« あじさいの咲く道  大沼安史 作詞・作曲 | トップページ

2021-08-21

 2021年8月29日世界TIDAYにむけて

◆これは、8月29日世界TIデーにむけて書かれたスピーチ原稿です。

                     (文責・大沼久美子) 

夫、大沼安史は、2020年6月22日に71歳で亡くなりました。

原発推進の闇組織に、電子レンジと同じ電磁波・マイクロ波と放射線で、

肝臓と腎臓を回復不可能な程破壊されて、亡くなりました。

2012年から電磁波などの嫌がらせを受け始め、9年目の事でした。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

2011年3月11日午後14時46分、東北を襲った大地震は多くの人々のいのちを奪い、

そのあとに起きた福島第一原子力発電所の事故は、多くの人達の運命を変えました。           

311がなければ、大沼はあのような亡くなり方はしなかったと思います。

大震災直後、福島第一原子力発電所で1号機から4号機まで次々爆発事故を起こし、

人々を恐怖に陥れました。当時、政府もメディアも正確な情報を出しませんでした。

大沼は、自分が出来ることは翻訳なので、

海外のメディアの情報を日本語に翻訳して自分のブログに載せ始めました。

事故直後、私の友人はフランスの友人から国際電話をもらい

「すぐ、逃げろ!日本から出ろ!大変な事故だぞ」

と伝えられましたが、家族に話しても

「テレビで、そういうことは言ってない」

と一蹴(いっしゅう)され、泣くしかなかったと私に話してくれました。

海外メディアの方が正確な情報を出していたのです。

大沼のブログを読んで、小さな娘を守るために沖縄まで逃げた方もいます。

大沼が海外情報を日本語訳して出したことは、間違っていなかったのです。

出版社の勧めがあって、ブログ記事を本として出しました。

2巻目まで出し、3巻目の執筆をしていた頃から「それ」は始まりました。

最初は、パソコンの異常でした。

同じ画面が何十も次々現れたり、書いているうちにデータが消えていく現象が起きました。

パソコンの修理に来た人が「修理できない」と言い、大沼は新しいパソコンに買い換えました。

次に、鼻血が出て止まらなくなりました。

その頃仕事中の大沼に会った私は、大沼の足が異常にむくんでいたことを覚えています。

秋ごろには、歩けなくなりましたが、外気功の先生の治療でなんとか仕事ができるところまで回復しました。

2013年には、電磁波での脳内送信と車などのストーキングが始まりました。(ここまでの詳細は別に記述します)

電磁波での攻撃とストーキングの凄まじさに、

仙台~静岡~岡山~山形~滋賀~仙台~岩手県・奥州市~宮城・大崎市と2020年まで7回引っ越しました。

大沼は、奥州市の水沢で致命的な傷を負い、引っ越し先の大崎市の病院で亡くなりました。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

逃避行の日々でありながら、大沼は「世界が見た福島原発災害」のシリーズを7巻書き上げ、

日本における原発・核の闇を書ききりました。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

大沼は、東北大法学部を卒業後、北海道新聞社に入社し、

社会部デスク、論説委員、カイロ特派員などを務め、

45歳で退社したあとは、宮城教育大講師、青葉学院短期大学教授、東京医療保健大学教授を務めました。

退職年齢にはなっていませんでしたが、

思うところがあって東京医療保健大学を辞職し2009年に故郷の仙台に帰ってきました。

東京を出て、広島に行き資料館の見学をし原爆ドームの傍でこれからの人生を思いました。

そして2011年3月11日、東日本大震災を仙台市青葉区の自宅マンションで迎えます。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

