« 〔さあ あじさいの国へ〕 <田中龍作ジャーナル> 「なぜ東電を強制捜査しないのか」 検察審査会を人間の鎖で包囲   | トップページ | 〔吉田調書で判明!⑨〕 ★ <東電のAM(過酷事故対応アクシデント・マネジメント)に関して> ◆ 「AMの連中は、後からがやがや言うんですよ。私はこの会社の安全屋は全然信用していない」/ ★ AMに「海水注入」対策なし! …… ◆ 「ないですよ。もしも考えていれば、それこそ海の水を吸い上げるようなラインを別に設計しておくべきです」/ ◆ 「今回のような、電源が全部、あて先も涸れてしまうということが起こっていないわけです。そこが我々の一つの思い込みだったのかもわからないですけれども、逆に自信を持っていた」 »

2014-06-06

〔吉田調書で判明!⑧〕 ★ <2号機海水注入ライン再構築> : 3月13日午後、吉田所長はテレビ会議で報告した ▲ 「これはもう、ジジイの決死隊で行こうかな、と……」/ ★ <1号機 ベントの弁を手動で>  吉田所長は事故調に言った◆ 「100に近い被曝をした人間もいます……」/ ★ <14日の3号機爆発後> ◆ 「そうしたら、本当に感動したのは、みんな現場に行こうとするわけです……」

   ▲ …………は、テレビ会議での吉田所長の発言  
   ◆ …………は、吉田所長「調書」での発言記録  
   ◎ <…………>は朝日新聞の記事コメント 
   ★は大沼 

  #朝日新聞デジタル(無料会員登録で読むことができる) 
 ⇒ http://digital.asahi.com/special/yoshida_report/3-1m.html

               *

 ★ 人類史上最大の核地獄の中で、苦闘を続けた吉田さんと現場のみなさん! 身を挺して活動した現場の人たちのためにも、「吉田調書」は全面公開されねばならない!

 安倍政権の隠蔽は、現場の死闘を「永遠のゼロ」とするもの。

 むごくもあり、醜くもある!

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 * <2号機海水注入ライン再構築> 

  ◎ <2011年3月13日午後3時49分のことだ。

  吉田は、2号機の海水注入ラインを再構築するため、所員に現場に戻るよう命令した。

  その検討にあたって、「じじいの決死隊で」と述べた。

  そのころ福島第一原発は、3号機の原子炉建屋の中で、1号機の水素爆発の直前にも見られた「もやもや」が発生しているのが確認され、屋外の作業員は免震重要棟に引き揚げていた。

  だが、どうしてもやらなければならない作業だとして、やむなく再び現場に向かわせた。>

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 *  <1号機 ベントの弁を手動で> 

  ◆  「ここが、今の議論の中で、みんなベントと言えば、すぐできると思っている人たちは、この我々の苦労が全然わかっておられない。ここはいら立たしいところはあるんですが、実態的には、もっと私よりも現場でやっていた人間の苦労の方がものすごく大変なんですけれども、本当にここで100に近い被曝をした人間もいますし

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 * <14日の3号機爆発後>

  ◆ 「……そのときにみんなぼうぜんとしているのと、思考停止状態みたいになっているわけです」

  「そこで、全員集めて、こんな状態で作業を再開してこんな状態になって、私の判断が悪かった、申し訳ないという話をして、ただ、現時点で注水が今、止まっているだろうし、2号機の注水の準備をしないといけない、放っておくともっとひどい状態になる。もう一度現場に行って、ただ、現場はたぶん、がれきの山になっているはずだから、がれきの撤去と、がれきで線量が非常に高い。そこら辺も含めて、放射線をしっかり測って、がれきの撤去、必要最小限の注水のためのホースの取り換えだとか、注水の準備に即応してくれと頭を下げて頼んだんです」

 「そうしたら、本当に感動したのは、みんな現場に行こうとするわけです。勝手に行っても良くないと逆に抑えて、この班とこの班は何をやってくれ、土建屋はバックホーでがれきを片付けることをやってくれというのを決めて、段取りして出ていって、そのときですよ、ほとんどの人間は過剰被曝に近い被曝をして、ホースを取り替えたりとかですね」

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 ( ▲ …………は、テレビ会議での吉田所長の発言  ◆ …………は、吉田所長「調書」での発言記録  ◎ <…………>は朝日新聞の記事コメント ★は大沼 )

 ★は大沼 ◎ 朝日新聞デジタル(無料会員登録で読むことができる) 
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 ◎ <2011年3月13日午後3時49分のことだ。吉田は、2号機の海水注入ラインを再構築するため、所員に現場に戻るよう命令した。その検討にあたって、「じじいの決死隊で」と述べた。そのころ福島第一原発は、3号機の原子炉建屋の中で、1号機の水素爆発の直前にも見られた「もやもや」が発生しているのが確認され、屋外の作業員は免震重要棟に引き揚げていた。だが、どうしてもやらなければならない作業だとして、やむなく再び現場に向かわせた。>
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  ★は大沼 ◎ 朝日新聞デジタル(無料会員登録で読むことができる) 
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Posted by 大沼安史 at 09:09 午前 |