〔希望の歌が聴こえる〕◆ イスラエル出身のヤロン・コールベルクさんとパレスチナ出身のビシャラ・ハロニさんがピアノ・デュオ「アマル(アラビア語で「希望」)」を組み、ショスタコーヴィチ:2台ピアノのためのコンチェルティーノ(作品94)を演奏 / あるいは、奥平康弘先生、最後の言葉
◎ ユーチューブ ⇒ https://www.youtube.com/watch?v=HlzHeug1V3E
★ 雑誌『世界』4月号に、澤地久枝さんが、「9条の会」の憲法学者、奥平康弘さんを追悼文で、ピアノ・デュオ「アマル」のコンサートへ出かけたときのことを書いていた。
「終わって雑踏する大勢の中に奥平(康弘)先生夫妻の姿をみつけた。/ それぞれの祖国は、憎悪と報復の流血のなかにある。しかし二人の音楽はすばらしかった。『よかったですね。すばらしい』とお二人が口々に言われた」
澤地さんによると、奥平康弘さんは死の前日、一月二五日の調布での「九条の会創立一〇周年記念」講演で、こう語っていた。
「今できることをすべきだ。団結しよう。心の糧としての平和主義をひろめるのは、あなたたちです。ひとつの方策として、九条を翻訳して世界にアピールすること」
奥平さんの遺言である。
澤地さんは、こうも書いている。
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・ かつてアジアのある地域で災害がおき、国連を通じて災害援助隊派遣の要請があった。このとき日本は消防庁や地方の消防官を派遣、赤い車が走った。現地の人たちは「日本ってすごいだね。そういう方法で国際協力ができるんだけね」と非情に高く評価された。「そういう時代があったということを、僕は大事にしたい」と語られたのは二〇一一年六月四日の九条の会。
・ さらに、保守反動的な憲法改正法案が出てきたときは。断々固として反対するだけでなく、対抗案を出すべきと語っている。対抗案・カウンターパンチを浴びせて、改正条項をつぶす必要がある、と。
その方法の一つとして、はっきりと「核武装反対」「原発反対」の条文を掲げる。……
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原発反対、核兵器反対!
澤地さんは追悼文の最後を、以下の言葉で結んでいる。
「沖縄密約」訴訟の原告でもあった先生のことをわたしは忘れない。
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平和のデュオを「すばらしい」と言った憲法学者の言葉を、わたしたちも、忘れることはない。
Posted by 大沼安史 at 05:06 午後 | Permalink

















