« 〔ハイテク犯罪 マインドコントロールを許すまじ /「政府」を、「政治」を取り戻そう〕 ♪ この歌は「影の政府」の大統領候補、ヒラリーを落選に追い込んだアメリカのパトリオット運動の歌手、カール・クラングさん(Carl Klang)が、ワシントンでの集会で、「マインドコントロール・性奴隷」にされたキャシー・オブライエンさんと娘さんのケリーさんのことを知り、キャシーさんたち母子のモットー、「It's Not Over Until we Win!(勝つまでは終わらない!)」に曲と詞をつけ、歌い始めた歌だ! | トップページ | 〔フクイチ・スーパー核惨事 6年目 年の終わりに〕◇ フクシマ・帰還困難区域の除染作業員の手袋から、セシウム合計 3万5500(35.5キロ)Bq/kg ―― 米国の専門家、マルコ・カルトーフェンさんが測定 / グンダーセンさんの「フェアウィンズ」ツイッターが国際社会に告知 ★ 東電の自己責任者たちは、経産省の原発推進派は、原発を国策推進してきた自民党の政治家たちは――原子力ムラの人たちは、自ら死の灰で手を汚さない! »

2016-12-21

〔フクイチ・スーパー核惨事 6年目の年の終わりに〕◇ 祝! 宮城の誇り、篠原弘典さんが「多田謡子反権力人権賞」を受賞!/ 東北大学原子核工学科で小出裕章さんの2年先輩 / 植木屋・とび職をしながら、女川原発反対など原発反対運動を続けてきた! ★ こういう人がいる! さあ、闘おう! 「勝つまでは終わらない!」

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〔★は大沼〕 ◎ たんぽぽ舎 ⇒ https://www.tanpoposya.com/

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 ◎ 授賞理由 ● 篠原弘典さん (反原発の闘い)
 
 篠原弘典さんは1966年東北大学に入学し、原子力の平和利用によって社会に貢献することを願って原子核工学科に進みましたが、全国学園闘争の波の中で自らの学問と社会のかかわりを問い返し、原子力の危険性を知るに至って反原発の歩みを始めました。

 1970年、女川町で開かれた「第1回原発反対漁民総決起集会」に参加して漁民の心に触れた篠原さんは、仲間たちと女川で長屋の一室を借り、原発の危険性を訴えるビラをつくって漁民に働きかけることになります。

 卒業後は、原子力企業などに就職する同窓らと袂を分かち、とび職として生活を築きながら、一貫して女川原発差止訴訟原告団(団長・阿部宗悦さん)をはじめとする運動の牽引役となり、その後は「みやぎ脱原発・風の会」を主導してきました。

 今、女川の運動を長年支えた仲間は、東日本大震災とその後の苦難の中で、ほとんどが亡くなっています。彼らの遺志を継ぎ、脱原発東北電力株主の会代表、女川原発の再稼働を許さない!みやぎアクション世話人、放射能問題支援対策室「いずみ」顧問などで、脱原発社会実現のため活躍している篠原さんの長年にわたる闘いに敬意を表し、多田謡子反権力人権賞を贈ります。

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 ★ わたしたちが知っている篠原さんのエピソードをひとつ。

  20年くらい前のこと、福島から、献血のSOSが、仙台に届いた。

 「じゃ、おれ、行ってくるわ」と言って、献血に駆けつけたのが、篠原さんだった。

 しばらくして、篠原さんのところに、「お礼のジャガイモが届いた」。

 困った人を助ける、責任感のつよい、まっすぐな人……それが篠原さんだ!

Posted by 大沼安史 at 03:55 午後 |