« 〔甲賀の里(滋賀県湖南市)ケムトレイル日記〕 ◆ 9日夕 そして本日(11日)、秋空にケム撒き (飛行機雲と違って、尻尾から消えず、そのままリボン状に拡散して、地上に降下し、大気をケミカルな靄状に)★ バリウム(電磁波ダクト形成/脳の分析力の低下)、アルミニウム(記憶を消去)、ストロンチウム(下界のターゲットに吸引被曝させる)がまかれていると、米国の専門家が指摘! 電磁波ダクトは、「ハーモニクス」マインド・コントロールの電磁波、国土・全国民全面照射に使われているらしい! | トップページ | 〔フクイチ・メガ核惨事 7年目の秋に〕◇ 「Fukushima」は、日本に対する(ヒロシマ・ナガサキに続く)第3の「核攻撃」であり、「地球的なジェノサイド(大虐殺)」だ!  / 「太平洋を放射能垂れ流しのトイレにしてしまった!」 ―― ◎ ベストセラー『子宮の危機(The Uterine Crisis)』で有名な、米国の故・I.S.パーリンジェリ博士(Ilya Sandra Perlingieri)は、亡くなる前年の2012年3月、こんな厳しい批判と警告を遺していた! »

2017-10-12

〔フクイチ・メガ核惨事 7年目の秋に〕 ◇ 安倍政権の「再稼働・暴走列車」は止めねばならない! 

Screenshot7577 ★ 以下の文章は、拙著、『世界が見た福島原発災害 6 ―― 核の地獄を超えて』の「フクシマの丘から あとがきに代えて」に一部、手を加えたものです。

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 ◇ フクシマの丘から あとがきに代えて

 シリーズ六巻目を書き終えて、いま思うのは、安倍政権が叫ぶ「この道しかない」再稼働路線の危うさだ。

 最後まで「何事もなかった」「気にするな」で押し通そうとする強引な「アンダー・コントロール」政策が、さまざまな犠牲を強いながら爆走し続けている。

 「3・11」後、フクシマから再出発したはずのこの国の列車は、ドイツのように「脱原発」へと向かわず、フクイチ核惨事の被曝地の人びとの受難を尻目に、「再稼働」に狂奔しながら、ブレーキをかけることも忘れ驀進している。

 「原子力列車・ニッポン号」はどこへ行き着こうとしているのか?

          *

 「3・11」の前年、二〇一〇年一月、八十七歳でお亡くなりになった米国の歴者学者で平和運動家のハワード・ジン(Howard Zinn)さんは、You Can’t Be Neutral on a Moving Train(「走る列車の上で、中立はあり得ない」)という本を遺した。一九九四年の刊。それまでの活動歴を綴った自伝である。

 ジンさんは自伝のタイトル通り、「中立」の自己欺瞞に逃げ込まず、「暴走するアメリカ」を平和と正義の方向へ向けようと闘い続けた人だ。

 ニューヨークで貧しく育った白人のジンさんの社会的な出発点は、人種差別が続くアメリカ南部ジョージア州のアトランタだった。

 一九五〇年代の後半、黒人女子大、スペルマン・カレッジに歴史学の教師をしていた若きジンさんは、黒人の市民的権利の確立を目指す公民権運動組織、SNCC(学生非暴力調整委員会)のアドバイザーを引き受け、活動の前面に立った。

 そのとき、たとえばこんなことがあった。

 教え子の黒人の女子大生たちが、市立図書館に出かけ、棚からアメリカの憲法や人権関係の本を取り出しては、白人専用の貸出カウンターに行って、断られるのを覚悟で粘り強く、何度も何度も貸出手続きの申し込みを繰り返したというのだ。

          *

 わたしが今なぜ、このエピソードを紹介したかというと、フクイチ被曝地の人びともまた、原発再推進・再稼働路線のなかで、この国の「公民」として生きる権利を踏みにじられていると考えるからだ。

 勝手に「原発事故とは無関係」な甲状腺癌になったと言われ、勝手に逃げ出した「自主避難者」だとレッテルを貼られて、住宅支援は打ち切られ、汚染された被曝地への帰還を強いられている。

 フクイチのヒバクシャたちは実質上、この国の基本的人権を奪われたに等しい。

 ふるさとへ帰る選択をした人びとへの支援策も不十分だし、移住しようと決意した人びとへの支援策もない。

 フクイチ被曝地とは被害者の国民的な権利が剥奪された日本の「南部」である。フクイチ核惨事とは甚大な人権侵害のことでもある。

 それなのに放射能が「見えない」ことをいいことに、フェイクをまき散らし、何事もなかったかのように暴走し続ける「原子力列車・ニッポン号」。

 わたしたちもまたジンさんにならって――あるいはアトランタの黒人女子大生にならって、原子力ムラの悪代官になり下がったようなこの国の為政者らに、憲法や人権の本を突き付け、彼らの狂気を正気に戻す、非暴力の闘いを始めなければならない。