人類史上最悪の福島第一原子力発電所核爆発により

2011年3月11日に発令された『原子力緊急事態宣言』は2021年8月現在も解除されていません。

福島や宮城の放射能の数値は、「放射線管理区域」の値です。

それは、そこには放射能を扱う資格を持った者しか入れず、

飲んだり食べたりしてはいけない場所です。

そのような場所で、今でも東北の人間は暮らしているわけです。

 解除は100年無理です。

放射能を含んだガスがダダ洩れで、風で日本全国だけでなく、世界中にばらまかれています。

フクイチから出る汚染水は、海を汚染して海洋生物の生存に影響を与えています。

東北、首都圏の水道水の深刻なセシウム汚染は現在も進行中です。

「冷温停止」も「アンダーコントロール」も全部嘘です。                  

フクイチの惨状をごまかすために、金の力で無理やり五輪(オリンピック)を招致(しょうち)しました。

大沼は「世界が見た福島原発災害」のシリーズで、その嘘を暴(あば)き真実を書きました。

政府にとって大沼の存在は、邪魔だったでしょう。(事故後すぐに経済産業省は再稼働に向けて動き出しています)

これは推測ですが、大沼は

「復興しようとしているのに、いたずらに虚偽の出来事をでっちあげ、大衆に不安感を与え、扇動しているネットテロの首謀者」

ということになっているのではないでしょうか。

「原発事故は継続中なのに、みんなが諦めて、忘れるのを待たれてる感じがする」

と、おしどりマコさんが話していましたが私も同感です。

こんなことのために、大沼は殺されたのか?と思うと 悲しいです。

1964年の五輪(オリンピック)が開催された時、私は小学生でした。

経済成長の中で、日本がこれからどんな国になっていくのか、誇らしかったです。

それから57年後の五輪(オリンピック)。

日本がその57年で何をやって来たのかを、まざまざと見せられる五輪(オリンピック)でした。

2013年から始まった大沼との逃避行の中で、

新名神高速道路を走り、アメリカ映画を見ているような光景に驚きましたが、

地方の道路を走ると

「どれだけ中抜きしたの?」

と思われる道路やトンネルに、この国の道路行政の貧困を見ました。

全ての事が「利権」なのだと、

これまで起きた事象や見て来たことを総合して、社会的経験の少ない鈍い私でも、今更ながらですが理解できました。

半世紀の結果が閉会式にあらわれていました。

搾り取るだけ搾り取って、残り滓(かす)を見せられているようでした。

これは私の感覚ですが、あそこには「未来」はありませんでした。

懐古趣味のしょぼくれたパフォーマンスがあっただけでした。

五輪(オリンピック)を作る側に、「未来」を創るビジョンが何もないということの象徴に思えました。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

戦後築きあげて来た日本のシステムの土台を、

シロアリのように食い散らかして来たのは、政府官僚、政治家、企業です。

老人、女性、障碍者、子どもたち・・・社会的に弱い立場にあるものが

その社会でどんな扱いを受けているのかで、その社会の成熟度がわかる、

と書いたのは「邪宗門」を書いた高橋和巳でしたが、

57年経って、日本はどのような方向に行ったのでしょうか?

自分だけよければよい。今だけよければよい。後は野となれ山となれ。

そんな価値観が生み出した今の日本。                         

自分たちの気に入らない者に電磁波や放射線を浴びせるのです。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

大沼は静岡に居た時に、田中正蔵の本の校正をしました。

足尾鉱毒事件です。田中正蔵の生きざまを校正をしながら読み直しました。

田中の信仰を支えたのは、大沼が尊敬してやまない仙台出身の思想家・新井 奥邃(あらい おうすい)でした。

その次の仕事は、宇井純さんの本の校正でした。

宇井さんは、公害がまだ「公」に認められていなかった頃、

出世の道を捨て、その危険性を訴えるために、東京大学で市民に開かれた自主的な 講座を開きました。

その講座名が「公害原論」です。

日本で起きた数々の公害。それへの政府や企業の対応を校正しながらなぞりました。

そして「水俣病」です。

大沼は、石牟礼道子さんの本をむさぼるように読みました。

それらは全て、フクイチの事故につながる日本の負(ふ)の道です。

足尾鉱毒事件~水俣~フクイチ と、日本政府の対応は何も変わっていません。         

泣きながら本を読んでいる大沼の姿を、私は何度も見ました。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

