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2015-03-14

〔希望は未来にある〕◆ 「大好きだよ」瓦礫に母残し4年 19歳が誓った言葉 / 3・11追悼式、宮城県遺族代表、菅原彩加さん

 〔★は大沼〕◎ 朝日新聞デジタル 
 (11日付け)
 ⇒ http://www.asahi.com/articles/ASH3B6J5XH3BULBJ010.html 

 ・ あの日、中学の卒業式が終わり家に帰ると大きな地震が起き、地鳴りのような音と共に津波が一瞬にして私たち家族5人をのみ込みました。

 しばらく流された後、私は運良く瓦礫(がれき)の山の上に流れ着きました。

  その時、足下から私の名前を呼ぶ声が聞こえ、かき分けて見てみると釘や木が刺さり足は折れ変わり果てた母の姿がありました。

  右足が挟まって抜けず、瓦礫をよけようと頑張りましたが私一人にはどうにもならないほどの重さ、大きさでした。

  母のことを助けたいけれど、ここに居たら私も流されて死んでしまう。「行かないで」という母に私は「ありがとう、大好きだよ」と伝え、近くにあった小学校へと泳いで渡り、一夜を明かしました。

 そんな体験から今日で4年。

 あっという間で、そしてとても長い4年間でした。家族を思って泣いた日は数えきれないほどあったし、15歳だった私には受け入れられないような悲しみがたくさんありました。全てが、今もまだ夢の様です。

 ・ 震災で失った物はもう戻ってくることはありません。被災した方々の心から震災の悲しみが消えることも無いと思います。しかしながらこれから得ていく物は自分の行動や気持ち次第でいくらにでも増やしていける物だと私は思います。

  前向きに頑張って生きていくことこそが、亡くなった家族への恩返しだと思い、震災で失った物と同じくらいの物を私の人生を通して得ていけるように、しっかり前を向いて生きていきたいと思います。

          *

 ★ なんど読んでも、涙がこぼれる言葉だ。

 「ありがとう、大好きだよ」と、たぶん15歳の彼女は、涙声をふり絞って、懸命に、伝えたのだろう。

 わたしは、お母さんにしっかり、伝わった、と思う。

 安心したのではないか。

Posted by 大沼安史 at 10:17 午前 |