          *

 ジンさんは一九六六年に「ベ平連」の招きで来日した。そのとき仙台も訪れ、学生たちと話し合ったことを「よき思い出」として自伝に書いている。

 

 だからきっと東北本線の特急「ひばり」か何かで、福島を通ったはずだ。

 一九六六年と言えば、東電福島第一原発の「1号機」が着工される前年のこと。ジンさんが車窓から見た風景は、死の灰で汚染されていない文字通りの平和な福島の光景だったはずである。

 そういう死の灰にまみれる以前の「うつくしま」こそ、わたしたちが仕立て直す「世直し列車・脱原発号」が目指すべき最終ゴールであるだろう。

 終着駅は何十年も、何百年も先にある。いや、もっと先の未来にあるかも知れない。

 しかし、いま、そこを目指さないで、ここまま暴走列車に乗り続けていたら破局は目に見えている。再び、想定外の原発事故が起き、おそらくは西日本も放射能に汚染され、わたしたちは「生き場所」を失うことになるのだ。福島の未来世代が「うつくしま」に再び生きることもなくなる。

 だからこそ、わたしたちは暴走に歯止めをかけねばならない。脱原発に踏み切り、フクイチ被曝地での人権を再確立し、この国の持てる力を全て注いで国土の浄化と保全に取り組んでいく。

 フクイチは臭いものに蓋して済ませられるようなものではないのだ。

 この第6巻でも何度かふれたように、フクイチは「天然原子炉」化し、巨大な核の活火山となっている。だからフクイチの空間には閃光が火花のように走り、不気味な光のかたまりがハルマゲドンのフラッシュのように出現しているのだ。

 わたしはしかし、そういう苛酷な現実と向き合うには、もはや行きがかりにこだわっていてはならないと思っている。後ろ向きに、過去の行状を責めてもしかたない。ともに、前を向く。「脱原発」には原子力の専門家たちの知識と知恵が何よりも必要だ。

          *

 わたしたちに、いがみ合っているひまなどない。赦し合い、認め合い、手を握り合って、この史上最大かつ最悪の国難を乗り切っていかねばならない。

          *

 ハワード・ジンさんは、暗殺された黒人公民権運動指導者、マーティン・ルーサー・キング牧師にも影響を与えた人だ。おかげでFBIの危険人物リストにも載せられたという。

 そのキング牧師と言えばもちろん、あの「わたしには夢がある」演説である。

 
    わたしには夢がある。いつかジョージアの赤い丘の上で、奴   隷の息子たちと主人の息子たちが、同じ友愛のテーブルに就く日が来るに違いないという夢がある。
    I have a dream that one day on the red hills of Georgia, the sons of former slaves and the sons of former slave owners will be able to sit down together at the table of brotherhood.

 この和解と連帯の未来を夢見たキング師の演説を、以前のわたしは理想主義に過ぎると少し違和感を持ったものだが、フクイチ核惨事が起きてからは完全に同意している。

 わたしたちは和解し合って、この亡国の危機に対処しないかぎり、生き延びることはできないのだ。すでに、右も左もないのである。国土を浄化し、生存可能な環境を確保して、なんとしても世代をつなぎながら未来を手にしていく。

 すべての出発点は、そこにある。すべての国家政策は、その出発点において再構築されねばならない。そこを原点に、すべてを設計し直す。国税をむさぼり合い既得利権争いを続ける余裕は、いまの日本にはないのである。

 キング師の言うように、わたしたちはいま「フクシマの丘」にともに立ち、手を携え、この未曽有の核惨事を克服して行かねばならない。

          *
 
 この「フクシマの丘」とは「ジョージアの赤い丘」同様、もちろん想像上の広場を指すが、「赤い丘」がジョージア州南部の現実の地域名、固有名詞でもあるように、わたしのなかでは実体としても存在する。

 それはこの春、避難指示が解除された浪江町幾世橋(きよはし)地区の大聖寺の丘だ。

 幾世橋地区の人びとがネットに開設している『ようこそ 幾世橋へ』サイト(→ http://kiyohashimura.server-shared.com/daisyouji.html)をたまたま覗いたら、二〇一七年六月二十九日に行なわれた「境内清掃ボランティア」の写真グラフのなかに、小高い境内から棚塩地区を望む一枚があった。

