいの国へ〕 たましひはみどり

 2011年の夏、避難先の郡山市のアパートで、高校1年生だった矢代悠(はるか)さんは、トイレにこもって声が漏れないように泣いた。

 母親がなじったそうだ。「大丈夫じゃなかったじゃない」

 父親は――東電社員のお父さんは、言い返さなかったそうだ。
 
        *
 
 母親は知り合いから「どう責任を取るの」「被害者面して」と言われた。

 父親は事故の収束作業に呼び出され、避難先に戻るのは月8日程度。細い体がさらに細くなり、ほおがこけた。

        *
 テレビの「脱原発デモ」を見て、悠さんはこう思ったそうだ。

 「東京の電気をつくる原発がどこにあるかも知らなかったくせに。お父さんが頑張っていることはだれも知ろうとしないのに、無責任じゃない」

        *

 今月1日、いわき市の高校の卒業式に臨んだ悠さんの高校生活は、フクシマの被爆者として――と同時に、東電社員の家族として、事故の重みに耐えながら、生き抜いた3年間だったようだ。

 15歳から18歳まで、フクシマの青春を生き抜いた悠さんのことを、朝日新聞(8日付け朝刊)で読んで、涙が流れた。

 記事を読んで、お母さんも、お母さんの知り合いも――そして誰より、お父さんが泣いたのではないか!

        *

 わたしは記事を読み終え、よくぞ言ってくれた(教えてくれた)、と悠さんに心の中で手を合わせた。

 わたしは、フクシマの人たちのほんとうの気持ちが、悠さんの「言葉」で、ようやく分かった(分かりかけた)ような気がした。 

 わたしもまた、たしかに、何も、知らなかったのだ。

 事故が起きるまでは。

 そして事故のあとも、悠さんの「言葉」を聞くまでは。

 現場で働く東電社員や、作業員の人たちとその家族のことなど。

        *

 わたしは、悠さんの「言葉」をかみしめがら、先日、亡くなった詩人、吉野弘さんの、詩の一節を思い出していた。

  ―― 諸君
     魂のはなしをしましょう
     魂のはなしを!
     なんという長い間
     ぼくらは、魂のはなしをしなかったんだろう――

        *

 そしてまた、「たましひはみどりなるべし」――

 辺見じゅんさんの歌の、あの、美しい歌いだしを。

        *

 いま、わたしたちが、なすべきは、――悠さんが教えてくれたように、「立場」や「建前」の「言葉」ではなく、「真情」の言葉を言うこと、聞くこと、交わすことではないか?

 理解し合い、困難を見据え、一緒に立ち向かうことではないか?

        *

 ふるさとはみどり。

 そこに生まれた、悠さんのような、いのちもみどり。

        *
   
 フクイチ核惨事・開始3年――。

 東電本社の人も、霞が関の政府の人も、県庁の人も、医科大学の先生も…………そしてわたしたちも、「組織の言葉」を離脱し、いのちに向き合う「魂のはなし」を始めなければならない。

Posted by 大沼安史 at 11:30 午前 3.コラム机の上の空, 5.希望・連帯・創造 | | トラックバック (0)

2014-02-14

〔あじさいコラム〕 65歳 ―― 空の光輪と真夜中の言葉

 福島に住む教え子から、ことしもバレンタインチョコをもらって、わたしの新しい年が、また始まった。

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 昨日(13日)昼過ぎ、空に光輪が浮かび、携行していたカメラに収めた。

 虹の光の輪。

 光の輪はこれで、去年の秋から、4回目の出現!

 4回、現れると、いよいよだ――と、以前、ある人に、謎をかけるように教えられたことを思い出した。

       #

 何が、いよいよなのか?

       #

 ミュージシャンの 神人さん には、1月28日の真夜中に、こんな「御伝え」の言葉が降りてきたそうだ。

     時 来りて
  
     真 意変わる時

     う

 「う」――とは、大宇宙の意。

       #

 それから、こんな「御伝え」の言葉も。

     氣 笑 感謝
 
     貴ぶ喜び

     う  

       #

 神人さんの解説。

 第一の御伝え:

 過去の時代のマインドコントロールから解き放たれ、これから急速に地球人の意識・ものの考え方が変わり、真実を理解出来る人々がどんどん増加致してゆくとのことです。

 第二の御伝え:

 氣とは、霊体としての思い=エネルギー。
 笑とは、歓喜の表現。
 感謝とは、真を理解することで流れ来るエネルギー。
 貴ぶとは、己との違いを喜びに感じること。
 己に無いものを持つ他を愛しむ思い。
 違いを戦いの想念に繋げないこと。違いは、本来愛おしいこと。
 現在の地球人に必要な思いです。

      #

 実は、14日午前0時ごろ――真夜中、布団の中で目覚めていたわたしに、「聖徳太子さまが、あじさい革命を、お命じになられている」という「声」(男の人たちと女の人たちの、歌うような声)が、数波にわたって、聞こえて来た。

 不思議なことに、わたしのパートナーもまた、同じことを、そのとき、聞いていた!(――ことをあとで知った)

 幻聴――かもしれないが(きっとそうに違いないが)、万が一、これがホンモノの「御伝え」であるなら、記者のはしくれであるわたしとしては、報道人の責務(?)として、書かないわけにはいかない(ので、いま、書いている)。

      #

 和をもって尊しとなす――の太子さまのことだから、これからわたしたちが遂行する「あじさい革命」は、平和革命でなければならない、とお思いのことだろう。

 わたしは、幻聴であれ何であれ、聞いた以上は、「あじさい革命」の実現に向けて、わたしに残された時間を――いのちの残りを、わたしなりに捧げてゆく所存である。

      #

 最近、わたしは、車で30分のところにある、人気のない(しかし由緒ある)神社へ通っている。

 本殿にお参りし、円鏡に映った、手を合わせている自分の姿に手を合わせてから、境内のすみで、空を仰ぐ。

 その場所は、知り合いのT老人の目の前に、「人が現れた」場所だ。

 T老人はそれを見て、腰を抜かしたそうだ。

      #

 その場所に立つと、もう電流のような気が、空からビリビリ、降り注いでくる。

 その場所で空を見上げて撮影した写真がこれ(⇒ 右の写真)。

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 わたしはこの写真をパソコンの画面に使って、まさにいま、この瞬間、この空を背景に、「メモ帳」で、この記事を書いている。

      #

 神社でわたしは、自分の「筆致」が、争いの和解と解決を導くものになるよう、お力添え願いたいとお祈りしている。

 心の奥までとどく、きれいな言霊の筆をお与えください、とお祈りしている。

      #

 わたしは今日、2月14日で、満65歳。

 65歳という新しい年が、今日、わたしに、始まった。

 「あじさい革命」へ向けた、新しい時間が、わたしにも始まった。

      #

 わたしは今年(も)、書けるかぎり書いてゆくつもりだ。

 伝えたいことを、お伝えするつもりだ。

 読者諸氏のご鞭撻を願う!

Posted by 大沼安史 at 06:58 午後 3.コラム机の上の空, 5.希望・連帯・創造 | | トラックバック (0)