〔ニッポン原子力ムラ それでも現場で闘う東芝・府中の労働者たち――頑張って!〕◆ 「原発製造企業・東芝を内側から問う」 ―― 東芝働く者ネットワーク・松野哲二さん/上野仁さん / 原子力発電や兵器という、巨大で、しかもひとたび手を離れてしまえば大変な惨禍を生み出してしまうような製品をつくることから脱却しないと、結局は人間性も失われると感じるんです。そういう僕らの言い分に、会社も組合も恐怖感と怒りを感じたんでしょう。それが激しい弾圧につながったんだと思います。
★ わが畏友、フリージャーナリストの小笠原信之は、東芝・府中の上野仁さんの裁判闘争を、まさに渾身のルポルタージュ、『塀のなかの民主主義』で報じ、東芝という巨大企業の現場管理のすさまじさを告発した男だ。
わたしは小笠原に連れられ、上野さんたちの集会に出かけたときのことを、いま思い出す。
粉飾決算と労働現場での人権侵害。
フクイチ核惨事の背景には、こうした臨界を超えた組織悪が潜んでいるようだ。
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〔★は大沼〕◎ 月刊「オルタ」(2001年2月号) ⇒ http://www.din.or.jp/~okidentt/uenointa.htm
◆ 上野 ●ほとんどの人は東芝が原発をつくっているなんて知らずに入社するんですよ。私自身も知らなかったし、知った直後も別に悪いと思ったわけではないんです。でも、働きながらいろいろと勉強して見たり聞いたりする中で、自分たちが危険なものをつくっていることがわかり、「これはやばいんじゃないか」と思った。それで原発をつくらされている立場の者として黙っていない方がいいんじゃないかという結論に達したわけです。
● 確かに、毎日毎日「原子力」っていうハンコが押された仕事をするわけですから、矛盾は感じたし悩むことも当然ありました。でも、辞めても問題を先送りするだけで何も変えられない、たとえ東芝を辞めて別の会社に行っても、結局は無関係ではいられないと思ったんです。人間も動植物も食物連鎖でつながっていると言うけど、すべての労働や産業も連鎖していて、自分一人が転職したから安全な暮らしができるかというとそんなことはないんだと。だとしたら、顔見知りの仲間がいるところで一緒に反対運動をした方が効率がいいし近道じゃないかと。
◆ 松野 ● まずは自分がつくり出す生産物を通して「労働の意味」を問うていけば、もっと人にやさしい、社会にやさしい生産物や働き方へと変わっていくはずなんです。そのためにも労働現場で声を出すことが大事だと思う。企業だけでなくて行政も、原子力発電や兵器という、巨大で、しかもひとたび手を離れてしまえば大変な惨禍を生み出してしまうような製品をつくることから脱却しないと、結局は人間性も失われると感じるんです。そういう僕らの言い分に、会社も組合も恐怖感と怒りを感じたんでしょう。それが激しい弾圧につながったんだと思います。
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◎ 関連 東芝府中働く者ネットワーク ⇒ http://www.din.or.jp/~okidentt/hatarakumono.htm
・ 東芝の御用労組を批判するビラをたった一枚職場の人に手渡したことを理由に始まった上野(仁)さんに対する職場ぐるみの嫌がらせは熾烈を極めました。
上野さんは常に監視を受け、休憩時間にもたったままで休むことを強要されました。
ささいな仕事中のミスになんくせを付けられ、一月の内に40通もの始末書を書かされたこともありました。
このような状況に抗し、1982年に上野仁さんが起こした裁判は原告勝訴で勝利しました。
現在も、働く人の人権を守るため東芝の御用労組に反対し、定期的に東芝府中工場門前でビラ配布などの活動を続けています。
Posted by 大沼安史 at 06:52 午後 | Permalink

















