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2017-11-13

〔甲賀の里(滋賀県)日記〕 ◇ 「フクシマを開く」、そして放射能への「不安」とは実は「愛」であることについて

 先月(10月)7~9日まで、高知・岡山・東京・神奈川・宮城・アメリカ・フランスから24人が福島を訪れ、学びと交流の3日間を過ごした。

 3回目の「福島ラーニング・ジャーニー」

 米国の反核・環境活動家で、仏教学者でもあるジョアンナ・メイシーさん(88歳)の「アクティブ・ホープ」の呼びかけに応えた人たちが、さまざまな事情を抱えながら被曝地で生活を続ける人びとの声に耳を傾けた。

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 フランスの原子力推進派による被曝地での「教育」活動とは違って、「安全・安心神話」を広げる旅ではなかった。

 あくまでも「現実」を直視し、その過酷な現実のなかから、前へ一歩踏み出していくアクティブな(行動する)「希望」を――すくなくとも「希望」の足掛かりを、それぞれが心につかむ旅だった。

 「囲い込む」のではなく、フクシマを「ともに開いていく」旅。

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 参加した岡山の知人によると、大熊町の現地連絡事務所では、「じじい部隊」(元役場管理職らでつくる)の2人と話し合った。

 2人はこう言ったそうだ。

 「町民の96%が、現在の帰還困難区域に住んでいた。町の面積の4分の1が中間貯蔵施設になる予定」

 「一時帰宅者や水路の世話、町の見回りなどは、若い者にやらせるわけにはいかず、私ら年寄りが年中無休でローテーションを組んでやっている」

 「下を育てないといけない。じじい部隊ではなく、小姑(こじゅうと)部隊(笑)」

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 「つらかったことは?」/「原発の状況も避難の方法もわからず、町民にどなられ責められたこと」

 「そのなかで拠り所となったのは?」/「避難先の行政職員・保健師・住民が大変親切だったこと」……

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 一昨年、昨年、ことしと、3年続けて「ジャーニー」に参加した米国人のボブさんは2人に、率直に語った。

 「2年前のじじい部隊は『我々がやるんだ!』という雰囲気だった。昨年は『うまく行かなくてがっかり』という感じ。そして今年は『起きなかったことは起きなかったのだ』という心境のように思える」

 「じじい」の1人が答えた。

 「そのとおり。心の内を見透かされたようだ」

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 「起きなかったことは起きなかった」とは、「フクシマに寄り添った」はずの日本政府による「復興」が、その言葉通りに実現しなかったことを意味する、大熊町の現場からのひとつの「証言」だろう。

 そこに――その現状認識に、「囲い込み」を内側と外側を突破して「フクシマを開いていく」新たな旅の出発点がある。

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 ジョアンナ・メイシーさんの提唱する「アクティブ・ホープ」とは、「感謝・痛み・新しい見方・前進」の4つのステージで進む、それぞれの希望の道だ。

 可能性を開き、解決策を手にしていく道だ。

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 そして、その土台には――互いに相手を思い、助け合う「コンパッション」(共感・共苦)がなければならない。

 メイシーさんの本を読んですこしは学んだはずのわたしもまた、切にそう思う。

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 フクシマは、東京の原子力権力が、見えない神のごとくふるまう「収容所」であり続けてはならない。

 フクシマこそ、新しい方向を拓いていく希望の大地になるべき場所である。

 それも、内外が呼応するなか、そこを共通のふるさととして生きようとする一人ひとりの、希望と決断が集い合う場所としての。

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 フクシマは希望の聖地となるべき運命の土地であり、そこへ進むかどうかの岐路は、わたしたち一人ひとりのなかにある。

 そして、その岐路に向き合い、立ち止まって選び取るのは、わたし一人ひとりの心に生まれる(わたしたち自身に生まれるしかない)「行動する希望」であるだろう。 

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 岡山の知人からの報告で、わたしが目からウロコというか、ハッとさせられた言葉あるので、それを最後に紹介しよう。

 旅の終点、田村市の「蓮笑庵」で、参加者の一人が言った言葉。

 「放射能は安全だろと説得されるのが怖かったが、そうではなかった。食べものについては、やはりどうなの?という気持ちはある。ただそれは愛だと思う。私は娘を愛する……」

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 放射能への不安とは、否定されるべきネガティブなものでもなんでもなく、それは実はポジティブな、よりどころとすべき「愛」であると。

 なるほど、たしかに、たしかにそれは、いのちの「愛」……。

 そうか、そういうことか……

 それはいのちを守ろうとする勇気でもあり、その愛を通してこそそこに、まがいものではない、ほんものの連帯のきずなも生まれるはず。

 わたしは、この言葉――「放射能への不安とはフクシマを開いていく愛」――の意味の深みに浸るうち、心の底に、希望の芯のようなものが生まれ、ズンと根を下ろしたような気がした。 

 
 
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◎ 本ブログ既報 : 2016-01-24〔コラム 机の上の空〕 ★ 絶望から生まれる希望 またはフクシマの勇気
 ⇒ http://onuma.cocolog-nifty.com/blog1/2016/01/post-1cf8.html

Posted by 大沼安史 at 01:33 午後 |

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