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2014-08-28

[梶村太一郎さんのベルリン通信] ◆ 黄色い蝶の心を伝えて : 李玉善さんのベルリンでの証言集会の報告

 ★ 李玉善ハルモニ(87歳)は、ベルリンで、こう言ったそうだ。

 * 、「私がここに来たのは、日本人が集まるというので、みなさんにお願いがあるからです」で始まりました。それから簡単に、良く知られた(→ドイツ紙の報告にあるような)過酷な体験を簡単に話されたあと、「14歳で中国の延吉の慰安所に連れて行かれた時には、世の中のことがわからない子供でした。貧しくて学校にも行っていないので日本語ができないといわれ何度も殴られ、刀でおどかされたりして、本当に血の出る体験をしたのに、日本では私を嘘つきというひともいるのです。子供がすきで『慰安婦』になったと皆さんは思いますか。強制連行され売春を強制されたのです。だから私は『慰安婦』と呼ばれるのはいやです。強制されたからです。」 

 * 「慰安所は屠殺場と呼んだ方が適切です。私は生き残りましたが、私たちは特攻隊への慰問袋のようなものだったのです。ビルマではチマチョゴリの女性たちが集団虐殺されたこともあるそうです。毎日40から50人もの兵士の相手をさせられるということは、死ねということです。普通の下級兵士はまだましだったが、将校や士官は酷かったのです。一度逃げてつかまった時には、ある憲兵が『逃げられないようにしてやる』と足の指を斬りつけられました。」(
とその足の傷を示されました)

  * 「首を吊ったり、裏山で自殺した女性もいました。私の右腕には大きな刀傷があり、歯は酷く殴られたため総入歯、子宮を切除しなければならなかった ので子供は産めなくなりました。亡くなった人たちはどんなに悔しい思いをしたことでしょう。私の白髪は、実は若い時からのものです。私の体験を日本政府に話すのには 一晩では済みません。日本政府には死ぬ前にきっちりと謝罪をしてほしいのです。」

  ◎ 梶村さんのブログ「明日うらしま」
    ⇒ http://tkajimura.blogspot.jp/2014/08/blog-post_26.html

Posted by 大沼安史 at 08:53 午後 |