2009-08-02
〔イラクから〕 「僕の魂を貫いた衝撃波」 生還したジャッキー軍曹の自死
ニューヨーク・タイムズ(電子版)で、ビデオを観た。
タイトルは Shockwaves Through My Soul 「僕の魂を貫いた衝撃波」。
イラクから生還後、昨年12月、ガールフレンドの目の前で銃で自殺した、ジェイコブ・ブレイロック軍曹(26歳)に関するビデオ・レポートだった。
愛称、ジャッキー。ビデオのタイトル、「僕の魂を貫いた衝撃波」は、彼が書いた詩の言葉だ。
■ ビデオ ⇒ http://video.nytimes.com/video/playlist/us/1194811622217/index.html?r=234#1247463669846
*
2007年4月13日の夜(14日未明にかけて)、イラクで輸送部隊をガードする任務に就いていたジャッキーの魂を、最悪の衝撃波が襲った。
第1451州兵輸送大隊の先頭車両が、道路に仕掛けられて爆弾で噴き飛ばされた。ジャッキーの戦友が2人、死んだ。
輸送部隊の先頭車両で見張りに就くのは最も危険な任務だ。ジャッキーはその時、後続車両に乗っていて助かった。
助かったことが、彼の魂を引き裂いた。
6日後、ジャッキーはバラックの部屋で、ビデオカメラに向かって、日記をつけるように語りかけた。「……6日後に帰国するけど、親友を2人、なくした。それが苦しくてたまらない」
ジャッキーのビデオカメラは、輸送部隊の活動ぶりも記録していた。1年近い、イラクでの任務の最後の最後で、大隊初の戦死者が一度に2人、出た。
*
ジャッキーはギターを弾いて自作の歌を歌う、優しい男だった。イラク現地での戦死者のメモリアル・サービスでは、泣きながら、死んだ戦友のために歌った。
イラクから帰還して、ガールフレンドと暮らし始めた後も、ジャッキーは歌い続けた。バンドを組んで歌い続けた。
あの魂を貫いた衝撃波の傷口を癒すように、たぶん、ジャッキーは歌ったのだ。
アパートの部屋のカウチに座って、ギターを弾きながら……束の間の、ふたりの幸せを語るガールフレンドの目に一瞬、平安な光が浮かんだ。
*
ジャッキーは、イラクには行ってはならない男だった。高校時代の彼女との間に女の子が生まれ、その後、別れた過去があった。その心を傷を引き摺って、イラクに向かった。
*
ビデオを観て、あるいはジャッキーに関するニューヨーク・タイムズの記事
( ⇒ http://www.nytimes.com/2009/08/02/us/02suicide.html?pagewanted=1&_r=1&ref=multimedia )
を読んで思うのは、戦争が生み出す衝撃波の恐ろしさである。
1451輸送大隊の生還者、175人のうち、自殺を遂げた者、ジャッキーのほか、3名。
戦争の衝撃波は、イラクから帰還した4人の魂を、繰り返し、執拗に襲い続け、とどめを刺した。
*
ガールフレンドは彼のことを、「スウィートなジャッキー」と言った。
素敵なジャッキーの甘い心をズタズタにした、ショックウェーブを生み出したものを――「戦争」を――僕もまた、彼のガールフレンドとともに憎む。
Posted by 大沼安史 at 10:01 午後 5.イラクから | Permalink
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2009-07-14
〔イラクから〕 バクダッドで7年ぶりにサッカー試合 イラク代表チームが勝利
ニューヨーク・タイムズ(電子版)によると、13日、バグダッドで、イラク代表チームによる試合が7年ぶりに行われた。
⇒ http://www.nytimes.com/2009/07/14/world/middleeast/14soccer.html?_r=1&ref=global-home
相手は、これまた戦乱の地でがんばる、パレスチナ・チーム。
前半27分、イラクのクルド人スター選手、ハワル・ムラー・モハマドが初ゴールを挙げると、スタジアムは割れんばかりの歓声に包まれたそうだ。
結果は4-0で、イラクの勝利。
米軍がイラク 都市部かた撤退して13日後に開かれたサッカー試合。
街はまだ安全ではないが、サッカーを楽しめるほどには治安は回復して来た。
イラクは「ドーハの悲劇」で日本を打ち負かした強豪チーム。
サッカーファンの一人として一日も早い「完全復活」を祈りたい。
Posted by 大沼安史 at 09:08 午後 5.イラクから | Permalink
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2009-05-29
〔イラクから〕 「戦争も殺人も悪である。そのどちらの悪も私は犯してしまった」 終身刑のグリーン上等兵の謝罪声明
イラクで民間人の一家4人をレイプ・殺害した罪で、陪審から終身刑の評決を受けた〔本ブログ既報〕スティーブン・グリーン元陸軍上等兵が28日、連邦裁判所の法廷で、イラク人遺族の見守る前で、「謝罪の声明文」を読み上げた。
AP電で、グリーン元上等兵自身が書いた、その「声明文」のテキストを読んだ。
読んで、ああ、26歳(犯行時、20歳)になる、この若者は苦しみ続けて来たのだなあ、と思った。
「僕にはもう、取り返しはつかないんだ。僕の謝罪は不十分なものにしかならないが、これしかできないんだ……」
軍隊に入るまで、「僕が人を殺すなんて、民間人を故意に殺せるなんて思いもよらなかった」。
「それが、イラクで、ある時点から、イラクの人を、一人の人間として見れなくなってしまった。ひとまとめに、ひとつの悪として、人間以下のものと見るようになった」
「僕は間違っていた」
「戦争も殺人も悪である。そのどちらの悪も私は犯してしまった」
グリーン元上等兵が殺害した一家の男の子たちは生き残った。
その男の子たちに対して、元上等兵はこう言った。
「僕はただ、彼らが僕が犯した悪夢を乗り越え、よき未来に向かって進んで行ってほしいと望むだけだ」と。
グリーン元上等兵は終身刑を終えた先に待つ、「神の審判」を恐れていると言った。
そのくだりを読んで、「神の審判」をもっと恐れなければならないのは、ほかにいる、と思った。
⇒ http://wire.antiwar.com/2009/05/28/statement-of-ex-soldier-steven-dale-green/
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2009-05-28
〔NEWS〕 北朝鮮 「150日間働け・働け」運動 クライマッスの10月初め 最高人民会議で3男坊へ皇位継承
ソウル発のAP電を読んでいたら、北朝鮮で「150日間働け・働け」運動が始まっていて、それがクライマックスを迎える10月初め、最高人民会議が開かれ、(3男の金正雲への)「皇位継承」が決まるという。
正雲は26歳、大学の教え子が電話で「なかなかのイケ面」と言っていた。
金正日はこの3男坊を「おれに似ている」と可愛がり、「若大将」などと周りに言わせているそうだ。
この話を教え子にしたら、「全然似てない」とのこと。
小泉純一郎氏も「ジュニア」に「皇位継承」したいそうだが、北朝鮮と考え合わせると、日本もなんだか凄い国だなあ。
だいたい、「ヤクザ」の息子が「防衛大臣」になっている国ってアリだろうか?
でも、結局、あの「核実験」って、5ヵ月間に及ぶ「国体護持」大キャンペーンの「打ち上げ」花火だったわけ。
金正雲じゃなくて、金茸(キノコ)雲。
こんなガキの即位のために、働け・働け、欲しがりません、勝つまでは、と働かされる北朝鮮の人民たちが気の毒だ。
⇒ http://www.msnbc.msn.com/id/30968580/
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2009-05-22
〔イラクから〕 グリーン上等兵 終身刑に 極限の状況での犯罪 同僚兵士が証言 評決に安堵した父
イラクで民間人の一家4人(両親と娘2人)を虐殺した罪で、米国内で刑事訴追を受け、裁判にかけられていた
(本ブログ既報 ⇒ https://app.cocolog-nifty.com/t/app/weblog/post?__mode=edit_entry&id=57907964&blog_id=153575 )
スティーブン・グリーン元上等兵に対する陪審の評決が21日に言い渡された。
グリーン元上等兵は死刑をまぬかれ、終身刑に服する。
評決言い渡しの際、AP電によれば、父親がほっと息をついたそうだ。
裁判で弁護団は14歳の長女に対するレイプを含む犯罪事実については争わず、グリーン元上等兵が置かれていたイラクの極限的な状況を強調、死刑回避に全力を挙げた。
裁判では米兵が、元上等兵が直面した戦争の現実を証言した。
⇒ http://www.independent.co.uk/news/world/americas/exsoldier-spared-death-sentence-for-iraq-murders-1689347.html
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2009-05-14
〔イラクから〕 「私は一人の人間。二人にはなれない」……拷問に抗議し、自殺した通訳兵、アリッサ・ピーターソンさんを悼む
グアンタナモでの「水責め」拷問が問題視される中、イラクで「囚人」の尋問補助に当たっていた米陸軍の女性通訳兵、アリッサ・ピーターソンさんが尋問テクニックに抗議し、自殺(2003年9月、当時、27歳)した悲劇が明るみに出、関心が集まっている。
敬虔なモルモン教徒だった彼女はなぜ、自殺しなければならなかたのか?
米英の報道によると、アラビア語の通訳として訓練を受けたアリッサさんは、イラク北部のタール・アファール米空軍基地に、陸軍第101空挺師団の情報部門のスタッフとして2003年8月、配置についた。
アリッサさんの任務は、尋問の通訳。
尋問は基地内の、通称「檻」(ケージ)の中で、夜間、行われ、アリッサさんは2度目の任務を終えたところで、通訳を拒否。基地の検問所勤務に回された。
そして、自分のライフル銃で自殺。
同年年9月15日のことだった。イラクで任務に就いてから3週間しか経っていなかった。
現地米軍の発表は、「非戦闘中の銃の暴発」だった。それが、どうして「自殺」と分かったか?
それは、アリッサの出身地、アリゾナ州のひとりの地方ジャーナリスト、ケヴィン・エリストンさん(新聞&ラジオの記者)の粘り強い取材の成果だった。
アリッサさんの死に疑問を抱いたケヴィンさんは米軍当局に「何百回も」電話で問い合わせたが、埒が明かず、情報自由法を使って、軍の調査記録の公開を求めた。
入手した文書に驚くべき記載があった。
「ピーターソン(アリッサさん)は囚人に対する尋問方法に反対した。ケージの部隊でたった2晩、任務に就いただけで、参加を拒否した。部隊の陸軍スポークスマンはアリッサが反対した尋問テクニックがどんなものだったか、説明を拒否している。それらのテクニックを記録したものは今や、すべて破壊されている」
軍の調査記録には、さらに驚くべき箇所があった。
囚人に対して「同情」して「叱責」を受けた彼女は、こう語ったという。
「私は(一人の人間だから)二人にどうしたらなれるか、分からない……ケージの中と鉄条網の外で別々の人間にはなれない」
軍の調査記録にはまた、アリッサさんが日記をつけていたと記載されていたが、公開された文書には日記の記述が消されていた。
アリッサさんの死は銃の暴発ではなかったのだ。尋問方法に抗議しての自死……。
その事実をケヴィンさんは、アリッサさんの自殺から3年後の2006年秋に、白日の下に引き出して見せた。
アリッサさんは、敬虔なモルモン教徒。その彼女が自殺に追い込まれたのは、よほどのことがあったのだろう
では、イラク国内において、米軍はどんな尋問方法を採っていたか?
北部の都市、モスルで同じ任務にあたっていた女性通訳兵のカイラ・ウイリアムズさんは、CNNに対してこう証言しているという。
「火のついたタバコで焼かれていた。目隠しした囚人を集めて裸にし、目隠しをとらせて辱めることもしていた」と。
尋問というより拷問。もしかしたら、グアンタナモのような、「水責め」もあったかも知れない。
オバマ政権は先にグアンタナモの「水責め拷問」の事実を公式に認めてみせたが、イラク国内が「グアンタナモ化」していた可能性は高い、と言わねばならない。
写真で見る、軍服姿のアリッサさんは、やさしい目で微笑んでいる。
彼女を悼み、イラク戦争を――戦争という残虐行為を憎む。
⇒ http://www.democracynow.org/2006/11/7/soldier_killed_herself_after_objecting_to
http://www.azcentral.com/members/Blog/EJMontini/52699
http://www.independent.co.uk/news/world/middle-east/us-interpreter-who-witnessed-torture-in-iraq-shot-herself-with-service-rifle-1674399.html
http://www.huffingtonpost.com/greg-mitchell/us-soldier-killed-herself_b_190517.html
http://www.huffingtonpost.com/greg-mitchell/patt-ii-soldier-who-kille_b_191148.html
http://www.independent.co.uk/news/world/middle-east/torture-it-probably-killed-more-americans-than-911-1674396.html
Posted by 大沼安史 at 07:31 午後 5.イラクから | Permalink
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2009-05-08
〔イラクから〕 戦争犯罪者 グリーン上等兵 20歳の若者がイラクで民家に押し入り、14歳の少女を暴行 5歳の妹を含む家族4人を殺すまで
米ケンタッキー州パディカの連邦地区裁判所は7日、元米陸軍兵士(上等兵)、スティーブン・グリーン被告を有罪と認定。12人の陪審が11日、死刑を含む量刑判断を行うことになった。
グリーン元上等兵は、24歳になったばかりの若者。被告弁護士は「認定事実は争わない。死刑回避に全力を挙げる」としている。
若者はどんな「罪」を犯して、裁判にかけられたか?
グリーン元上等兵の「犯罪」は2006年3月12日、イラクの首都、バグダッドの南32キロ、マムーディヤの町で行われた。
当時、20歳と10ヵ月のグリーン上等兵は、同じブラヴォー中隊に属する仲間4人とともに、夜、黒装束に着替え、民家に侵入。
グリーン上等兵は民間人であるその家の主人と妻、14歳と5歳の娘の計4人を銃殺。14歳の長女に対しては、殺害する前、暴行を加えた。
上等兵はことし4月に精神的なトラブルで除隊になり、その後、イラクでの犯行が発覚、訴追され、裁判を受けていた。
スティーブン・グリーンとはどんな若者だったのか?
ニューヨーク・タイムズ紙の、イラクで犯罪を犯すまでの軌跡を辿る記事を読むと、苦しい少年時代を送った若者であることが分かる。
両親の離婚、母親との不和、高校中退、ドラッグとアルコール、無職……
そんな若者が陸軍のリクルートに応募したのは、2005年2月、19歳のとき。刑務所を出て、数日後のことだった。
陸軍のチャペルで洗礼を受け、イラクの戦場に。
ブラヴォー中隊が展開したバグダッド南部地区は激戦地で、4ヵ月の間に8人の戦死者が出た。狙撃されたり、路肩爆弾に殺られたり。同じ中隊かはハッキリしないが、拉致され(おそらくは首を)切断される同僚もいたそうだ。
なぜ、グリーン上等兵がイラクの民間人一家を殺したか、動機はいまひとつ、ハッキリしない。しかし、家に押し入り、銃を発射、少女をレイプしたことは事実だ。
しかし、それが復讐心であれ、恐怖心の裏返しであれ、正気の沙汰ではなかったことは疑い得ないことだ。
グリーン上等兵は、してはならないことをしてしまった。
でも、だからといって、今回の事件を、家庭的な問題、非行歴を抱えた若者が罪もない家族を強姦・殺害しただけのこと、ふつうの殺人事件と変わりないから、他の殺人者同様、連邦裁判所において連邦法に則り、裁けばいいだけのことだ……といった視点で見てはならない。
グリーン上等兵は、れっきとした「戦争犯罪者」なのである。
イラク戦争という「戦争」の中で行われた「戦争犯罪」として裁かれなければならない。
本来なら、イラクの現地において、イラク側のイニシアチブで、裁かれなければならないことなのだ。
ブッシュやラムズフェルドらを証人席に立たせて行うべき、「戦争裁判」で裁かれるべきことなのだ。
「A級戦犯」を見逃し、下位の兵士(あるいは指揮官)「個人」に責めを負わせるだけでは済まない。
⇒ http://www.independent.co.uk/news/world/americas/us-exsoldier-convicted-of-iraq-rape-and-killings-1681208.html
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2009/05/08/AR2009050800377.html
http://www.nytimes.com/2006/07/14/us/14private.html?_r=1&sq=Steven%20Dale%20Green%20&st=cse&scp=1&pagewanted=all
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2008-08-05
〔イラクから〕 戦場のブログの閉鎖 G中尉の沈黙
ちょっと前のニュースだが、ワシントン・ポスト紙(電子版、7月24日付け)に、「沈黙のブログ(Silent Posting)」という記事が載っていた。
一読してそのままにしていたが、このまま何も書かずにいるのは、やはり悔しい。遅ればせながら、記事の内容を書き留めておこう。
ポスト紙によれば、イラク駐留米軍当局の命令で、「G中尉」こと、マシュー・ギャラガー中尉(25歳、米陸軍歩兵第25師団所属)の、イラク発のブログ、「カブーン(ドカーンの意)」が、「休止」したのは、ことし6月27日のこと。
その一ヵ月前、5月28日に、昇進話を拒否したイキサツをブログに書いたことが咎められた。
G中尉、最後のブログのタイトルは「戦術的休止」。
「ぼくは何よりもまず兵士である。命令は命令。だから、こういう次第になった」と綴られたブログは、友人たちの手で、2007年12月の初回分以降、すべて回収され、ネット上で保守されているが、G中尉はそれ以降、ネットで発信する機会を奪われたままだ。
G中尉こと、ギャラガー中尉は、ネバダ州の出身。裕福な弁護士の家に生まれ、大学の学費に困らないのに、親に頼ることを拒否、軍務に就くことを前提に学費を得て、地元の大学に進み、歴史学を学んだ。
そして、2007年12月に、イラク入り。
ブログ「カブーン」は、その月の30日から始まった。
「上空から、さまざまな戦争の破壊を覆う真夜中の暗闇の毛布の下で、イラクの片田舎は、奇妙な静謐感を与えてくれる……」
(原文は以下の通り、訳出は、最初のセンテンスのみ)
From the air, and under a blanket of midnight darkness masking the various destructions of war, the countryside of Iraq offered an odd sense of tranquility. With the scattered lights of various townships all dotting a high desert landscape, I couldn’t help but think of rural Nevada. The steady crooning of the chopper’s blades quickly snapped me back to reality, though. 80-pounds worth of Army equipment on my back ensured I stayed there.
あるいは、ことし3月4日のブログに書かれた、この自問自答。
「戦争に行った少年がいた。彼の前に出かけた多くの少年のように。戦場で彼は男になるかも知れない。ならないかも知れない。すでに男なのかも知れないし、そうでないかも知れない。たぶん、それはどうでもいいことかも知れないし、まったくどうでもいいことであるかも知れないし、全部、どうでもよくないことかも知れない。たぶん……」
戦場で、こうした清明な文を書けるとは、書き続けられるとは、驚きである。
さらには、アメリカから届いた小学生たちの「無垢な手紙」の紹介も。
「戦争は算数よりひどい」……手にとって苦笑するG中尉の姿が目に浮かぶ。
わたし(大沼)は、在イラクの兵士ブロッガーで、これだけの書き手を他に知らない。
G中尉こそ、在イラク15万人の米軍兵士から生まれた、最高の戦場ライターではないか。
ブログという発表の手段を奪われたG中尉だが、きっと今も、沈思黙考、イラクの空の下で、ノートに日記を書き続けているに違いない。
G中尉には、ハンドル名を「シティー・ガール」という、ニューヨーク娘のフィアンセがいるそうだ。
無事の帰国と、二人の幸せを祈る。
⇒ http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2008/07/23/AR2008072303970.html
http://kaboomwarjournalarchive.blogspot.com/
http://kaboomwarjournal.blogspot.com/
Posted by 大沼安史 at 11:49 午後 5.イラクから | Permalink
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2008-07-31
〔イラクから〕 「ぼくは212人、殺したんだ」 母が語る海兵隊伍長(23歳)の自死
イラクの戦場に2度、送られ、カリフォルニアの基地に生還した黒人の海兵隊員(伍長)、ジェームズ・ジェンキンスさんがピストルで自殺した。2005年9月28日のこと。23歳だった。
母親のシンシアさんが、「ANP」(アメリカ・ニュース・プロジェクト)制作のビデオ(⇒ )に出演、息子の死を振り返った。
帰還後、東部、ニュージャージーに住むシンシアさんに電話をかけてきたジェームズさんは、母親にこう訴えた。
「ぼくは212人を殺して来た、死ななくていい人まで……」
悪夢に苦しみ、眠れずにカジノで徹夜プレーを繰り返し、借金の山を築いた。
大学進学の学費を稼ごうとして入隊した海兵隊。
生還を果たした若者に待っていたのは、イラクでの地獄の記憶との闘いの日々だった。
とくに2度目の出征の体験がひどかったようだ。ナジャフの激戦に参加し、仲間が爆弾に噴き飛ばされるのを目の当たりにした。戦場で自殺した仲間もいた。
ANPのビデオには、死んだ仲間のために膝まずいて祈るジェームズさんのスチール写真が載っている。
母親への手紙で訴えた。「ここ(イラク)にいる必要なんかない」と。
「帰国して戦争に反対するやつは死ね」と言われたと、電話で訴えた。
埋葬された墓地は、ニュージャージーの地元の高校に通っていた頃、いつも通っていた墓地だそうだ。登校の途中、パン屋でドーナツ2個とオレンジジュースを買って、教室に向かっていた。
思い出の通学路の墓地に彼は、無念の帰還を果たした。
⇒
http://www.alternet.org/blogs/waroniraq/93370/a_mother's_sorrow:_one_soldier's_suicide/
http://www.woundedtimes.blogspot.com/2008/02/marines-left-behind-lance-cpl-james.html
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2008-07-13
〔イラクから〕 英兵ら イラクの少年(14歳)にオーラルセックス強要
英紙インディペンデント(電子版)が7月13日に報じたところによると、イラクの南部、バスラに設けられた英軍基地で2003年5月、イラクの少年たちを捕まえた英兵たちが、14歳の少年に対し、仲間のイラク人少年にオーラルセックスするよう強制し、実行させていた。
ひどい話である。
日本の若い記者団よ、これについてどう思うか、米英のイラク侵攻を支持する、福田首相に聞いて見給え!
⇒ http://www.independent.co.uk/news/uk/home-news/british-soldiers-accused-of-sickening-sex-assault-on-iraqi-boy-14-866482.html
Posted by 大沼安史 at 08:15 午後 5.イラクから | Permalink
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2008-06-18
〔イラクから〕 占領下の真実 民衆のレンズ 「ケータイ写真館」
オランダのカメラマン、ゲート・ファン・ケステレン(Geet van Kesteren)さんが、イラクの人びとが携帯で撮影した写真を集めた写真集、「バグダッドは呼んでいる(Baghdad Calling)」出版したと、英紙インディペンデントの中東特派員、ロバート・フィスク氏(ベイルート駐在)が18日付けの同紙電子版に書いていた。
オランダでケステレン氏に会って、話を聞いたのだそうだ。
ケステレン氏はプロの報道写真家だが、いまのイラクでは、本当に撮りたい被写体にカメラを向け、シャッターを切ることはできない。あまりにも危険すぎるからだ。
そこで、ケステレン氏は、イラクの人びとが「ケータイ」で撮った写真を収集し、写真集として出版することを考えた。
カメラではなくケータイが捕らえた、イラクの真実。
デジタル画像はヨルダンに逃れて来たイラク難民のケータイに届き、ケステレンのもとに集められた。
388ページの写真集に収められたケータイ・スナップは、イラク人の(外部世界に)知られざる日常の一瞬をとらえ、見るものの心を打つ(その一部、7枚の写真による「アルバム」が、同紙電子版の記事に付いている)。
車の屋根に乗った少年のうれしそうな顔。ボウリング場の青年。トルコからの「帰国バス」の車内。クリスマスの祝うイスラム教徒のイラク人一家……「アルバム」に掲載されたケータイ・スナップは、イラクの悲惨と絶望の中でもまだ失われずにいる「希望」を伝えるものだ。
その一方で、写真集には、バグダッドの死体置き場を車で通りかかりざま撮ったと見られる、惨殺体の写真など、占領・内戦下のイラクの地獄を伝えるものが多い。
フィスク氏はだから、この写真集は「われわれ(占領軍)に対する告発だ」と指摘する。
フィスク氏の記事の末尾に、ケステルン氏あてにイラクから届いた「ブラック・ユーモア」メールが紹介されていた。
バクダッドの路上で、こんな口論が交わされたそうだ。
のどの乾きを抑えようと、労働者が紅茶を氷で割って飲んでいた。それを見た通りかかりの男が、車から降りて労働者に近づき、「この不信心者めが、何やってるか、わかってんのか? マモメットだって水に氷を入れて飲んでいないぞ」とわめきながら、労働者に殴りかかった。
労働者は怒って言い返した。「だったら聞くがな、マホメットは、お前さんのように車、運転してたのか?」と。
その口論の様子がケータイで撮られ、写真集に収められたのかどうか不明だが、撮影者が特定されることを恐れたか、他の何かの理由で、ケステレン氏が「ボツ(没)」にした写真の中に、こんな一枚がある、とフィスク氏は書いている。
それは、ロバにまたがり銃を構える米兵の写真。
画像処理の演出写真かも知れない、それで「ボツ」にされたかも……とはフィスク氏の推測。
この写真がホンモノなら、まさに世紀の「スクープ写真」、ピュリツアー賞は確実だ????
米軍がイラクから撤退し、報復の恐れがなくなったら、きっと「公表」されるはず。
その日が一日も早く来ることを、イラクの人びとと一緒に、われわれも祈ることにしよう。
⇒ http://www.independent.co.uk/news/fisk/robert-fisk-snapshots-of-life-in-baghdad-849226.html?action=Popup&ino=1
http://www.independent.co.uk/news/fisk/robert-fisk-snapshots-of-life-in-baghdad-849226.html
Posted by 大沼安史 at 03:35 午後 5.イラクから | Permalink
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2008-03-07
〔イラクから〕 バグダッド 「血の海」
ルモンド紙(電子版)に、3月6日、バグダッドで起きたダブル・テロ攻撃(少なくとも68人が死亡、120人が負傷)の記事が載っていた。
その記事に、現場の「血の海」の写真がついていた。
わたし(大沼)にとって、初めて見る「血の海」だった。
「表現」としてはわかっていたが、写真で見るのは初めてだった。
イラクに、いますぐ平和を!……と願わずにはいれない。
⇒ http://www.lemonde.fr/proche-orient/article/2008/03/07/double-attentat-meurtrier-a-bagdad_1019785_3218.html#ens_id=981585
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⇒ http://homepage2.nifty.com/forest-g/
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2008-02-29
〔イラクから〕 アンジェリーナ・ジョリーさん 難民救済、戦争終結アピール
女優で国連UNHCR親善大使のアンジェリーナ・ジョリーさんがイラク難民救済、戦争終結のアピールを、ワシントン・ポスト紙に書いた。
「わたしは現地を訪問して、これまでになく確信を深めた。わたしたちは、難民となったイラク人救済はもちろんのこと、この危機を終えることに、重大かつ長期にわたる安全保障上の利益は、ある」
My visit left me even more deeply convinced that we not only have a moral obligation to help displaced Iraqi families, but also a serious, long-term, national security interest in ending this crisis.
それにしても、日本の「セレブ」たちは何をしてるのか?
料理番組で「おいしい~っ」を連発するだけが、女優の仕事ではないだろう……。
⇒ http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2008/02/27/AR2008022702217.html?hpid=opinionsbox1
Posted by 大沼安史 at 11:17 午後 5.イラクから | Permalink
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2008-02-24
〔イラクから〕 トルコ軍、イラク最後の「平和郷」に侵攻
トルコ軍がイラクの最後の平和郷、北部クルディスタンに侵攻した。
これを、パトリック・コバーン記者(英紙インデイペンデント特派員)はどう見ているのか?
同記者の(2月)23日発の記事を見ると、注目すべき指摘がいくつかある。紹介しよう。
① トルコ軍に侵攻はPKK(クルド労働者党)のゲリラをたたくのが目的とされているが、米国はPKKの居場所(PKKのキャンプ)に関する情報をトルコ政府に伝えていた。このため、米国は今回、トルコ軍の突然の侵攻開始(トルコのエルドガン首相がブッシュ大統領に伝えたのは、侵攻開始直前だったそうだ)に慌てたという。
② トルコ軍侵攻の隠された目的(とクルド人指導者らは信じている)は、「石油の都」キルクークを自分たちのものだと主張するイラク・クルド人たちが、すでに「半・独立」を遂げていることに対してトルコが脅威を感じていることだという。クルド人の「独立」がトルコ国内に波及することを恐れているわけだ。
③ イラク・クルディスタンで請負工事をしていたトルコの土建会社は、すでに現地から撤退していたという。
④ 今回の侵攻は、トルコ軍部にとって政治的な力を回復する狙いも込められている。
イラク中南部と比べ、相対的に「平和」が保たれていた北部だが、クルド人の「自治」が「平和」の中で強まれば強まるほど、トルコにとっても脅威が増大し、それが今回の「侵攻」のような事態を招いてゆく……。
コバーン記者の報告を一読しての感想は、今後、「クルディスタンがイラク化していくかもしれない」という嫌な予感である。
⇒ http://www.independent.co.uk/news/world/middle-east/the-new-invasion-of-iraq-786142.html
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Posted by 大沼安史 at 11:20 午後 5.イラクから | Permalink
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2008-02-16
〔イラクから〕 子どもたちの間に皮膚病広がる 致死性の内蔵疾患に至る場合も 破壊された「公衆衛生」
AP電によると、イラク南部で「リーシュマニア症」が蔓延し、子どもたちに取り付いている。
この感染症は砂漠のハエが媒介するもので、皮膚病を引き起すものと致死的な内臓疾患を招くものと2種類あるが、WHO(世界保健機関)のバグダッド事務所によると、少なくとも275人の子どもたちが皮膚病タイプのものに冒されている。
内臓疾患のタイプも63例が確認されているという。
⇒ http://wiredispatch.com/news/?id=46109
Posted by 大沼安史 at 11:40 午前 5.イラクから | Permalink
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2008-02-10
〔イラクから〕 *パトリック・コバーン記者 ファルージャ入り *米軍 スンニ派ゲリラを懐柔 *イラクでに阿片栽培、広がる *マハディ軍の「休戦」、今(2)月末に期限切れに サドル師の出方に注目
〔ファルージャ再訪〕
英紙インディペンデントのイラク特派員、パトリック・コバーン記者が先ごろ、イラク最大の激戦地、ファルージャに入り、現地の模様を報じた。
2004年11月、米海兵隊の第2次侵攻作戦によって瓦礫の山と化したファルージャは、その後、封鎖が続いており、この3年間というもの、内部の実態はほとんど知られていなかった。
コバーン記者のルポの中身を紹介しよう。
* ファルージャはかつて60万が住んでいたスンニ派の都市。今、そこで何人が暮らしているか、当局者さえつかんでなさそうだ、という。
* コバーン記者が、かつて2人の米人傭兵が殺害され、吊り下げられた、ユーフラテスに架かる橋に出かけると、老人が一人、近づいて来て、「われわれには電気がない、水がない」と叫んだ。
ファルージャではなお、電気は1日1時間しか使えないという。
* コバーン記者は市街地にあるケハブ・レストラン、「ハジ・フセイン」を再訪した。新しい白い建物になっていた。この店にコバーン記者はバグダッドから食事に出かけいた。身の安全のため、誰もいない2階で食事をするようになったあと、不安が現実化し、店は米軍の爆撃で破壊されてしまった。その店が再建されていたのだ。〔コバーン記者の著書、『イラク占領』(緑風出版)に出てくる店だ〕
* そうした数少ない新しい建物のひとつが、「ファルージャ・ビジネス開発センター」だった。米兵らが警備に当たっていた。「これまで現れたアメリカ人の投資家は1人だけ」だそうだ。
* コバーン記者は、ファルージャ総合病院を訪ねた。何が足りないか聞くと、イラク人医師はこう答えた。「薬、燃料、電気、発電機、浄水装置、酸素、医療器具」。病院に必要な何もかもが不足しているのだ。
* 病院へ同行した現地警察が「状況は改善されている」と言うと、居合わせた黒衣のイラク人女性たちが、自分たちの子どもたちは治療されていない、と叫んだ。「ここ(この病院では)毎日、20人の子どもが死んでいる。この病室だけで7人が死んいる」
* 医師は言った。「アメリカ人はわれわれに破壊だけをくれた」
⇒ http://www.independent.co.uk/news/world/middle-east/return-to-fallujah-774846.html
〔スンニ派武装勢力を懐柔〕
ファルージャには半年ほど前まで、「イラク・アルカイダ」の勢力が浸透していた。それを放逐したのは、「目覚め運動」といわれる、米軍から資金供与を受けたスンニ派の武装組織だ。
ファルージャ〔米軍は郊外に駐屯地を置いている〕を勢力下に置いているのは、アブ・マルーフという男で、13000人の戦士を率いているという。
マルーフは元々、サダム・フセインの特殊部隊に属し、関係者によれば、サダム追放後、「1920年革命旅団」というスンニ派武装勢力に参加していた。
「イラク・アルカイダ」の勢力拡大に危機感を燃やしたマルーフが、米軍の懐柔に応じて、「目覚め運動」を開始したのは、2005年4月14日のことだそうだ。
コバーン記者の取材では、マルーフのグループの一般兵士は月給350ドル、将官クラスだと1200ドルを米軍から支給されている。(無給の者もいるようだ)
ファルージャの警察本部長(ファイサル大佐)は、このマルーフの実兄だ。
マルーフはシーア派が牛耳るイラク政府に敵愾心を抱いている。「世界最悪の政府だ」と。
彼はまた、バグダッドのスンニ派による支配を奪回したいとも思っている。
イラク政府にとって、マルーフら「目覚め運動」のスンニ派ゲリラは脅威である。もし、イラク政府が彼らを冷遇すれば、武装抵抗が再燃することは必至だ。
マルーフ自身、「ここまま3ヵ月、いまのような状態が続けば戦闘再開だ」と言っている。
「目覚め運動」が「イラク・アルカイダ」と手を握ることも考えられないことではない。米軍に反旗を翻すことも大いにあり得る。
⇒ http://www.independent.co.uk/news/world/middle-east/if-there-is-no-change-in-three-months-there-will-be-war-again-774847.html
〔阿片栽培拡大〕
コバーン記者によれば、イラク国内で芥子(阿片)の栽培が急速に拡大しているという。
イラクはこれまで、アフガンの阿片の中継地で、阿片は南部の拠点・港湾都市、バスラから湾岸地域に流れていたが、このバスラを拠点とするギャングたちが金をばら撒き、イラクの農民を阿片栽培に駆り立てているそうだ。
かつてオレンジやザクロの産地だったバグダッドの北東、ディヤラ州でも芥子を育てる農家が増えているそうだ。
アフガン、そしてイラク……「テロとの戦い」はなぜ、「阿片栽培の拡大」につながるのか?
