〔夕陽村舎日記〕◆ 権力者に、この国を、これ以上、譲ってはならない!
12、13日の両日、思い立って、出雲を訪ねた。
12日は、台風の日。
畑に水をやる必要もないし、風雨強まるこんなときだからこそ(?)、出雲の神社にお参りするべきだと思い立ち、行き先を2ヵ所に絞って、車で出かけた。
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横風にあおられながら、米子道を北上して向かった先は、美保関の美保神社。
帰りに神魂(かもす)神社に寄って、岡山の在に帰宅した。
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その日、出雲大社に向かわなかったのは…………行きたくなかったからだ。
行くのが、なぜか厭だった。
美保と神魂にいけば、それで十分と思ったからだ。
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美保神社には「青柴垣(あおふしがき)神事」が伝わっている。
「美保崎におられる事代主神が、父神である大国主神から国譲りの相談を受け、譲ることを進言した後、海に身を隠したという様を儀礼化し、神霊を一年に一度新たにする祭」。
国を譲って身を隠した――とは、国を明け渡して、滅ぼされたことである(と、わたしは思っている)
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神魂神社の本殿は、「現存する日本最古の大社造り」。
国宝にも指定されている。
小泉八雲も訪ねたこの神社こそ、出雲大社よりも古い、大事な神社ではないのか。
そう思って、美保の帰り道に寄った。
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島根は岡山の山向こうだが、それでも車で往復6時間近くかかる。
疲れ果てて帰宅した、翌朝――こんども急に、やはり出雲大社に参らねば、という気になり、またも車を走らせた。
出雲大社と、近くの日御碕(ひのみさきじんじゃ)神社を回ってみようと思い立った。
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出雲大社はもともと、なぜかあまり行きたくないところだったので、駐車場から、神楽殿、本殿、拝殿と、逆回りに回った。
「二拝四拍手一拝」の作法も知らず、我流の「五拍」でお参りした。
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異変――というか、不思議なことが、最後の拝殿前で起きた。
わたしは、さい銭箱から離れた場所で、ほかの参拝者の迷惑にならないよう、わたしなりの祝詞をあげようとしたのだが、腹の底から、ものすごい悲しみの感情が湧きあがり、両の目からは涙があふれて、大声で泣きだしそうになったのだ。
懸命に嗚咽をこらえ、柏手を五回打って、なんとかお参りをすませたが、その場を離れると、あの重く痛切な感情は、これも不思議なことに、すーっと消え、体が楽になった。
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この2日にわたる出雲参りで――とくに出雲大社の拝殿での体験で、わたしは、「国譲り」に対する、わたしの推測もまた、間違ったものではなかったのだな、との思いを新たにした。
「国譲り」とは結局、「譲らさせられた側」からすれば、自分たちの国が滅んだことのほかならない。
梅原猛さんではないが、出雲大社には、あの法隆寺同様、滅ぼされたものたちの御霊が残っているのだ。
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で――ここからはもちろん、わたしの「妄想」に過ぎないが、この「国譲り」の構図というか、真実の裏には、「和平後における、無慈悲な征伐」があったような気がしてならない。
だから勝者の側に「怨霊」を神社や寺にまつり、封じ込める必要が出るのではないか?
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さらにもうひとつ、わたしのさらなる「妄想」を言えば、同じことが実は、大和でもあった、ような気がする。
飛躍した言い方になるが、出雲とはもともと(奈良の)三輪山のことであり、大和で「国譲り」を強いて誕生した統一政権は、朝鮮半島からの、主たる上陸地点である(いまの出雲の)場所に、「大社」をつくらざるを得なかったのではないだろうか?
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わたしは最近、「日本史」とはとどのつまり、権力者(集団)による「国譲り」の強制・成功の連続ではないか、と考えている。
そして、それが…………「今」において行き着いた現れが、「安倍政権」ではないか、と思っている。
わたしたち、下々の者(つまり、土地の民)は、「中央の国家権力」から、自分たちの「ふるさと譲り(「クニ譲り」)」を強制され続け、いまに至っているのだ。
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しかし、わたしちは、もうこれ以上、「国譲り」をするのを止めにしなければならない。
これ以上の国家権力による収奪を、止めさせなければならない。
限界に来ているからだ。
消費増税もTPPも集団自衛権も、わたしたちを収奪し、限界を越え、新たな苦役を強い、亡国に行き着くものにほかならない。
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安倍政権による国民の生活破壊、労働破壊は、すでに限界に達している。
国民生活は、これ以上の出血に耐えられないところに来ている。
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もういちど、確認しておこう。
わたしたちは、フクシマでもどこでも、一方的な「国譲り」を強いられ続けてきた。
そうしてとうとう、わたしたちはいま、たぶん「日本史」の臨界点に立っている。
こんどはわたしたちが、安倍政権という国家権力から、この国を取り戻す番ではないか。
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アベノの自民党の選挙キャッチ、「日本を取り戻す」とは、国民にさらなる犠牲を――戦前回帰の「国譲り」を強いるものである。
わたしたちはいまこそ、安倍政権を退陣に追い込み、この美しき日本を、取り戻さねばならない。
Posted by 大沼安史 at 01:40 午後 | Permalink