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2015-09-12

〔夕陽村舎日記〕◆ ミネラル畑にいのちはあふれ

 岡山はその名の通り岡と山のクニである。

 岩山だらけだ。

 山ごと、砕石場になっている。

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 昨年11月、岡山のどまん中、吉備中央町へ引っ越して来たとき、わたしたちは「ミネラルと水を通して地球、人間、すべての環境の復元をめざす」川田研究所の農業用ミネラル液を車に積んで来た。

 畑で自然農法に挑戦するんだ、と意気込んで移住した。

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1_3_1_2 川田研究所の川田薫先生(81歳 写真右)は、もともとは物性物理学者(ちなみに、現在、研究所の代表取締役を務める息子さんの川田肇さんも、大学院で物理工学を学んだ工学博士)。

 1988年、54歳で独立して、つくばに研究所を開いた。

 独立したといっても最初は模索の日々。

 何をして、社会に貢献しようか?……悶々とする薫先生に、新しい道を教えてくれたのは、旅先の三陸海岸の岩場に生きる大きな松の木だった。

 隆々とした根が、岩場の岩にガッチリ、根を張っている。

 それを見て、気づいたそうだ。

 この松の木といういのちを育てているのは、岩のミネラルに違いない、と。

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 築184年の旧家の畑で、さっそく試し、お隣のKさんたちもプレゼントとして効き目をたしかめてもらった。

 わたしたちの畑のキヌザヤは、「こんな見事なの、見たことない」ものに育った。

 Kさんの畑など、手入れもしっかりしているせいか、ナスなんかも立派に育って、お礼にずいぶん、おすそ分けしてもらった。

 わたしたちの畑は、水田と隣り合っているのだが、わたしたちのミネラル液(希釈液)が流れ込んだところは、稲の茎がしっかり育ち、プロ農家のNさんに驚かれた!

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 薫先生の農業用ミネラルは、天然の岩石から(原子価制御など)特殊は技法で安定的に抽出した、ミネラル超微粒子。

 これがいのちの素として働き、作物を元気の育てている(ようだ)。

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 薫先生と息子の薫さんが共著で出した 『地球農学の構想 ―― ミネラル畑にいのちはあふれ 』(野草社) は、わたしたちの手元から、移住者仲間(先輩)のMさん夫妻の手に移って、現在、町内のブルーベりー生産農家に貸し出されている。

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 移住してきて、1年――。

 わたしたちにも、区切りのときが来た。

 畑で育った作物を通じ、岩のミネラルはわたしのからだに入り、わたしの体力と気力を回復してくれた。

 あたらしいわたしに育ててくれた。

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 薫先生に気づきをもたらした、三陸海岸の岩場の松の木のように、わたしも、わたしというという老木に――どんなに過酷な環境にあろうと――わたしなりに花を咲かせたいと思う。

 窓から見える切り株の田んぼでも、緑が元気に林立しはじめている。

 わたしも――負けて、たまるか、と思う。

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 ミネラル畑では、チビッコ蛙たちも元気に跳ねている。

 土の中では、サトイモが成長しているはずだ。

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 わたしたちとは――わたしたち人間存在もまた、結局のところ、地球という大きな岩から生まれた、地球のエレメントなのかも知れない。

 地球という岩にやどるいのちに祝福あれ!

 

Posted by 大沼安史 at 11:27 午前 |