⇒ http://www.independent.co.uk/news/world/middle-east/opium-fields-spread-across-iraq-as-farmers-try-to-make-ends-meet-770651.html
〔マハディ軍の休戦期限、迫る〕
コバーン記者によれば、昨年8月29日以来、サドル師率いる「マハディ軍」が続けてきた「半年間の休戦」期限が今月末に近づいており、その動向が注目される。
同記者によれば、サドル師のシーア派組織は、「イラク唯一の大衆運動」で、貧民層に依拠している。西側援助機関の最近の調査によると、イラク人の43%が「絶対的は貧困」にあえいでおり、そうした貧民層に救援の手を伸べているイラク人組織はサドル師のグループだけだ。
サドル師は現在、バグダッドの半分、シーア派居住区の8割を支配しており、これが「休戦」期限切れのあと、武装闘争を再開させれば、イラク情勢はさらなる混乱に向かうのは必至だ。
イラクは一時に比べ、米軍によるスンニ派武装組織の懐柔などで相対的に安定している(ように見える)が、国内の窮乏化はさらに進んでおり、1日あたり700人、国外脱出組の帰還はあるものの、逆に1日1200人のペースで国外脱出が続いているそうだ。
⇒ http://www.independent.co.uk/news/world/middle-east/shia-call-on-mehdi-army-to-take-up-arms-again-in-iraq-779160.html
〔大沼・注〕 危うい均衡の足元で、マグマが噴出の機会をうかがっている……これがいまのイラクの姿だろう。スンニ派武装勢力の敵対勢力としての再登場、シーア派「マハディ軍」の決起……アメリカの「イラク占領」にさらなる危機が訪れようとしている。
Posted by 大沼安史 at 04:23 午後 5.イラクから | Permalink
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2008-01-15
〔イラクから〕 ロンリー・ソルジャー、マシュー・セピ(20歳) イラク帰りのナバホ族米兵が夜のヴェガスでギャングを撃ち殺した訳
ニューヨーク・タイムズ紙で、イラク・アフガン帰りの兵士たちの殺人事件に焦点を合わせた特集記事の連載が始まった。
タイトルは「戦争に引き裂かれて(War Torn)」。その名の通り、戦争で心を引き裂かれた復員兵(ベテラン)たちの苦悩の絶望に迫ったシリーズだ。
第1回の掲載は、1月13日付。同紙スタッフの調査報道による、力のこもった長文のレポートだ。
それによると、イラク、アフガンの戦場から生還した米兵によって、この6年間に、少なくとも121件の殺人事件が引き起されているという。
その中に、イラクのファルージャで、片足を吹き飛ばされ、脳に衝撃を受けながらも生還した、20歳の米兵の話が出ている。テキサスで治療を受けていた復員兵は、何を血迷ったか、2歳になる愛娘を壁にたたきつけ、殺してしまったそうだ。
PTSD……。戦場での心的外傷が、復員兵たちの心を切り裂き、彼らを殺人者に仕立て上げている。
シリーズ一回目の記事には、そんな心に傷持つベテランが何人か登場するが、そのうちのひとりが、ナバホ族インディアンの米兵、マシュー・セピ(20歳)である。
2005年の夏の夜のことだった。
歓楽の街、ラス・ヴェガス郊外、「裸の街(ネイキド・シティー)」と呼ばれる一画に、コンビニがあった。この地区は夜は危険きわまりない死の街に一変することから、地元警察の殺人課の刑事たちから「ファルージャ」と呼ばれている。
アルコールを飲まないと眠れない彼は、自衛のためトレンチコートの下にライフルをしのばせ、ビールを買いに出かけた。未成年なので、店では買えないことから、見知らぬ男に売ってもらい、帰ろうとした。
そのときのことだった。暗がりから、2人組のギャングが現れた。ピストルを持っていた。突然の発射音と閃光。われを忘れて撃ち返していた。ギャング1人が死亡、もう一人は負傷して路上に倒れた。
ナバホ族のマシュー・セピは、アリゾナ州に生まれ、16歳で陸軍に入った。イラク戦争が始まった2003年春、セピはバグダッドの北部で掃討作戦に従事、「撃って、撃って、撃ちまくった」。
1年間、イラクで戦闘を続けたあと帰国、除隊してラス・ヴェガスに流れた。アルコールに依存しながら、それでも地元のジュース用プラスティク・ボトル製造工場で働いた。孤独な生活の中で、戦場のことを思い出すようになった。
「裸の街」での事件で逮捕されたマシュー・セピに、公的弁護人がつき、収監されたセピから話を聞いた。
イラクでの経験を話しているうちに、セピの目に涙があふれ、突然、「間違った家だった、間違った家だった」と叫び出した。
2003年12月のことだった。門を爆破し、掃討作戦を続けるマシュー・セピらの前に、イラク人の男が中庭の車の中から降りて出て来た。その男を撃った。撃ち殺した。
男の家を捜索したが、何も出て来なかった。
間違った家だった。間違って、罪もないイラク人を撃ち殺していた。
炎、地面に倒れる男……そのイメージが、マシュー・セピを苦しめ続けていた――。
もうひとり、記事の中で紹介されている事例を見てみよう。ネブラスカの田舎町出身もベテラン、セス・ストラスバーグ(29歳)のケースである。
米軍の兵士(軍曹)としてイラクの戦場に送られ、除隊後、戦争請負企業の兵士に応募して、いったんイラクに戻ったあと、無事に帰郷した経歴の持ち主だ。
ウォッカ・カクテルで泥酔したセス・ストラスバーグが若者と喧嘩し、銃を手に相手ともみあっているいるうち、銃が暴発して若者を殺してしまったのは、2006年の元旦のことだった。
現場から車で逃走した彼は、防弾チョッキを着て森の中の雪原に寝転んでいるところを、警察のヘリなどに発見されて逮捕された。
彼のトラウマは、2004年、イラクのモスル西郊で生まれた。
夜、小麦の袋を引き摺って歩くイラク人の男を見つけた。路肩爆弾を仕掛けているかも知れなかった。
無線で指示を仰いだ。「好きに判断していい」。撃ち殺した。
袋を調べると、中には爆薬どころか、石ころが入っているだけだった。部隊に報告すると、こんな応答が返って来た。「グッド・シュート(ナイスな射撃だね)。合法的だ」
今回のニューヨーク・タイムズの調査は、地方紙などで報道されたものを拾い上げ、調べ直したもので、報道されていない悲劇も多数あると見られることから、この「121件」という数字は、かなり控えめなものだという。
過去6年間に、米兵がかかわった殺人事件は349件で、その前の6年間(184件)よりも89%も増えており、しかものその3分の2が、イラク、アフガンで戦った米兵がらみの事件(米国外を含む)だそうだ。
戦争が兵士を狂わせている……異国の生活の場を戦場とし、民間人と見分けのつかないゲリラを相手とするイラク、アフガンでの戦闘が、どれほど兵士の心にトラウマを残すものなのか、この記事を読んでよくわかった。
日本の政治家よ、政府高官よ、識者たちよ、「テロとの戦いだ」とか「アフガンに自衛隊を送る」などと軽々しく言うな!
二度と言うな! 絶対に言うな!
現にイラクのサマワに駐屯した自衛隊員の間から、3人もの自殺者が出ているというではないか。
日本の「9条」を守るためにも、ニューヨーク・タイムズの今後の調査報道に期待する。
⇒ http://www.nytimes.com/2008/01/13/us/13vets.html?scp=1&sq=The+study+of+killings+by+military+veterans+
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Posted by 大沼安史 at 12:19 午前 5.イラクから | Permalink
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2008-01-14
〔イラクから〕 バグダッド無法! 戦争下請企業「ブラックウォーター」がCSガス(暴徒鎮圧ガス)を空中投下
ニューヨーク・タイムズ紙の敏腕記者、ジェームズ・ライゼン記者(ワシントン駐在)が1月10日付の同紙(電子版)で、米国の戦争下請企業「ブラックウォーター」社が2005年5月、バグダッドの「グリーンゾーン」近くの「暗殺者の門」検問所で、ヘリコプターから暴徒鎮圧用のCSガスを投下したことを暴露した。
CSガスは催涙ガスのように暴動の鎮圧に使われるものだそうで、これをかぶると目が見えなくなるなど治療を受けなければならない。
この使用には厳しいガイドラインが設けられているが、「ブラックウォーター」のヘリは、「グリーンゾーン」への交通の要衝で、車や人で混雑する「暗殺者の門」検問所に向けて、CSガスを放った。
ヘリだけでなく同社の装甲自動車も地上からCSガスを放射、イラク人のドライバーや通行人、さらには米兵10人以上が一時的に視力を失ったという。
同社のスポークスマンは「誤射」を認めた。
⇒ http://www.nytimes.com/2008/01/10/world/middleeast/10blackwater.html?_r=1&ref=world&oref=slogin
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Posted by 大沼安史 at 12:46 午前 5.イラクから | Permalink
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2008-01-11
〔イラクから〕 米軍、バグダッドの南を猛爆撃 イラク戦争始まって以来の規模
米軍は1月17日、バクダッド南郊のティグリス川沿いを猛爆撃した。
イラク戦争始まって以来の大規模なもので、B1爆撃機2機とF16戦闘機4機が計4万ポンドの爆弾を、10波に及んだ波状爆撃で、アラブ・ジャブール地区の40目標に対して降らせたという。
米軍はこれにより、「イラク・アルカイダ」の35人を殺害したとしている。
⇒ http://www.usatoday.com/news/world/iraq/2008-01-10-iraq-thursday_N.htm
Posted by 大沼安史 at 06:18 午後 5.イラクから | Permalink
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2007-12-13
〔イラクから〕 イラク高官 「米軍恒久駐留」許さず
イラク政府の国家安全保障問題顧問のモアファク・ルバイエ氏は12月10日夜、アル・アラビア衛星テレビのインタビューに答え、イラクは決して米軍の恒久駐留を許さない、それは渡ってはならない「赤い線」だ、と述べ、米軍の長期駐留を認めない態度を明らかにした。
〔大沼・注〕 日本政府も見習ってはいかが? 灯油も買えない貧困国民がいっぱいいるのに、何が「給油」だ、何が「思いやり予算」だ!!!
北国の貧困世帯に「給油」し、「年金ネコババ&大不況」にあえぐ「庶民」を「思いやれ」!
⇒ http://news.yahoo.com/s/nm/20071211/ts_nm/iraq_bases_dc
Posted by 大沼安史 at 11:52 午前 5.イラクから | Permalink
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2007-12-10
〔イラクから〕 バスラ、半月以内に英軍からイラクへ移管
英国のブラウン首相は12月9日、予告なしにバスラへ飛び、駐留英軍基地で、バスラ州を半月以内にイラク政府に移管することを明らかにした。
バスラに残留する英軍は4500人。イラク政府軍の訓練に当たっている。来春には2500人まで兵力を削減する予定。
⇒ http://news.bbc.co.uk/1/hi/uk/7135666.stm
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Posted by 大沼安史 at 06:48 午後 5.イラクから | Permalink
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〔イラクから〕 州警察長官 路肩爆弾で死亡
バグダッドの南100キロ、バベル州のヒラで12月9日、同州のマムーリ警察長官が路肩爆弾で殺された。
爆発の数時間前、地元に駐留する米軍司令官が地元メディアに対し、マムーリ長官の功績を讃えたばかりだった。
8日にはバグダッドの北、バイジで自爆攻撃があった。
〔大沼・注〕 イラク「小春日和」は終わり、暴風が再び吹き荒れ出した……。
⇒ http://www.iht.com/articles/2007/12/09/africa/10iraq.php
Posted by 大沼安史 at 12:21 午前 5.イラクから | Permalink
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2007-12-09
〔イラクから〕 息子2人の復讐で母親が自爆攻撃
バクダッドの北東、ディヤラ州のムカタディヤーで12月7日、自爆攻撃が2件、起きた。
最初はその日の朝、ひとりの女性が、親米スンニ派組織、「1920年革命旅団」の事務所に近づき、自爆した。
地元の消息筋によると、この女性は元バース党員で、息子2人が「アルカイダ」派の側に立って活動し、殺されたという。
「1920年革命旅団」は反米から親米へとスタンスを変えた、「目覚めたグループ」のひとつ。
この自爆攻撃で15人以上が死亡した。
このあと、現場から16キロ離れた検問所で乗用車に乗っていた男が自爆し、7人が死亡した。
アルカイダ組織の「イラク・イスラム国」がネットで「目覚めたグループ」への攻撃開始を宣言していた。
⇒ http://news.independent.co.uk/world/middle_east/article3233352.ece
Posted by 大沼安史 at 11:22 午後 5.イラクから | Permalink
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2007-11-22
〔コラム 机の上の空〕 「小春日和」のイラク
シリアなど国外に脱出したイラク人が帰国し始めているという。
イラクが「小康」状態になっていることから、帰り出したらしい。
⇒ http://www.guardian.co.uk/Iraq/Story/0,,2214918,00.html
避難先のシリアなどでも生活に窮迫、それが帰国を決断させている。そんな側面もあるかもしれない。
いずれにせよ、イラクに「平穏」が戻ることはいいことだ。
ブッシュ政権は「イラク占領」のお手本として「日本占領」を挙げている。
さしもの「神国・日本」の民主化に成功したのだから、イラクの「民主化」も可能なはず、と軽く考えて侵攻に踏み切った。
「日本占領」と「イラク占領」の違いの中で大きいのは、日本に対して連合軍は「無条件降伏」を強いる戦いを続け、それに対して日本の指導部も「徹底抗戦」で応えたということだ。
その中で日本の民衆は徹底的に消耗し、占領軍に対するレジスタンスを展開する余裕を失ったが、イラクの場合は別だった。
連合軍を「サダム除去」のための道具に使い、サダムとともに徹底抗戦することはなかった。
その際、温存された「パワー」がその後、「武装抵抗」となって一気に噴出する。
が、アメリカもさるもの、スンニ、シーア派の「内戦」をエスカレートさせて 「イラク・ナショナリズム」の「団結」を崩壊させながら、「パワー」の放電に努める。
全開となり、ふたつに割れながら、そのそれぞれがアメリカと戦うことで、遂にここに来て「電池切れ」に至ったイラクの両派……「イラク小康」の背景には、こういう事情があるのかも知れない。
「ブッシュのアメリカ」も疲れ果ている。
膨大な戦費支出を支えきれないところまで追い込まれている。
イラク駐留米軍の兵士たちの疲労困憊ぶりは極限に達している。
制空権を握り続け、地上の拠点を押さえておけばいい。そんな戦略に転換している。
そんななかで、束の間(?)の「偽の平和(フォニー・ピース)」が続く。
アメリカを尻目に、サウジも動き出している。
サウジはもとから、「アメリカのイラク侵略」に反対だったのだ。
サウジはイラク内の武装抵抗勢力に対する支援の蛇口を閉めている。どうも、そんな感じがする。
イラクの「小康」はスンニ、シーアの宗派対立を弱める方向に働くかも知れない。もともと同じ「イラク人」。「イラク民族主義」が復興して、「再独立」、すなわち「アメリカ追い出し」の機運が高まるかもしれない。
「小康」の中でふたたび力を蓄えた「イラクのパワー」は、もしかしたら、11月の米大統領選をにらみながら、来年の春あたりに、もう一度、一気に噴き出す可能性がある。
全面的な反米武装抵抗! それも宗派対立による「逆噴射」なしの。
「和平」はそこから動き出すだろう。
米軍の部分駐留を認める代わりに、イラク側が石油権益の一部を取り戻す……。
着地点はその辺にあるのかも知れない。
バグダッドの「小春日和」は、いつまで続くのか?
わが敬愛する英国人ジャーナリスト、パトリック・コバーン氏なら、これにどう答えるだろう? バグダッドからの、本格的な解説が待ち遠しい。
Posted by 大沼安史 at 03:25 午後 5.イラクから | Permalink
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2007-11-19
〔イラクから〕 サマワで米軍輸送隊が銃撃 イラク民間人 少なくとも2人が死亡 5人死亡説も 高まる反米感情
米紙、マクラッキーのバグダッド特派員が11月18日に報じたところによると、イラクの南部、サマワ近郊で、米軍輸送隊の銃撃により、少なくとも2人、イラクの民間人が死亡した。
現地の警察によると、警官2人を含む5人が死亡した。
現地では反米感情が高まっているという。
自衛隊が引き揚げていて、よかった。
⇒
http://news.yahoo.com/s/mcclatchy/20071119/wl_mcclatchy/20071118bcusiraqshooting1stlede_attn_national_foreign_editors_ytop
Posted by 大沼安史 at 10:11 午後 5.イラクから | Permalink
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2007-11-14
〔イラクから〕 トルコ軍ヘリ イラク領内のクルドの村を越境攻撃 P・コバーン記者が報道
英紙インディペンデントのバグダッド特派員のパトリック・コバーン記者は11月14日の同紙電子版で、トルコ軍のヘリが13日、越境してイラク領内に入り、クルド人の3つの村を攻撃した、と報じた。
攻撃は未明に行われたが、クルドの村人は家を放棄して逃れており、犠牲者はなかった。
〔大沼・注〕 PKKに対するトルコの越境空襲で、地上部隊が動いたわけではないが、要注意だ。
⇒
http://news.independent.co.uk/europe/article3155783.ece
Posted by 大沼安史 at 05:41 午後 5.イラクから | Permalink
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2007-11-12
〔イラクから〕 あるタクシー・ドライバーの死
バグダッド市内で、タクシー・ドライバーが射殺された。
11月10日(土曜日)午後の出来事。目撃者によれば、アメリカ人外交官を警護する傭兵企業のガードが射撃した。
ニューヨーク・タイムズのバグダッド特派員が現場での取材結果をもとに報じた。
それによると、現場はティグリス川にかかる橋から下る出口(ランプ=傾斜路)の路上。
近くの理髪店の前にいた目撃者によると、タクシーはハザードランプを点滅。そのとき、アメリカ大使館の車列との距離はまだかなりあったという。
タクシーは停止を命じられ、運転手は撃たれた。
右胸を撃たれたモハマド・カリール・クデールさん(40歳)は病院に運ばれる途中、死亡した。
射撃した車列のガードは、傭兵企業の「ディンコープ」のスタッフと見られる。
外交官の車列は現場をそのまま立ち去った。
居合わせたイラク政府軍の軍曹がタクシーの中を調べたが、爆発物や武器はなかった。
現場から数キロ南の地点では、9月16日、同じく傭兵企業の「ブラックウォーター」のガードの銃撃で、イラク市民17人が死亡、少なくとも24人が負傷する同様の事件が起きている。
〔大沼・注〕 傭兵企業のガードの無法ぶりについては、パトリック・コバーン氏(英紙インディペンデント特派員)がその著書、『イラク占領』の中で触れている。何をやっても「免責」されるものだから、やり放題なのだそうだ。
⇒
http://www.nytimes.com/2007/11/12/world/middleeast/12contractor.html?hp
Posted by 大沼安史 at 11:33 午後 5.イラクから | Permalink
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2007-11-07
〔イラクから〕 米軍戦死者 年間最悪を更新 2007年 すでに853人 2004年の849人を超える
イラク米軍のことし2007年の戦死者が11月5日の5人を加え、853人に達したそうだ。
これはこれまで最悪だった2004年の849人を4人、上回る数。
ことしはまだ2ヵ月近くを残しており、900人台に乗る恐れもある。
イラク戦争開始以来の戦死者は5日現在で、3856人。
「4000」の大台も間近だ。
⇒
http://news.yahoo.com/s/nm/20071106/us_nm/iraq_usa_soldiers_dc
Posted by 大沼安史 at 04:00 午後 5.イラクから | Permalink
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2007-11-05
〔イラクから〕 西クルナ油田開発、ロシア企業との「契約」を破棄
ニューヨーク・タイムズ(電子版)が11月4日、報じたところによると、イラク政府は米国法律顧問の指導の下、ロシア企業「ルクオイル」が以前、権益を確保していた南部、西クルナでの油田開発について契約を破棄、国外からの新たな開発投資に付すことを決定した。
石油メジャーに対する「西クルナ」供与の決定。
これに対して、ロシア政府は、2004年の「パリクラブ」における債権放棄(130億ドル)を見直すと威嚇しているという。
〔大沼・注〕「イラクの石油」ぶんどり合戦の現実(=イラク開戦理由)が、ますます、明らかになってきた。
⇒
http://www.nytimes.com/2007/11/04/world/middleeast/04oil.html?ref=world
Posted by 大沼安史 at 06:21 午後 5.イラクから | Permalink
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〔イラクから〕 PKK イラン・クルディスタンからイラン領内へ移動 P・コバーン記者が報道
英紙インディペンデント(電子版)のパトリック・コバーン記者のアルビル発特電(11月5日付け)によると、対トルコ武装闘争を続けるPKKの前指導者、オスマン・オカラン氏は同記者に対し、PKKの武装ゲリラがイラク領内からイラン領内のクルディスタンに移動していることを明らかにした。
トルコのエルドガン首相とブッシュ大統領の会談を前にして、PKKが明らかにした戦術的な転進。
トルコ軍の「イラク侵攻」を交わす狙いがあるものと見られる。
⇒
http://news.independent.co.uk/world/middle_east/article3129674.ece
Posted by 大沼安史 at 05:47 午後 5.イラクから | Permalink
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2007-11-02
〔イラクから〕 モスル・ダム 崩壊の恐れ 洪水で50万人 溺死の恐れ 奔流はバグダッドにも及ぶ
ワシントン・ポスト紙(電子版)が10月30日、報じたところによると、ティグリス川をせき止めている「モスル・ダム」が崩壊の危機に立っていると、米軍工兵隊が警告した。
英紙インディペンデントのパトリック・コバーン記者も同紙電子版で翌31日、ポスト紙に続き、警告を発した。
「モスル・ダム」が決壊する恐れについては、コバーン記者がことし8月8日にいち早く報道、警鐘を鳴らしていた。
「モスル・ダム」は北部のイラク第3の都市、モスル(人口170万人)の32キロ上流に1984年、建設されたものだが、地盤が水に溶ける岩で出来ており、崩壊の危険性が指摘されていた。
ダム決壊によって、最悪の場合、水位20メートルもの奔流がモスルを襲い、下流のバグダッドにも4.5メートル近い「高波」が押し寄せ、50万人もが溺死する恐れがあるという。
⇒
http://news.independent.co.uk/world/middle_east/article3112828.ece
http://news.independent.co.uk/world/middle_east/article2843961.ece
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2007/10/29/AR2007102902193.html
Posted by 大沼安史 at 06:38 午後 5.イラクから | Permalink
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2007-10-30
〔イラクから〕 自転車自爆で28人死亡 P・コバーン記者が報道
英紙インディペンデント(電子版、10月30日付け)に、アルビル発のパトリック・コバーン記者の特電が載っていた。
トルコ国境地帯の山岳部から、クルディスタンの都市、アルビルに戻った。無事でよかった。
さて、アルビル発のコバーン記者の記事は、29日に、バグダッドの東北、バクバの町で、自転車に乗った男が警察官のリクルートセンターを自爆攻撃し、28人が死亡、少なくとも20人が負傷した、と報じていた。
コバーン記者によると「イラク・アルカイダ」の犯行の可能性が強いという。
スンニ派の人びとから背を向けられる中で、なお自爆テロ攻撃を決行できる力を誇示したものと、同記者は受け止めている。
イラクでは米軍、イラク人に対する攻撃が減少傾向を示している。
その矢先の自転車自爆攻撃だが、とくに米軍の犠牲者数の減少傾向がこのまま続くかどうかは不明。
コバーン記者は状況自体は何一つ変わっていない、と指摘している。
⇒
http://news.independent.co.uk/world/americas/article3109892.ece
Posted by 大沼安史 at 12:17 午後 5.イラクから | Permalink
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2007-10-29
〔イラクから〕 米軍協力者の族長11人 拉致さる
ワシントン・ポスト紙(電子版、10月19日付け)によると、イラクのディヤラ州で米軍に協力、「イラク・アルカイダ」と戦っていたとされる部族長11人が28日、武装勢力によって拉致された。
バグダッドでの会議から車で戻るとことだった。
「サラム・サポート評議会」の所属するシーア、スンイ派の族長らで、評議会のスポークスマンは、サドル師率いるマハディ軍の犯行と非難した。
〔大沼・注〕「イラクのアルカイダ」?? ほんとうにいるの??
⇒
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2007/10/28/AR2007102800449.html
Posted by 大沼安史 at 09:51 午後 5.イラクから | Permalink
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2007-10-28
〔イラクから〕 クルド危機 トルコ軍の過激派による「イラク侵攻」策動の側面も パトリック・コバーン記者がトルコ国境地帯から報告
英紙インディペンデントのパトリック・コバーン記者が10月28日、トルコ国境地帯のカンディル山地から、同紙に現地報告を寄せた。
その中でコバーン記者は、トルコ領内での攻撃は、すべてがPKK(クルド労働者党)によるものではなく、トルコ軍内の過激派によるものも含まれている、とのクルド筋、アンカラ外交筋の見方を紹介している。
なかでも、ベイトゥッセバップで最近、トルコ政府を支持する地元警備隊12人が射殺された事件は、トルコ軍内の過激派によるものと見られる。
トルコ軍にとってトルコ領内へのクルド人掃討作戦の実施は、トルコの国内政治において存在感を示す。いわば切り札的なもので、軍内過激はそのための口実をデッチ上げているらしい。
そんな軍内過激派と、自らの存在感を示しそうと躍起となっているPKKの思惑(たとえば、PKKは拘束されている指導者、オカラン氏の巨大な肖像画を、彩色した石でもって地面に描き、衛星写真のカメラに向かってポーズをとらせているという)が一致して、トルコ政府の決断による「イラク侵攻」が、いやいやながら始まろうとしている。
⇒
http://news.independent.co.uk/world/middle_east/article3104682.ece
Posted by 大沼安史 at 06:24 午後 5.イラクから | Permalink
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2007-10-26
〔イラクから〕 パトリック・コバーン記者 PKKの拠点入り クルド側 トルコ軍誘い出しを意図?
英紙インデペンデントのバグダッド特派員、パトリック・コバーン記者がこのほどトルコ国境地帯のカンディル山地に入り、レポートを開始した。
同山地はトルコからの分離独立闘争を続けるPKK(クルド労働者党)の司令部がある拠点。
この山地はPKKが長年にわたって根拠地としている地域で、トルコ軍に攻め込まれてもそうかんたんに掃討されない地理的な有利さを兼ね備えている。
PKK指導部はトルコ軍をイラク・クルディスタンへの越境攻撃へと誘い込むことで、イラクのクルド人による反撃に期待する姿勢を示している。
コバーン記者によると、21日の深夜から始まった、トリコ領内ダグリカ村のトルコ軍部隊に対する攻撃は、電力、電話を切断し、橋を落として退路を断った用意周到なもので、PKKの存在感をたしかなものにしたという。
〔大沼・注〕 さすが、クルドに強い、コバーン記者である。早速、PKKの拠点に入って、取材を始めている。健闘を祈ろう。
⇒
http://news.independent.co.uk/world/middle_east/article3098889.ece
Posted by 大沼安史 at 05:03 午後 5.イラクから | Permalink
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2007-10-24
〔イラクから〕 未明に畑に出ようとして……農民、婦女子 11人を殺害 米軍ヘリが攻撃 武装勢力と「誤認」
Yahoo!ニュースが伝えたロイター電によると、バグダッドの北100キロのサマワで10月23日、米軍ヘリが路肩爆弾を埋設中のグループを攻撃、11人を殺害した。
現地、デジラ村の警察、住民によると、殺害されたのは、武装勢力ではなく現地の農民、女性、子どもたちで、米軍の「誤認」らしい。
未明の午前4時半ごろ、畑に出ようとした農夫3人がヘリの攻撃を受けた。うち2人はその場で死亡、生き残った1人が自宅に逃げ帰ったところ、ヘリが攻撃、家を完全に破壊したという。
米軍も死者の中に5人の女性と子ども1人が含まれているのは認めている。
武装勢力が現場近くの民家に逃げ込んだ、というのが民間人殺害の「釈明」だ。
これが、日本政府の支持する「イラク戦争」の真実である!!
