〔菅原文太さんは「脱原発」を「政治を変える」ことで(も)実現しようとしていた!〕◆ 亡くなる半年前の2014年5月9日夜、文太さんは妻の文子さんとともに、浪江の「希望の牧場」代表、吉沢正巳さんを、東京・永田町の古民家のような食事処に招き、その年の秋の福島県知事選への立候補を促した。
◆ 「やってみないかい? 脱原発候補はあんたしかいない」
文太は熱心だったが、吉沢はいきなりで戸惑った。
木野村は一瞬、思った。おもしろいじゃないか。でも、300頭以上の牛の世話は誰が?……。冷静に考えると、やはり実現の可能性は限りなくゼロに近かった。
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★ この席には、元自民党参院議員会長の村上正邦さん(82)も同席していたという。
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〔★は大沼〕 ◎ 朝日新聞デジタル 『プロメテウスの罠』 希望の牧場:28 料亭の夜、とんぼ返り
⇒ http://digital.asahi.com/articles/DA3S11836664.html
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★ 菅原文太さんは死(2014年11月28日)の直前の11月1日、自ら志願して、沖縄入りし、翁長さんの応援演説を行なった!
吉沢正巳さんの場合は、牧場を守らなければならない事情もあって出馬に至らなかったが、菅原文太さんの気持ちは、吉沢さんに十分、伝わったはずだ。
フクイチ被曝地を救うには、原発再稼働を止めるには――「政治」も変えなければならない。
変えなければならないのだから、変える。
変えると思えば、変えることができる!
沖縄県知事選が、まさに、それを証明したではないか!
来年夏の参院選で、わたしたちは、菅原文太さんの志を継いで、政治を変えよう!
Posted by 大沼安史 at 11:47 午前 | Permalink

