大沼のジャーナリストとしての仕事は、本来「教育」がテーマで、

日本に「フリースクール」という言葉をもたらしたのは、若き日の大沼です。

大沼が特に影響を受けたのは、「サドベリーバレースクール」です。

物理学者のダニエル・グリンバーグさんが、1968年にアメリカ・マサチューセッツ州のフレイミングハムに創設した学校です。

子どもが学び出すまで決して大人は手を出さず、

また子どもに大人と同等の権利を与え運営に参加させるといった、独特の教育方針で子どもたちの才能を伸ばしています。

そこには、普通の学校にあるべきものがほとんどありません。

学年割り、クラス分け、授業、テスト、通信簿(評価表)・・・、

評価をしないというスタンスは、子どもが他者や組織の評価で餌付けされそれに依存することを防ぎ、

他者との比較による優位感や傲慢さ、劣等感や卑下など、余計な恐怖を養わないで済みます。

大沼が翻訳をした 

「『自由な学びとは』 サドベリーの教育哲学」は、最初の章が「恐怖」について書かれています。

これを読んで、日本の学校教育がどれだけ「恐怖」で支配されてきたかと思います。

サドベリーバレースクールのダニエル・グリンバーグ博士が、大沼に言った印象的なことばがあります。

「いのちのミステリーとは、それが個(人)として現れることだ」

大沼も私も、あなたたちひとりひとりもまた、大きな「いのち」のなかの、ひとつの現れなのです。

いのちと言う宇宙の海のなかの一滴一滴が、ひとりひとりなのです。           

地球という星に、いのちのしずくの一滴として落とされ、

様々な経験をして、また大いなる宇宙の海に戻っていくのです。

その経験は、宇宙の海に集約され共通の経験となります。

何度も生まれなおして、私達の魂は成長していきます。                

地球は魂の学び舎(まなびや)なのです。

違いのある個として生まれる理由は、その違い、差によって、自分自身を理解することにあります。

自分のことが理解できた分だけ、他者を理解できます。その逆もあります。   

競争心や劣等感、優越感、傲慢さや卑下、妬み(ねたみ)や嫉み(そねみ)は、

その感情を持った人間の思考に影を落とし、相手から学ぶ機会を失ってしまうのです。

違いのある相手は、自分を大きく成長させる存在なのです。

だから、「いのち」に電磁波や放射線を浴びせ、「いのち」が苦しむさまを見て狂喜するようなことをしてはなりません。

その「いのち」が持っている個性を阻むようなことをしてはなりません。

被害者、加害者の別なく、殆どの人間は人として正しい道を歩んでいない時に、

どれだけ自分の魂を傷つけているか意識していません。

すべての思い、ことば、行動はその人の魂に影響を与えます。

相手を傷つけようと思った時、ことばに出した時、行動したとき、

相手は傷つきますが、それをしたあなたも傷ついているのです。

ことばにした瞬間、最初にそれを察知するのは、自分の脳です。

物質的な世界で、お金のために正しくない道を選んだ時、

それが仕事だから命令だからと言い訳をしても、自分の魂は傷ついているのです。

どこかでそのカルマを返す出来事が起きます。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

大沼は「理解」の人でした。

「理解」・・・それは「愛」です。

全ての人の、地球での学びのテーマは「愛」なのです。

その行為に「愛」があるかどうか。そのことばに「愛」があるかどうか。

愛は与える程、それぞれの内側に増えていきます。減っていくことはありません。    

そして宇宙の海に持って還ることができるのは「愛」だけなのです。

 

いろいろ話しましたが、このことばに集約されます。

「暴力より愛を」       

 

          20218月29日   大沼久美子記

Posted by 大沼安史 at 09:44 午後 |