⇒
http://news.yahoo.com/s/nm/20071023/ts_nm/iraq_dc
Posted by 大沼安史 at 09:00 午後 5.イラクから | Permalink
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2007-10-22
〔イラクから〕 バグダッドのサドル・シティーを米軍が攻撃 子ども3人を含むイラク住民 13人以上が死亡
米紙連合、「マクラッキー」(電子版)が10月21日に報じたところによると、バグダッドのシーア派居住区のサドル・シティーで同日、武装勢力の捜索に入った米軍により、イラク人住民が少なくとも13人以上、殺害された。
この中には、3人の子どもと、女性1人が含まれているという。
住民の証言によると、銃撃で近くの家の6歳の子どもが死亡、2歳の子が重傷を負った。
サドル・シティーは救急車のサイレンが鳴り響き、死傷者は「イマーム・アリ病院」に次々に運び込まれた。子どもも搬送された。
マリキ首相は、この米軍の攻撃について「調査」を約束した。
これに対して米軍は攻撃で武装抵抗勢力49人を殺害したと発表した。
⇒
http://www.mcclatchydc.com/homepage/story/20714.html
http://www.nytimes.com/2007/10/22/world/middleeast/22iraq.html?_r=1&oref=slogin
Posted by 大沼安史 at 06:03 午後 5.イラクから | Permalink
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2007-10-21
〔イラクから〕 英軍特殊部隊が対イラン越境攻撃
英紙サンデー・タイムズ(電子版)は10月21日、英軍特殊部隊がこの数ヵ月間に米、豪の特殊部隊とともに、イラク南部地域から数度にわたってイラン領内に侵入、イラン革命防衛隊などに攻撃を加えている、と報じた。
イランによるイラクへの武器持ち込みを阻止する作戦行動だという。
対イラン戦争はバスラなど南部国境地帯ですでに始まっているわけだ。
⇒
http://www.timesonline.co.uk/tol/news/world/middle_east/article2691726.ece
Posted by 大沼安史 at 05:03 午後 5.イラクから | Permalink
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2007-10-19
〔イラクから〕 「即時撤退を」と、12人の大尉たちは言った!
米紙、ワシントン・ポスト(電子版、10月16日付け)に、イラクで戦った米陸軍の12人の元大尉たちによる連名の意見書が掲載された。
「イラクの自由」作戦の発動5周年の記念日に合わせ、戦場を知る元一線の指揮官たちが、そろって声を上げた。
「わたしたちが知る本当の戦争」と題された意見書は、礼儀正しい言葉づかいながら、手厳しい指摘にあふれている。
「すでに5年、イラク戦争は開戦時から、人員不足、物資不足の状態が続いている。そして5年後のいま、イラクはメチャメチャな状況だ」
汚職、不正、無能……。そんな中で米軍は、「イラクをひとつに維持するため、虚しい努力を続けている……」。
その米軍は「あまりにも多くの目標を抱え込み、あまりにも広大な戦闘区域を持たされて、傷つきやすいターゲットと化している」。
「これが『イラクの自由』作戦の、われわれが経験した現実の姿だ。この現実を、われわれは指揮命令系統の上層部へと伝えようと努力した。結果は、伝わなかったか、無視されたかのどちかかだ」
「われわれの最善の選択とはイラク即時撤退である。段階的な撤退で内戦は防げない。今のままでは、血と金をより無駄遣いするだけだ」
ジェイソン・ブリンダウアー氏(2003年から2年間、バビル、バグダッドで任務に就く)、エリザベス・ボストビックさん(2004年、ナジャフなどに駐屯)ら、怒れる12人の元大尉たちによる直言!
意見書はこう結ばれている。
「アメリカよ、もう5年になる。選択のときが来た」と。
⇒
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2007/10/15/AR2007101500841_pf.html
Posted by 大沼安史 at 09:57 午後 5.イラクから | Permalink
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2007-10-10
〔イラクから〕 傭兵企業の兵士がイラク人女性2人を射殺
英紙ガーディアン(電子版)が10月10日に報じたところによると、バグダッドで10月9日夜、車に乗っていたイラク人女性2人が銃撃の雨を受け、死亡した。
銃撃したのは豪の傭兵企業、「ユニティー・リソース・グループ」に属する傭兵たちと見られる。
傭兵たちの車列に近づいたことから銃撃を受けたらしいが、米国の傭兵企業「ブラックウォーター」社による無差別乱射事件が問題になっている折、戦争請負業の社員(兵士)による残忍な行為に、ますます批判が集まりそうだ。
⇒
http://www.guardian.co.uk/Iraq/Story/0,,2187278,00.html
Posted by 大沼安史 at 06:19 午後 5.イラクから | Permalink
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2007-10-07
〔イラクから〕 バグダッドで「アメリカの壁」に抗議デモ
アルジャジーラ電子版が報じたところによると、10月6日、バグダッド市内西部で、1000人を超える市民が集まり、イラク国旗を手に「アメリカの壁」に抗議した。
「壁」はスンニ派居住区とシーア派居住区を分離するため、ことし初めにコンクリートで築かれた。
抗議に立ち上がった地元の部族長は、「われわれは今日、占領者たちにノーと言う。壁にノー、すべての恥ずべき行動にノーと言う」と語った。
イラク・ナショナリズムが底流で動き出している……。
⇒
http://english.aljazeera.net/NR/exeres/73B6AC1B-633C-4061-9D37-0671EAA2EA38.htm
Posted by 大沼安史 at 08:49 午後 5.イラクから | Permalink
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2007-10-06
〔イラクから〕 米軍 村を空爆 子ども7人が犠牲に
ワシントン・ポスト紙(電子版、10月6日付け)によると、米軍は5日、バグダッドの北、ディヤラ州のシーア派の村を空爆、米軍発表によると、武装抵抗勢力を少なくとも25人、殺害したという。
しかし、バグダッド発のAP通信はイラク政府軍筋の話として、殺された村人の中に7人の子どもが含まれている。
⇒
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2007/10/05/AR2007100502377.html?hpid=topnews
Posted by 大沼安史 at 10:53 午後 5.イラクから | Permalink
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〔イラクから〕 コレラ バグダッドに拡大
バグダッド発のAP電が伝えるところによると、イラク北部で始まったコレラ禍が首都バグダッドに拡大したという。
バグダッド南郊で40歳のイラク人女性が死亡した。
世界保健機構によると、イラクではこれまで3300件の罹患が確認、少なくとも14人が死亡しているという。
テロとの戦いよりコレラのとの闘いが急務である。
日本政府は、「給油」より「医療支援」を!
⇒
http://www.commondreams.org/archive/2007/10/05/4328/
Posted by 大沼安史 at 10:40 午後 5.イラクから | Permalink
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2007-10-05
〔イラクから〕 「餌」をまいて狙撃 「上の指示」で射殺数を引き上げ 米軍のスナイパーチームが証言
駐留米軍のスナイパー小隊、「ペインティド・デーモン(顔ペンキの悪魔)」の所業に注目が集まっている。
同小隊は、米陸軍第1旅団第501歩兵連隊に属する、13人の狙撃兵からなるチームで、バグダッドの南の「死の三角地帯」で活動している。
その狙撃兵のうちの3人が、イラク人拘束者を至近距離から射殺したことが発覚、現在、イラク内で軍事裁判にかけられているが、その審理の中で、その活動の実態が明らかになった。
ロサンゼルス・タイムズの報道によると、小隊は「キル(戦果)」をあげるため、わざと武器を放置し、それを取りに近寄ったイラク人を狙撃しているという。
そうした狙撃による射殺数を増やす行動は、イラクにおいて「していない」(ペンタゴン)ことになっているが、被告兵士の弁護団によると、「上からの指示」によるものだという。
小隊の指揮官は、陸軍の狙撃大会で優勝したこともある、ヘンズレー2等軍曹。顔面にトラの縦縞模様をペンキで描いたことから、小隊に「顔ペンキの悪魔」という異名がついた。
「餌」をまいて狙撃する方法は、ベトナム戦争時に採られた方法だという。
それと至近距離での射殺と、その卑劣さにおいて、どこに違いがあるというのか?……
⇒
http://www.latimes.com/news/nationworld/world/la-fg-snipers5oct05,0,5481304.story?coll=la-home-center
Posted by 大沼安史 at 07:42 午後 5.イラクから | Permalink
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2007-10-04
〔イラクから〕 イラク野戦病院で耐性菌の院内感性が猛威 死亡者 相次ぐ
米軍のイラク野戦病院で、抗生物質の効かない耐性菌による院内感染が広がり、負傷兵を苦しめているという。
Acinetobacter baumanniiという。どこにでもいる病原体で、健康な人には無害だが、体力を落とした負傷者にとっては、生の最後の希望を奪うものになっている。
米ロサンゼルス・タイムズが伝えた。
それによると、2003年以来、これまで少なくとも23人が感染し、米軍の病院で死亡した。
感染場所は、イラク現地の野戦病院から、ペルシャ湾の米軍病院船、そして米本土の軍の病棟に拡大している。
⇒
http://www.latimes.com/news/la-sci-bacteria30sep30,0,5578537.story?coll=la-tot-topstories&track=ntottext
Posted by 大沼安史 at 10:25 午後 5.イラクから | Permalink
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2007-09-27
〔イラクから〕 希望のハーモニー イラク国立交響楽団
イラク戦争の最中にあって、「イラク国立交響楽団」が演奏活動をなお、継続しているという。
ロサンゼルス・タイムズ紙(電子版、9月23日付け)のバグダッド特派員が、「イラク・フィル」の苦闘ぶりを報じているので、紹介しよう。
「イラク・フィル」が練習を続けているのは、バグダッド市内中心部にある「バレエ音楽院」のスタジオ。
そこに毎週、火曜日と土曜日に楽団員が集まり、公演(そう、その通り!、楽団は公演活動も続けている!!)のリハーサルを続けている。
音楽監督のカリム・ワスフィさんは4ヵ月、某所に身を隠したあと、ようやくリハーサルに復帰した。イスラム過激派に命を狙われているからだ。
迫害を恐れ、団員25人が国外に脱出、その穴を若者たちが埋めているという。
いま、第1オーボエ奏者を務めるのは、14歳のドゥーア・ムーサさんだ。
ドゥーアさんが奏でるオーボエは、ロサンゼルスのミュージシャン(男子高校生〔17歳〕)がモールで演奏会を開くなどして稼いだ金でプレゼントしてくれたものだ。
ピアノを弾くのは、これも音楽院学生の、スハール・スルタンさん(16歳)。イラク戦争開戦の頃、両親を亡くした。
「音楽をやっていて、わたしたちは幸運です。悲しいときも、幸せなときも、音楽を通して自分を表現できるから」と、彼女は語る。
いま、練習しているのは、1965年に当時の東ドイツの作曲家が、「イラク・フィル」のために書き上げた「わたしも守るものをなく」という作品。イラクの伝統音楽を採り入れたものだ。
その公演は2週間後(10月半ば)に予定されている。
練習の模様を、タイムズ紙の特派員(サム・エンリケス記者)は、こんな風に書いていた。
指揮者のエザートさんがタクトを挙げたとき、その瞬間、「驚くべきことが起きた」と。
「驚くべきこと」とは、「サイレンス(静けさ)」。
爆発、轟音、銃声、叫びのバグダッドでは、サイレンスは貴重なレアものであるのだ。
イラク・フィルが演奏を始めようとする、その瞬間に生まれたサイレンスとは、音楽を成立させる素地であり、それによって「交響」が初めて可能となる、静けさの舞台とでも呼べるものだろう。
サイレンス、それは交響を実現する平和。
武満徹さんが生きていてこの話を聞いたら、イラク・フィルのため、きっと作品を書くだろうな、と思った。
⇒
http://www.latimes.com/news/nationworld/world/la-fg-music23sep23,1,6473471.story
Posted by 大沼安史 at 10:05 午後 5.イラクから | Permalink
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2007-09-14
〔イラクから〕「バグダッドの壁」で抗議行動 数百人 「壁」の撤去を求める
英BBC放送(電子版)が9月12日に報じたところによると、バグダッド市内のスンニ、シーア派居住区域を隔てる「壁」で11日、数百人の市民たちが「壁」の撤去を求めて抗議行動を行った。
BBC電子版の記事には、「壁」の上で気勢をあげる人びとや、壁の下で大きな「イラク国旗」を広げる市民を写した現場写真が添えられている。
この、「壁」の撤去を求める市民の声は、現場に持ち込まれた「イラク国旗」が示すように、宗派を超えた「イラク・ナショナリズム」の「健在」ぶりを物語るもので、今後の広がりが注目される。
デモ・集会が行われたのは、シューラ区とガザリーヤ区を分ける「壁」の周辺。
集まったスンニ、シーア派の住民たちは、イラク政府が宗派対立を煽っていると抗議の声を挙げた。
⇒
http://news.bbc.co.uk/2/hi/middle_east/6991448.stm
Posted by 大沼安史 at 04:36 午後 5.イラクから | Permalink
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2007-09-13
〔イラクから〕 「荒野の7人」の2人、バグダッドに死す
英紙ガーディアン(電子版)が9月13日に報じたところによると、ニューヨーク・タイムズ紙に連名で告発の寄稿(本グログ既報)を行った駐イラク米軍(陸軍)の下級兵士7人のうちの2人が、12日、バグダッドで、乗っていたトラックの横転事故で死亡した。
オマール・モラ軍曹(28歳)とヤンス・ゲイ曹長(26歳)の2人。
7人の寄稿は軍規違反の恐れがあり、軍当局の出方が注目される矢先の出来事だった。
⇒
http://www.guardian.co.uk/usa/story/0,,2167859,00.html
Posted by 大沼安史 at 08:19 午後 5.イラクから | Permalink
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2007-09-07
〔イラクから〕 占領米軍 イラク戦争最多の16万8000人に
豪紙ヘラルド・サン(電子版)が9月7日に報じたところによると、米国防総省当局者はイラク駐留米軍が史上最多の16万8000人に達していることを明らかにした。
ブッシュ大統領はAPECS会議のため、オーストラリアの向かう途中、イラクに立ち寄り、「削減」を口にしたが、在イラク米軍がイラク戦争開始後、いつの間にか最多レベルに達していることは明らかにしていなかった。
増強を重ねてもレジスタンスに遭い続ける米軍。
袋小路を脱却する道は限られている。
〔大沼・注〕
たとえばいま、安部首相がかりに、アメリカに対して①米軍の早期撤退②イラン攻撃の中止③石油の安定的な管理――を呼びかけたら、世界の運命は変わるだろう。
アメリカはイラク・イランの石油資源確保の意図をあからさまにしているが(そしてその証拠が、今回明らかになった168000人と言う数字だが)、ブッシュのクソ頭に冷や水をかぶせるのは、同盟国=日本の義務である。
安部首相よ、それこそが「集団的安全保障」、というものではないか?
⇒
http://www.news.com.au/heraldsun/story/0,21985,22377964-5005961,00.html
Posted by 大沼安史 at 10:39 午後 5.イラクから | Permalink
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2007-09-05
〔イラクから〕 スンニ派、シーア派 フィンランドで秘密和平交渉
英紙ガーディアン(電子版)が9月4日に報じたところによると、イラクのスンニ、シーア両派の代表団が北欧のフィンランドで4日間にわたる秘密交渉を行い、12項目の和平案で合意した。
交渉はアメリカのマサチューセッツ大学マコーミック政策研究大学院が主催したもので、前フィンランド大統領のアーティザリ氏が組織した。
交渉は北アイルランドの宗教紛争を解決した経験をもとに、両派の宗派対立を乗り越えようというもので、北アイルランドのカトリック、プロテスタントの代表もオブザーバー出席した。
交渉の席にはまた、アパルトヘイトを乗り越えた南アフリカの代表も参加したという。
合意した12項目の和平案は、①交渉中の武器使用の禁止②外国の干渉排除③人権の擁護、などを基本原則として掲げている。
〔大沼・注〕
スンニ・シーア両派の提携、共闘は、アメリカの「イラク占領」を終結させる上で、最も重要な問題で、その成否が「イラク和平」実現の鍵を握っている。
それだけに、今回の和平交渉の主催者には敬意を表したい。
しかし、それにしても、この種のイニシアチブを、日本はどうしてとれないものか?
スンニ、シーア派の代表がたとえば、蔵王の森の中で温泉に浸かりながら、裸の付き合いをして相互の信頼関係を再構築する。
主宰するのは、日本の誇るアラビスト、伊達・白石藩、片倉小十郎の末裔、元イラク大使、片倉邦雄氏……。
勝手な夢なのか、これは???
イラク問題での日本の国際貢献は、教育改革同様、フィンランド方式をモデルにすべきである。
⇒
http://www.guardian.co.uk/Iraq/Story/0,,2162037,00.html
Posted by 大沼安史 at 09:48 午後 5.イラクから | Permalink
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2007-09-01
〔イラクから〕 SOS! イラク北部でコレラ蔓延
イラク北部の都市、スレイマニアでコレラが蔓延している。
コレラはキルクークにも広がっており、クルディスタンの政府当局は救援を求めている。
英紙インディペンデントのバグダッド特派員、パトリック・コバーン記者が8月31日の同紙(電子版)で報じた。
すでに5000人が罹患しているが、薬が不足しており、治療は進んでいない。
コレラ流行の原因は、安全な飲料水が供給されていないことで、スレマニアでは住民の3割しか、安全な飲み水を口にしていない。
水道水が出ないことから浅井戸を掘っている人も多いという。
〔大沼・注〕コレラは「大量破壊菌」である。人命を奪う「生物テロ」である。
安部政権が「人道支援」を言い、「テロ対策」を言うなら、国連機関を通じ、早急に「支援」するべきだ。
日本の「貢献」の道は、ここにある。
⇒
http://news.independent.co.uk/world/middle_east/article2914413.ece
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2007-08-30
〔イラクから〕 サドル師 シーア派内戦回避で停戦宣言 P・コバーン記者が「イラク報道」再開
英紙インディペンデントのバグダッド特派員で、「イラク報道」の第一人者であるパトリック・コバーン氏が記者活動を再開した。
再開の「第一報」は、同紙(電子版、8月30日付け)掲載の、シーア派指導者、サドル師による、29日の「停戦宣言」に関する記事。
それによると、サドル師は、シーア派の聖地、カルバラで起きた、同師率いるマハディ軍団と、現地の警察・治安部隊を統轄する、同じシーア派の「イラク・イスラム革命評議会(SIIC)」傘下の武装組織、「バドル旅団」との間の戦闘を含む衝突で52人が死亡した事態を受け、マハディー軍団の活動を最大半年間、停止すると宣言した。
コバーン記者による、ほぼ一ヵ月ぶりのイラク報道。
そのバグダッド特派員電が途絶えていたので、戦火・事件に巻き込まれたのでは、と心配していたが、どうやら休暇をとっていたようだ。
(コバーン記者の現地報告、『イラク占領』(緑風出版)を邦訳したわたしとしては、実は心配でならなかった。無事と知って、ほっとした)
コバーン記者の指摘(教示)で、次の二点に興味を覚えた。
① コバーン記者は、サドル師が現時点ではSIICならびにアメリカと事を構えることを望んでいないことが明らかになったと指摘している。なぜ、そうなのか? サドル師はマハディー軍団を「リハビリ」するため、としているが、コバーン記者はその「リハビリ」の意味するところがよくわからないと言っている。同感だ。ブッシュ政権による対イラン攻撃の恐れが現実味を増す中で、シーア派の統一と団結を再構築する(と見せて、アメリカを牽制する)。これがサドル師の狙いではないか、というのが、わたしの見方だ。
② これはまたもコバーン記者に教えられたことだが、シーア派の信者の中に、第12代イマームのマーディがすべての暴君を退治し、地上の正義を打ち立てるため、この世に復活すると信じている者がいる、という事実である。
今回のカルバラでの事件は、このマーディの誕生を祝う巡礼者がカルバラに集まったとき、起きたものだそうだ。
シーア派のパワー(宗教的な底力)と、同派の分裂回避に動いたサドル師のしたたかな現実主義。
コバーン記者の久々の記事から、イラク情勢の底流に流れるものを、またまた教しえられた気がした。
⇒
http://news.independent.co.uk/world/middle_east/article2906339.ece
Posted by 大沼安史 at 11:39 午後 5.イラクから | Permalink
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〔イラクから〕 少年らが戦闘に参加 外国人戦士を上回る 米軍拘束800人にも
イラクの少年が、反米ゲリラ活動に続々と参加しているらしい。
その数、米軍が拘束している者だけで800人。ことし3月と比べ、8倍もの数で、サウジなどから来た外国人戦士の拘束者を上回る状況だ。
米紙ロサンゼンルス・タイムズ(電子版、8月27日付け)が報じた。
それによると、米軍が拘束しているイラク少年の最年少は11歳。
少年たちは誘拐や殺害、路肩爆弾の埋設などに従事しているという。
拘束中の少年の85%がスンニ派の子どもたちだが、サドル派(シーア)のマハディ軍も少年たちが参戦していることを誇示している。
イラク占領米軍は8月13日、バグダッドに少年たちの「教育センター」を開設した。
〔大沼・注〕
タイムズ紙によれば、武装抵抗勢力は子どもたちに、爆弾埋設代として200ドルから300ドル(相当)を支払っている、と報じている。
家族が2、3ヵ月暮らせる額だそうだ。
生活のため? いや愛国心?
答えはたぶん「両方」である。
「イラク占領」に悲しい現実がまたひとつ、生まれた。
⇒
http://www.latimes.com/news/nationworld/world/la-fg-childfighters27aug27,1,3038038.story
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2007-08-04
〔イラクから〕 パトリック・コバーン記者 イラク国内難民キャンプをルポ 殺戮を逃れ流入 悪臭のなかの安全
英国のジャーナリスト、パトリック・コバーン記者(インディペンデント紙特派員)が、イラク国内の難民キャンプに入り、ルポを書いた(電子版、7月30日付け)。
悪臭の立ち込めた、にわかづくりのスラムだそうだ。
地元の当局が、難民に定住されるのを恐れ、トイレを掘ることを禁じているのだという。
97家族、470人が住む、イラク北部、スレイマニアの「カラワル難民キャンプ」。そのほとんどが、スンニ派の人びとだ。バグダッドやヒラ、ディヤラから逃れて来た。
バグダッド市内西部、サーディヤー区を脱出して来た人が多い。7月半ばまでの1ヵ月間に、84人の死体が回収されたところだ。犠牲者の大半は若い男性で、拷問を受け、縛られていた。
サーディヤーから来たひとり、38歳の男性は11ヵ月前からキャンプで暮らしている。
コバーン記者が話を聞いていると、横にいた人が黙って死亡証明書を差し出した。男の息子の死亡証明だった。
男性はカラワルの「市長」だった。難民たちは、国際赤十字社の食糧と水で生きている。「ここは少なくても安全だから」と、「市長」は言った。
電気も水道も煮炊きする油もないスラム。強烈な真夏の光の下、汚物と物の腐った臭いが漂うキャンプ。
コバーン記者のルポを読むと、難民たちの過酷な生活ぶりが感覚的にも伝わって来る。
現地にはスペインの市民団体が入って、移動診療所の運営を後押しする活動を続けているそうだ。
コバーン記者によれば、イラクでは1日平均、2000人が家を捨てて難民化している。7人に1人、400万人が難民となり、半数が国外に流れ、半数がイラク国内にとどまっている。
イラクの難民にとって、ことしの夏はさらに「酷暑」である。
⇒
http://news.independent.co.uk/world/middle_east/article2816666.ece
Posted by 大沼安史 at 06:18 午後 5.イラクから | Permalink
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2007-07-30
〔イラクから〕 サッカー・アジア杯 「メソポタミアの獅子」が制覇 イラク・チーム主将 優勝インタビューで「アメリカは出て行け」
対サウジ戦生中継後の、ジャカルタからの優勝インタビューで、アルジャジーラ衛星放送のカメラの前に立ったのは、ユーニス・マームード選手だった。
ユーニス選手はイスラム教スンニ派のイラク・トゥルクメン人。
クルド人のチームメートの絶妙のコーナキックをドンピシャ、ヘッドで合わせ、1-0の勝利を決めた、チームの主将だ。
その彼がテレビカメラに向かって、こう言った。
「わたしはアメリカに出て行ってほしい。今日、それでなければ明日、あるいは明後日に。とにかく出て行ってくれ。アメリカ人にはイラクを侵略してほしくなかった。間もなく終わることを願っている」
同時生中継のインタビューは、そのままイラク中のテレビに流れた。
アジア・カップを勝ち進む中、イラク人の心を、宗派・民族対立を超えた「イラク民族主義」へと結集した、「メソポタミアの獅子」たちのフィールドからのメッセージは、「アメリカよ、出て行け」だった。
サウジ戦でイラクのイレブンは、黒のアームバンドをして試合に臨んだ。3日前の準決勝、対韓国戦で勝利した際、街頭で喜びを爆発させるサッカーファンを狙って自動車爆弾が爆発、50人が亡くなったことを悲しみ、全員が腕に巻いた。
テロで亡くなったイラクのサッカーファンのなかに、男の子がいた。その母親が、この子はイラクチームが優勝するために犠牲になったと、地元のテレビ局に語った。
ユーニス選手は言った。「それを聞いて、わたしたちはこの試合に勝たなければならないと思った」と。
ジャカルタのスタジアムでは大きなイラク国旗とともに、イラク人サポーターたちが、アラビア語で「イラクに平和を」と書かれた横断幕を広げた。
テレビカメラを通じて、祖国に贈るメッセージだった。
北部クルディスタンのクルド人たちも、クルドの旗の代わりにイラク国旗を振って喜びをあらわにした。
バグダッドの新聞は、「獅子」たちの活躍をたたえる詩を掲載した。
スンニ、シーア派、アラブ、クルド、トゥルクメン人と、イラクを構成するあらゆる要素がチームプレーで勝ち取った、奇跡とも言える劇的な勝利。
ブラジル人のビエイラ監督は、「わたしはこの息子たちをとても誇りに思う。彼らはとてつもないパワーを持っていた」と、選手たちの奮戦を讃えた。
Posted by 大沼安史 at 09:09 午後 5.イラクから | Permalink
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2007-07-28
〔イラクから〕 サウジ イラク・スンニ派グループを支援 米が警告 米・サウジ関係に亀裂
英紙ガーディアン(電子版)は7月28日、米政府がサウジアラビアに対して、イラクのスンニ派グループを支援し、シーア派のマリキ首相によるイラク政府の基盤を切り崩さないよう警告した、と報じた。
サウジ政府は、マリキ首相に関するデマの文書まで流しているという。
サウジと米国の緊密な関係に亀裂が走ったかたちだ。
〔大沼・注〕
パトリック・コバーン氏も指摘しているように、サウジはイラクにシーア派政権が確立するのを恐れており、マリキ政権を切り崩すことはサウジとして当然のことである。
イランの影響力拡大は米国も恐れているところだが、いま何故、マリキ支援に乗り出しているのか?
答えはひとつ、「石油法」の早期成立を待ちかねているからだ。
米国はマリキ政権とその議会に対し、夏休みを半減して石油法の「審議」を進めるよう泣きついている。
「石油法」が成立すれば、あとは「合法的」にイラクの石油をコントロールできるし、晴れてイランに対する攻撃にも出ることができる。
だからこそ、盟友のサウジの抑え込みに入ったとみるべきだろう。
先日、全米石油評議会の460ページにおよぶ報告書が発表され、2015年にも、石油の「ポタポタ」期が到来すると警告している。石油メジャーが参加した評議会のレポートで、ブッシュ政権の「イラク石油占領」の正当性を後押しする意味合いが強いが、石油生産がピークを迎えていることは事実であろう。
イラクに石油がある限り、米国はよほどのことがないと、イラクから出て行かない。
その「よほどのこと」とは、米国内における反戦運動の盛り上がりである。それしかない。
平和への意志を強固に構築できれば、イラクの受難は終わる。それができなければ、血と油の地獄は続く。
イラクの油をめぐる「占領」の行方は、ふたつにひとつ、ますますハッキリしたものになってきた。
⇒
http://www.guardian.co.uk/saudi/story/0,,2136687,00.html
Posted by 大沼安史 at 06:56 午後 5.イラクから | Permalink
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2007-07-24
〔イラクから〕 沈船から逃げ出すネズミたち 米機関で働くイラク人スタッフに米国移民ビザを 米国大使がブッシュ政権に要請
ワシントン・ポスト(電子版)が7月22日に報じたところによると、クロッカー駐イラク大使はブッシュ政権に対し、米機関で働くイラク人スタッフに対し、米国への移民ビザを発給するよう公電で要請した、という。
〔大沼・注〕イラク人スタッフが一段と身の危険を感じていることの現れと見られる。移民ビザでも与えなければもう働けない、と協力を拒否する現地スタッフが続出しているようだ。
⇒
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2007/07/21/AR2007072101359.html?referrer=email
Posted by 大沼安史 at 02:08 午後 5.イラクから | Permalink
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2007-06-29
〔イラクから〕 「占領を終えることでしか平和は戻らない」 パトリック・コーバン記者 バグダッドからブラウン新首相あて公開状
英紙インディペンデントのバグダッド特派員、パトリック・コバーン氏が、6月29日の同紙に、ブラウン新英首相に対する「公開状」を発表した。
「交渉で占領を終えることでしか、ワシントンとロンドンが、クルド人に支持され、イランの影響を受けたシーア派の宗教諸政党が、この国を支配することになる、を受け入れることでしか、平和は戻らない」
ブレア前首相の後を受け、英国の新指導者となったブラウン氏に対する「撤退勧告」。
「米国の元情報高官が言っているように、政府支援のため兵力を増派するのは、酔っ払いにウイスキーを与えるようなものだ」
「イラクの政治はますます、犯罪マフィアと政治家が結託し、揉め事は暴力で解決していた1920年代、禁酒法下のシカゴに似て来ている」
「英兵はイラク南部で、標的となる以外、何の役割も果たしていない」
精確かつ水際立ったイラク報道で世界的に有名なコバーン記者の「撤退の勧め」とあって、同紙電子版の「公開状」のリンクは、アクセスが殺到し、一時的に接続不能状態になるほどだった。
米国の「イラク占領」を支持し、挙句の果てには「集団自衛権」でもって、われらが自衛隊をイラクの戦場に送り込もうと画策する、安部政権。
ブッシュの顔色を気にする暇があるなら、下記リンクのコバーン記者の「公開状」を一度、じっくり読んでみてはいかが。
⇒
http://comment.independent.co.uk/commentators/article2720048.ece
Posted by 大沼安史 at 11:16 午後 5.イラクから | Permalink
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2007-06-11
〔イラクから〕 あるイラク人女性ジャーナリストの死 パトリック・コバーン記者がレポート
英紙インディペンデントのバグダッド特派員、パトリック・コバーン記者が、6月11日付けの同紙電子版で、あるイラク人女性ジャーナリストの死を報じていた。
北部の中心都市、モスルで活動して来た、フリーランスの女性記者、サハル・ハイディリさん(45歳)が、先週、待ち伏せ攻撃に遭い、機関銃を掃射されて死亡した。
サハルさんは3児の母。これまで13回、死の脅迫を受けていたという。
以前はペンネームで記事を書いていたが、それでも一度、誘拐されたことから、実名で報道していたそうだ。
サハルさんは、スンニ派原理主義過激派のアンブレラ組織、「イラク・イスラム国」が出していた、「死の宣告」リストに挙げられていた。
犯行声明は、スンニ派の武装組織、「アンスール・スンナ」が出した。
「聖戦士たちの評判を捻じ曲げた」のが、殺害理由だった。
サハルさんは「いずれ殺される」わかっていながら、記者活動を止めなかった。
イラク開戦後、殺されたイラク人ジャーナリストは、彼女で106人目。
極限の状況下、最後まで活動を続けた彼・女らに敬意を表し、冥福をお祈りする。
そしてコバーン記者、あなたもくれぐれも気をつけて!
