〔おしどりマコさん 野原千代さん 追悼文 「千代さんのこと」〕◆ 《 いつもいつも、原発事故の汚染と未来と子どもたちのことを心配してた。「だって原発事故があったのに、なんで、みんなわからないの? 決定的な何かがたくさん出てくるまで、わからないっていうの??」 》


◆ 「私が余命1年だったら『余命1年の会』を結成して、命がけの抗議をやろうと思うの。でも、私は余命1年じゃないから、この被ばくの研究を命がけでしようと思ったの。」
娘たちにもそう話した、とおっしゃってました。
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◆ でもね、去年、名古屋のホテルで、夜通し喋っていたときにした約束、千代さん覚えてる?
絶対に生き延びよう、って。
どれだけ知ってても調べてても、生き残らなくては意味がないって。
広島の原爆で生き残られた、肥田舜太郎先生みたいに、生き延びて伝えなくちゃダメだって。
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◆ 千代さんも私も仲良しだった、報道ステーションのディレクター岩路さんが自死して、
その後、私がいろいろ調べて、遺書や保険など調べて、その話を千代さんにだけ伝えた夜のことです。
大学で研究がしづらくなって、泣きながら千代さんが岩路さんに電話したり、
TV局で針のむしろだよーと岩路さんがおしどりを飲みに誘ったり。
千代さんと岩路さんと、私たちとで揃って会ったことは無かったけれど、
お互い仲良しで、泣きたくなったときになぜか頼るのは、原発事故の研究・取材を続ける辛さを共有してたからかもしれません。
で、その岩路さんが自死したあと、絶対に盗聴される心配がないから、と千代さんが外資系の信頼できるホテルを指定して、スパイみたいに待ち合わせた夜。
パジャマとベッドという女子会ぽい雰囲気を出しつつ、話題は超シビア。
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◎ 猫とおしゃれとよだれとニュース 「千代さんのこと」
(10月31日付け)⇒ http://ch.nicovideo.jp/oshidori/blomaga/ar902744
Posted by 大沼安史 at 12:07 午後 | Permalink

