 遠くに、煙るような防風林の連なり。そこに向かって広がる、畑や草地の、しっとりとした緑。

 わたしはその写真を見て、ああ、ここだ、「フクシマの丘」とはこういう場所なんだ、と思った。

 この丘は、避難指示解除を機に、ふるさとに帰って生活を始めた幾世橋の人びとにとっても、ふるさとに戻れない・戻らない人びとにとっても、共通の心の拠り所だ。

 大聖寺の青田敦郎住職は福島市内の「仮本堂」に、檀家の大半はそれぞれの避難先で暮らし、お盆の法要を二本松市で行なわなければならない状況だが、この境内こそ、ご先祖の霊とともに幾世橋の人びとが一堂に会することのできる、たぶん唯一の場所なのだ。だから午前七時からの境内清掃に、遠方から駆け付けた人もいたのだ。

 昨年、二〇一六年の大みそか――大聖寺の除夜の鐘は、その日の正午に撞かれた。丘の鐘楼に集まったのは、青田住職と檀家の百人近く。丘の鐘楼からの響きは百八つ、幾世橋地区の隅々に波紋のように広がって行った。

 昼間の除夜の鐘撞きは二〇一三年に復活し、四回目。この日は親に連れられて来た、ちいさな男の子たちも鐘楼に登って力いっぱい鐘を撞いた。檀家の一人は『ようこそ 幾世橋へ』サイトに、「今年初めて小さいお子さんが参加し、鐘をつく姿を見て涙がこみ上げてきました」と書いた。

 フクイチ核惨事は地域社会をズタズタにしたが、ひとびとの絆は絶たれてはいない。

 立場の違いはあれ、どこで暮らそうが、同じ丘に集う者として、助け合い、支え合いながら、それぞれの生活を続けていく。不正義と分断に抗し、ともに声を上げ、知る権利を含む、公民としての権利を行使し、自分たちのいのちを生きていく。

 「フクシマの丘」から続く道は、苦しみ喜び合いながら、自分たちで大地を踏みしめ進んでいく、暴走列車が走らない、いのちの道だ。

 それがこの日本という国を再生していく、世直しの道であることも、今や疑い得ない真実である。

              ◇

 『世界が見た福島原発災害』シリーズ、第6巻の本書は、二〇一六年九月に出版した第5巻以降のフクイチをめぐる状況・情勢を、日本国内ではあまり知られていない海外やネットの報道をもとに追いかけたものです。

 本書に収めたさまざまな「事実」の大半は、わたしの個人ブログ、『個人新聞 机の上の空』(→ http://onuma.cocolog-nifty.com/blog1/)で紹介したものです。出典のリンクもあります。フロント頁の右側にある検索エンジンで検索をかければ、出て来ます。みなさんのデータベースとして、お役に立つことができれば幸いです。

 わたしは宮城県仙台市出身(本籍・福島県郡山市)、当年六十七歳の自称、フリー・ジャーナリストです。生涯一記者として、自分に課した職業的な責任を、ブログ活動を中心に今後ともなんとか果たしていくつもりです。

 わたし同様、仙台で被災・被曝し、以来わたしを支えてくれている二つ違いのパートナーは、福島の浪江で生まれた人です。

 フクイチをめぐる日々の出来事を記録する毎日ですが、「被曝穢(え)土」と化したこの国をどう立て直すべきか、思い悩む日々を過ごしています。

 この日本をどう「被曝浄土」に変えていくか。そのためには、どんな気構えが必要か。いずれ、そんなことも書いてみたいと思っています。

 

                 二〇一七年九月 滋賀県・甲賀の里で
                        

                               大沼安史

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〔新刊案内〕◇ 『世界が見た福島原発災害 6 核の地獄を超えて』(緑風出版)★ まるで火花のように、現場空間に出現し続けるカラフルな「閃光」(スパーク)は、終息できずにいるフクイチ・メガ核惨事の今後に警告を発する発光シグナルのようだ!(表紙カバーの写真を参照!)