⇒
http://news.independent.co.uk/world/middle_east/article2643057.ece
Posted by 大沼安史 at 06:54 午後 5.イラクから | Permalink
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2007-06-08
〔イラクから〕 ガーディアン紙カメラマン バグダッド 米軍同行・写真ルポ
Posted by 大沼安史 at 04:44 午後 5.イラクから | Permalink
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2007-06-07
〔イラクから〕 トルコ軍 イラク北部に侵攻 パトリック・コバーン記者がレポート
トルコ軍が6月6日早朝、イラク北部のクルド人居住区に侵攻した。
トルコ国内で分離運動を続けるクルド人組織、クルド労働者党(PKK)のゲリラを追走しての越境だ。
英紙インディペンデントのパトリック・コバーン記者が7日に伝えた。
侵攻規模は数千人で限定的なものだが、イラク情勢をさらに複雑化しそうだ。
⇒
http://news.independent.co.uk/world/middle_east/article2621819.ece
Posted by 大沼安史 at 06:49 午後 5.イラクから | Permalink
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〔イラクから〕 米兵戦死者 3500人に
Posted by 大沼安史 at 06:40 午後 5.イラクから | Permalink
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2007-06-06
〔イラクから〕 米軍駐留延長に“No” 意思表示へ イラク議会が通告可能決議 消える「イラク占領」の「正当性」の幻
米ネット・メディア、AlterNet(オルタネット)が6月6日に報じたところによると、イラク議会は同日、米軍の駐留延長に同意する判断を、こんごはマリキ大統領ではなく、イラク国会が行うとの拘束性のある決議案を採択した。
米軍の駐留に対するイラク政府の同意の更新は、ことし年末に行われるが、それに向けてイラク議会が駐留に「NO」と言い、米軍の撤退を求める可能性が出て来た。
こうしたイラク議会の「不同意」に対してマリキ首相は拒否権を発動するとみられるが、イラク議会が米軍の撤退を公式に求める事態になれば、ブッシュ政権による「イラク占領」の「正当性」は根拠を失うことになる。
オルタネットの電話取材に対し、イラク議会のサドル派代表は、米軍の駐留延長に「無条件拒否」する方針を明らかにした。
⇒
http://www.alternet.org/waroniraq/53230/
Posted by 大沼安史 at 10:46 午後 5.イラクから | Permalink
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〔イラクから〕 女性がカミカゼ攻撃 撃たれたあと自爆
Yahoo!ニューズが伝えたバグダッド発のAFP電(6月5日付け)によると、この日、バグダッド市内、サドル・カナート地区のの警察官リクルートセンターに不審な女性が近づいて来たので、警官が立ち止まるよう命じたところ、女性が従わなかったことから警官が発砲、その瞬間、女性は着用していた爆薬ベルトを爆発させ自爆死した。警官3人が軽傷を負ったという。
またも、女性のカミカゼ攻撃! 灼熱のイラクの、この地獄!
⇒
http://news.yahoo.com/s/afp/20070605/wl_mideast_afp/iraqunrestbaghdad
Posted by 大沼安史 at 10:28 午後 5.イラクから | Permalink
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2007-06-02
〔NEWS〕 イラク帰還兵 ピース・ウォーク開始 カリフォルニア州議会議事堂を24時間周回 市民らが連帯の共歩
米カリフォルニア州の州都サクラメントで、ひとりのイラク帰還兵が「ピース・ウォーク」を始めた。
戦没者追悼記念日の5月28日午前8時から歩き出し、1周800メートル、州議会議事堂の周りを黙々と歩き続けている。
イラクで戦士したカリフォルニア出身の米兵は362人。
黄色いリボンを身につけた帰還兵は、議事堂前に戻るたびに、同郷の戦死者の名前を1人ずつ読み上げ、その短かった人生を語っている。
次の水曜日(6月6日)の午後、目標の「362周」を歩き切るのが目標だそうだ。
1日24時間、歩き出した米兵は、衛生兵としてイラクに送られた。イラク侵攻が始まった2003年3月のこと。
そのとき、生涯忘れられないことがあった。戦闘で倒れた仲間の遺体を収容しに行ったときのことだ。遺体はイラクの人びとが、犬に食われるのを防ぐため、とっくに埋葬していた。
スコップを持っていなかったので、同僚とふたりで素手で掘り起こした。
指の骨が出てきた。白骨化が進んでいたのだ。
上官は遺体の放棄を、彼に命じた……。
帰還兵は生還後、負傷米兵がわずかな補償金とともに軍隊から放り出されるありさまを見た。
戦争の悲惨と不正義。帰還兵は反戦に立ち上がることを決めた。
帰還兵の歩みに、市民たちも加わった。平和団体のメンバーらが、イラク戦争で死んだイラクの人びとの名前を書いた白い紙を手に、ピース・ウォークに加わった。
連邦議会民主党指導部のふがいなさを憤り、運動の「顔」として使われるのを拒否した「平和の母」、シンディー・シーハンさんの夫のパットさんも、一緒に並んで歩き出した。
ネット紙「トゥルースアウト」の記者によれば、帰還兵は疲れきったいるが、歩みをやめないという。万一に備え、医療関係者が付き添って、見守っているそうだ。
自分の名前を名乗らない、無名の帰還兵による無言の歩み。
イラクに平和が戻る日に向け、その日に向かって少しでも近づくために、一歩、一歩、地を踏みしめて歩いているのだろう。
そのサクラメントの空の下に向かって、わたしもまた、連帯の挨拶をおくろう。
⇒
http://www.truthout.org/docs_2006/060107D.shtml
Posted by 大沼安史 at 05:00 午後 5.イラクから | Permalink
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2007-05-31
〔イラクから〕 米軍 「最後」の増派部隊 バグダッド着
米国防総省が5月3日、明らかにしたところによると、米軍「最後」の増派部隊がバグダッドに到着した。
第13海兵隊遠征戦闘部隊で、ブッシュ政権の「攻勢」作戦を担う、第5陣、「最後」の兵力投入だ。7月半ばまでに現地での展開を終える。
〔大沼・注〕 ブッシュ政権はバグダッドを10地区に区切り、武装抵抗を抑え込む方針だが、負け戦が続いており、挽回は絶望的だ。
⇒
http://www.theconservativevoice.com/article/25522.html
Posted by 大沼安史 at 05:32 午後 5.イラクから | Permalink
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〔イラクから〕 5月は残酷な月……米軍 最悪の戦死者 ファルージャ戦以来
ワシントン・ポスト紙(電子版、5月30日付け)によると、この5月の米軍戦死者がファルージャ戦以来の最悪を記録した。
27日のアメリリカの祝日、戦没者追悼記念日には、この日だけで10人が死亡、月初め以来の戦死者数は117人に達し、ファルージャ戦(2004年11月、同4月)のそれぞれ137人、135人に近づいた。
同紙によれば、武装抵抗勢力の戦術も巧妙化、ヘリ墜落現場へ向かう救出部隊を狙って、あらかじめ埋設していた路肩爆弾を爆発させる、といった高度なものになっている。
[大沼・注] ファルージャ戦という局地的な激戦がイラク全土に拡散し、米軍はますます追い込まれて来た。
ブッシュ政権が「ぶんどり」を狙って制定を迫る「イラク石油法」も、「イラク政府」側がレジスタンスに出て、アメリカの思惑通り進んでいない。
アメリカの軍事的、政治的敗北が鮮血のようにはっきりして来た。
⇒
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2007/05/29/AR2007052900304_pf.html
Posted by 大沼安史 at 10:11 午前 5.イラクから | Permalink
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2007-05-29
〔イラクから〕 「戦争ですべてを失った。誇りさえも」 売春に追い込まれる難民イラク人女性
イラクの地獄からシリアに逃れた女性たちのなかに、売春に追い込まれる者が数多くいるという。その数、「数千人」(支援活動家)。夫をテロで失うなど大黒柱をなくした難民母子家庭が、新たな逆境にあえいでいる。
米紙ニューヨークタイムズ(電子版、5月29日付け)のシリア発の記事を読んで胸が痛んだ。
とりわけ、まだ16歳のヒバの話には。
ヒバの父親は糖尿病の合併症を患っていて、彼女が「ナイトクラブ」で稼いで一家を支えている。
ヒバの一家はバグダッドから、この春、シリアに逃れて来た。バグダッドにいたころ、ヒバは敬虔なイスラム教徒で、夜明け前に起きて祈りを捧げ、ヒジャブ(スカーフ)をかぶって学業にもいそしんでいた。
いまナイトクラブで、彼女は肩をむき出しにしたピンクの絹のドレスをまとっている。
ヒバの母親が言った。「戦争ですべてを失った、誇りさえも」
ダマスカスで支援活動にあたるカトリックの尼僧は最近、義理のイラク難民3姉妹に会った。3人とも母子家庭を支える“シングルマザー”。交代で売春に出て、稼ぎを分け合い、子どもたちに食べさせている。
売春ナイトクラブの駐車場の半分はサウジ・ナンバーの車だ。自国で禁止された「酒」と「女」を求めてやってくる。
難民イラク人女性らが売春で命をつないでいるのは、シリアの首都ダマスカスの近郊、マラバ地区の通称「カジノ」といわれるナイトクラブ(ギャンブルは行われていない)などが舞台。
ダマスカス市街の路上でも、イラクなまりのアラビア語で「お茶しない」と誘う女性の姿が見られるという……。
記事を読み終え、とくに日本の国会の与党女性議員たちの「感想」を聞きたくなった。あなたがたが「賛成」した「イラク戦争」が、こんな悲劇を引き起こしているのですよ、と。どう思いますか?――と。
安部首相なら、こんなコメントを返すのだろうか?
「狭義の強制性はありませんから……」
⇒
http://www.nytimes.com/2007/05/29/world/middleeast/29syria.html?_r=1&hp&oref=slogin
Posted by 大沼安史 at 07:03 午後 5.イラクから | Permalink
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2007-05-24
〔イラクから〕 ケシの栽培 ひろがる デイワニア西南部 ユーフラテス流域 アフガンの2の舞? P・コバーン記者がレポート
英紙インディペンデントのパトリック・コバーン記者(バグダッド特派員)が5月23日付け同紙電子版で伝えたところによると、イラク南部、ディワニア西南部のユーフラテス流域で、ケシの栽培が広がり出しているという。
内戦が続くアフガンが、世界最大のアヘン供給地と化したことを思い起させる、新たな展開だ。
現地の農民は米の栽培を止め、ケシを育て始めたというのだ。
オタワ大学(カナダ)のマイケル・チョスドフスキー教授によれば、アフガンのケシ栽培=アヘンの生産は、米軍など駐留NATO軍によって「保護」され、2000億ドルもの巨額の資金を、西側諜報機関や財政機関などにもたらしているという。
アフガンに続き、メソポタミアもアヘンの供給基地に堕してしまうのか?
⇒
http://news.independent.co.uk/world/middle_east/article2573299.ece
http://www.globalresearch.ca/index.php?context=viewArticle&code=20070604&articleId=5514
Posted by 大沼安史 at 10:01 午後 5.イラクから | Permalink
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2007-05-22
〔イラクから〕 米軍 サドル師を和平交渉の場におびき出して暗殺……に失敗 パトリック・コバーン記者がスクープ報道
英紙インディペンデントのバグダッド特派員、パトリック・コバーン記者は5月21日付けの同紙(電子版)で、米軍がイラク・シーア派の指導者、サドル師を和平交渉の場におびき出し、暗殺しようとして失敗していたことをスクープ報道した。
米軍とサドル派の和平交渉の仲介をした、イラク政府の治安顧問、モワファフ・ルバイエ博士から証言を引き出して伝えた。
2年半ほど前の2004年8月、イラク南部のシーア派の拠点都市、ナジャフでのこと。サドル師が、和平交渉に出席するため、現れることになっていた民家に、米海兵隊と米軍特殊部隊が攻撃を加えた。
サドル師はまだ現場に到着しておらず、危うく難を逃れた。
この暗殺未遂事件以来、サドル師は米軍、イラク政府に対して「ひどい不信感」を抱き、公の場に姿を見せていない。
この暗殺未遂についてコバーン記者は、アメリカの「一連の浅はかな、政治的な爆発を引き起こしかねない」行為のひとつと指摘、「誰が命令したかはわからない」としながら、アメリカの見境のなさを厳しく批判している。
バグダッドからの一部報道によれば、サドル師はなんとスンニ派との共闘による反米闘争を模索しているという。
シーア、スンニの「双子の反乱」がイラクに起きれば、「イラク占領」はいよいよ最終局面に入る……。
⇒
http://news.independent.co.uk/world/middle_east/article2565123.ece
Posted by 大沼安史 at 09:55 午後 5.イラクから | Permalink
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2007-04-24
〔イラクから〕 ある女性ジャーナリストの死
バグダッド発の米紙特電が、米政府が運営する「ラジオ自由ヨーロッパ」で働いていたイラク人女性ジャーナリスト、ハマエル・ムーセンさん(54歳)の死を伝えた。
夫のサディクさんから取材して、彼女の生と死を報じた。
ハマエルさんはサダム・フセインの時代、テレビのニュースキャスターをしていた、バグダッドの有名人。
夫婦はともにシーア派ながら、バグダッド西部のスンニ過激派支配地域に暮らしていた。
夫のサディクさんは家を引き払って、ここを出ていこうと言ったが、ハマエルさんは聞かなかった。彼女が何者かに拉致された4月3日朝も、「臆病者、まだ寝てるの? どこかデートに連れ出してよ」と言って、職場に向かった。
家で彼女の電話を待ったが、かかって来なかった。代わりに、彼女の兄弟から電話があった。「アルカイダを名乗る男から、電話があった」と。
その「アルカイダ」の男は言った。「ハマエルは頂いた。彼女がどこで働いていたか、言ってみな」
そう聞かされ、彼女は殺されたと、サディクさんは直感した。
警察に通報すると、その日のうちに道端のゴミ捨て場で、死体で見つかった。遺体の回収は翌日に持ち越された。収容作業の安全を確保するためだった。
頭を撃ち抜かれていた。左目だけが開いていた。
翌日、夫はモスクでの葬儀と埋葬のため、妻の遺体を洗った。
頑固な女性だった。出会いは91年の湾岸戦争時。空襲下、エンコしていた彼女の車を直してあげた。その後、花屋で偶然、再会。結婚して2女をもうけた。母親が殺されたとき、娘2人はシリアの親類にいた。危険を避け、疎開していた。
勇敢な女性だった。家に爆弾が仕掛けられても、仕事に出かけた。銃撃戦に巻き込まれても、車の陰に隠れて現場に踏みとどまり、テレコで録音した。
夫が「あやうく自動車爆弾を免れた」と言うと、「すぐ家に戻って来て」。心配してくれているのだな、と思って帰宅したら、彼女の取材が待っていた。
そんな妻の生と死の物語を、夫は米紙連合(マックラッキー新聞連合)のバグダッド特派員に、市内のホテルで語った。
夫は「妻はこういう物語を書きたかったと思う」と言った。「そして、いま彼女の物語は物語られた」と。
記事の結びはこうだった。
「そこで彼は口を噤んだ。もはや言葉は何も残されていなかった……」
米軍のイラク侵攻以来、犠牲になったジャナーリストは、イラク人を中心に、少なくとも「158」人。ハマエルさんは、そんな「統計」のひとりだ。
⇒
http://www.realcities.com/mld/krwashington/17116804.htm
〔新刊案内〕パトリック・コバーン著、大沼安史訳 『イラク占領-戦争と抵抗』(緑風出版)
米軍が要塞化して「政府」とともに立て篭もる「グリーゾーン」(安全地帯)の外、バグダッド市内の現場に踏みとどまり、命がけで取材・報道を続ける英紙インデイペンデント特派員のイラク・ルポ。「占領」の真実とは何か?……
四六判、372頁。定価2800円+税。
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2007-04-16
〔イラクから〕 サドル師 自派閣僚引き揚げを指示 シーア派主導「政権」、自壊へ?
ニューヨーク・タイムズ紙(電子版、4月16日付け)が伝えたバグダッド発のロイター電によると、イラクのシーア派指導者、サドル師は自派の閣僚を引き揚げる指示を行った。
サドル派が指示して首相の座に就いたマリキ首相が米軍のイラク徹底計画づくりを拒否したことに対する報復措置。
マルキ内閣に対してサドル派は6人の閣僚を出していた。
(大沼・注)
シーア派主導の「イラク政府」の自壊の始まりか?……
⇒
http://www.nytimes.com/reuters/news/news-iraq.html?_r=1&oref=slogin
Posted by 大沼安史 at 07:31 午後 5.イラクから | Permalink
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2007-04-13
〔イラクから〕 イラク新植民地支配の本丸、バグダッドの「グリーンゾーン」議会食堂で自爆テロ スンニ派武装抵抗勢力が決行 バグダッドのサラフィーヤ橋も爆破 その2日前には女性が自爆テロ決行 「イラク占領」崩壊の始まり
バグダッドの「グリーンゾーン」は、サダム・フセインの時代、共和国宮殿があった聖域で、現在は米軍による「イラク占領」の本丸になっている地域だ。サダムがアラブ世界の国際会議に使った建物には、イラクの国民議会の議場になっている。
英紙インディペンデントのバグダッド特派員、パトリック・コバーン記者によれば、爆発は建物の2階にある議場の隣のレストランのレジ近くで起きた。
4月12日のランチタイム。スンニ派議員のボディーガードをしていた男が、ベストの下に巻きつけていた爆発物を爆発させ、8人が死亡した。うち3人は国会議員で、2人がスンニ派、1人がシーア派の議員だった。
現場に居合わせたテレビ・チームのビデオはほとんど没収されたが、「フラー・テレビ」(チャンネル)だけは爆発直後の、粉塵舞う議会の廊下を、助けを求め叫びながら逃げ惑う人々の姿を放映した。
現場のレストランは、空中に微細な肉片が舞うすさまじい状況で、胴体のない足が2本、残っていた。自爆犯の足らしい。
コバーン記者によれば、グリーンゾーン内の現場に立ち入るには、少なくとも9つの検問所を潜り抜けなければならず、しかもそのうち3箇所には爆発物の検知機が設置されたいた。
自爆者はそんな厳重な警戒を突破して、中枢部に侵入していた。単独犯行ではなく、協力者らがいたものと見られる。
この日、バグダッドでは、ティグリス川にかかる大橋のひとつ、サラフィーヤ橋がトラックを使った自爆で爆破され、少なくとも10人が死亡した。車ごと川に転落、行方不明になった人は20人に達した。
アメリカのブッシュ政権はバグダッドの治安回復を狙って「米軍増派」による市内制圧を続け、成果が出ていると宣伝に躍起だが、この日、相次いだ自爆テロ攻撃は、そんな「PR」を吹き飛ばす、痛打になった。
この2日前、10日にはバグダッドの北、100キロのスンニ派、シーア派混住地区のモクダディヤーで、女性の自爆者によるテロがあった。警官リクルートセンターに集まったシーア派を狙った犯行で、少なくとも17人が死亡、33人が負傷した。
(大沼・注)
ついに「グリーンゾーン」内で自爆テロ!
ベトナム戦争末期に起きた、ゲリラによるサイゴン突入のような事件である。
「イラク占領」は、崩壊の過程に入った。
⇒
http://news.independent.co.uk/world/middle_east/article2444473.ece
http://www.lemonde.fr/web/article/0,1-0@2-3218,36-893795@51-767621,0.html
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Posted by 大沼安史 at 04:58 午後 5.イラクから | Permalink
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2007-04-10
〔イラクから〕 シーア派に「反米闘争」の動き バグダッド陥落記念日に100万人が抗議デモ 戦闘化するサドル師のマハディー軍団 南部ディワニヤーで米軍と交戦
バグダッド陥落記念日の4月9日、イラク南部のナジャフで、イラク国内最大勢力、イスラム教シーア派による大規模なデモが行われた。
イラク南部を中心に結集したシーア派は、英紙ガーディアンがシーア派指導者、サドル師の側近の話として伝えたところによると、100万人から150万人に達した。(イラク政府の警察推定では100万人に達していなかったとしているが、大規模なデモだったことは間違いない)
シーア派のデモはクファから、聖都ナジャフに向かって行われ、ナジャフでは大集会が開かれた。
サダム・フセイン体制の崩壊記念日のこの日の集会は、反米一色に染まった。参加者たちは「われわれはサダムから解放された。われわれはいまや、再び解放されるべきである」「苦しみはごめんだ。アメリカは出てゆけ」といったプラカードを掲げ、気勢をあげた。
シーア派内の過激派、ムクタダ・サドル師は8日、声明を発表、「神は忍耐づよくあれと命令された。イラクの息子たちに対してではなく、敵に対して団結するよう命じられた。敵はシーア派の信仰、イスラムの信仰に息の根を止めようとして戦争に引きずりこもうとしている。しかし、彼らはそれをできない」と述べ、イラク政府軍のシーア派兵士らに連帯を呼びかけた。
サドル師率いるサドル派のマハディー軍団を中心とするシーア派武装抵抗勢力は、イラク南部のディワニヤーで、6日以来、米軍、イラク政府軍と戦闘を続けている。
米軍機の攻撃で7日、住民ら15人が死傷したことで抵抗は激化し、週末の2日間だけで米兵10人が戦死する激戦となっている。
サドル派が「反米」の旗印を掲げ、シーア派の大同団結を呼びかけた今回の動きは、スンニ派武装抵抗勢力だけでなく、シーア派も大規模な反米闘争に動き出す可能性を秘めたもので、今後の展開が注目される。
⇒
http://www.guardian.co.uk/Iraq/Story/0,,2053327,00.html
http://www.nytimes.com/2007/04/10/world/middleeast/10iraq.html?_r=1&hp&oref=slogin
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Posted by 大沼安史 at 07:05 午後 5.イラクから | Permalink
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2007-04-04
〔イラクから〕 イラク生まれのアラブ系アメリカ人 サミ・ラズーリさん レストランを閉じて、もうひとつの「祖国」に帰り救援活動 MPT(イスラム平和メーカー)を組織
米国の反戦放送局、「デモクラシー・ナウ」(2007年4月2日付け)のエイミー・グッドマンによるインタビュー番組に、イラク生まれのアラブ系アメリカ人、サミ・ラズーリさんが出演し、イラクでの活動などを語った。
サミさんはイラクのナジャフ生まれ(シーア派の聖都)で、イスラム教シーア派の信者だが、奥さんはスンニ派。
渡米後、ミネソタ州ミネアポリスで「シンバッド」というレストランを開いて成功したが、母親が亡くなってイラクに一時帰国した2003年11月、同じくシーア派の聖都カルバラで活動中の「CPT(クリスチャン平和メーカー)」と会ったことから、イスラム教徒として、現地で支援活動する必要性を痛感。
MPT(イスラム平和メーカー)を結成、経営するレストランを売り払って、過去3年近くにわたってナジャフやファルージャで救援活動を続けている。
サミさんによると、MPTはスンニ派の拠点都市のファルージャでゴミ収集活動に従事しているという。
イスラム教徒のメンバー15人は、驚くなかれ、シーア派のナジャフから現地入りした人びと。
ファルージャのサバ・ニサン地区のフルカン・モスクの祈祷にも招かれ、スンニ派住民とともに一緒に祈りを捧げているという。
サミさんはインタビューのなかで、スンニ派とシーア派の「内戦はない」、あるのは米軍の侵攻を支持するものと、占領に抵抗するものの政治的な戦いだ、と語った。
2004年4月に一時的ながら成立したスンニとシーア派の連帯による「双子の反乱」の可能性は、まだあるということか?……
スンニとシーア派が殺し合いを止め、ともに米軍に立ち向かう時が以外に早く来るかも知れない……。
⇒
http://www.democracynow.org/article.pl?sid=07/04/02/1345213
Posted by 大沼安史 at 06:53 午後 5.イラクから | Permalink
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2007-02-15
〔イラクから〕 P・コバーン著、 『イラク占領』(仮題) 翻訳を終えて
バグダッドのホテルに陣取り、イラクの内側から報道を続ける英紙「インディペンデント」のイラク特派員、パトリック・コーバン氏の『イラク占領-戦争と抵抗』(仮題)の翻訳作業を終えました。
編集作業のあと、近く「緑風出版」(⇒ http://www.ryokufu.com/ryokufu-home.htm )から出る予定です。
以下はその翻訳稿(未定稿)の「訳者あとがき」部分です。
訳者あとがき
ぼくは、「イラク戦争」に関心があるので、ネットで毎日、情勢の推移をチェックしている。新聞の電子版にアクセスして、どんな事態になっているか、大筋をつかむ。おもしろいニュースが出ていれば、さらに探りを入れる。
そんな日課の手始めは、英紙「インディペンデント」のサイト(http://news.independent.co.uk)にアクセスすることだ。「インディペンデント」を読んだら、「ガーディアン」に移り、「フィナンシャル・タイムズ」を眺めて、「タイムズ」で終える。
最初に、英国の新聞四紙をチェックするのは、理由がある。時差の関係で、その日の「朝刊」が、米国の各紙より早く、ネットに掲載されるからだ。日本時間の昼にはもう、その日の「電子版紙面」が出ているので、お昼を食べ終わったら、パソコンに向かう。
ではなぜ、英紙四紙のうち、「インディペンデント」から見ていくのか?
