〔あじさいコラム〕◆ いのちの水の祈り
下界は酷暑の盛り、8月の高野山に、あじさいは咲いていた。
清龍池のほとり。
高貴な青紫のあじさいだった。
清龍の水に咲いたあじさいだった。
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そして9月、わたしは彦根から琵琶湖湖岸道路を長浜に向かって車を走らせた。
静岡へ右折するつもりが、そのまま敦賀へ走り、美浜原発を通り、「もんじゅ」で折り返した。
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原発の見える水晶の浜はさびしい海だった。それでもなお、美しさをたたえた海だった。
海沿いの道のところどころ、焦げたように樹が枯れていた。
原発を抱え込んだ若狭湾と琵琶湖の近さに息苦しさを覚えた。
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清龍の棲む高野山の池と、琵琶湖のうみ。そして若狭湾。
水のそばで、わたしは束の間の安らぎをおぼえた。
そのたびに、高野山に登る前、足を運んだ四国・室戸岬で、洞窟の中にしたたっていた、岩の清水をおもいかえしていた。
1200年前、そこに座って夜明けを迎えた若き空海は、その滴を飲んでいたのではないか。
あの明星は、その水が引き寄せ、空海に、来影したのではないか。
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なぜ、水なのか?
それは水はわたしたちのいのちであるからだ。
そして水にはわたしたちの祈りにこたえる不思議な力がある。
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3・11のほぼ1年前、2010年の3月22日。
世界の人々の祈りでもって、琵琶湖の水を浄化しようとする実験が行われた。
結果は――「そんなバカなこと」が起きた。
琵琶湖の水を清めたいという人々の意図(インテンション)は、祈りとなって水の質を(たとえばPHを)、人間に役立つ方向へ、変えた!
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わたしはフクシマをめぐる困難な状況を、わがこととして思うにつけ、この不可能を希望にかえてゆくには、そこに、わたしたちの祈りがなければならないと、考えている。
この2年ほどの個人的な困難の中で、そう考えるようになった。
祈りはたぶん、わたしたちのいのちの構成する水の力で、遠隔の地のいのちさえも癒し、勇気づけ、打開の道を教えてくれるものと考えるようになった。
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祈りのないところ、どうして奇跡はあり得ようか?
祈りのあるところ、どうしていのちは滅びようか?
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わたしがいまや師とあおぐ、故・矢追日聖さんは「地下水のように、あじさいのように」生きよ、と諭された。(⇒ こちらも)
いま、わたしは、わたしたちたちがフクシマへ届けるべき祈りは、地下水のごとき、あじさいのごとき、いのちの連帯の、協働の祈りであると考える。
おだやかに、ひそやかに、しかしながら決然と、しかも公然と、希望に向かって流れ、やがては見事な集合の花を咲かす、いのちの水の祈りこそ、わたしたちのフクシマの祈りである。
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そこから、いのち(すべて)は再出発する。
Posted by 大沼安史 at 10:34 午前 | Permalink

