 ◎ 緑風出版 ⇒ http://www.ryokufu.com/isbn978-4-8461-1716-0n.html

 ◎ ただし、版元の「緑風出版」は「アマゾン」に出荷を停止しています。(⇒ http://webronza.asahi.com/culture/articles/2014091200008.html

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 ◆ 袖文と目次

  福島第一原発事故から6年、海外メディアが伝えるフクシマの核の地獄! ライブカメラが捉える建屋上空のミステリアスな「閃光」、漂う霧は何を意味しているのか? 完全防護の原発作業従事者の年間被ばく限度と同じ被曝地域を次々と避難解除し、住民を丸裸で「強制帰還」させている政府の政策は、人々を死の危険に曝す非人道的な犯罪であると、海外メディアは告発する。そして沈黙しフェイク・ニュースを流す国内メディア……
 本書は、海外メディアが伝える「フクイチ」の恐るべき現実、日本のメディアが絶対に伝えない真実を明らかにする第6弾!(2017.09)

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 ■内容構成

第1章 帰還
 
  「被曝地への強制帰還」
 「人を欺く情報」と「経済的な強制」
 国連の人権勧告も無視して
 国際人権規約に違反
 「犯罪者のようなふるまい」
 連休の公園での自死
 「自主帰還者」にされて
 「卵が先かニワトリが先か」
 豹模様のホットスポット
  フクシマ・ロンリータウン
 ドングリ拾いも禁止
 初めにオリンピックありき
  オートラジオグラフ
 「洗剤の箱」の「死の灰」
 日本で最も美しい村
 村がひとつの原発であったなら
 神話で抵抗を抑止
 「その向こうに核の地獄がある」
 チェルノブイリとは逆方向
 「フクイチ石棺化」を封印
 「アンダー・コントロール」の虚構を死守
  帰還地に死の灰は降り注ぐ

第2章 閃光

 海外ウォッチャーが「閃光」とらえる
 「宝石」のような
 「2色スパーク」や「ペア・スパーク」も
 TBS・JNNカメラでもダブル確認
 「核の沼地」に?
 まるで「ミニ水爆」
 「黒煙」も
 「トリチウム霧」?
 地下で再臨界、続く
 「放射能霧」
 二〇キロ地点で一六七ベクレル/リットル
 「稀ガス建屋」は主噴火口か?
 「フクイチ港」が泡立っている!
 すでに「天然原子炉化」?
 首相式辞に「原発事故」なし

第3章 山火事

 放射能二次災害なのに
 放射能森林火災
 呼吸被曝のリスク
 テスト火災
 東京までの距離に匹敵
 癌死リスク
  放射能煙で食品汚染
 ロンドンにも到達
 実は欧州全域を再汚染
 微生物の死の圏域
 有機堆積物が燃料に
  火災のピークは事故の三十七年後と五十年後に
 「大規模な飛散はない」で幕引き
  ウクライナ人専門家がいるのに
  市民グループがリネン吸着法で観測
 チェルノブイリでは国連防火プロジェクトが進行
 南方熊楠、この世にありせば
  フレコンバッグ除染有機廃棄物火災の恐れ
  フレコン・アイデンティティー

第4章 フェイク

「ポスト真実の政治」へ
 「フェイク・ニュース」
  「フクシマ・フェイク・ニュース」
  「象の足」の五倍
  「ほぼ即死」線量
 日本政府のフェイスブックが炎上
 高校生がノーマスクで
 東電の内規を覆して
 医療学会の見学は「女性禁止」
 女性記者にはマスクと防護メガメを支給
  「東電よ、恥を知れ!」
 核惨事と向き合う人の横っ面を叩く
  閃光は高校生の見学の前日にも
 朝日新聞特報部の栄光と挫折
 調査報道を沈ませた罠
 「脱ポチ宣言」と張り出す
 「カウンター言説」を一掃
 五輪向けコントロールを強化
 人を小馬鹿にしたマヌーバー
 大リーガーは五輪に来ない?
 五輪テロは東海村を狙う
 三閣僚のイスラエル詣で
  米国NSAと諜報一体化
 ロンドン五輪を上回るセキュリティーに
  イスラエル八二〇〇部隊と提携か
 「全てを包含するハイテク諜報」

第5章 謝罪

 「わたしは巨大な犯罪の共犯者の一人」
 常務は泣きじゃくった
 「闇の中をうろうろ」
 事故調の提言も法律も無視
 地球汚染の大罪
 事故後三カ月で最大5ミリシーベルトも被曝
 ヨウ素プルー ム、欧州を襲う
 欧米モニタリング・ポストで異常値
 双頭のネズミイルカ
 ヨウ素129を検出
 海洋プルームからも
  北米西海岸の惨状
 トリチウム垂れ流しを「すでに決定」
 「認識が違っていたら申し訳ない」
 「一〇〇万年の活火山となる」
 「史上最悪の産業惨事」
 「脱原発」への巡礼

 フクシマの丘から あとがきに代えて

Posted by 大沼安史 at 12:25 午後 |