アイコンが画面のクリックしやすい位置に出ることもあるが、それだけではない。この新聞を、ぼくは好きなのだ。「ガーディアン」もいいが、やはり「インディペンデント」を先に見る。
この新聞が好きな理由は、その進歩的な論調もさることながら、なんといっても「中東問題に強い」からだ。たぶん、ぼくの知る限り、現在、世界ナンバーワン。ルモンドもニューヨーク・タイムズもワシントン・ポストもさすがだが、こと中東報道では「インディペンデント」が首の差ひとつ抜け出ている。
なぜか? 「インディペンデント」には、本書の著者、パトリック・コバーン(Patrick Cockburn)記者がいて、その「バクダッド発」特電がほぼ毎日、載るからだ。
コバーン記者は、ベイルート駐在のロバート・フィスク記者と並ぶ、同紙中東報道の二枚看板である。
フィスク記者はオサマ・ビンラディンと三回も会見した、中東報道の重鎮とも言うべき存在だが、コバーン記者も、湾岸戦争(一九九一年)後におけるイラク・シーア派反乱を徹底取材して報じるなど、イラク報道の第一人者である。こんどの「イラク戦争」でも、イラク国内に踏みとどまり、バグダッドのハムラ・ホテルを拠点に、危険極まりない取材活動を続行している。
だからぼくは「インディペンデント」の電子版にアクセスして、コバーン記者の記事が出ていると、ホッとする。たいへん失礼な言い方になるが、まだ「健在」だとわかり、安心するのだ。
本書にも出て来ることだが、実際、コバーン記者はイラク北部で銃撃を受けて負傷、あわや失明という目にも遭っている。米軍などの保護を受けていないコバーン記者のような独立独歩の西側ジャーナリストにとって、バグダッドでの取材活動は、まさに危険と隣り合わせ。とにかく無事を祈るほかない。
本書(The Occupation)は二〇〇六年十月に出版された。「インディペンデント」の電子版にもその抜粋が掲載されて、本が出たことを知った。ロンドンの出版社から出た原著を取り寄せ、即座に翻訳を決意した。
版権はコバーン記者本人が持っており、十二月の初め、翻訳エージェンシーを通じ、「OK」の返事が返って来た。日本語版出版承諾のメールは、コバーン記者の「バグダッド発」の一連の記事同様、たぶん市内のハムラ・ホテルの一室から発信されたものである。
本書を翻訳しようと思ったのは、蜃気楼のようにつかみがたい、「イラク戦争」「イラク占領」の実態を見事に結晶化させ、描き出しているからだ。「イラク戦争」「イラク戦争」の現実を、内側から「活写」しているからだ。
ぼくは湾岸戦争直前のバグダッドに、新聞社の特派員として二度入り、カイロにも駐在して、その後もそれなりに「中東ウォッチ」を続け、生意気にも「ちょい中東通」を自認していた。が、本書はそんなぼくの「過信」を粉々に打ち砕いてくれた。ぼくはほんとうに何も知らなかった。バグダッドもイラクも、「戦争」も「占領」も。
本書の内容紹介は重複になるので省くが、読み終えた読者はたぶん、コバーン記者の歴史的なパースペクティブの深さに感心させられたことだろう。イラク戦争を歴史のなかに位置づけ、過去の出来事と比較することで、その特殊性を浮き彫りにする(たとえば、一九四五年のベルリンと二〇〇三年のバグダッドの比較、アメリカのイラク支配と大英帝国のインド支配の違い、など)。これは歴史の素養なくして出来ることでない。
もうひとつ、本書を読んで印象に強く残るのは、細かい事実、逸話にこだわるコバーン記者の取材姿勢である(たとえば、イラク人の果樹園をなぎ倒す米軍ブルドーザーの拡声器からジャズが流れていた、との記述)。ジャーナリズムの神もまた、細部に宿り給うのだ。
コバーン記者の諧謔も、読後に余韻を残すものである。絶望的な状況を描きながら、この人は決してユーモアを忘れないのである。(「ダイハード2」というニックネームがついたカナリアのこと、バグダッドのホテルのエレベーターを占拠した「空飛ぶ族長」の話、同じホテルの玄関口のフロアにあったパパ・ブッシュの「踏み絵」と、それを飛びそこなって股グラを痛めた米政府当局者のエピソード、「グリーンゾーン」内の売春宿の逸話、等々……)
そして何よりも、コバーン記者の眼力の鋭さ――。
たとえば、「もし、ブッシュとブレアが、イラクの独裁者が『大量破壊兵器』という、中東にとって脅威となりうる軍事力を保持していると本当に思っていたなら、たぶん攻撃は仕掛けなかったろう」という指摘など、実に鋭利である。
言われてみれば、確かにその通り! ブッシュ大統領は、イラクには「サダムの核」はない、とわかっていたのだ。「大量破壊兵器」はないとわかっていたからこそ、「大量破壊兵器」があると言い立てて、それを口実にイラクへ攻め込んだ……。
本書の終わりにさりげなく置かれた、コバーン記者の次の一言も衝撃的である。
「そして二〇〇三年以降のアメリカのイラク占領……。それはアメリカの没落の始まりかも知れない」と。
ナポレオンを破ったウエリントン卿の言う通り、「偉大なる国は、小さな戦争をすべきでな」かった、のである。
氏の略歴を紹介すると、一九五一年生まれのアイルランド人。父親は、著名な社会主義者であり、ジャーナリストでもあったクロード・コバーン。
オックスフォード大学を出て、一九七九年以降、中東取材を続けている。
兄のアンドリュー(現在、米国の政治評論誌「カウンターパンチ」エディター)との共著で出した前著、『灰の中から(Out of Ashes)』(一九九八年)は、湾岸戦争後のイラクを描いたもので、これまた力作である。
本書を出版したあともコバーン記者は引き続き、イラクに踏みとどまり、取材活動を続けているが、本書(原著)発刊後にインディペンデント紙の電子版に載った「バグダッド発」特電のひとつを紹介しよう。
二〇〇七年一月二十八日付け、「バグダッド攻略戦:街は米軍増派を待ち構える」という記事である。
コバーン記者はその記事を、リナ・マスフィさんという、三十二歳の未亡人のことから書き出している。子ども二人の父親である彼女の夫は、二〇〇三年に米軍に殺された。封鎖された道路に誤って侵入し、撃たれたのだ。
それから三年経ったいま、彼女の家に米兵らが繰り返しやって来ては扉を壊し、引き揚げていく。この三ヵ月に、実に十二回も。
薬学を勉強している彼女の弟は米軍に逮捕され、一週間、刑務所に閉じ込められた。「からだに拷問の痕があった」……。
こんなふうにリナさんを紹介したあと、コバーン記者は、直截にこう指摘する。「彼女の物語は、ブッシュ大統領の最後のギャンブルになるかもしれない、バグダッド制圧のための米軍増派が負け戦におわる公算が高いことを示している」と。
コバーン記者は、バグダッドには無数のリナさんがいる、と言っているのである。武装抵抗勢力だけでなく、彼女のようなふつうのバグダッド市民が米軍を待ち構えているのだ。バグダッドはレジスタンスの市街戦の街と化す、のである。
世論調査によれば、ふつうのイラク人の「六一%が米軍への武装攻撃を承認している」おり、それは「スンニ派、シーア派双方の大多数を占める」と。
本書の最後にもあるように、コバーン記者は米軍がたとえ倍増されたとしても、イラク制圧は不可能と見ている。米軍のバグダッド制圧も、ブッシュ政権の思惑通りには行かないだろう。
リナさんらバグダッド市民の前には、混乱と苦難、あるのみである……。
コバーン記者には本書の「続編」を期待したい。いや、必ず書いてくれるはずだ。その「続編」のカバーする期間が長くならないことを、ぼくもまた祈ることにしよう。
イラク戦争は終えなければならない戦争だ。不正義の戦争だ。
それは本書が見事に描き、証明し切った、歴史の真実である。
コバーン記者の健闘と身の安全を祈りつつ、「イラク占領」の一日も早い終結を願う。
二〇〇七年二月
訳者 大沼 安史
Posted by 大沼安史 at 08:47 午前 5.イラクから | Permalink
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2007-02-01
〔イラクから〕 米軍 バグダッド・ハイファ地区掃討 ヘクター・ライジャ軍曹の死 NYT紙が現場取材で報道 「殺られた! 一発の銃弾がすべてを変えた」
米軍がイラク政府軍とともにバグダッド市街の制圧に乗り出している。武装抵抗勢力を一掃する狙いだが、激しい抵抗に遭遇しているらしい。そんな市街戦の現場にニューヨーク・タイムズ紙の記者とカメラマンが入り、1月29日の電子版で臨場感あふれる報道を行った。
ダミヤン・ケイブ記者のルポルタージュ、「殺られた! 一発の銃弾がすべてを変えた」。
イラク戦争の戦場の実態を再現する、緊迫感あふれる記事である。
1月24日(水曜日)午前9時15分。
継続中の米陸軍ストライカー旅団に属する小隊が、ハイファ地区のアパートで掃討作戦に従事していた。
叫び声が上がった。「助けろ! 誰か殺られた」「ライジャ軍曹が頭を撃たれた」
テキサス州出身のヘクター・ライジャ2等軍曹(27歳)が、台所で撃たれたのだった。北向きの台所の窓ガラスに銃痕があった。
小隊長のマルク・ビレッツキ1等軍曹が「みんな、落ち着け」と言った。一等軍曹は肩まで震えていた。彼自身、落ち着いていなかった。
小隊の衛生兵がライジャ軍曹の防弾チョッキをグイと引いて、楽にしてあげようとしていた。
2分後、3人の兵士が居間から台所へ突進し、ライジャ軍曹を引きずり出した、軍曹は担架に乗って階下に運ばれた。9時20分ごろだった。
小隊のメンバーは居間に残っていた。ショックに凍りついていた。
小隊の仲間は言った。スナイパーが撃ったかも知れないし、イラク政府軍が撃った弾が当たったかも知れないと。
一緒に行動するはずだったイラク政府軍は勝手に進軍し、小隊は彼らとコミュニケートできなくなっていた。
台所にライジャ軍曹のヘルメットが残されていた。誰かが取りにいかなければならなかった。小隊長のビレッキー1等軍曹が言った。「また死んでほしくない。オレの指揮が間違っていたんだ」
「間違ってはいなかったと思います」と小隊の誰かが言った。
衛生兵が台所のヘルメットを回収する役を引き受けた。銃撃の危険に身を晒しながら、血だらけのヘルメットを抱いて、居間に持ち帰った。
小隊に待機の指示が出た。460メートル先の建物を空爆で破壊するので、それまで待て、とのことだった。
小隊は14時間の間に、ハイファ通りに面した8つの建物の掃討を終えていた。あと10棟、残っていた。
数時間後、小隊にライジャ軍曹の死が伝えられた。
(大沼・注)
NYT紙のこうした報道に対し、米軍は今後、ケイブ記者たちの同行取材を認めない方針を伝えた。
報道管制が強まっている。バグダッド制圧の戦いは苦戦を強いられているのだろう。
⇒
http://www.nytimes.com/2007/01/29/world/middleeast/29haifa.html?_r=1&oref=slogin
Posted by 大沼安史 at 11:34 午後 5.イラクから | Permalink
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2007-01-31
〔イラクから〕 ナジャフのカルト集団への米軍の「大勝利」 実は巡礼者らの「大量殺戮」の可能性 カルト教団の隠蔽工作に利用か? P・コバーン記者が指摘
イラク中部のシーア派聖地、ナジャフで1月28日、米軍とイラク政府軍が、シーア派宗教指導者の暗殺を企てたカルト集団を壊滅させた「大勝利」は、実は巡礼に来ていたシーア部族に対する「攻撃と大量虐殺」を糊塗する作り話である疑いが浮上している。
英紙インディペンデントのバグダッド特派員、パトリック・コバーン氏が、権威あるイラク紙、「アザマン」などの報道を元に疑惑を指摘した。
巡礼の部族の一団とともに殺戮されたとされるカルト集団「天国の戦士」は、たまたま現場近くに居合わせたことから戦闘に巻き込まれ、挙句の果ての事実の隠蔽工作に利用された公算が強い。
イラク政府軍を支援していた米軍に殺戮されたシーア派の部族は、「ハワティム」族。アシュラの祭りを祝うため、200人が徒歩でナジャフを目指していた。族長は歩行困難なことからTOYOTAのセダンに乗り、徒歩の部族員と同行、28日午前6時ごろ、ナジャフの南約1.6キロ、ザルガ地区のイラク政府軍検問所に着いた。
この巡礼の群れに対して、検問所の政府軍兵士が発砲したことから、銃撃戦となった。ハワティム部族は夜間の巡礼行進をして来たことから、自衛のため武装していた。
ザルガに住む地元の部族、「ハザイル」のメンバーは戦闘を止めさせようとしたが、逆に銃撃されたという。
政府軍兵士の要請で米軍のヘリが出動、1機が撃墜され、乗員2人が死亡(部族側は撃墜の事実を否定)。これが引き鉄になって米軍の攻撃が激化、翌29日午前4時ごろまでに、果樹園にいた部族のメンバーら120人が死亡した。(当局発表では263人が死亡、210人が負傷したとされている)
現場のザルガ地区は、カルト集団とされる「天国の戦士」が本拠を置いており、このメンバーも巻き添えになったらしい。
ハワティム族とハザイル族は、同じシーア派ながら、ナジャフを支配する一方、イラク政府の内務省を握る「イラク・イスラム最高革命評議会(SCIRI)」やダワ党と対立していたといわれる。
イラク政府当局は現場を封鎖し、負傷者の報道陣との接触を禁じている。
⇒
http://news.independent.co.uk/world/middle_east/article2201103.ece
http://www.armytimes.com/news/2007/01/apwhathappenednajaf070130/
Posted by 大沼安史 at 09:14 午後 5.イラクから | Permalink
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2007-01-27
〔イラクから〕 そしてジョニーは死を選んだ 生還した海兵隊員 苦悩の果て ミネソタに死す
米ミネソタ州の新聞、「スター・トリビューン」(電子版、1月26日付け)に、イラクから生還した海兵隊員が自宅で自殺したという記事が載っていた。
読んで、ちょっと驚いた。海兵隊員が帰還後、暮らしていた場所が「ニュー・プラーグ(プラハ)」だったからだ。
はっきりした記憶ではないので確かなことはいえないが、わたしはいちど、たぶんこのミネソタの田舎町のレストランに立ち寄り、チェコ料理を食べた。
そのときの町の様子が目に浮かんだのだ。あの町のどこかで、若い海兵隊員は苦しみの果てに死を選んだ……。そう思うと、切なくなった。
1月16日の夜だった。ミネソタの片田舎、スチュアートに住む両親のもとに、元海兵隊員、ジョナサン・シュルツさん(25歳)から電話が入った。これから自殺するという。同じような電話は、彼の友人のところにもかかっていた。
通報を受けたニュー・プラーグの警察官がドアを破って中に入ると、首を吊って死んでいた。蘇生術を試みたが、ダメだった。
ジョナサンさんは2005年の後半、イラクから生還を果たした。
戦地から父親に書いて来た手紙には、「生きて帰れるよう神様に祈っている。ひとつのからだのままで」とあった。その通り、五体満足で生還した。
ジョナサンさんは海兵隊で重機関銃の射手をしていた。仲間は彼を「ジョニー」と呼んだ。年中、パーティーをしているような、明るく愉快な男だった。
ジョニーは2004年4月のラマディーの戦いに参加した。同時期のファルージャ戦はよく知られているが、ラマディー戦は実はそれ以上の激戦だった。(わたしはこのことを、目下翻訳中のP・コバーン著、『イラク占領』で、つい最近知った)
ジョニーは戦地から、ベトナム戦争の実戦経験者の父親に、当時の模様を手紙に書き送った。
たった2日間の間に、仲間が16人も戦死したというのだ。
帰還後、実家を訪れた彼は泣きながら父親に語った。
仲間がどうやって死んでいったか、を。
自分がどうやってイラク人を殺したか、を。
眠ると、夢のなかで戦場に戻り、叫び声を上げたりした。酒を飲み、薬を飲んだ。老人ホームの復員兵を慰問したりもしたが、苦悩から逃げ出せなかった。復員兵の病院に入院を申し込んだが、順番待ちで断られた。
PTSDで苦しんでいた。なぜ、仲間が死んで自分は生き残ったのか、悔やんだ。イラクの戦地に戻ろうという気も起きた。
海兵隊の親友は言った。「ジョニーは感情のローラーコースターから降りられなかった」と。
葬儀はスチュアートのプライアー・レーク墓地で行われた。ジョニーは海兵隊の青の軍服姿で埋葬された。戦傷者に授与される「パープル・ハート」勲章を2個つけて、故郷の土に返ることになった。
トリビューン紙の記者は、冷たい風が墓地の上を切り裂いていた、と書いていた。
記事の最後に父親のジムさんのこんな言葉が紹介されていた。
He was a delayed casuality of the Iraq war.
ジョニーはイラクの戦場をミネソタに持ち帰り、遅れた戦死の道を選んだ。
わたしは三度ほどミネソタを訪れたことがあるが、春先でも寒さが身に沁みた。ジョニーの墓地を吹き渡る真冬の「ビッグ・チル」、北極下ろしは、どんなにか冷たいことだろう。
ミネソタの緑の大地を思い出しながら、ジョニーを死に追いやったものを憎んだ。
⇒
http://www.startribune.com/462/story/963363.html
Posted by 大沼安史 at 07:27 午後 5.イラクから | Permalink
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2007-01-20
〔イラクから〕 手足などを失った「切断米兵」 500人に
米誌「タイム」(電子版、1月18日付け)が報じたところによると、イラク戦争で手足などを失った「切断(Amputee)」米兵が、500人に達したそうだ。
こうした負傷兵は毎週火・金・日の夜、米ワシントン近郊のアンドリュース空軍基地に到着し、「ウォルター・リード陸軍医療センター」に入院する。
1月16日、500人目の「切断米兵」として、同センターの「切断病棟」、第57病棟に入ったのは、24歳になる伍長。
1月12日、IEDに殺られ、両足を失った。
こうした「切断」に至る負傷者は、22700人の全負傷者の2.2%を占めるという。
⇒
http://www.time.com/time/nation/article/0,8599,1580531,00.html?cnn=yes
Posted by 大沼安史 at 07:07 午後 5.イラクから | Permalink
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2006-12-29
〔イラクから〕 ナディアさんの夢 「パトリックの村」 ヒマワリの少女
カリフォルニアの新聞に、ナデイア・マカフレーさん(61歳)の「夢」が紹介されていた。イラクで死んだ彼女の長男、パトリックさんの名前を冠した「復員兵の村」をつくる「夢」だ。
目処はまだ立ってはいない。土地もなければ、金もない。
けれど、彼女はその村をきっとつくる。
記事を読んで、そう確信させられた。
彼女の「夢」には一筋の、鋼(はがね)の芯が通っている。
数年のうちに彼女が拓くその「村」には、平和があり、緑の大地があるだろう。そこへ、イラクから、アフガンから、戦闘に明け暮れた兵士が帰って来る。
その村で、戦争の傷跡を癒し、自分を、世界を取り戻すのだ。
カリフォルニア州兵、パトリック・マカフレー軍曹(34歳)が8発もの銃弾を浴びて死んだのは、2004年6月22日。
イラクのバラドでの出来事。
パトリックさんが訓練していたイラク人のグループに武装抵抗勢力がまぎれこんでいた。
3人の父親のパトリックさんが州兵に志願したのは「9・11」のあとだった。止むにやまれぬ気持ちからだった。
が、そんなパトリックさんの胸に「イラク戦争」に対する疑念が膨らむのに、そう長い時間はかからなかった。
息子の思いは母親であるナディアさんのものでもあった。
「戦死」の報を受けて、ナディアさんは怒りを爆発させた。
サクラメントの空港に息子の棺が帰ってくると知って、マスコミの人たちに招待状を送った。
ブッシュ政権が隠し通そうとする「無言の帰国」の現実を、みんなに知ってもらいたかった。
その年の暮れ、ナディアさんは他の遺族らとともにヨルダンへ向かった。イラクのファルージャで米軍の侵攻で難民化した人びとと連帯し、救援の品を贈るためだった。イラク入りしようとしたが、果たせなかった。
次の夏、テキサスのブッシュ牧場近くでの反戦行動に参加した。
ナディアさんはフランスの生まれで、少女の頃、毒ヘビに噛まれ、「臨死」を経験した。
そんなこともあって、成人してからはホスピスで働くなど、死と直面する人びとに寄り添う活動を続けて来た。
そんな彼女が思い描く「パトリック・復員兵士の村」は、こんなイメージだ。
瞑想ができて散策ができて、オーガニック農園では作物を育てることができる……。
戦場での心的外傷(PTSD)は、そうして癒されるのだ。
ナディアさんがネットにつくった、パトリックさんを偲ぶホームページにはヒマワリ畑と大輪のヒマワリの花があしらわれている。
なぜ、ヒマワリか?
パトリックさんの遺品の中にに、死の前日、バラドで撮った一枚の写真があった。
イラクの少女がパトリックさんにヒマワリの花を届けてくれたときの写真だった。
記念のポートレートだった。
パトリックさんが亡くなったバラドには黒土の道があって、ヒマワリの花が咲いていた。
パトリックさんが歩いた、そのイラクの田舎道は、ナディアさんがこれからつくる「復員兵の村」に続く道である。
ナディアさんは「パトリックの村」で、きっとそれを育てるはずだ。
イラクに平和が訪れたそのとき、バラドのヒマワリ畑を訪ね、写真の少女からイラクのヒマワリの種子をわけてもらい、それを持ち帰って、アメリカの大地で育てるはずだ。
ナディアさんは、北バークリーの小さな教会でこう語った。
「パトリックは死んではいません。彼の魂はたしかに生きていて、わたしやわたしたちのなかにいるのです」
戦争よ、死よ、驕るなかれ!
ナディアさんの「村」の実現を祈ろう!
⇒
http://www.thestate.com/mld/mercurynews/news/local/16326604.htm
http://patrick-mccaffrey.memory-of.com/
Posted by 大沼安史 at 01:06 午前 5.イラクから | Permalink
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2006-12-28
〔イラクから〕 戦場のメリークリスマス ファルージャ2006
ロサンゼルス・タイムズ紙のトニー・ペリー記者がファルージャに飛んで、米軍駐屯地のクリスマス・イブの模様を伝えて来た。
キャンプ・ファルージャ、2006年の聖夜である。
どんな様子だったか、見ることにしよう。
イブの夜、キャンプの講堂に、海兵隊員や水兵、兵士ら数百人に集まり、従軍牧師の説教を聞いたそうだ。
ミッシシッピー出身の南部バプチスト派の牧師である、ラス・キイズ海軍中尉はこう語った。「喜びなさい。歩哨に立てるときも、鉄条網の外にあるときも。羊飼いもまた野に戻らなければならないのです」
説教を受けた兵士たちは「聖し、この夜」を歌ったそうだ。
ケンタッキー出身のひとりの兵士は言った。「神の存在をここに感じる」
ファルージャの効外の米軍検問所。人造の小さなツリーにはM16自動小銃の弾倉と、イラク人から没収した偽造証明書が飾られていた。
そんな陣地を海兵第5連隊の司令官、ニコルソン大佐が巡回し、葉巻を配って歩いた。
「一生、忘れられないクリスマスになるな」と、大佐は声をかけた。
「それは今晩、どうなるか次第さ」と、ファルージャ周辺で最も危険なカルマーでの任務に出かけるクレイグ・ウィルソン伍長(21歳)は言った。
カンサスから来た27歳のジョシュ・フォスター軍曹の元へ、知らない少女からクリスマス・カードが届いた。
「メリー・クリスマス! 死なないで」とあった。
米国の反戦サイトの集計では、クリスマスの25日の犠牲者はイラク人83人と米兵6人が死亡、イラク人46人と米兵5人が負傷した。
米兵諸君、これ以上、人を殺さず、生きて帰ってくれよ。
日本のわたしからも一言、「メリークリスマス&ハッピー・ニュー・イヤー!!」
⇒
http://www.antiwar.com/updates/?articleid=10220
http://www.latimes.com/news/la-fg-iraqxmas25dec25,1,5624558.story
Posted by 大沼安史 at 12:04 午前 5.イラクから | Permalink
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2006-12-15
〔イラクから〕 米軍 ファルージャ総合病院を「襲撃」
インター・プレス・サービス(IPS)がファルージャ発で報じたところによると、米軍は12月7日、ファルージャの総合病院を襲撃、医師やスタッフを逮捕、医療活動を妨害した。
米軍の病院襲撃は、米海兵隊員が銃撃に遭い、負傷したことに端を発したらしい。
米兵は病院内に侵入すると、医師、看護師らスタッフを中庭に集め、未明まで院内の捜索活動を続けた。
(大沼・注)
死者が出なかったのが救いだ。
クリスマスを前に、病院を襲撃する米兵ら。その絶望と苛立ち。
これまた悲しい話である。
⇒
http://www.antiwar.com/jamail/?articleid=10165
Posted by 大沼安史 at 04:00 午後 5.イラクから | Permalink
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2006-12-14
〔イラクから〕 米海兵隊 女性少佐 戦死
イラクのラマディーで12月6日、路肩に仕掛けられていた爆弾が爆発、米軍のトラックに乗っていた海兵隊少佐、メガン・マクラングさん(34歳)が死亡した。
米紙が12日に報じた。
米海軍兵学校卒。
イラクで戦死した女性兵士のなかで、位は最も高い。広報を担当していたという。
トライアスロンの選手でもあった。
⇒
http://www.usatoday.com/news/world/iraq/2006-12-12-marine-mcclung_x.htm
Posted by 大沼安史 at 04:20 午後 5.イラクから | Permalink
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2006-12-09
〔イラクから〕 イラク脱出難民 増加の一途 すでに180万人にも 史上最大規模のエクソダスの恐れ
ワシントンに本部を置く「難民インターナショナル」が、イラクの国外脱出難民について、史上最大規模のエクソダスになりつつあると警告していることが、英紙ガーディアンの報道でわかった。
同紙電子版の記事内のリンクで接続される、「難民インターナショナル」の報告によると、11月時点ですでに180万人が国外に流出している。
イラク国内難民も50万人に達しており、イラク戦争による生活破壊のエスカレートぶりを物語っている。
現在、イラクの脱出難民が向かっているのは、門戸開放政策を崩していないシリアで、毎月4万人以上が押し寄せている。
ヨルダンは難民受け入れ拒否に転じ、在留許可の延長も拒むようになっている。
国際社会による支援策が求められいる。
⇒
http://www.guardian.co.uk/Iraq/Story/0,,1966333,00.html
Posted by 大沼安史 at 10:46 午後 5.イラクから | Permalink
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2006-12-01
〔イラクから〕 米軍 少女5人を殺害 生き残った1人 治療を拒否
ニューヨーク・タイムズ紙(電子版、11月29日付け)が報じたところによると、イラク西部、ハマニヤーで11月28日、戦車の砲撃を含む米軍の攻撃により、少女5人(そのうちの少なくとも1人は女の赤ちゃん)と少年、もしくは成人男性1人の5人が殺された。
ほかに少女もしくは若い女性1人が負傷して生き残ったが、米軍の治療を拒否したという。
米軍は武装抵抗勢力を掃討中の出来事だったと説明している。
(大沼・注)
少女5人、そのうち少なくとも1人は女の赤ちゃんと見られる?
遺体の損傷がよほど激しいから、こういう表現になっているのだろう。
むご過ぎる。もう、やめてくれ!
⇒
http://www.nytimes.com/2006/11/29/world/middleeast/29iraq.html?_r=1&oref=slogin&pagewanted=print
Posted by 大沼安史 at 09:59 午前 5.イラクから | Permalink
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2006-11-17
〔イラクから〕 パーキンソン病の父親にクリスマス・プレゼント 英軍女性兵士 シャロンさん、バスラに死す
イラクのバスラで、英軍兵士4人が海上攻撃を受け、死亡したことを、先日、本欄でお伝えした。
英紙インディペンデントがそのうちの1人について以下の内容の記事を載せていた。
紹介する。
◇
父親のテッドさんのもとへ、娘のシャロンさんから気の早いクリスマス・プレゼントが届いたのは、シャロンさんがイラクへ送られる1週間前だったという。
テッドさんはパーキンソン病を患っており、シャロンさんは手先の冷える父親を気遣って絹の手袋を贈ってくれた。
シャロン・エリオットさん(34歳)はテッドさんのひとり娘であり、英国陸軍の軍曹。
シャロンさんは11月12日、バスラのシャトル・アラブ水路をパトロール中、武装抵抗勢力の海上攻撃で命を落とし、テッドさんは最愛の彼女を亡くした。
英紙インディペンデントが、一人の女性兵士の死と遺族の悲しみを記事(電子版、11月15日)にしていた。
シャロンさんは軍人一家に育ち、18歳で入隊した。航空整備兵の訓練を受けていたとき知り合ったフィアンセを亡くして以来、独り、軍務を続けていた。バスラに送られたときは、心理戦の部隊に所属していたという。
やさしい人だったそうだ。イラクに行く前は、癌にかかった友だちを支えていた。
テッドさんら両親は彼女にクリスマス・プレゼントを送ろうと、バスラの住所を知らせる連絡を待っていた。
代わりに悲報が届いた。
彼女の悲しい死を悼む。
Posted by 大沼安史 at 10:30 午前 5.イラクから | Permalink
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2006-11-16
〔イラクから〕 帰還した女性兵士が自殺
イラクから、ニューヨーク州北部クリフトン・パークの自宅に帰還したひとりの米軍女性兵士が銃で自殺していたことがわかった。
夫と子どもたちものに生還を果しながら、PTSDが彼女の生きる意欲を奪った。
米海軍の衛生兵のジャンヌ・ミッチエルさん(33歳)。
ジャンヌさんはイラク南部の、米軍刑務所、キャンプ・ブカで任務に就いていた。キャンプ・ブカでは昨年(2005年)に、拘束されたイラク人たちが反抗、4人が射殺される事件が起きている。
ジェンヌさんは任務中、うつ病の治療薬をのんでいた。
ジャンヌさんは、夫と3人の子を持つ母親だった。
間もなく5年の任務を終えて、除隊するところだった。
⇒
http://www.editorandpublisher.com/eandp/search/article_display.jsp?vnu_content_id=1003381399
Posted by 大沼安史 at 10:40 午前 5.イラクから | Permalink
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2006-11-13
〔イラクから〕 武装勢力 初の海上攻撃 バスラのシャトル・アラブ水路 係留船の爆弾が爆発 水上パトロールの英兵4人が死亡
イラク南部バスラの、ペルシャ湾を結ぶシャトル・アラブ水路で11月12日、水上パトロール中の英軍艦艇の至近距離で、係留船に仕掛けられていた爆弾が爆発、英兵4人が死亡、3人が重傷を負った。
武装抵抗勢力はこれまで道路際に爆弾を仕掛けることで、米英軍に損害を与えて来たが、水上攻撃はこれが初めて。
シャトル・アラブ水路はイランとの国境にある、イラクの生命線を握る要衝。
⇒
http://news.independent.co.uk/world/middle_east/article1963589.ece
Posted by 大沼安史 at 11:35 午前 5.イラクから | Permalink
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2006-11-02
〔イラクから〕 イラク兵“尋問”法に抗議して自殺 アラビア語通訳の米軍の女性兵士 アリッサ・ピーターソンさん(27歳)
銃の暴発で死亡したとされていた米陸軍のアラビア語通訳の女性兵士(27歳)の死の真相が明らかになった。
出身地、アリゾナ州フラッグスタッフのラジオ局のジャーナリストが「連邦情報自由法」にもとづき入手した軍の公式調査文書で、女性兵士の死は、銃による自殺と判明した。
女性兵士は、イラク北西部のアルタハールにある米軍の刑務所内で2度、イラク人容疑者に対する“尋問”に参加したが、それ以降、尋問に立ち会うことを拒否、2003年9月15日、自殺した。
「尋問」がどんなやり方で行われてかは分かっていない。
アリッサさんはモルモン教徒。カリフォルニアの軍の語学学校でアラビア語を習い、イラクへ派遣された。
(大沼・注)
「尋問」は「拷問」だったのだろう。
アリッサさんはそれに耐えられなかった。
冥福をお祈り申し上げます。
⇒
http://www.editorandpublisher.com/eandp/columns/pressingissues_display.jsp?vnu_content_id=1003345862
http://www.fallenheroesmemorial.com/oif/profiles/petersonalyssar.html
Posted by 大沼安史 at 03:50 午後 5.イラクから | Permalink
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2006-11-01
〔イラクから〕 バグダッド 孤立 スンニ勢力が道路を遮断 パトリック・コクバーン記者が現地報告
英紙インディペンデントのパトリック・コクバーン記者が11月1日付けの同紙(電子版)で報じたところによると、首都バグダッドがスンニ派の武装抵抗勢力によって孤立し出している。
首都の北部と南部を中心にバクダットに向かう道路は、同派のゲリラによって遮断されてしまった。
スンニ派武装勢力はシーア派を撃退しながら、首都包囲網を狭めている。
(大沼・注)
これはイラクの現場から報道を続けるコクバーン記者のイラク北部、アルビル発の記事である。
コクバーン記者は最近、「占領―戦争とレジスタンス」という本を出版した。
取材経験と歴史的な洞察にみちた記述がすばらしい。
お薦めの本である。
⇒
http://news.independent.co.uk/world/middle_east/article1945769.ece
Posted by 大沼安史 at 10:49 午前 5.イラクから | Permalink
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2006-10-16
〔イラクから〕 イラク 無政府状態に 国民和解会議 無期延期 宗派内戦 激化
スンニ、シーア派の対立、殺し合いがエスカレートするなか、10月14日に開催される予定だった、政府主催の国民和解会議が無期延期された。
イラクはどうやら「国家」として崩壊してしまったようだ。
英紙ガーディアン(電子版、10月16日付け)の現地からの報道は、宗派抗争が内戦に進み、復讐が復讐を呼ぶ絶望的な状況にあることを伝えている。
13日の金曜日、バグダッドの北、80キロに位置するバラドの町で、シーア派の首なし遺体が17体、発見された。
同じバラドで、14日から15日にかけて、こんどはスンニ派のイラク人が少なくとも46人、殺害された。
北部のキルクークでは15日、自動車による自爆テロで少なくとも10人が死亡した。
聖なる月、「ラマダン」にもかかわらず……。
連綿として続く、イラクの悲劇。
「イラク戦争」を「忘れられた戦争」にしてはならない。
⇒
http://www.guardian.co.uk/Iraq/Story/0,,1923136,00.html
Posted by 大沼安史 at 01:08 午後 5.イラクから | Permalink
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2006-10-08
〔イラクから〕 「ハムダニアの虐殺」 軍事法廷で明るみに “身代わり”で殺されたハシムさん(52歳) 米兵が「処刑」
イラクのバグダッド近郊、ハムダニアでことし4月に起きた、住民虐殺事件の全容が、米軍の軍事法廷で明らかになった。
デイリー・ヨミウリが8日に報じたロイター電によると、虐殺の現場に居合わせた3等下士官(衛生兵)、メルソン・バコス被告(21歳)が軍事法廷で証言し、事件の真相がわかった。
それによると、バコス被告ら海兵隊員が、アググレーブ刑務所から脱走したテロリストだとして殺害したハシム・イブラヒーム・アワッドさん(52歳)は、実は海兵隊員が追っていた男の隣に、たまたま住んでいただけ。それに以外、何のかかわりもないのに、海兵隊員は腹いせにハシムさんを捕まえ、処刑スタイルで銃殺した。
主犯格の軍曹がハシムさんの頭に3発、もうひとりの海兵隊員が胸に7発から10発の弾を撃ち込んだ。
バコス被告はその場に居合わせたが、ハシムさんの解放を示唆しただけで、虐殺を見逃した。
海兵隊たちはハシムさんの家にあったAK-47ライフルを発射し、海兵隊に応戦したかのようにみせかていたほか、遺体のそばにシャベルを置き、路肩に爆弾を仕掛けようとしていた風を装っていた。
6日、カルフォルニア州のペンドルトン駐屯地で開かれた軍事法廷で、バコク被告に対して懲役10年の刑が言い渡されたが、司法取引により、同1年に減刑された。
ハシムさんには11人の子どもと4人のお孫さんがいた。
(大沼・注)
ふつうの若者たちが兵士としてイラクの戦場に送り込まれ、虐殺事件を引き起こした。その若者たちを軍事法廷で裁くというなら、ブッシュ政権は国際刑事裁判所で裁かれるべきである。
「ハムダニアの虐殺」の「主犯」どもは、ワシントンにいる。
Posted by 大沼安史 at 01:16 午後 5.イラクから | Permalink
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2006-07-05
〔イラクから〕 米軍 ラマディー制圧を断念? 州庁舎に立てこもり 周囲を空き地にして要塞化
ラマディーでの戦闘の実相が、ニューヨーク・タイムズ紙の従軍記者のレポートで明らかになった。
同紙(電子版、7月5日付け)が報じたところによると、ラマディー市街中心部になあるアンバール州の州庁舎は米軍のものとなっているが、武装勢力による抵抗が激しいことから、立てこもり戦術に切り替え、周辺の市街地をブルドーザーで「空き地化」して、長期戦に備える方針だ。
現地に3年も駐留し続けてきた米軍が、ついにラマディー市内の制圧を、事実上、放棄したことになる。
同紙の従軍記者によれば、海兵隊が陣取っている州庁舎はトイレが壊れるなど悪臭がひどく、兵士たちはバッグに排便し、外に運び出して燃やしている状態だ。シャワーもほとんど浴びることができず、劣悪な環境下にいる。
しかし、日中、摂氏48度にもなる外に一歩出れば、武装抵抗勢力の狙撃に遭うなど、危険はいっぱい。このため、現地の海兵隊は州庁舎の周囲の建物をブルドーザーで撤去し、空き地の安全地帯(グリーン・ゾーン)をつくって立てこもりを続ける方針だ。
海兵隊の負傷者も続出している。
ニューヨークのブロンクス出身のデル・ガウディオ大尉は、同紙の記者に対して、部下の上等兵4人が負傷した、と語った。
ふくらはぎを撃たれた上等兵、足を撃たれた上等兵、顔面に砲弾の破片を食らった上等兵、のどに砲弾の破片を受けた上等兵。
州庁舎に陣取る海兵隊は「キロ中隊」。
庁舎内の壁に中隊のTシャツが貼ってあり、そこにいろんな書き込みがしてあるという。
そのひとつは、こう戦場の真実を告げている。
「キロ中隊。癌よりも多くの人間を殺す(killed)」
⇒
http://www.nytimes.com/2006/07/05/world/middleeast/05ramadi.html?hp&ex=1152158400&en=104e94f70fcc90a0&ei=5094&partner=homepage
Posted by 大沼安史 at 04:22 午後 5.イラクから | Permalink
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2006-07-01
〔イラクから〕 米兵5人 イラク人女性をレイプ・殺害 彼女の家族3人も殺害 同僚の告発で明るみに
英紙ガーディアン(電子版、7月1日付け)によると、バグダッドの南、約30キロにあるマーモウディアで「数ヵ月前」、米兵5人が若いイラク人女性をレンプして殺害し、彼女の弟とみられる子ども1人を含む家族3人を殺していた疑いが、同僚兵士2人の告発で浮上、ペンタゴン(米国防総省)が調査を始めた。女性は、焼かれてもいたという。
集団で強姦と殺人を行ったをみられるのは、ケンタッキー州フォート・キャンベル基地からイラクに送られた米陸軍第502歩兵連隊の所属する兵士たちで、武装解除の上、身柄を拘束されている。
同僚兵士らは、彼らの軍服に血が付いているのに気づき、彼らが事件を話しているのを耳にして、6月23日に告発した。
(大沼・注)
戦場に送られ、「戦争の犬」と化した、アメリカの若者たち。
裁かれるべきは、彼らをそこまで追い込んだ、アメリカの権力者たちである。
⇒
http://www.guardian.co.uk/Iraq/Story/0,,1810326,00.html
Posted by 大沼安史 at 09:02 午前 5.イラクから | Permalink
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2006-06-30
〔イラクから〕 「華氏911」の勧誘曹長 戦死
英紙、タイムズの報道によると、マイケル・ムーア監督の映画、「華氏911」に、米ミシガン州フリントのスーパーで若者を軍に勧誘するリクルーターとして登場していた、米海兵隊のレイモンド・プロウハール曹長が6月26日、イラクのアンバール郡で戦死した。30歳だった。
乗っていた車両を狙って、ロードサイド爆弾が爆発した。
1995年に海兵隊に入隊。親類の男性に腎臓を提供したあと、4年間、現役を退いていた。
フリントでは60人以上の若者を入隊させたという。
父親のレイモンドさんは、「いまわれわれがイラクから逃げ出したら、息子の死は意味のないものになるし、私自身、おかしくなってしまうだろう」と語った。
⇒
http://www.timesonline.co.uk/article/0,,11069-2250131,00.html
Posted by 大沼安史 at 12:53 午後 5.イラクから | Permalink
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2006-06-28
〔イラクから〕 戦争難民 130万人に
国連のバグダッド駐在部は6月27日、イラクの戦争難民が130万人に達している、とする声明を発表した。
難民化は、ことし2月のサマワのアスカリーア・モスク爆破事件が引き鉄をひいた宗派対立のなかでさらに加速し、この4カ月間に新たに15万人が住み慣れた居場所を失っている。
AP通信が報じた。
⇒
http://www.thestate.com/mld/thestate/news/world/14915280.htm
Posted by 大沼安史 at 05:02 午後 5.イラクから | Permalink
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2006-06-27
〔イラクから〕 米軍、ラマディーに侵攻開始
米軍のラマディー侵攻が6月25日夜から始まった。
ニューヨーク・タイムズ紙(電子版、27日付け)によると、米軍250人、イラク政府軍150人の計400人が市内西部から中心部に向かって進撃を開始し、占拠した住宅地の一画に前線基地を置いた。
同紙によれば、ラマディーを包囲している米軍は、市内への侵攻に慎重な姿勢を見せている。2004年11月のファルージャ侵攻時のように一気呵成ではなく、時間をかけ制圧地を広げていく考え。
27日の月曜日には、武装勢力1人を殺害したが、若い米軍兵士を迫撃砲弾で失った。
現地に3週間前送り込まれた、「第一装甲師団第一旅団」の兵士で、同旅団のラマディーでの戦死者はこれで6人目。
迫撃砲弾の破片を胸に受けた米兵は野戦病院に運ばれたが、亡くなった。
同紙は、道路に転がる、その兵士の血まみれブーツの片方の写真を載せた。
⇒
http://www.nytimes.com/2006/06/27/world/middleeast/27ramadi.html
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2006-06-21
〔イラクから〕 「ブッシュ政権は無計画」 誘拐され殺害された米兵のおじ、怒り、ぶつける
何者かに誘拐され行方不明になっていた米兵2人が6月20日、バグダッドの南、ユスフィアのゴミ捨て場で、遺体となって発見された。
クリスチャン・メンチャカさん(23歳)とトーマス・タッカーさん(25歳)。
英紙ガーディアンによれば、拷問されたうえ斬首されていた模様だ。
クリスチャンさんのおじのケンさんは、NBCテレビの番組で、こう言ってブッシュ政権を批判した。
「政府がまともな計画を立てていないから、おれの甥っ子は自分の命で支払わなければならなかった」
(In Brownsville in Texas, Pte Menchaca's uncle, Ken Mackenzie, blamed the Bush administration for his nephew's death. "Because the US government did not have a plan in place, my nephew has paid for it with his life," he told NBC television.)
