« 〔中性子線や有毒ガスを使ったストーカー組織による攻撃を受けている山口県周南市在住の元高専教授、A先生(工学者)を守ろう!〕◆ 「グーグル・アース」の「地図」から、「侵入路」のほかに――攻撃拠点と見なし得る隣家の「増築部分」も消える! ―― ◎ A先生がツイッターで報告! ★ A先生に対する攻撃が、ここに来て一段とエスカレートして来た! 「彼ら」は、A先生の訴えが広がりだしたことから、決着を急いでいるのかも知れない! 撤退・証拠隠滅の準備も始まった?  | トップページ | 〔フクイチ・メガ核惨事〕◇ 2014年以降の尿検で、福島県のこどもたちの「7割」から放射性セシウムを検出 / 最大値は0.3Bq/L 最頻値は0.16~0.2Bq/L/ 2014年にはセシウム134の検出も / 2015年以降は、セシウム137のみ / 福島県で尿検ごとにセシウム137の濃度が高まった女子も / 西日本のこどもたちからは未検出 ―― ◎ 神戸大教授らが研究論文を発表 ★ 「3・11」から3年後からの尿検で、このありさま。日本政府はフクイチ全被曝地で、放射能尿検を実施すべきだ! »

2017-08-07

〔ヒロシマ・ナガサキ・フクシマ〕◇ 「ニューディリー放送」は(1945年)8月3日、原子爆弾第1号として8月6日広島に投下することが決定し、投下後どうなるか詳しい予告を3日はもちろん、4日も5日も毎日つづけて朝と昼と晩の3回延べ9回の予告放送をし、長崎原爆投下も2日前から同様に毎日3回ずつ原爆投下とその影響などを予告していた! ―― ◎ 『東愛知新聞』(豊橋市)がコラムで、隠された史実を明らかに!

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 ★ わたしは原発投下については、ジュネーブ・ルートで日本の指導部に事前情報が流れていたのではないか(湯川秀樹博士も知っていたのではないか、との証言もある)、と疑ってきたが、インドの「ニューディリー放送」が事前警告を行なっていたとは知らなかった。

 「ニューディリー放送」は戦時謀略放送のひとつだろうが、それにしても、誰がなぜ、事前警告を行なったのか?

 いずれにせよ、当時の日本の指導層が敗戦を受け入れず、最悪の事態を迎えたことだけは事実だ。

 フクシマも、似ている。

 

 このまま、最悪の結末にならなければよいが。

 

〔★は大沼〕  ◎ 『東愛知新聞』 「ヒロシマとフクシマ」浮かび上がる無責任の体系(取締役統括本部長 山本正樹さんによるコラム)
 (6日付け) ⇒ http://www.higashiaichi.co.jp/news/detail/1442

 ・ 原爆投下については、第五航空情報連隊情報室に所属していた黒木雄司氏も自著「原発投下は予告されていた!」(光人社)中で下記のようにはっきり書いている。

毎年八月六日、広島原爆忌の来るたびに、午前八時に下番してすぐ寝ついた私を、午前八時三十二分に田中候補生が起こしに来て、「班長殿、いま広島に原子爆弾が投下されたとニューディリー放送が放送しました。八時十五分に投下されたそうです」と言ったのを、いつも思い出す。(253頁)

 このニューディリー放送では原爆に関連して、まず昭和二十年六月一日、スチムソン委員会が全会一致で日本に原子爆弾投下を米国大統領に勧告したこと(158頁)。次に七月十五日、世界で初めての原子爆弾核爆発の実験成功のこと(214頁)。

 さらに八月三日、原子爆弾第一号として八月六日広島に投下することが決定し、投下後どうなるか詳しい予告を三日はもちろん、四日も五日も毎日つづけて朝と昼と晩の三回延べ九回の予告放送をし、長崎原爆投下も二日前から同様に毎日三回ずつ原爆投下とその影響などを予告してきた。

 ・ そして、2011年の東日本大震災でも、日本政府は放射線予測システムSPEEDI(スピーディ)の情報を福島原事故直後から、把握していて米軍には提供していたにも関わらず、一番必要な時に公開しなかった。

 震災翌日、福島原発に向かう際に管直人首相は、自分自身の生命や健康に影響が出ないことをSPEEDIにより確認したうえで現地に赴いたとも言われている。

 つまり、政府・高官はSPEEDIのデータを自らのために使いはするが、国民に対しては隠蔽し続けたということである。その結果、本来は被曝する必要がなかった多くの人が放射能を浴びてしまったのである。

 また、フクシマ原発事故以来、継続する放射能汚染について、本当に正確な情報を東電、政府は国民に提供してきたかも甚だ疑問なところである。

 このように「フクシマとヒロシマ」には、国民の命よりも自分たちの立場を守るために政府は、本当のことを知らせないという奇妙な符合が見えてくる。あまりに残念なことだが、底なしの無責任の体系が70年近い年月を経ても浮かび上がってくることを忘れてはならない。

Posted by 大沼安史 at 07:56 午後 |