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2019-01-01

〔フクイチ・メガ核惨事〕 ◇(NHK 福島 NEWS WEB) 浪江町で初日の出を迎える / 「午前7時ごろ、高台の北東側にあり、津波で大きな被害を受けた請戸小学校のそばから太陽が上がると、町民たちは手を合わせるなどして家族の幸せや町の復興を願っていました」

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 ★ NHKは「多くの住民が集まりました」と報じているが、これを「多くの住民」とは普通、言わない。

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★ NHKは「多くの人が」参加したと報じた。

 ニュース原稿としては、欠陥原稿である。

 せめて「約〇〇人」と書くべきだ。

 歴史を書いている、との自覚がほしい。

 国策宣伝放送でないのなら!

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〔★は大沼〕 ◎ NHK 福島 NEWS WEB (1月1日付)⇒ https://www3.nhk.or.jp/lnews/fukushima/20190101/6050003940.html

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 (全文) おととし原発事故による避難指示の一部が解除された福島県浪江町で町民が沿岸部の高台まで歩いて初日の出を見る催しが行われ、参加した人たちが町の復興などを願いました。

 この催しは震災と原発事故の後中断していましたが、去年から再開されていて、1日は午前5時から浪江町の役場に、地元に帰還している人や避難生活を続けている人など多くの住民が集まりました。

 住民たちは準備運動をした後、およそ3キロメートル離れた沿岸部の高台まで昔の思い出などを話しながら歩いて向かいました。

 そして、午前7時ごろ、高台の北東側にあり、津波で大きな被害を受けた請戸小学校のそばから太陽が上がると、町民たちは手を合わせるなどして家族の幸せや町の復興を願っていました。

 去年、避難先から浪江町に帰還した70代の女性は、「この請戸地区では、私の友人が津波で亡くなっているので、その人たちの分も精一杯生きていきたいと思います」と話していました。

 また、避難先の二本松市から子どもと一緒に訪れた男性は「初日の出に向かって浪江町の復興も願いました。去年は子どもが小学生になるなど嬉しい出来事もあったので、ことしも家族が幸せな一年になって欲しいです」と話していました。

 浪江町で暮らす住民は、去年11月末現在、震災前の人口のおよそ4%にあたる870人にとどまっています。
 

Posted by 大沼安史 at 11:53 午後 |

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