(大沼・注)
クリスチャンさんはテキサス州(トーマスさんはオレゴン州)の出身。
おじのケンさんは同州の田舎町、ブラウンズヴィルに住んでいる。
テキサスはブッシュの出身地。そういうところからも草の根の怒りが噴き出したことに注目したい。
今回の米兵殺害、またしても「イラクのアルカイダ」の仕業、とか。
ザルカゥイ殺害後、米国人の敵意をあおるキャンペーンが、またしてもグッドタイミングで始まった。
☆ 大沼訳・新刊案内: 『世界一 素敵な学校 ~ サドベリー・バレー物語』(ダニエル・グリーンバーグ著、緑風出版)
⇒
http://www.guardian.co.uk/Iraq/Story/0,,1802211,00.html
Posted by 大沼安史 at 02:21 午後 5.イラクから | Permalink
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2006-06-15
〔イラクから〕 「イラク人の恋人の家族を皆殺し」 海兵隊伍長(23歳)が自作の歌 「ジョーク」と釈明
米海兵隊の伍長(23歳)が昨年9月、駐留先のイラクでキャンプの舞台に上がり、ギター片手に自作の歌を歌う場面のビデオがネット上で流れ、問題視されている。
イラク人の家族をM16自動小銃で皆殺しにするという歌詞。
現在、米国内ノースカロライナ州に帰還している当人は「ジョーク」と釈明しているが、イスラム関係者から非難の声が上がっている。
同州ジャクソンビルの地元紙、デイリー・ニューズ(電子版、6月14日付け)が、当人にインタビューして報じた。
それによると、「ハディジ・ガール」という歌を自作自演したのは、ジャソンビル出身のジョシュア・ベリー伍長。
同紙によると、伍長の自作の歌の歌詞は以下のような内容だ。
♪ 若い海兵のオレはね、イラク人の女性と恋仲になったんだ。彼女と一緒に家に行くと、恋人はその場で親に撃ち殺されてしまう。海兵は恋人の妹を盾にとるが、その妹も「両目の間から血を噴き出し」て死んでしまった。オレは狂ったように笑い、冷蔵庫のかげに隠れてM16ライフルを装填してぶっ放し、ヤツラを「永遠へと」送り込んでやったのさ。
ビデオは下記の同紙の記事の最後の部分をクリックすることで視聴できるが、会場には伍長の演奏の間、仲間の歓声と笑いが響き渡っていて、海兵たちがこの歌を楽しんでいたことがわかる。
海兵たちには「楽しい歌」だろうが、聴けばきくほど、「悲しくなる歌」だ。
⇒
http://www.jacksonvilledailynews.com/SiteProcessor.cfm?Template=/GlobalTemplates/Details.cfm&StoryID=42520&Section=News
Posted by 大沼安史 at 03:44 午後 5.イラクから | Permalink
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〔イラクから〕 サマワの妊婦殺害は米兵の背後からの狙撃 新証言をIPSが報道
インター・プレス・サービス(IPS)がバグダッド発で6月13日に伝えたところによると、5月3日、サマワで、産気づいた35歳のイラク人女性が車で病院に向かう途中、米軍に撃たれて死亡した事件は、米兵の狙撃によるものとわかった。
バグダッドにいるアメリカ人ブログ・ジャーナリスト、ダール・ジャマイル氏らに、イラク人権団体の調査員が明らかにした。
女性は後部座席に乗っており、車の後方から狙撃され、頭を後ろから撃ちぬかれていたという。
車を運転していた女性も同様に、背後から頭部を撃たれていた。
この証言により、近づいて来る不審な車両に対し、米軍がその前方から射撃を加えたとの米軍のストーリーは崩れた。
☆ 大沼訳・新刊案内: 『世界一 素敵な学校 ~ サドベリー・バレー物語』(ダニエル・グリーンバーグ著、緑風出版)
⇒
http://www.ipsnews.net
Posted by 大沼安史 at 09:24 午前 5.イラクから | Permalink
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2006-06-13
〔イラクから〕 ザルカウィを米兵がなぶり殺し イラク警察官幹部も証言
米ロサンゼルス・タイムズ(電子版、6月11日付け)が報じたところによると、ザルカウィが死亡した当時、現場にいたイラク人警官幹部が、米兵によるザルカウィなぶり殺しを証言した。
それによると、現場に駆けつけたイラク警官隊はザルカウィを発見し、担架で救急車に運び込んだ。しかし、米兵らが担架から引きずり下ろし、地面に倒した。
米兵のひとりがザルカウィを尋問しようとしながら、何度も胸を踏みつけた。
その結果、口や鼻から血が噴き出た。
警察幹部は匿名を条件に同紙に証言した。
☆ 大沼訳・新刊案内: 『世界一 素敵な学校 ~ サドベリー・バレー物語』(ダニエル・グリーンバーグ著、緑風出版)
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http://www.latimes.com/news/nationworld/world/la-fg-zarqawi11jun11,1,6975879.story
Posted by 大沼安史 at 01:10 午後 5.イラクから | Permalink
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〔イラクから〕 米軍 ラマディーを包囲 市民 脱出を開始 第2のファルージャの恐れ
米ロサンゼルス・タイムズ紙(電子版、6月11日付け)によると、スンニ派武装抵抗勢力の拠点、ラマディーに対する米軍の攻撃が近く開始される模様だ。
米軍は現地に1500人を増派し、イラク政府軍とともに包囲を終えており、掃討作戦はすでに始まっている可能性もある。
この点に関して、米軍当局者は肯定も否定もしていない。
こうしたなかで市民がラマディーから脱出する動きが出ている。
ファルージャのような悲劇の二の舞を恐れているのだ。
アルアンバール州の州都である人口40万のラマディーは、武装ゲリラが公然と活動するレジスタンスの拠点。
前州知事のガウード氏は同紙の取材に対し、「状況は破局的だ。行政サービスも電気も水もない」「ラマディーの市民はふたつの悪疫にとらわれている。それは武装勢力と米軍・イラク政府軍だ」と語った。
☆ 大沼訳・新刊案内: 『世界一 素敵な学校 ~ サドベリー・バレー物語』(ダニエル・グリーンバーグ著、緑風出版)
⇒
http://www.latimes.com/news/printedition/la-fg-ramadi11jun11,1,1577717.story
Posted by 大沼安史 at 09:33 午前 5.イラクから | Permalink
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2006-06-12
〔イラクから〕 米兵がなぶり殺し 「ザルカウィ」暗殺に新たな目撃者
ザルカウィ暗殺をめぐり、新たな目撃者が現れた。
バグダッド発のAP電(6月9日付け)によると、目撃したのは、モハメドと名乗る近所に住むイラク人男性で、
■(負傷した)ザルカウィに似たひげ面の男が灌漑用水のそばに横たわっているのを村人が発見、救急車に乗せた。
■ そのあと米軍の兵士がやってきて、男を救急車から引きずり出し、腹を殴打してから頭に服をかぶせ、死ぬまで胃や胸の上に乗って踏みつけた。男は鼻から血を出した。
――と証言した。
AP電ではこのひげ面の男がザラカウィとは断定していないが、11日付けのワシントン・ポスト紙は、「アーメド・モハメド」という村民が証言で、重傷を負ったザラカウィを、現場に駆けつけた米兵が、名を名乗るよう要求しながら、殴るけるの暴行を加えたという。
一方、カナダのオタワ大学の教授で、「グローバル・リサーチ研究所」の代表をつとめるマイケル・チョスドフスキー氏は11日、米軍がザラカウィのアジトに投下した誘導爆弾にふれ、最初の1発は「GBU-12」型というもので、レーザー誘導型。誤差8メートル以内という精度を誇る。2発目は「GBU-38]で、こちらは衛星によって目標に導かれるタイプ。2発とも500ポンド爆弾で、「その破壊力」のすさまじさで知られている、と指摘した。
そんなトンデモない爆弾を浴びながら、まるでベッドの上で息をひきとったようなザラカウィの死に顔。
米軍発表は、にわかには信じがたいトンデモ・ストーリーである。
ところで、APに証言したモハメドの目撃が事実であり、先に本ブログで紹介したニューヨーク・タイムズ電の中身が本当なら、次のようなストーリーが考えられる。
● 米軍は地上部隊がまず、ヘリや戦闘機の支援を受けてアジトを攻撃し、交戦状態となった。
● ザラカウィは負傷しながら包囲網を突破して脱出を試みたが、灌漑用水のところで力尽き、身動きできずに倒れた。
● それを村人たちが見つけ、救急車に乗せて救おうとした。
● それを知った米兵がザラカウィをその場でなぶり殺しで殺害した。
● その殺害が終わったあと、米軍のF16戦闘機が2機現場に飛来し、誘導爆弾を2発、投下し、命中させた。
● バクダッドの在イラク米軍は、その「空爆」でザラカウィは死亡と、いったんは発表。翌日、(おそらくは目撃者がいたことから)ザラカウィが空爆後、虫の息で生きていたと発表を訂正して、辻褄を合わせようとした。
つまり米軍は最初からザラカウィを生け捕ることを考えていなかったわけである。
それはなぜか?
ここに事件を解くかぎがある。
⇒
http://globalresearch.ca/index.php?context=viewArticle&code=CHO20060611&articleId=2630
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2006/06/10/AR2006061000528.html
Posted by 大沼安史 at 01:52 午後 5.イラクから | Permalink
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2006-06-09
〔イラクから〕 「ハデサ事件と同じような虐殺事件は、ほかにもまだ蓋されたまま、たくさんある」 イラク人医師の証言
「ハデサ事件」が起きた昨年11月当時、ハデサにいたイラク人医師のサラム・イシュマエル氏が、インター・プレス・サービス(IPS)の取材に対し、「ハデサ事件と同じような虐殺事件は、ほかにもまだ蓋されたまま、たくさんある」と証言した。
IPSが6月7日に報じた。
それによると、ハデサは虐殺が起きた当時、米軍によって電気、水道がカットされ、病院、薬局も攻撃を受けた。
病院は3度、攻撃され、昨年11月には米軍とイラク政府軍によって7日間、占拠された。
「これはジュネーブ条約に違反する行為だ」と、イシュマエル氏は語った。
同氏によると、米軍兵士は病院に実弾を撃ち込んで来た。医師全員に手錠をかけ、薬品の在庫をすべて破壊した。挙句の果てに米兵は、ベッドに横たわる患者を1人、射殺して行った。
同氏はバグダッド医療市民病院に医師として勤務のあと、北部の都市、モスルで米軍の医療通訳としても働いたことがある。現在、「イラクのための医師」のプロジェクト・マネージャー。
☆ 大沼訳・新刊案内: 『世界一 素敵な学校 ~ サドベリー・バレー物語』(ダニエル・グリーンバーグ著、緑風出版)
⇒
http://www.commondreams.org/headlines06/0607-02.htm
Posted by 大沼安史 at 10:38 午前 5.イラクから | Permalink
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2006-06-07
〔イラクから〕 「びっこのハシム」が殺された! ハムダニア村の虐殺
バグダッド発のワシントン・ポスト電(電子版、6月5日付け)が住民、親族らの話として伝えたところによると、ことし4月26日未明、バグダッドの西、アルグレイブのそばのハムダニヤ村で、「びっこのハシム」と呼ばれる、足の不自由な52歳の男性が、米海兵隊に家から引きずり出され、顔を4回撃たれて殺された。
ハシムさんの息子、ナシールさん(26歳)の同紙に対する証言によると、同日午前2時ごろ、海兵隊が家のドアをたたき、応対に出たハシムさんを綿のローブのまま連れ出した。
それから30分も経たないうちに家の外で射撃音が響いた。
ナシールさんらは夜が明けてから、ハシムさんを探しに出た。
家から400メートルほど離れた道路わきに大きな穴が掘ってあった。現場は血にまみれ、プラスチックの手袋が捨てられていた。
ハシムさんを探す家族に村人は、米兵がハシムさんの遺体を警察署に運んだことを告げた。
ハシムさんの遺体は最終的に、アルグレイブの病院で見つかった。
海兵隊はハシムさんの殺害したあと、別の村人からライフルとシャベルを借りて、ハシムさんの遺体のそばに置いていた。
ハシムさんを、ロードサイド爆弾を仕掛けた者にでっちあげる工作だった。
ハシムさんを射殺した海兵隊員は取り調べに対し、ハシムさんが家の近くで爆弾用の穴を掘っていたので射殺したと言っている。
ハシムさんの家族によれば、事件後、海兵隊員がやってきて、金を出すから口裏を合わせてくれ、と頼んだという。
☆ 大沼訳・新刊案内: 『世界一 素敵な学校 ~ サドベリー・バレー物語』(ダニエル・グリーンバーグ著、緑風出版)
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http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2006/06/04/AR2006060400797_pf.html
Posted by 大沼安史 at 02:57 午後 5.イラクから | Permalink
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〔イラクから〕 ファルージャ化するラマディー
バグダッドの西100キロの都市、ラマディーが、第2のファルージャと化している。インター・プレス・サービス(IPS)がヨルダンのアンマン発で伝えた。
現地の様子を見たイラク人がアンマンに来て次のように証言した。
・ラマディーのメーンストリート沿いの建物は破壊されている。建物の屋上にはテントが張られ、そこに狙撃兵(米兵)がいる。戦闘が始まったら、身を隠す。車は止める。動くものはみな狙撃される。
・アメリカの狙撃兵は民間人と戦闘員を区別しない。動けば撃つ。ダーティーなやり方だ。おかげでたくさんの市民が殺された。
米軍はラマディーで立ち入り禁止区域を設定している。しかし、その場所がどこなのか知らないものもいる。知らないで立ち入って撃ち殺されている。
そんな区域のひとつがメーンストリートだ。
その通りを直進することはできない。右か左に曲がるしかない。
・メーンストリートはコンクリートのブロックではなく狙撃兵で閉鎖されている。立ち入り禁止の標識もない。地元の人は知っていても、バグダッドから来た人は知らない。数メートル、進んだ先で狙撃されることを。
アンマンでIPSに証言したイラク人は、ラマディーに数日間、滞在してやって来た。
証言によれば、ラマディーの街のかなりの部分を武装抵抗勢力が支配下においているという。
・彼からは地域を支配している。そしてとても自信を持っている。マスクで顔を隠そうともしない。アメリカ人は彼らから距離をおいている。アメリカ人は白兵戦では勝てない。それで圧倒的な空軍力を動員し、爆撃を行っている。
家々は破壊され、住民サービスも途絶えた。
・発電所や浄水場、水道が爆撃された。自家発電している家もある。住民サービスは完全に破壊された。
ラマディーに入る、ユーフラテス川にかかる橋では米軍が検問している。4時間も待たされる。
陸の孤島と化しはじめたラマディー。
・電話局も攻撃された。建物ごと完全に破壊された。駅もそうだ。100%、破壊された。くる日もくる日も、F16が爆撃した。
そんなラマディーでは、いろんな部族がいる街なのに、住民たちの間で秩序は保たれている。
アンマンで証言したイラク人は、ラマディーで、ひとりの少年が撃ち殺されるところを目の当たりにした。
・朝の8時ごろのことだった。教科書を持って、学校へ行こうと通りを横断していた。突然、倒れた。足の具合が悪くて転んだのかなと思ったけれど、いくら経っても動かない。わたしは分かった、というか感じていた。狙撃兵が男の子を撃ったということを。
・ハイサムという少年のきょうだいの一人が救い出そうと、2歩、進んだところで撃たれた。狙撃はわずかにハイサムを外した。路上に倒れた少年は数時間もそのまま放置されていた。頭を撃たれていた。
別のラマディー住民がIPSに証言したところでは、5月にその住民の家に米軍が押し入り、屋上を占拠した。狙撃するためだ。家族は1階の部屋に押し込められてた。
その住民は言った。
・屋根から狙撃する射撃音がときどき聞こえてきた。やつらはおれの家を殺人の道具にした。
(大沼・注)
こんなラマディーの様子を伝えてくれた、世界の民衆に足場をおく通信社、IPSに敬意を表する。
米軍同行取材ではない、その草の根からの報道に期待したい。
本ブログでも、IPSのイラク・レポートを報じていくつもりである。
☆ 大沼訳・新刊案内: 『世界一 素敵な学校 ~ サドベリー・バレー物語』(ダニエル・グリーンバーグ著、緑風出版)
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http://www.ipsnews.net/news.asp?idnews=33496
Posted by 大沼安史 at 02:22 午後 5.イラクから | Permalink
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2006-06-05
〔イラクから〕「イシャキ事件」 虐殺された住民の写真を報道
Posted by 大沼安史 at 04:01 午後 5.イラクから | Permalink
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〔イラクから〕 「ハデサ事件」の海兵隊 規律「完全崩壊」 海兵の妻が英紙に証言
「ハデサ事件」を引き起こした米海兵隊のキロ中隊に所属する兵士(曹長)の妻が、英紙ガーディアン(電子版)に対し、同中隊の規律が昨年11月の事件当時、「完全崩壊」の状態にあり、薬物・アルコール依存の問題も起きていた、と証言した。
証言によると、規律が崩壊したのは、同中隊の部隊がイラク戦争最大の激戦地、ファルージャから転進した昨年初め以来のこと。
ハデサ事件で住民を虐殺した海兵たちについて妻は、「(薬物の)スピードか何かを服用していた可能性が高い」と語った。
(大沼・注)
薬物に頼らなければならない、アメリカの若い兵士たち。
不正義の戦いだからこそ、規律が「完全崩壊」したのだろう。
無残な話ではある。
☆ 大沼訳・新刊案内: 『世界一 素敵な学校 ~ サドベリー・バレー物語』(ダニエル・グリーンバーグ著、緑風出版)
⇒
http://www.guardian.co.uk/Iraq/Story/0,,1790499,00.html
Posted by 大沼安史 at 09:52 午前 5.イラクから | Permalink
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2006-06-02
〔イラクから〕 「日常的な現象」 イラク首相 米軍の住民虐殺で指摘
イラクのマリキ首相は6月1日、米軍によるイラク住民の虐殺は「日常的な現象」で、「イラク人を尊敬していない」米軍だからできることだと、厳しく指摘した。
住民への「習慣化した攻撃」を非難した首相コメントを伝えたのは、2日付けのニューヨーク・タイムズ紙(電子版)。
首相はまた「米軍は車で突っ込み、疑惑があるというだけで(住民を)殺している。これはまったく受け入れられないことだ」と語った。
(大沼・注)
「ハデサ事件」や「妊婦射殺」は、イラク戦争の終結を速めるものになるかも知れない。
イラクの宗派対立を超えた「反米ナショナリズム」の行方に注目!
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⇒
http://www.nytimes.com/2006/06/02/world/middleeast/02iraq.html?hp&ex=1149307200&en=803814ac058b8fe6&ei=5094&partner=homepage
Posted by 大沼安史 at 03:06 午後 5.イラクから | Permalink
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〔イラクから〕 米軍による新たな虐殺事件 「イシャキ事件」が発覚 BBCが現場のビデオを入手
米軍による住民虐殺事件がまた明るみに出た。
ことし3月15日、バグダッドの北100キロにあるイシャキ(Ishaqi)で起きた事件の現場ビデオを、英BBC放送が入手して報じた。
米軍は、重砲火で住宅が倒壊し、アルカイダ支持者の容疑者1人と2人の女性、こども1人の4人が死亡したと発表していたが、イラク警察は、米軍が家のなかにいた、婦女子を含む住民11人を射殺したあと、建物を爆破した、としている。
下記(⇒)のBBCが編集したビデオには、虐殺の様子が映し出されており、11人の遺体のなかには「75歳の祖母と生後6ヵ月の赤ちゃんも含まれており、頭や腹を撃たれて死んでいた。殺されたあと、爆破された」とのイラク警察官の証言がナレーションで紹介されている。
BBCがネットで公開しているこのビデオには、サマラでの妊婦射殺事件の映像も含まれている。
☆ 大沼訳・新刊案内: 『世界一 素敵な学校 ~ サドベリー・バレー物語』(ダニエル・グリーンバーグ著、緑風出版)
⇒
http://news.bbc.co.uk/1/hi/world/middle_east/5039420.stm
Posted by 大沼安史 at 02:46 午後 5.イラクから | Permalink
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2006-06-01
〔イラクから〕 米軍 産院に向かう臨月のイラク人妊婦を射殺
ひどいニュースが、イラクから伝わって来た。
ニューヨーク・タイムズ(電子版、5月31日付け)が掲載したバグダッド発のAP電によると、5月29日、バグダッドの北にあるサマワで、産気づき車で産院に向かう途中のイラク人女性、ナビーハ・ニサイフ・ジャシムさん(35歳)が米兵に撃たれて死亡した。
出産するはずの産院では、夫と二人の息子が先に来て待っていた。
ナビーハさんの遺体は産院に運ばれ、医師らはおなかの赤ちゃんを取り出そうと懸命に努力したが、無駄だった。
悲しい話だ。
☆ 大沼訳・新刊案内: 『世界一 素敵な学校 ~ サドベリー・バレー物語』(ダニエル・グリーンバーグ著、緑風出版)
⇒
http://www.timesonline.co.uk/newspaper/0,,173-2205982,00.html
Posted by 大沼安史 at 03:34 午後 5.イラクから | Permalink
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〔イラクから〕 サマラでも住民虐殺 生き残った一家の主、ロイター通信に証言
「ハデサ事件」に続き、サマラでことし5月4日に起きた住民虐殺事件が、ロイター通信の報道で明るみに出た。
妻と2人の子を米軍に殺された一家の主が、同通信社の取材に対し証言した。
証言したのは、ゼダン・カラフ・ハビビさん(66歳)で、妻のジャスミンさん(60歳)と、知恵遅れの息子のカーリドさん(40歳)、そして20歳になる娘のアナムさんの3人を米兵に殺された。
ハビビさん自身、米兵が部屋に突入してきた際、腕を撃たれた。
部屋には、近くで起きた銃撃戦から逃げてきた15人が集まっていた。
生き残ったハビビさんの娘の話によると、米兵はカーリドさんのそばに銃をおいて写真撮影して引き揚げていったという。
サマラはバグダッドの北にある、スンニ派の拠点都市。
現地を管轄する米軍(第101空挺師団)のスポークスマンによると、「(米軍に対する)攻撃を計画していた家のなかで、氏名不詳の2人の男と1人の女性を殺した」としている。
(攻撃を計画していたから殺した、というとんでもない説明である―大沼)
一方、米軍との調整作業にあたる「合同調整委員会」のイラク側現地委員、ファディヒル・モハマド大佐は5月6日、声明を発表し、「5月4日午後7時、部隊が民家に侵入し、3人を殺害、2人を負傷させた」と述べ、死者を「殉教者」と表現した。この表現は罪もないのに殺された民間人に対し、使うものだという。
(大沼・注)
「サマラ事件」とも呼ぶべき住民虐殺が発覚した。
これまた、氷山の一角であるに違いない。
新刊案内: 『世界一 素敵な学校 ~ サドベリー・バレー物語』(ダニエル・グリーンバーグ著、緑風出版)
⇒
http://today.reuters.com/news/newsArticle.aspx?type=newsOne&storyid=2006-05-31T145905Z_01_MAC149206_RTRUKOT_0_TEXT0.xml&WTmodLoc=NewsArt-L1-RelatedNews-3
Posted by 大沼安史 at 02:58 午後 5.イラクから | Permalink
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〔イラクから〕 バスラに戒厳令
英紙ガーディアン(電子版)によると、英軍が駐留するイラク南部の都市、バスラに5月31日、戒厳令が敷かれた。
バスラでは5月、ロードサイド爆弾などで英兵9人が死亡、民間人も140人が犠牲になっている。
バスラには英軍8000人が展開しているが、戒厳令に伴う治安維持活動はイラク兵(第10師団)が主に担当する。
☆ 大沼訳・新刊案内: 『世界一 素敵な学校 ~ サドベリー・バレー物語』(ダニエル・グリーンバーグ著、緑風出版)
⇒
http://www.guardian.co.uk/Iraq/Story/0,,1787259,00.html
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2006-05-30
〔イラクから〕 「ハデサ事件」 頭を打ちぬかれた少女の遺体を収容 「脳(漿)がブーツに」 帰還海兵隊員が証言 心的外傷に苦しむ日々
「ハデサ事件」の現場に居合わせた、若い米海兵隊員が、米紙ロサンゼルス・タイムズ紙(電子版、5月29日付け)に、当時の模様を証言した。
証言したのは、カリフォルニア州ハンフォードの実家に帰還した海兵隊上等兵、ロエル・リヤン・ブリオネスさん(21歳)。
ブリオネスさんはファルージャ侵攻の際、負傷し、「パープル・ハート」勲章を授与された戦歴の持ち主だが、いま、イラク戦争による心的外傷に苦しんでいる。
証言によると、昨年(2005年)11月19日の午前7時過ぎのこと、所属する海兵隊キロ中隊が駐屯する「スパルタ基地」(学校の校舎に設営)から300メートル近く離れた地点で「ロードサイド(道路脇)爆弾」が炸裂し、ブリオネスさんを含む5人の部隊が呼び出された。
10分後、現場に到着。
道路脇に仕掛けられた爆弾が爆発した現場は住宅街で、煙が漂い、混乱した状況だった。
そこでブリオネスさんは、親友のミゲル・テラザス上等兵(20歳、テキサス州出身)が、破壊されたハムビー装甲車両の中で、からだを真っ二つに引き裂かれ、死んでいるのを目の当たりにする。
「顎のところに大きな穴が開き、目玉は頭蓋骨のなかにのめりこんでいました」
ブリオネスさんは戦友の遺体にポンチョをかけ、短い祈りを捧げた。
「安らかに眠ってくれ。お前はおれのブラザーだ。愛しているよ」
爆発のあと海兵隊員たちは、武装抵抗勢力を求めて掃討作戦を開始した。
近くの3軒の民家に海兵隊員たちが侵入し、虐殺を行ったのは、その最中だった。
ブリオネスさんはしかし、虐殺の模様を直接、見てはいないという。
ブリオネスさんらの部隊は、ロードサイド爆弾で負傷した2人を救助する作業にとりかかり、二人を近くのサッカー場に運んだ。ヘリで野戦病院に運ぶためだ。
ブリオネスさんたちは任務終了後、そのまま「スパルタ基地」に引き揚げたという。
親友をなくしたブリオネスさんに、次の悪夢が訪れたのは、その日の夕方のことだった。
呼び出しがかかって、現場に5時半ごろ、到着した。
ブリオネスさんはデジカメでの撮影を命じられ、電池がなくなるまで、少なくとも15人の遺体をカメラに収めた。
そのあと、ブリオネスさんの部隊は、犠牲者の遺体に数字をマークし、ボディーバッグ(死体袋)に入れる作業を命じられた。
ブリオリスさんは同僚の作業をサポートしていた。
そのとき、彼に「最悪の瞬間」がめぐって来た。
頭を撃たれた少女の遺体を自ら取り上げたときのことだ。
ロサンゼルス・タイムズ紙の記者に対し、ブリオネスさんは「こうやって取り上げた」と、腕を伸ばしてみせた。そして言った。「でも、少女に首がぴょこん、ぴょこんと上に行ったり下を向いたり。それで、頭蓋骨の中身(脳)が、ぼくの足にかかったんだ」
死んだ少女の脳(脳漿)がブーツを汚したのだ。
同紙の記者のインタビューを、涙を流しながら聞いていた母親のスージーさん(40歳)によると、ブリオネスさんはそのあと何度も、イラクから自宅に電話をかけてよこした。そのとき、ブリオネスさんは母親にこう訴えた。
「ママ、ぼくはブーツを拭えないよ。ぼくはブーツを拭えない。あの子(少女)のことが見えるんだ」
ブリオネスさんは作業を終えて、基地に引き揚げた。現場を撮影したオリンパスのデジカメを置いて、その場を離れていた最中、何者かがデータをダウンロードしたようだった。ブリオリスさんは、現場で何もみなかったふりをしようと、撮影データを全部消去した。
ことし4月の初め、カリフォルニアの実家に帰って来た。
帰宅してすぐ、とんでもないことを仕出かした。
トラックを盗んで住宅の居間に突っ込んだのだ。
母親によると、ブリオネスさんは「心的外傷」の治療を受ける一方、断酒団体にも参加して不安と闘っているそうだ。
ハデサでの、親友と少女の無残な死。
イラク戦争は、ひとりのアメリカの若者を心をズタズタに切り裂き、いまなお苛(さいな)み続けている。
☆ 大沼訳・新刊案内: 『世界一 素敵な学校 ~ サドベリー・バレー物語』(ダニエル・グリーンバーグ著、緑風出版)
⇒
http://www.latimes.com/news/nationworld/world/la-fg-marine29may29,0,2620650.story?coll=la-home-headlines
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2006-05-29
〔イラクから〕 「ハデサの虐殺」 12歳の少女も証言 隣人が見ていた米海兵隊の凶行
米ABC放送が5月28日、報じたところによると、「ハデサ事件」で新たに、12歳の少女が虐殺の模様を証言した。
イラクの人権団体、「ハムラビ人権グループ」が収録した証言のビデオテープを同放送が流した。
証言したのは、ユーニス一家でただひとり生き残ったサファさん。
「米兵らはドアをたたきました。わたしの父がドアを開けに行きました。そのとき米兵はドアの向こう側から父を撃ち殺しました。米兵はもういちどわたしの父を撃ったあと、ドアを開けました」
「そして兵士が一人現れ、わたしたち全員を撃ちました。わたしは死んだふりをしました。兵士はわたしのことに気づきませんでした」
◇
一方、英紙、タイムズ(電子版)は29日、イマンさん(本ブログ既報。10歳になる彼女は、タイムズ紙に対して、家族が虐殺される模様を証言している)一家の隣人、ラーシフさん一家の悲劇を、すぐ近くかた目撃していた、23歳になる学生の証言で描き出した。
エンジニアリングを勉強するモハメド・バシットさん(23歳)は、海兵隊員がラシーフ家に侵入するのを、自分の家の窓越しに目撃した。
ラシーフさんの妻と義理の姉(か妹)、そしてラシーフ家の5人のこどもたち(2、3、11、15歳になる娘が4人、11歳になる息子が1人)が寝室に逃げ込むのが見えた。
そしてそのあと手榴弾によるものとみられる爆発音が響き、射撃音が聞こえて来た。
翌日、海兵隊はラシーフさんの家とイマンさんの家を封鎖した。両家は20メートル離れて建っていた。
その夜、バシットさんは父親をともに、ラシーフさんの家に忍び込んだ。
そして寝室で惨たらしい光景を目の当たりにした。
「寝室は血だらけでした。内臓や人肉が地面に散らばり、ベッドの上には肝臓があった。天井まで血潮が飛び散っていました。壁など家中、銃弾で穴が開ていました」
◇
イマンさんの家族の悲劇(本ブログ既報)にも目撃者がいた。
イマンさんの隣人で、彼女のいとこにあたるアブデル・バシットさん(45歳)。
イマン家から爆発音が響いてきてから15分後のことだった。
イマンさんのおばのヒバさんが家から飛び出て来て、叫び声を上げ、アブデルさんの家に駆け込んで来た。
「やつらは虐殺した。やつらは虐殺した」
◇
誰が海兵隊員をしてそうさせたか?
