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2017-11-28

〔だから、世界は素晴らしい〕◇ 昭和の初期、山形県東根の長瀞(ながとろ)小学校で行なわれた、佐藤文利、国分一太郎らの「想画」(お手本通りに描かせる「臨画」に対して提唱)と「生活綴り方」教育の作品を集めた『画文集』が、地元の寒河江民雄さん、小野正敬さん、村田民雄さんらの努力と、クラウドファンディングによる全国から応援で、ついに刊行!

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  画文集は、定価2000円・送料300円で、「あすなろ書店」( 郵便番号999-3763 山形県東根市神町中央1-9-1 tel 0237-47-0099 fax 0237-48-1778)で扱っている。

 

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〔★は大沼〕 ◎ Readyfor 画文集「昭和の原風景」を作りたい!あなたに届けたい昭和の記憶
⇒ 
https://readyfor.jp/projects/gabunnsyuu

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 ◎ 日本農業新聞: 農の記憶、次代の宝 900点 昭和の児童が描いた「想画」 山形県東根市
 (6月4日付け)⇒ 
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170604-00010001-agrinews-soci

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 ★ 宮城教育大学の元学長、横須賀薫先生の「メール私信『かたくりの花』で、刊行を知った!

 横須賀先生は、こう書いている。

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 「想画」はお手本通りに描かせる「臨画」に対して唱えられたもので、昭和初期に全国の小学校で取り組まれたものである。長瀞小は島根県の馬木小、三重県の早修小と並ぶ想画教育の三大校の一つに数えられ、その中でも長瀞小が注目されたのは、後に生活綴り方運動の有力な担い手の一人になる国分一太郎(1911~84)が新任教員としてこの教育活動に加わっていたことからである。
 これらのことは教育実践史上よく知られていることだった。
その当時の貴重な児童作品が保存されていることを私に教えてくれたのは、同地に住まう寒河江文雄さんで、今から15年くらい前だったと思うが、山形市で展覧された機会に招かれて実見したのだった。それ以来寒河江さんとは親しい交際を続けていたので、氏がこの児童画の保存と公開に熱心に取り組んでいることはよく知っていた。今回の画文集の刊行はその念願の実現と思い、とてもうれしく思った。

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 児童たちの画の題材はすべて生活の中から採られていて、多くは農作業と家事労働でのお手伝い、自分たちの遊びの場面が描かれ、数は多くないが、肉親の素顔も描かれている。
こういう点は綴方と児童詩と共通している。そしてこれらの作品を春夏秋冬に分類して編集してある。

 画文集を手にしての印象は、その一枚一枚の色彩の鮮やかさであった。それは描かれてから90年が経っていることが信じられないほどである。山形市で実見した時は、もう少しくすんでいたような記憶なので、ちょっと驚いたが、山形大学が作成したデジタル画像を使用したとあるのでそのおかげだろう。稲刈りの場面を描いたものなど、まさにゴッホの一枚を彷彿とさせてくれる。
 今回の刊行企画は副題に「山形県長瀞小学校児童の想画と綴方による昭和の原風景」とあるように、地域の人々にとってなつかしい場面を思い出すものとなることを主眼としていると思われるが、それと併せて昭和初期の地方小学校の教育実践の質の高さを、われわれに教えてくれていることが重要である。

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 ★ 文科省「管理恐育」が惨憺たるクライマックスを迎えているいま、大正から昭和初期にかけて、全国各地で続けられた「合科」など自由教育の再興が求められている。

Posted by 大沼安史 at 04:14 午後 |