« ◆ [お詫びと引用記事の削除] ◆ 下記の≪アキラちゃんは「第3の目」をもって生まれた≫ の引用記事は、悪意ある捏造の疑いがあると判断しましたので、リンク先を「証拠」として残し、内容紹介の部分については削除します!(大沼) | トップページ | 〔ビキニ被曝60年〕◆ 神奈川新聞 : 一時は忘れられ、歴史の闇にのまれるも、再び痛みが共鳴し合い、今なお苦しむ当事者たちに光が当たる。10年にわたる第五福竜丸の保存運動に取り組んだ山村茂雄(82)=第五福竜丸平和協会顧問=は「死の灰が降ったときの…不安と、いまだ故郷に帰れない福島の人々の不安はつながっている。今のことを考えるとき、過去のことを思い出してつなげてほしい……」 »

2014-12-01

〔あじさいコラム〕◆ いのちの水の祈り

 

P8210421_convert_20141201110307 下界は酷暑の盛り、8月の高野山に、あじさいは咲いていた。

 清龍池のほとり。

 高貴な青紫のあじさいだった。

 清龍の水に咲いたあじさいだった。

          #

 そして9月、わたしは彦根から琵琶湖湖岸道路を長浜に向かって車を走らせた。

 静岡へ右折するつもりが、そのまま敦賀へ走り、美浜原発を通り、「もんじゅ」で折り返した。

          #

 原発の見える水晶の浜はさびしい海だった。それでもなお、美しさをたたえた海だった。

 海沿いの道のところどころ、焦げたように樹が枯れていた。

 原発を抱え込んだ若狭湾と琵琶湖の近さに息苦しさを覚えた。

          #

 清龍の棲む高野山の池と、琵琶湖のうみ。そして若狭湾。

 水のそばで、わたしは束の間の安らぎをおぼえた。

 そのたびに、高野山に登る前、足を運んだ四国・室戸岬で、洞窟の中にしたたっていた、岩の清水をおもいかえしていた。

 1200年前、そこに座って夜明けを迎えた若き空海は、その滴を飲んでいたのではないか。

 あの明星は、その水が引き寄せ、空海に、来影したのではないか。

          #

 なぜ、水なのか?

 それは水はわたしたちのいのちであるからだ。

 そして水にはわたしたちの祈りにこたえる不思議な力がある。

          #

 3・11のほぼ1年前、2010年の3月22日。

 世界の人々の祈りでもって、琵琶湖の水を浄化しようとする実験が行われた。

 結果は――「そんなバカなこと」が起きた。

 琵琶湖の水を清めたいという人々の意図(インテンション)は、祈りとなって水の質を(たとえばPHを)、人間に役立つ方向へ、変えた!

          #

 わたしはフクシマをめぐる困難な状況を、わがこととして思うにつけ、この不可能を希望にかえてゆくには、そこに、わたしたちの祈りがなければならないと、考えている。

 この2年ほどの個人的な困難の中で、そう考えるようになった。

 祈りはたぶん、わたしたちのいのちの構成する水の力で、遠隔の地のいのちさえも癒し、勇気づけ、打開の道を教えてくれるものと考えるようになった。

          #

 祈りのないところ、どうして奇跡はあり得ようか?

 祈りのあるところ、どうしていのちは滅びようか?

          #

 わたしがいまや師とあおぐ、故・矢追日聖さんは「地下水のように、あじさいのように」生きよ、と諭された。(⇒ こちらも

 いま、わたしは、わたしたちたちがフクシマへ届けるべき祈りは、地下水のごとき、あじさいのごとき、いのちの連帯の、協働の祈りであると考える。

 おだやかに、ひそやかに、しかしながら決然と、しかも公然と、希望に向かって流れ、やがては見事な集合の花を咲かす、いのちの水の祈りこそ、わたしたちのフクシマの祈りである。

          #

 そこから、いのち(すべて)は再出発する。

Posted by 大沼安史 at 10:34 午前 |