ハデサの悲劇を告発する矢は、虐殺を行った当事者である海兵隊員を突き抜け、ホワイトハウスへと一直線に向かう。
責任を問われるべきは、復讐心と恐怖心に駆られ、正気を失って引き鉄をひいた海兵隊員だけではない。
⇒
http://abcnews.go.com/WNT/IraqCoverage/story?id=2015052&page=1
http://www.timesonline.co.uk/newspaper/0,,170-2201470,00.html
Posted by 大沼安史 at 09:02 午後 5.イラクから | Permalink
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2006-05-28
〔イラクから〕 母子を跪かせて…… 「ハデサの虐殺」 米海兵隊員 婦女子ら住民を「処刑」
英紙サンデー・タイムムズ(電子版)などが5月28日、一斉に報じたところによると、米海兵隊による「ハデサ事件」の虐殺のようすが写真に撮影されていた。
サンデー・タイムズ紙が入手した写真のなかには、母子がまるで祈るようにフロアに跪いている写真が含まれている。至近距離から撃たれたばかりの写真だ。
犠牲者は頭や胸を撃たれており、「処刑」スタイルで射殺された。
同紙によると、24人の犠牲者のなかには、少なくとも7人の女性と3人の子どもが含まれている。
⇒
http://www.timesonline.co.uk/article/0,,2089-2200170,00.html
http://observer.guardian.co.uk/world/story/0,,1784622,00.html
http://www.latimes.com/news/nationworld/world/la-fg-marines27may27,0,7543928.story?coll=la-home-headlines
http://www.latimes.com/news/nationworld/world/la-fg-marines28may28,0,2689.story?coll=la-home-headlines
Posted by 大沼安史 at 05:05 午後 5.イラクから | Permalink
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2006-05-27
〔イラクから〕「ハデサの虐殺」 少女は見ていた! 英紙が報道
米海兵隊が婦女子を含む非武装の住民24人を無差別に虐殺した「ハデサ事件」。その海兵隊員らによる凶行の一部始終を、10歳の少女が見ていた!
英紙タイムズが少女にインタビューし、証言を電子版(下記)で報道した。
家族が虐殺される現場に居合わせ、自ら負傷しながら生き延びて同紙に証言したのは、イマン・ハッサンさん。
証言によると、昨年(2005年)11月19日の朝、7時過ぎ、虐殺は起きた。
その朝、イマンさんはまだパジャマ姿で、学校に行く用意をしていた。
そのとき、米軍の輸送部隊が家の近くの道路を通り過ぎて行った。
道路脇に仕掛けられていた爆弾の爆発で、装甲車両のハムビーを運転していたミゲル・テラザス兵長(20歳、テキサス州エルパソ出身)が死亡したころ、イマンさんの家では、父親が隣の部屋で祈りを捧げていた。
彼女の家は軽量ブロックでできた、ふつうの2階建ての住宅だった。
道路脇の爆弾が爆発して15分後、米兵らがイマンさんの家に押し入った。武装抵抗勢力を探している様子だった。
米兵らは彼女の父親に何事かを叫んだ。そして手榴弾を、祖父母の部屋に投げ込んだ。
爆発の破片が母親に当たった。
おばが赤ちゃんを抱きかかえて、家の外に走って逃げた。
米兵らは、イマンさんの家族のほとんどが集まっていた居間のなかで銃撃した。おじのラシドさんが2階から降りてきて、家の外に逃げ出した。米兵が追跡し、射撃を加えた。
「家のなかにいた家族は、わたしと(兄か弟の)アブデル・ラーマンの2人を除いて、アメリカ人に皆、殺された」と、イマンさんは言った。「わたしは恐ろしくて動くこともできず、枕の下に隠れようとしました。足に(手榴弾の)破片が当たりました。わたしの家族はすぐには死にませんでした。わたしたちは、家族のうめき声を聞きました」
彼女の両親、祖父母、2人のおじ、そして4歳になるいとこのアブドラの7人が致命傷を負い、死亡した。
イマンさんの親類によれば、埋葬の場に、米兵の集団が来て、謝罪した。狙撃兵が人々に狙いをつけてから、謝った。
また、最近になって(いまから2ヵ月前)、1人あたり2万5000ドルの金を払いに来た。
彼女が住むハデサは、デイツ畑に囲まれた、ユーフラテス川沿いの町。武装抵抗勢力の活動が活発な地域で、事件の3ヵ月前には米兵20人が殺害されていた。いまも、米兵がパトロールしている。
イマンさんは言った。「わたしは憎んでいます。わたしたちを殺しに来て、すいませんと言っても何にもならない」
タイムズ紙は、イマンさんの証言を紹介する記事のなかで、今回の事件が、アメリカ人のベトナム戦争観を一変させた「ミライ事件」と同じ影響を及ぼす可能性を示唆した。
少女が生き延びたことで、イラク戦争の惨たらしさが、あらためて証明された。
目の前で家族を殺された少女に証言に、わたしたちは心して、耳を済ませなければならない。
「ハデサ事件」忘れまじ。
ノーモア、イラク戦争!
⇒
http://www.timesonline.co.uk/article/0,,3-2199287,00.html
Posted by 大沼安史 at 02:18 午後 5.イラクから | Permalink
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2006-05-26
〔イラクから〕 「ハデサ事件」を確認 イラクの「ミライ(ソンミ)事件」 海兵隊が住民24人を無差別殺害
米紙ロサンゼルス・タイムズ紙(電子版)は5月26日、サンジエゴ近郊ペンドルトン基地からイラクに出征した米海兵隊員らが4月26日、バグダッド西方のハデサで、婦女子を含む24人の非武装の住民を無差別に銃撃し、殺害したことが、米軍の調査で正式に確認されたと報じた。
米海兵隊第1師団第1連隊の第3大隊を中心とした数人の海兵(マリーン)たちで、他の海兵たちも制止せず、虚偽の報告を行っていた。
これらの海兵たちは、イラク派遣3回目。
武装抵抗勢力を捜索中、数軒の民家に入り、乱射した。
(大沼・注)
ベトナム戦争当時の1968年3月16日朝、南ベトナムのソンミ村ミライで、米兵が540人もの一般住民を殺害した。それが「ミライ(ソンミ)事件」だ。
今回の「ハデサ事件」は、被害者の数こそ違え、その内実は同じである。
絶望と殺意に狂った米兵による戦場での蛮行。
米国のジャーナリズムによる徹底調査を望む。
「事件」を最初に暴露した「タイム」誌に敬意を表す。
☆ 大沼訳・新刊案内: 『世界一 素敵な学校 ~ サドベリー・バレー物語』(ダニエル・グリーンバーグ著、緑風出版)
⇒
http://www.latimes.com/news/nationworld/world/la-fg-marines26may26,0,7085174.story?coll=la-home-headlines
Posted by 大沼安史 at 05:19 午後 5.イラクから | Permalink
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2006-05-25
〔イラクから〕 米軍 レーザー兵器を使用開始 失明の恐れも 米紙が報道
米紙ロサンゼルス・タイムズのバグダッド発特電(電子版、5月18日付け)によると、在イラク米軍はレーザー兵器のテスト使用に踏み切った。
M4ライフル銃の銃身に装着し、レーザー光線を照射するもので、有効射程は約300メートル。レーザー光線の断面は、103.5メートル先で約40センチ。
検問所に車で向かってくる不審者に対して浴びせ掛ける。
照射されると、瞬間的に目がみえなくなるという。
同紙によれば、こうしたレーザー兵器の使用は、失明を引き起こす恐れがあるとして、ジュネーブ条約で使用が禁止されている。
ニューヨークに本部をおく人権団体「ヒューマン・ウオッチ」によれば、ペンタゴンは強力なレーザー兵器の開発はキャンセルしているが、今回、イラクの米軍が使用を開始した「弱い幻惑」レーザーであっても、目に永久的なダメージを引き起こす。
米軍はバグダッドなどで5、6種類のレーザー兵器を実戦テストしている。
☆ 大沼訳・新刊案内: 『世界一 素敵な学校 ~ サドベリー・バレー物語』(ダニエル・グリーンバーグ著、緑風出版)
⇒
http://www.latimes.com/news/nationworld/nation/la-na-marlboro19may19,0,4643056.story?coll=la-home-headlines
Posted by 大沼安史 at 03:28 午後 5.イラクから | Permalink
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2006-05-19
〔イラクから〕 イラクのミライ事件、「ハデサの虐殺」 国防総省が調査
ベトナム戦争時の、あの「ミライ事件」を思わせる、米軍による住民虐殺事件が明るみに出ようとしている。
昨年(2005年)11月20日、バグダッドの北西225キロのハデサ(Hadeiyha)で、15人の婦女子が死亡した事件は、海兵隊による住民虐殺だった疑いが急浮上している。
米国防総省は事件の真相を調査中だが、元海兵でベトナムで戦ったことのある連邦下院議員、ジョン・マーサ氏は17日、「わたしたちの兵士はプレッシャーのなかで過剰反応してしまい、罪もない一般住民を冷血漢のように殺害してしまった」と嘆いた。
国防総省に太いパイプを持つ同議員の発言は、虐殺の事実を指し示すものといえるだろう。
当初、海兵隊は、事件をこのように説明していた。
道路わきにしかけられた爆弾が爆発し、海兵1人が死亡。通りかかったバスに乗っていた住民15人も巻き添えをくって死んだ、と。
ところが、現場の様子をビデオで撮影していたイラク人がいて、映像は米誌「タイム」の手に渡り、海兵隊の発表とはまったく違う事実が浮かび上がった。
ビデオカメラが撮影したのは、路上ではなく、血まみれの住宅の寝室の床。壁は銃弾で穴が開き、部屋には肉片が飛び散っていた。
事件を引き起こしたのは、第1海兵師団の12人の兵士たちらしい。
マーサ議員の指摘を、国防総省は否定しなかった。
「ハデサ事件」の真相究明が待たれる。
☆ 大沼訳・新刊案内: 『世界一 素敵な学校 ~ サドベリー・バレー物語』(ダニエル・グリーンバーグ著、緑風出版)
⇒
http://news.independent.co.uk/world/americas/article548167.ece
http://www.nytimes.com/aponline/us/AP-Iraq-Fatal-Raid.html?_r=1&oref=slogin
http://select.nytimes.com/gst/abstract.html?res=F6091EFF345A0C728EDDA80994DD404482
Posted by 大沼安史 at 01:31 午後 5.イラクから | Permalink
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2006-04-04
〔イラクから〕 イラク国家崩壊 内務省 米英訓練の警察官配備を拒否 米軍、6ヵ所の恒久基地を建設 進む軍事植民地化
英紙ガーディアンのジョナサン・スティール記者のバクダッド特電(電子版、4月4日)を読んで暗い気分になった。
シーア派の「イスラム革命最高評議会」によってコントロールされているイラク内務省が、米英両軍によって訓練された、非宗派の警察官の配備を拒否し、自派の男を雇い入れているという。
敏腕で鳴るスティール記者のレポートだから、これは事実であろう。
バグダッドでは、内務省の暗殺部隊がスンニ派狩りを続けているとの噂が広がっているが、それを裏付けるような話ではある。
治安にあたるべき内務省が、宗派対立=内戦の一方のプレーヤーになっているイラク。
この国は内戦状態を突きぬけ、すでに国家崩壊に陥っている、と言えるだろう。
日本の自衛隊がメソポタミアの地に派遣されたのは、「イラク復興」の名において、だった。
「復興」だと?
笑わせるな、と言いたい。
こんなイラクにしてしまった、ブッシュ政権の罪は万死に値する。
「黄金モスク」を爆破して血で血を洗う内戦を煽ったのは、お前たちではないのか?
一方、同じく英紙のインディペンデント(電子版)は4月2日、米国防総省がイラク国内に、少なくとも6ヵ所の「恒久基地」を建設している、と報じた。
同紙によれば、イラク国内に現在ある米軍基地は一年前の110基地より3割ほど減って75基地。
このなかのアルアサド空軍基地、タジ駐屯地などを要塞化していく。
まるでローマ帝国の21世紀版。
イラク人同士に殺し合いさせながら、軍事植民地化して支配を永久化しようとする「アメリカ帝国」。
その暴走を止めないとたいへんなことになる。
イラクにいますぐ平和を! 「ベ平連」ならぬ「イ平連」創設の時だ。
⇒
http://www.guardian.co.uk/Iraq/Story/0,,1746233,00.html
Posted by 大沼安史 at 11:37 午前 5.イラクから | Permalink
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2006-03-16
〔イラクから〕 「得たのは、死のみ」 米軍攻撃で11人死亡 大半が婦女子
バグダッド北方、イサハキで3月15日早朝、民家を米軍ヘリが急襲、なかにいた11人が死亡した。
AP通信の記者が現場に入り、惨状を伝えた(下記のアドレス参照。犠牲になった子どもの写真が出ています)。
AP通信の写真報道によると、死者のうちの5人は子どもたち。
親類のひとりがAPの記者に語った。
「殺された一家は抵抗勢力ではなかった。女こどもだ。アメリカ人はいい生活を約束したのに、われわれが得たのは死のみ」と。
対する米軍の側の「論理」は、アルカイダ容疑者(1人)をターゲットにした軍事作戦――だった!
⇒
http://www.msnbc.msn.com/id/11819857/
Posted by 大沼安史 at 02:14 午後 5.イラクから | Permalink
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2006-03-01
〔イラクから〕 内戦、全土に拡大
イラクの内戦が全土に拡大している。米紙ロサンゼルス・タイムズ(電子版)によると、2月28日には、爆弾テロで少なくとも76人が死亡し、179人が負傷した。
スンニ、シーア派の対立は、これまでイラク北西部のスンニ派が多数を占める地域に限られていたが、シーア派が多い、南部にも拡大している。
米軍兵士も27日にバグダッド西郊で1人が射撃により死亡。この結果、米軍の戦死者数はトータルで2292人に達した。
⇒
http://www.latimes.com/news/nationworld/world/la-fg-iraq1mar01,0,7544996.story?coll=la-home-headlines
Posted by 大沼安史 at 12:39 午後 5.イラクから | Permalink
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2006-01-23
〔イラクから〕 スンニ派武装勢力、米軍基地一斉攻撃
YaHoo!NEWS英国版が報じたAFP電(1月21日付け)によると、イラク西部のラマディーで同20日、武装勢力が米軍基地に対して一斉攻撃を行った。
米軍基地2ヵ所に対する攻撃は、小火器と砲撃を組み合わせたもの。
パトロール中の米軍車両も銃撃にさらされた。
この一斉攻撃のあと、ラマディーの米軍検問所も攻撃を受けた。
〔大沼 注〕
この一斉攻撃は、イラク総選挙の開票が確定するのに合わせて行われたもので、政治的に追い詰められたスンニ派の武装勢力の「宣戦布告」とみることができる。
イラク戦争は「内戦」的状況を含む複雑な様相を呈して来た。
⇒
http://uk.news.yahoo.com/21012006/323/iraqi-rebels-launch-concerted-attacks-military-bases.html
Posted by 大沼安史 at 12:54 午後 5.イラクから | Permalink
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2006-01-18
〔イラクから〕 ロシア製ミサイルで米軍ヘリ撃墜 手製「空の仕掛け爆弾」説も
YaHoo!NEWSが1月17日に報じたAFP電によると、1月16日、バグダッド郊外を飛行中の米軍ヘリ「アパッチ」に向かって、ロシア製地対空ミサイル、SA-7が発射された。
ミサイルはヘリに命中、ヘリは墜落し、乗員2人が死亡した。
米ABC放送が、ペンタゴン筋の話として報じた。
SA-7ミサイルはイラク国内に旧イラク軍が保有していた数百、数千発、まだ残っている可能性があるという。
米軍ヘリ「アパッチ」は、この種のミサイル攻撃に耐えうるとされているが、実際には撃墜されてしまった。
米軍ヘリの撃墜は、この10日間にこれで3機目。
このABCの報道に対して、英紙デイリー・テレグラフは1月18日、「空の爆弾」と呼ばれる手製の仕掛け爆弾との見方を示した。
道路わき爆弾の対空版だ。
(大沼 注)
「空からの制圧」は、米軍にとって最後の戦術だった。
それが地対空ミサイルでもって脅かされている……。
⇒
http://news.yahoo.com/s/afp/20060118/pl_afp/usiraqmilitary_060118004346
Posted by 大沼安史 at 04:56 午後 5.イラクから | Permalink
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2006-01-11
〔イラクから〕 米軍 砂の壁で都市を防衛
YaHoo!NEWSが1月10日に伝えたロイター電によると、米軍はイラク北部のまち、シニヤの周囲に延長10キロ、高さ2メートルの砂の壁を張り巡らせている。
砂の壁は昨年8月、サマラのまちに築いた以来、これが2度目。
シニアは人口5万人。イラク最大の製油所のあるバイジのまちの西15キロに位置する。
レジスタンス戦士の出撃基地化するのを防ぐのが狙いだ。
(大沼 注)
米軍が「砂の城」を築き始めた。
ひとつの都市を塹壕化して、米軍の基地=聖域化する戦術。
追い込まれている証拠が、またひとつ。
⇒
http://news.yahoo.com/s/nm/20060110/wl_nm/iraq_berm_dc
Posted by 大沼安史 at 11:06 午後 5.イラクから | Permalink
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2006-01-10
〔イラクから〕 イラクの新年 血塗りの素描 ファルージャで激戦 ラマディーでは米軍の狙撃で民間人死傷 ブログ・ジャーナリストがイラクから報告
イラク現地の草の根から、米軍の庇護下に入らず報道を続ける、米国人ブログ・ジャーナリスト、ダール・ジュアマイル氏が、新年初のブログを、自らの「イラク・ディスパッチ」サイトに掲載した。
「米国のプロパガンダvsイラクの現実」と題した報告の一部を紹介しよう。
1月6日:
ラマディーの国立病院関係者(匿名を条件に証言)によると、3人の子どもを含む14人の民間人が、「今日、米軍の狙撃手らの手で殉教を遂げたという。関係者は、「米軍の狙撃手たちは、ビルの屋上に陣取り、市内中心部のマーリド地区の住民を殺した」と付け加えた。
1月7日:
ファルージャで、レジスタンスの戦士と米軍の間で激しい戦闘が繰り広げられた。
市内東部のアルサルサー街では、米軍が主要道路の交通を遮断したことから戦闘が発生、市内中心部のアラバイーン街でも激戦が続いた。
この日はファルージャ市内東部で午前7時半ごろ、道路脇爆弾が爆発、米軍の走行車両を吹き飛ばした。米軍に死傷者が出た。
(大沼 注)
ジャマイル氏は、他の主流メディアと違って、米軍に張り付かなずに、イラクの民衆の視点から報道を続けている。
同氏の新年の活躍と無事を祈ろう。
⇒
http://dahrjamailiraq.com/weblog/archives/dispatches/000345.php#more
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〔イラクから〕 イラク政府中枢に自爆テロ攻撃 内務省にテロ犯2人が侵入
米紙ニューヨーク・タイムズ(電子版、1月9日付け)の報道によると、イラクの首都バクダッドの権力中枢、内務省構内に1月9日、自爆攻撃の男性を侵入、身につけていた爆薬を爆発させる事件が起きた。
これにより、少なくとも14人のイラクの警察官が死亡し、25人が負傷した。
バグダッド発のロイター電は、28人が死亡し、25人が負傷したとしている。
ニューヨーク・タイムズ紙によると、この日、内務省では「警察の日」を祝う記念の式典が行われており、内務省や国防省の高官のほか、米国大使らも出席していた。
この記念式典を狙った可能性がある。
ロイター電によると、自爆したひとりは、少佐の警察官用の制服を着ており、検問を通過し、内務省の構内に入った。
肥満体であることから不審に思った警護隊員が発砲したところ、身に付けていた爆薬に命中して爆発した。
2人目は中尉(警察官)の制服を着ており、こちらは怪しまれなかったが、最初の一人による爆発のあと、近くで自爆した。
10日の英紙タイムズ(電子版)によれば、自爆した2人はともに「通行証」を持っていた。2人は明らかに、米国大使を狙ったと同紙は見ている。
一方、上記のニューヨーク・タイムズ電によると、ファルージャでは8日、海兵隊員3人が戦死した。
7日にはアルカルマなどで海兵隊員2人が戦士している。
8日にはイラク北部でヘリが墜落し、米軍兵士12人が死亡した。
〔大沼 注〕
イラク内務省は、イラク政府権力のまさに中枢である。そのガードをテロリストが破ったことは、総選挙後のイラクの政権の脆弱性をあらわにしたものと言える。
ベトナム戦争の末期に、ゲリラがサイゴン市内に侵入し、権力中枢に迫った事件を想起させるものだ。
イラク情勢は、ブッシュ政権のいうように、楽観視できるような状況にはない。
⇒
http://www.nytimes.com/2006/01/10/international/middleeast/10iraq.html
http://www.timesonline.co.uk/newspaper/0,,171-1977464,00.html
Posted by 大沼安史 at 03:22 午後 5.イラクから | Permalink
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2006-01-07
〔イラクから〕 最悪の木曜日 米兵も11人死亡 新型の道路脇爆弾が出現 シーア派、米軍・スンニ派を非難
米紙ニューヨーク・タイムズ(電子版、1月7日付け)の報道によると、イラクで自爆テロの嵐が吹き荒れた5日の木曜日、米兵も11人が死亡していたことがわかった。
英紙インディペンデント(電子版、1月7日付け)によれば、米兵が戦死したのは、バグダッド、ファルージャ、ラマディーの各地。
これにより、イラク戦争開始以来の米兵の死者は、2194人に達した。
インディペンデント紙はまた、武装抵抗勢力が新型の道路脇(ロードサイド)爆弾を使用していると報じた。
赤外線で起爆する爆弾で、装甲車を貫く威力があるという。
これは以前、米英政府がイランから持ち込まれたものと非難したものだが、英政府は現在、イラン政府が供給している証拠はない、としている。
一方、同じニューヨーク・タイムズ電によれば、バグダッドの北東部のシーア派居住区、サドルシティーで6日、500人を超すシーア派住民による抗議デモが行われた。
デモ隊はスンニ派の政治指導者、サレー・ムトラク氏を名指しし、対シーア派テロを扇動していると非難。カーリザド米国大使についても怒りをぶつけた。
このシーア派の米国に対する怒りについて、上記のガーディアン紙報道は、米軍がスンニ派武装勢力をなだめようとしていると、シーア派が見ているためとしている。
ガーディアン紙によれば、6日の金曜日、バグダッドにあるシーア派のモスクでは、カラシニコフを構えた聖職者が、5000人の聴衆を前に、「われわれはいつまで沈黙できるのか?」と、戦闘的な説教を行った。
⇒
http://www.nytimes.com/2006/01/07/international/middleeast/07iraq.html
http://news.independent.co.uk/world/middle_east/article336989.ece
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2006-01-06
〔イラクから〕 自爆テロで180人以上が死亡 内戦化するイラク
イラク戦争が、米軍対武装レジスタンスという基本構図に加え、同胞が同胞を殺す内戦的な側面を強めて来た。
米紙、ワシントン・ポスト紙(電子版、1月6日付け)の報道によると、イラクでは4日、5日の2日間にわたって、自爆テロが相次ぎ、合わせて180人以上のイラク人が死亡した。
4日に、ムカダディーヤの葬儀の場で起きた自爆テロで42人が死亡したのに続き、5日にはラマディーの求人センターで連続自爆テロがあり、少なくても80以上のスンニ派イラク人が死亡、61人が負傷した。
同紙によると、連続自爆テロは以下のようにして起きた。
ラマディーの求人センターには、イラク警察に就職しようとする1000人以上のスンニ派男性が集まっていた。
群集の真ん中にいたひとりがベストに仕込んだ爆薬を爆発させた。
脱出しようとして出口に殺到した人々を、もうひとりが待ち構え、ベルトに巻きつけた爆薬を爆発させた。
また、同じ5日、シーア派の聖地、カルバラでも自爆テロが起きた。
自爆は、シーア派の巡礼者でにぎわう「イマーム・フセイン・モスク」の近くで決行され、少なくとも54人が死亡、143人が負傷した。
死者のなかには、イランからの巡礼者も含まれていた。
〔大沼 解説〕
スンニ派対シーア派、スンニ派内のイラク政府寄り妥協派対武闘派。
イラク内戦の新たな構図である。
同じイラク人(アラブ人)同士が殺し合う悲劇。
米軍の侵攻がもたらしたイラクの悲惨。
⇒
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2006/01/05/AR2006010500351.html
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2005-12-25
〔イラクから〕 米空母発進の艦載機、イラクの住宅地を空爆 民間人に多数の犠牲者
米軍の空からの攻撃で、イラクの一般住民に多数の犠牲者が出ていることが、米紙ワシントン・ポスト紙(電子版、12月24日付け)の調査報道で、あらためて確認された。
米空母を発進した艦載機が住宅地を攻撃し、民間人に多数の死傷者が出ている。
米空母に港を提供している、私たち日本人としても、「知りませんでした」ではすまない事態が、海の彼方で進行している。
同紙のエレン・ニックメーヤー記者による調査報道は、11月5日から17日間にわたって、イラク西部、アンバール州や、シリア寄りのユーフラテス川沿岸地区で行われた、米軍による「鉄のカーテン」作戦の実態に、現地のイラク人に対する聞き取り調査や、米海兵隊などへの取材を積み重ねて迫ったもの。
それによると、フサイバの町では、作戦開始ほぼ1週間の間に97人の一般住民が米軍の空爆により殺された。
現地の小学校に臨時の救急病院を開設し、他の医師4人と看護師1人とで治療・救命活動にあたったザーヒド・ラウィ医師が証言した。
「何も罪を犯していないのに、と神に不満の言葉を言いながら、静かに死んで行きました」
ラウィ医師によれば、武装勢力も少なくとも38人が殺害された。
どうして一般住民が殺戮されたのか?
