〔コラム 机の上の空〕 ★ 絶望から生まれる希望 またはフクシマの勇気
そのとき、米国の社会活動家、ジョアンナ・メイシー(Joanna Macy)さんは、ボストンの地下鉄に乗っていた、そうだ。
1977年の春。日は暮れかかっていた。
会議に参加しての帰り。
メイシーさんは、「地球の存続」をテーマにした、その日の会議での見聞に圧倒されていた。
人類の危機、核戦争の危機。
会議で報告されたことを考えているうち、地下鉄は突然、地上に出た。
チャールズ川に架かる鉄橋。
メイシーさんは、向かいの席の人びとの顔を見ているうち、そしてその向こうに暮れなずむ川面を見ているうち、涙が止まらなくなった。
会議が教えてくれた現実の恐怖と、どういっしょに生きて行ったらよいのか分かたず、途方に暮れた。
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それから彼女の苦しみが始まった。
この恐ろしい世界で、どう生きたらいいか、もがき苦しんだ。
絶望を親しい人に打ち明けようとしたが、苦しみに人を巻き込んではいけないと思いとどまった。
胸に爆弾を抱え込むように、苦しみのなかに閉じこもった。
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転機は1年ちょっと過ぎてから、やって来た。
1978年8月、シカゴの大学で、会議が開かれた。
テーマはまたも「地球の存続」
メイシーさんは1週間にわたって会議の議長を務めた。
水の危機、核テクノロジーの脅威……。
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さまざまな危機的な問題を、それぞれ違ったかたちで報告する会議参加者らの発表を聞いているうち、メイシーさんはあることに気づいた。
それぞれの発表が、聴衆一人ひとりの心を、深く、それもパーソナルなかたちで動かしていることに気づいた。
そこでメイシーさんは、会議参加者たちに、こう呼びかけた。
発表を聞いて自分の心がどう動いたか、お互いの経験なり考えを共有し合うために、短く自己紹介して行きましょう、と。
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専門家の鎧を脱ぎ捨てた、シンプルで痛切な発言が続いた。
そこに信頼の輪が生まれ、力が解き放された。
会議は予定時間をオーバーし、この先、どんな取り組みをして行くかの話し合いになった。
新たなプロジェクトの立ち上げが、そこで決まった。
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絶望的な現状を直視し、理解し、絶望的な状況だからこそ、そこに希望の道を切り拓いて行く勇気。
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シカゴの大学で、メイシーさんらが、夜遅く、話し込んでいるときだった。
ふと、こんな言葉が、魔法のように浮かんだそうだ。
Despairwork ―― 絶望からはじめる仕事!
(メイシーさんの著書、Despair and Personal Power in the Nuclear Age(核時代の絶望と人間の力)より)
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先日、わたしたちの住む山形市に、岡山でお世話になった 仙田典子さん が、会議のアドバーザーとして来られた。
仙田さんは翻訳者として、日本にいち早く、ジョアンナ・メイシーさんを紹介した人。
聞けば、福島で、ジョアンナ・メイシーさんが提唱する、人のつながりのなかで絶望を打ち破る「希望のワークショップ」を開いて来たのだという。
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ジョアンナ・メイシーさんの最新の著作は、〔原書が〕2012年に出た「アクティブ・ホープ(Active Hope)」(邦訳は春秋社刊)だ。
フクイチ核惨事について書いてあるかも知れないと思って読んで見たが、直接の言及はなかった。
フクシマのFの字もなかったが、涙が出るほど勇気づけられた。
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「アクティブ・ホーム」をメイシーさんと一緒に書いたのは、クリス・ジョンストンさんという英国の医師だ。
勤務医の仕事の苛酷な実態を内部告発したこともある社会活動家である。
そのクリスさんの最近のトークの題(演題)が、「アクティブ・ホープ」の最後の方に紹介されていた。
それが、なんと――
How Facing Bad News about the World Can Make You Happier.
直訳すれば「世界から届く悪い知らせはいかにしてあなたをよりパッピーにするか」――!
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フクイチ核惨事でわたしたちはいま――メイシーさんの言葉をかりれば、沈黙を強いられ、感覚・感情を麻痺させられている。
ヒロシマの被爆者たちの話を聞き続けた米国の精神分析家、ロバート・J・リフトンさんに言わせれば、わたしたちはいま――「言葉を使った無毒化」による、国家規模の洗脳の最中にいる。
もちろん――だれだって、現実を見るのは苦しい。絶望を意識しながら生きるのは苦しい。
日本の核権力は、そうしたわたしたちの心理・心情につけこんでいる。
そうして世論操作と意識操作を続けている。
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フクイチという放射能公害のなかに突き落とされながら、わたしたちはフクシマの真実を見て見ぬふりして生きている。
フクイチという空前の人災に遭いながら、言いなりに、フクイチに盲(めしい)ている。
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この絶望的状況を乗り越えるには絶望と向き合い、孤独のなかで絶望をひとり抱え込むのではなく、たがいの絶望を認め合い、分け合い、ともに生きる現実を理解し合い、知識・情報を共有し合うなかで、励まし合い、つながり合い、勇気を持ちあって、希望を切り拓いていくしかない。
クリス・ジョンストンさんが言うように、それが――たぶんそれだけが、わたしたちが「より幸せになる」道なのだ。
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Despairwork ―― 絶望からはじめる仕事!
ことしは――いわゆる「2016年問題」が顕在化することしこそは、勇気をもって、絶望から希望を生み出す、仕事始め、事始めの年である。
Posted by 大沼安史 at 02:12 午後 | Permalink