民間人の住む住宅地が、武装勢力の潜伏地区にもなっていて、そこを米軍機が攻撃したからだ。
フサイバの住宅地、カマリヤート地区では11月7日、こんな悲劇が目撃されている。
(武装勢力との)銃撃が、米軍機の空爆で沈黙したあと、破壊された民家から、生き残った近所の人々が、母親と父親、14歳になる少女、11歳と5歳になる少年の、一家5人の遺体を運び出した……。
その一部始終を、建物の屋上から目撃した現地の人びとが、同紙に対して証言した。
作戦が始まって間もないころ、現地の部族長5人が集まって、情報を持ち寄ったことがあった。婦女子を含む、少なくとも80人以上の民間人が空爆で殺されていた。
「鉄のカーテン」作戦が始まる以前の10月16日、アンバール州の州都ラマディーで、米軍のF15が爆弾を投下した。
米軍によると、武装勢力が道路に爆薬を仕掛けているところをパイロットが視認し、爆撃を敢行した。命中したので、「犠牲を防ぐことができた」(米海兵隊)。
現地の住民は、別の真実を同紙に告げた。
子どもたち18人を含む、多数の民間人らが爆撃で殺された。
病院の外に、身元の知れない婦人と3人の子どもの遺体が寝かされているのを目撃した。
ただし、死者のなかには、武装勢力も含まれていた。
同紙によれば、イラク周辺海域の空母からの艦載機の出撃回数は、年初の1月に25波前後(1日1派弱)だったのが、11月には120回へと、5倍に急増した。
つまり、「鉄のカーテン」作戦当時は、1日あたり4派も、艦載機による攻撃が加えられていたわけだ。
国防次官補を務めたことのある、ハーバード大学人権政策センターのプログラム・ディレクター、サラ・セウォールさんは、同紙に対し、「都市部への攻撃で民間人の殺傷を避けるのはほとんど不可能なこと」と語った。
一方、米海兵隊の幹部はラマディーの米軍支配地のカフェで、狙ったらこのテーブルを外さないと、米軍の爆弾の精密さを語った。
だから、民間人の犠牲を最小限に抑えられる、と。
(大沼:しかし、爆弾の爆発はテーブルの範囲内に収まらない)
これに対して、セウォールさんが言った。
「問題は(民間人の犠牲を最少に抑えたと)どうやって知ることができるか?」
(大沼:セウォールさんの言う通り。爆弾を投下してしまえば、それですべては終わりを告げる……)
米軍の空爆による、イラク民間人の不可避的な殺戮のメカニズムを、当事者の証言で明らかにした、エレン・ニックメーヤー記者に敬意を表したい。
⇒
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2005/12/23/AR2005122301471_pf.html
Posted by 大沼安史 at 12:05 午後 5.イラクから | Permalink
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2005-12-24
〔イラクから〕 オレンジのまちの荒廃
イラクの首都のバグダッド北東の町、バクバはディヤラ郡の中心都市であり、「オレンジのまち」と知られる街だ。
肥沃の三角形の内部に位置するバグバは紀元前の昔から、オレンジの産地として有名だった。
この「オレンジのまち」に異変が起きている、と、米紙連合、ナイト&リッダー(K&R)が伝えている。
イラク戦争後、この2年半のオレンジ生産は、目標を下回り続けている。
イラク戦争の影がこの「オレンジのまち」を覆っていて、それが直接、間接的に減産を引き起こしているという。
道路際に仕掛けれらた爆弾の処理でオレンジ畑にブルドーザーが入ったり、テロリストの隠れ家になるとオレンジの木がなぎ倒されたされしているためだ。
そんな状況のなか、オレンジの輸入も始まっていて、それが新たな問題を引き起こしている。
一緒に病気や病害虫が運び込まれ、バグバのオレンジ畑にも侵入しているのだという。
オレンジ生産農家のひとりはK&Rの取材に、「オレンジがなくなったら、魚を釣るかしかなく、死んでしまう」と窮状を訴えた。
詳しくは ⇒
http://www.mercurynews.com/mld/mercurynews/news/special_packages/iraq/13467815.htm?template=contentModules/printstory.jsp
Posted by 大沼安史 at 12:40 午後 5.イラクから | Permalink
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2005-12-21
〔イラクから〕 米軍女性兵士3人 火炎地獄のなか、ファルージャに死す
ことし、2005年6月23日午後7時20分過ぎ、イラク最大の激戦地、ファールジャの路上でのことだった。
米軍の女性兵士らを乗せたトラックが駐屯地に向かって走っていた。検問所でのイラク人女性の身体検査など、その日の任務を終えての帰り。
その輸送トラックに、道路脇から、一台の乗用車が突っ込んで来た。
自爆テロだった………。
女性兵士3人が戦死(焼死)した、この日の出来事を、ニューヨーク・タイムズのマイケル・モス記者が、生き残った兵士らにインタビューし、同紙の紙上(電子版、12月20日付け、同22日にインターナショナル・ヘラルド・トリビューン紙に再録)で再現した。
兵士らは、砂嵐が収まるのを待って、出発した。車で15分の距離。人員輸送トラックには、2両のハムビー装甲車両が警護についていた。
自爆テロを決行した者は、車で待ち伏せていた。
乗用車の体当たりで輸送トラックは炎上、そのまま走って横転した。
火炎地獄(インフェルノ)のなかに、死亡した女性兵士3人と男性兵士2人を含む、18人の男性、女性兵士が取り残され、一部は脱出を試みた。
そこを武装勢力が狙撃した。
戦死した女性兵士は、ホリー・シャーレット上等兵(21歳)、レジナ・クラーク一等兵(43歳)、ロマナ・バルデス伍長(20歳)。
ホリーさんは母親の暮らしを支えるために志願した。
レジナさんはシングルマザーで、2回目のイラク。
ロマナさんは、元チアリーダー。兵役に就く以前は、ニューヨークの「自由の女神」で働いていた。
生き残った女性兵士のひとり、エリン・リバティー上等兵は、いまも入院して治療を続けている。
焼け爛れて助け出されたとき、認識票だけが身元確認の手がかりだった。
テキサスの火傷治療センターに運ばれ、手当てを受けたが、モルフィネ投与を受けても激痛が続き、生死の境をさまよった。
モス記者に対し、「パープル・ハート勲章」を手に、エリンさんはこう言った。
「幸せでもないし、悲しくもない。怒ることさえできない。すべてのことに対して、感覚が麻痺しています」
モス記者は、この出来事の背景についても追及し、米軍の防護体制に不備があったことを突き止めた。
女性兵士らを乗せたトラックは年代もので、装甲も不十分だった。
警護のハムビーも2両。
もう一両、つくはずだったが、別の任務にとられていた。
司令官の警護にはハムビーが4両つくのに、女性兵士らのためには、この日、2両がついていただけだった。
同紙によると、イラクで戦死した女性兵士は、焼死した3人を含め、30人に上る。
モス記者が取材した兵士らは、マスコミには答えるな、と上司から口止めされていたという。
⇒
http://www.nytimes.com/2005/12/20/international/middleeast/20marines.html
Posted by 大沼安史 at 02:05 午後 5.イラクから | Permalink
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2005-12-20
〔イラクから〕 ハーレムに生まれ、イラクに死す
アメリカの新聞に出る米兵の死亡記事に、なるべく目を通すようにしている。イラク戦争の悲惨な現実から離れてしまわないようにするためだ。
イラクで戦争が続いているのに、日本の私たちはその事実を半ば忘れかけている。
当然だ。
日本のメディアはイラクで何が起きているか、ほとんど伝えようとしていないのだから。
ニューアーク発(ニューヨーク近郊、空港がある街)の短い記事(ニューズデー紙・電子版、12月12日付け)が、28歳になる米陸軍の軍曹、クラレンス・フロイド・Jrさんが、5人の子を残して、バグダッドの北、ダジで戦死したことを報じていた。
遺族の話では、軍曹はスナイパーの狙撃で頭を射抜かれたそうだ。
クラレンスさんはニューヨークの黒人居住区、ハーレムに生まれ、ハーレムに育ったそうだ。
連邦政府の「職業部隊」という訓練プログラムに参加しながら、高卒の資格を取った。
ニューアークに住む母親の再婚相手が言った。
「あいつは行きたくて行ったわけじゃない。行かなくちゃならないから行ったんだ。仕事やチャンスがあったら、志願するやつなんていない」
記事には、残された5人の遺児のことは何も書かれていなかった。
貧困の黒人街、ハーレム。
その街を3年前、歩いたことがある。
治安は昔とくらべ、随分よくなっていたらしいが、表通りでも、夜はさすがに怖かった。
そんなハーレムに生まれ育ち、米軍に就職し、イラクで殺された黒人男性は、ニューヨーク州サフォーク郡にある国立カルバートン墓地に埋葬される、と書かれていた。
遺影も出ていない電子版の記事を読み終え、クラレンスという人がどんな人なのか、ほとんど何も知らないのに、その「戦死」が、くやしくてならなかった。
⇒
http://www.newsday.com/news/local/wire/newjersey/ny-bc-nj--soldierkilled1212dec12,0,6596294.story?coll=ny-region-apnewjersey
Posted by 大沼安史 at 11:46 午後 5.イラクから | Permalink
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2005-12-15
〔イラクから〕 イラクの夜明け? バグダッドで「水道に毒」の噂 国民投票、直前に
イラクの首都バグダッドで12月15日未明、「水道水に毒が投じられた」との噂が広がった。
YaHoo!newsが伝えたAP電によれば、警告は同日午前1時ごろ、モスクの拡声器を通じて、市内のかなりの地域に流れた。シーア派居住区のサドル・シティーも、そのなかに含まれている。
イラク政府保健省は同日2時半に安全宣言を発表し、噂を否定した。
(大沼 注)
総選挙の日の未明に、「水に毒」の警告が、モスクのラウドスピーカーから流れるバグダッド。
民主主義の夜明けの、この現実!
⇒
http://news.yahoo.com/s/ap/20051215/ap_on_re_mi_ea/iraq_water_alarm
Posted by 大沼安史 at 04:59 午後 5.イラクから | Permalink
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2005-12-06
〔NEWS イラクから〕 安定剤を求めるバグダッドの若者たち
イラクのバグダッドで、精神安定剤の乱用に走る若者が増えているという。戦争の現実を逃れるためだそうだ。
YaHoo!news(電子版)に12月4日に載った、AFPのバグダッド電が報じている。
殺戮、硝煙、流血、爆破。安定剤がこの世の地獄からの逃げ場になっている。
AFP電によれば、アリという18歳の若者は、こう言ったという。
「別世界に漂っている、そんな気分になれる」
「耐えられないんだ。毎日が……。社会も家族も。だから逃げ場をさがす」
コカインなどの麻薬は高くて、手に入らない。手軽な安定剤に手が出る。
バグダッドのスラム、バタウィーン地区では、ホームレスが1000人いて、その大半は子どもたちだが、アルコールやシンナーの世界に逃れる子がふえている。
「イラク復興」の、もうひとつの現実である。
⇒
http://news.yahoo.com/s/afp/20051204/wl_mideast_afp/iraqsocietyhealth
Posted by 大沼安史 at 12:06 午後 5.イラクから | Permalink
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2005-12-04
〔NEWS イラクから〕 日本人妻を残して(?)、米海兵、戦死
イラクで11月26日、ひとりの米海兵隊員が戦死した。
ブレット・アンガス曹長(40歳)。
タカダム駐屯地で作戦行動中、路肩に仕掛けられていた爆弾が爆発し、死亡したという。
その記事を、ミネアポリス発のAP電(11月28日付け)で読んで、アンガス曹長が28人目のミネソタ州出身者による戦死であることを知った。
そしてもうひとつ、アンガスさんが奥さんと日本にいるころ知り合って結婚し、イラクに送られるまで、カリフォルニア州のサンジエゴに近い海兵隊の基地で、奥さんとふたりで暮らしていたことを知った。
たぶん、彼の奥さんは日本人女性である。
子どもはいないらしい。
いまごろ、どこで、どんな気持ちで暮らしているのだろう、と思った。
イラクで戦死した米兵のなかに日系人もいる。
しかし、戦死した米兵の配偶者になった日本人女性も、ほかに、きっといるはずだ。
イラク戦争はそういう意味で、われわれ日本人をも巻き込んでいるのである。
(大沼 注)
このAP電を読んで、1980年代の半ば、デトロイト行きの機内で一緒になった、若い日本人女性のことを思い出した。軍人の夫とサンジエゴに住んでいて、これから夫の実家に赤ちゃんを見せに行くのだという。
背中のねんねこに、男の赤ちゃんがおぶさっていた。
黒人の夫との間に生まれた、目のくりくりしたかわいい赤ちゃんだった。
20年前の出会い。
彼女は――彼女の旦那さんはいまごろどうしているのか?
イラクに送られ、戦闘に従事しているのか?
幸せでいてほしい。幸せであってほしい。
そう、思った。
⇒
http://www.kentucky.com/mld/kentucky/news/special_packages/iraq/13279206.htm
Posted by 大沼安史 at 06:32 午後 5.イラクから | Permalink
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2005-12-03
〔NEWS イラクから〕 米軍、ラマディーで掃討作戦
ワールド・ピース・ヘラルド(電子版、12月2日付け)が伝えたUPI電によると、米軍は1日、イラクのラマディーで、「槍の先作戦」と称する掃討作戦を開始した。
300人の米海兵隊とイラク政府軍200人が加わっている。
ラマディーでは前日の11月30日、武装勢力が政府庁舎など市内の一部を制圧下におく事態が発生した。
今回の作戦は武装勢力を排除し、12月15日に行われるイラク総選挙へ向け、同市の治安を確保するためのもの。
その一方で、ラマディーでは、米軍と部族長らによる、治安安定のための交渉も続けられているという。
今回のラマディー掃討は、ウクライナとブルガリア軍、計1250人のイラク駐留部隊が撤退準備を開始する事態のなかで始まった。
⇒
http://www.wpherald.com/storyview.php?StoryID=20051202-115125-7960r
Posted by 大沼安史 at 06:37 午後 5.イラクから | Permalink
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〔NEWS イラクから〕 イラクのジャーナリストら、米軍の「言論買収」工作を非難
米軍によるイラクのジャーナリズム言論買収工作の実態が、米ロサンゼルス・タイムズ紙などの報道で暴露されるなか、現地イラクのジャーナリストらから、米軍の言論操作に対して非難の声が上がっている。
YaHoo!newsが12月2日に伝えた、バグダッド発のAFP電は、イラクの著名な政治アナリスト、アーマド・サブリ氏のこんなコメントを紹介している。
「米国政府が報道という仕事に反する、こうした手段を使い、世論をあざむくことはスキャンダルである」
「新聞は地上の現実を映し出すものでなければならない。イラクにおいてすでに失敗しているアメリカのイメージの糊塗を狙った、スポンサーつきの情報であってはならない」
この問題はロサンゼルス・タイムズ紙が11月30日に第一報を放ち、ニューヨーク・タイムズ紙などが「追い討ち」をかけている。
米軍の「情報作戦」員によって書かれた記事が、請け負い機関を通じて、イラクの現地メディアに配給されている実態が表面化した。
米紙連合、ナイト&リッダーによれば、都合のいい記事を書いてくれるイラクの記者に対して米軍は月200ドルの手当を支給しているという。
バグダッドにいるAFP記者もまた取材に乗り出し、バグダッド・プレス・クラブに所属していた、現地の女性ジャーナリストの証言として、米軍が取材ツアーに記者らを連れ出し、50ドル出すので記事を書くよう求めていた事実を突き止め、バクダッド電に盛り込んだ。
(大沼 注)
サブリ氏(Ahmed Sabri)の「新聞は地上の現実を映し出すものでなければならない」という表現、気に入ったので、以下に英語の原文を紹介しておく。
〔For the Record〕
“A newspaper should refleft the reality on the ground. ”
言うまでもなく、言論の自由は、デモクラシーの基本。
そのデモクラシーをイラクに輸出するのが、イラク解放(?)戦争だったはずなのに、ジャーナリストを買収してまで情報を操作し、急場をしのごういという、米軍=ペンタゴン=ブッシュ政権の腐敗ぶり。
あきれてものも言えない、という気分になってしまうが、あきれてものを言わなくなっては負けである。
あきれたら、ますますものを言う。
日本のマスコミにも、もっと徹底したイラク戦争報道をお願いしたい。
本BLOGの存在価値がなくなるような、本格的な戦争報道を望む。
⇒
http://news.yahoo.com/s/afp/20051202/wl_mideast_afp/iraqusmilitarymedia_051202191402
Posted by 大沼安史 at 06:13 午後 5.イラクから | Permalink
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〔NEWS イラクから〕 ファルージャで米海兵10人戦死、11人負傷
英紙ガーディアン(電子版、12月3日付け)が報じたところによると、イラクのファルージャで1日、道路脇に仕掛けられていた爆弾が爆発、パトロール中の米海兵隊員10人が死亡、11人が負傷した。
ファルージャ市内南西部の工場中庭を通過中、爆破された。
22人が死傷したのは、イラク戦争開戦以来、最悪の事態のひとつ。
同じ1日には、ファルージャよりさらに西寄りにあるラマディで、米兵1人がロケット攻撃により戦死したことも明らかになった。
その前日、11月30日には4人が死亡している。うち3人は敵の攻撃によるもの。他の1人が友軍による誤射なのか、事故なのか不明。
これとは別に、米軍発表によると、1日に米兵3人が「交通事故」で死亡している。
これだけで18人がイラクの地で命を落とした。
米軍は12月15日のイラク総選挙に向け、パトロール活動を強化しており、その矢先の出来事だった。
リンチ少将は1日、バグダッドで行った記者会見で、シリア国境付近での作戦行動によって、治安状況は良化し、自動車爆弾のよる攻撃も、ことし2月130件から、11月は68件に減ったと述べた。
リンチ少将はしかし、総選挙に向けて「戦士と拒否派」による攻撃がエスカレートする恐れがあると警告を発した。
(大沼 注)
これが、ブッシュ大統領の「必勝演説」に対する、イラク現地からの答えである。
厳しい戦況の現実が突きつけられた。
⇒
http://www.guardian.co.uk/Iraq/Story/0,2763,1656903,00.html
Posted by 大沼安史 at 05:10 午後 5.イラクから | Permalink
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2005-11-28
〔イラクから ⑥〕 海兵、ジェフリー・ロジャース兵長 21歳、ウバイデに死す
米中西部、オクラホマ州の地方紙、「ジ・オクラホマン」(電子版、11月19日付け)に、地元、ユーコン出身、21歳のマリーン(海兵)の戦死を悼む、小さな記事が載った。
ジェフリー・ロジャース兵長(21歳)。
11月16日、シリア国境に近い、イラク西部のまち、ウバイデ攻略戦で、他の3人の海兵とともに戦死した。
母親のジャネットさんが、同紙の記事で、亡き愛息のことを語っていた。
ジェフリー兵長は、2002年、地元の高校を出て、すぐ海兵隊に入った。
同じ高校の5人の同学年生も一緒だった。
前の年、2001年の「9・11」に衝撃を受け、海兵を志願した。
「世界を安全にしなくちゃならない。みんなを守らなくては」
母親は一生懸命、入隊を思いとどまるよう説得したけど、無駄だった。
18日、同州ユーコンの自宅に星条旗と海兵隊の旗が半旗で掲げられた。
祖母のビリーさんが、戦死した孫のことを、こう語った。
「礼儀正しい子でしたよ。小さなことでも、みんなにとって大きな意味をもつことがある、って、いつも言ってた、いい子でしたよ」
「9・11」で義憤にかられ、兵士を志願していった、高校を出たばかりのアメリカの若者たち……。
その若い正義感は純粋で尊くもあるが、彼らを操って戦地に送り込んだ者どもの意識は、薄汚く、下劣きわまりない。
壮大な謀略スペタクルでしかなかった「9・11」。
ジェフリーさんのような若者の死を思うとき、その陰謀があばかれる日の一日も早く来ることを祈らざるを得ない。
⇒
http://newsok.com/article/1681738/
Posted by 大沼安史 at 08:41 午後 5.イラクから | Permalink
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2005-11-26
〔NEWS イラクから ⑤〕 イラクの感謝祭
11月第4木曜日は、「感謝祭」の休日。アメリカ人にとって、最も大事な休みの日だ。
英国から米東海岸にたどりついた清教徒たちが、実りの秋の恵みを祝って始めた感謝の一日。
Thanksgiving。
彼(女)らが感謝をささげたのは、窮地を救ってくれた先住民(インディアン)なのか、先住民を彼(女)らのコロニー(入植地)につかわした神なのか。
キリスト暦、2005年の「感謝祭」は、11月24日。
イラクで戦う14万人の米兵も、アメリカという国の生誕につながる、米国民の祝日を過ごした。
でも、彼(女)らにとっての感謝祭は、祝日であっても休日ではなかった。
戦争しに、メソポタミアまで来ているのだから。
ニューヨーク・タイムズ紙によれば、この日、バグダッドの中心部で、またも悲劇は起きた。
病院の近くでイラクの子どもたちにオモチャを配っていた米兵のグループに、爆薬を積んだ車が突っ込んだ。少なくとも31人が死亡した。大半がイラク人、それも婦女子だった。
VOA(アメリカの声)の電子版に、「ユシフィヤ前進基地」のルポが出ていた。
ユシフィアは、流血の激戦地、「死の三角形」のなかにある、スンニ派イラク人、2万人の町。米軍の前進基地は、鉄条網で囲まれ、砦のように孤立している。
「感謝祭」のこの日、ひとりの負傷者も出てほしくないという願いはむなしく破られた。
道路の先にある民家が被弾し、死傷者が出た。
ひとりの米兵がVOAの記者に言った。「ハッピー・サンクスギビング!(なんてすてきな感謝祭!)」
そして、こう付け加えた。「これがノーマル。毎日がこうさ」
シリア国境に近くで戦闘に従事する米海兵隊にも、「感謝祭」の一日が過ぎた。
AP通信の記者に対して、ミシガン州出身の20歳のマリーン(海兵)は言った。
「国に貢献するのは大事だけれど、友だちがここにいなくてさびしい。でも、そのことがぼくを感謝させてくれる。ぼくがいま、何を持っていて、何を当たり前のように持っていたかを知ることで」
カリフォルニア出身の、21歳になる別のマリーンも、ホームシックを隠さなかった。
「家のカウチに寝転んで、オヤジと一緒にテレビのフットボール試合を見ていられたのに。それなのに、ぼくはいま、イラクで装甲車を運転中さ」
感謝祭の食卓に必ずのぼるターキー(七面鳥)などの食材は、ジャンボ機でイラクに空輸された。
14万人の米兵の「大半」は、ターキーを口にすることができたという。
ニューヨーク・タイムズ紙によれば、この日、イラクで、2人の米兵が戦死した。バグダッドの近くで道路脇に仕掛けられた爆弾が爆発した。
ほかに、イラク人が少なくとも51人、死亡した。
「先住民」(イラク人)の生活圏に侵入し、破壊活動を続けながら、神に感謝をささげる、コロニー(軍事基地)にたてこもった「入植者」(米兵)たち。
メソポタミアの地での、3回目の感謝祭は、やはり、硝煙と流血の一日だった。
「ハッピー・サンクスギビング!(なんてすてきな感謝祭!)」
Posted by 大沼安史 at 10:47 午前 5.イラクから | Permalink
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2005-11-25
〔NEWS イラクから ④〕ファルージャ、忘れまじ
米国人BLOGジャーナリスト、ダール・ジャマル氏の「ファルージャの瓦礫のなか、生活は続く」という記事を、インター・プレス・サービス(IPS)のHPで読んだ。
11月23日、サンフランシスコ発だから、いったんイラクを出国しての報道らしい。
9日前、14日にはブログ「イラク・ディスパッチ」に「ファルージャ再訪」という記事を載せているので、そのあと帰国したようだ。
わたし(大沼)は、ジャマル氏の、米軍に同行しない、イラク民衆の側からの草の根報道を高く評価するひとりだ。だからときどき、ネットの上で「追っかけ」る。
そのジャマル氏のIPSでの記事を読んで、またも、イラク西部の都市、ファルージャの悲劇の現場へと引き戻された。
昨年4月と11月、米軍の侵攻により破壊された、「イラクのゲルニカ」とも呼ばれる戦災都市である。
ジャマル氏の報告によると、米軍のファルージャ侵攻、「オバケの激怒作戦(Operation Phantom Fury)」によって、36000の家が、60の学校が、65のモスクが破壊された。
現地の「人権デモクラシー研究センター」によると、4000人から6000人の人びと(その大半は一般住民)が殺され、急ごしらえの墓地に埋葬された。
ファルージャ市役所のスポークスマンの話では、生き残った人びとのうち、15万人から35万人が戦争難民となっている。
米軍による都市の破壊は、同市のシュハダ地区でとくに徹底し、家屋の95%が瓦礫を化した。
イラク政府が約束した補償も、2割出ただけで、支払いは停止されている……。
これが米軍が「白燐(リン)弾」まで使って制圧した、30万都市の現在の窮状である。
ファルージャ戦からすでに1年――。
ひどい話だ。
ジャマル氏が自分のブログに載せた「ファルージャ再訪」には、「白燐弾」に関する記述に加え、住民の、米軍による残虐行為についての証言も紹介されている。
「通りに横たわる、負傷した人々を(米軍の)戦車は轢いた。なんども、そういうことはあった」
「アメリカ人は通訳なしで家に入り、人々を射殺した。英語がわからないので、命令に従えなかっただけなのに。わたしがいた家では26人が射殺された」
「白旗をかかげて避難する非武装の人びとを撃ち殺した」
ピカソが生きていたら、どんな地獄絵を描くか?……
ファルージャの悲劇、忘れまじ、である。
IPSの記事は ⇒
http://ipsnews.net/news.asp?idnews=31150
Posted by 大沼安史 at 11:08 午前 5.イラクから | Permalink
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2005-11-23
〔NEWS イラクから ③〕 ウバイデ従軍記
英紙ガーディアンのシーン・スミス記者の米海兵隊従軍記が、同紙(電子版、11月23日付け)に載っていた。
米海兵隊がシリア国境に近い、ユーフラテス川沿いの一帯で続ける、「鉄のカーテン作戦」の同行ルポである。
フサイバやカラビアの町では抵抗らしき抵抗はなかったが、ウバイデ(Ubaydi)では反撃された。
海兵隊は戦車やヘリでウバイデに突入。イラク側は銃やロケット発射の手榴弾で応戦した。
「海兵2人は殺された。ひとりは建物に入ってやられた」
その建物(家)のなかにはバリケードを築いたグループがいて、海兵が来るのを待ち構え、射殺した。
スミス記者は海兵を殺したイラク人男性のうちのひとりの遺体が、通りに横たわっているのを見た。
ウバイデ郊外の農家で、海兵5人が殺された。2人の男を追って農家に突入したとき、爆発が起きた。
激しい戦闘が続くのをみて、ウバイデの人びとは避難をはじめた。女子どもは白旗をかかげて出て来た。硝煙と爆発をくぐり抜け、人々の列が現れ出た。どっちの方向から弾が飛んでくるか、知れないのに。その姿を見て、不気味な気がした……
イラク人の男はみな拘束された。手にスプレーをかけられる。爆薬を扱ったかどうか、たしかめるためだ……
スミス記者はこのあと、続けてこう書いた。
「家族は引き裂かれ、拡声器が命令を吠え立てる。拘束された者の何人かは戻ってきたが、ほかは帰ってこなかった」
スミス記者の従軍ルポのこの箇所を読んで、胸が痛んだ。
そして、エリ・ヴィーゼルの「夜(La Nuit)」に出てくる、ユダヤ人の家族がアウシュビッツの玄関口にあたるビルケナウで、「死の選別」に遭うくだりを思い出した。
家族は引き裂かれ、拡声器は吠え立てる……
アメリカの海兵(マリーン)たちは、現代のSS(ナチス)なのか?
胸は痛み、耳をふさぎたい気がした。
Posted by 大沼安史 at 09:41 午後 5.イラクから | Permalink
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2005-11-22
〔NEWS・新シリーズ イラクから ②〕 ジョーンズ軍曹 「砂漠のネズミ」の死
イラク南部に展開する英軍部隊、第7装甲旅団のニックネームは「砂漠のネズミ(Desert Rat)」だそうだ。
その「砂漠のネズミ」のひとり、ジョン・ジョーンズ軍曹(31歳)が戦死したことを、英紙インディペンデント(電子版、11月22日付け)で読んだ。
20日の日曜日、バスラ北部をパトロール中、道路わきに仕掛けられた爆弾が爆発し、死亡した。
ジャックという、5歳の男の子の父親。
仲間から「ジョナ」と呼ばれていたジョーンズ軍曹は、切れ味のあるユーモアの持ち主だったという。
妻のニッキーさんが言っていた。
「ジョナはほんとうにオールラウンドのスポーツマンだった……彼は兵士であることを愛し、所属する連隊に誇りを持っていた。しかし、なによりも彼はすばらしい父親であり、愛する夫だった」
16歳で軍務に就いた。英国中部の工業都市、バーミンガムの出身。
軍歴を読んで、勝手に労働者階級の出身だろうと想像し、同時に歌手のトム・ジョーンズの、あの歌を思い出した。
そう、あの GREEN GREEN GRASS OF HOME(想い出のグリーングラス)。
我が家の緑の草に手を触れ、帰郷した幸せをかみしめる、男の歌を。
ジョーンズ軍曹は即死だったという。
見ず知らずの英国人の彼に、故国の我が家を想い、妻と息子の幸せを祈るだけの時間を持たせてあげたかった。
インディペンデント紙の記事は ⇒
http://news.independent.co.uk/world/middle_east/article328528.ece
トム・ジョーンズの歌の歌詞は ⇒
http://www.azlyrics.com/lyrics/tomjones/greengreengrassofhome.html
Posted by 大沼安史 at 04:24 午後 5.イラクから | Permalink
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〔NEWS・新シリーズ イラクから ①〕 米軍 幼児3人を含む5人を射殺 葬式帰りの家族のバンを攻撃
英紙タイムズ(電子版、11月22日付け)のバグダッド特派員電を読んで、悲しくなった。
21日に起きた、バクダッドの北、バクバ近郊の路上での出来事。
ミニバンに乗って帰宅途中の、葬式帰りのイラク人の家族らに向かって、米軍兵士が一斉射撃をし、1歳から3歳の幼児3人を含む5人が死亡、2人の婦人と子ども1人の3人が負傷した。
運びこまれた病院で、親戚の人が叫んだという。
「子どもたちばかりじゃないか、テロリストじゃないじゃないか」
幼児たちは、銃弾で頭や腕を吹き飛ばされていた。
米軍は検問中で、ミニバンを自爆テロリストと誤認した。
バクバ駐留米軍のスポークスマンは、同紙に対してこう言ったという。
「悲劇だ。しかし、こうした悲劇はザラカゥイ一味が爆弾を積んで車で走り回っているから起きる」
(大沼 注)
日本のマスコミだけでは、なかなか様子がわからない、イラク現地での出来事を、現地からの外国プレスなどの報道を頼りに、本BLOGの新シリーズ「イラクから」として、戦争の続く限り、書き続けていきたいと思う。
いまのわたしにはそれぐらいしかできない。しかし、それはわたしに、できる。わたしは、時間の許す限り、なるべく多くの出来事を掘り起こし、日本語化して流し続けるつもりだ。
それがわたしにできる「イラク反戦」であり、イラクのひとびととの連帯である。
タイムズ紙の記事は ⇒
http://www.timesonline.co.uk/article/0,,7374-1882607,00.html
Posted by 大沼安史 at 03:35 午後 5.イラクから | Permalink
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