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2014-05-17

〔あじさいの言葉〕 足尾鉱毒事件の田中正造が師と仰いだ 新井奥邃 (おうすい)は言った。「それは皆で一緒に手を繋いで来いと言われているのです」

  ◎  新井奥邃著作集・第9巻、354頁より。
      ⇒  春風社 : 新井奥邃著作集 : 田中正造が師と仰ぎ、高村光太郎が絶賛し、野上弥生子が「霊感」の人と呼んだ新井奥邃とはいかなる人物だったのか 
       →  http://shumpu.com/book/ohsui01

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 ★ 昨日夕、新井奥邃師(1846~1922)の著作集の第9巻を読んでいたら、上記の言葉に出会った。

 教え子の岡通さん(1892~1971 東北帝大助教授を経て「純臨床」へ進んで晩年、兵庫・西宮の宣教師館に医院を開き、戦時中、朝の礼拝を必ず守り、聖フランシスの祈りを唱えて終戦を迎えた人)が、師の言葉を、その回顧録に書いていた。

 「人は神の前に出るのには法則があります。それは皆で一緒に手を繋いで来いと言われているのです」

 わたしはキリスト者ではないが、同郷、仙台の人、新井奥邃師を林竹二先生、日向康さんを通じて知り、尊敬申し上げている。

 わたしが被曝によるものとみられるひどい鼻血で苦しんでいたとき、函館に一時避難したのも、戊辰戦争の渦中にあった若き奥邃師の足跡をたどるためでもあった。

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 「それは皆で一緒に手を繋いで来いと言われているのです」

 わたしはこれと同じ意味のことを、巣鴨の謙和舎で、泊まりにきた田中正造さんにも言ったのではないか、と思っている。

 そういって、足尾鉱毒という空前の公害に苦闘する田中正造さんに、「道」を示したのではないか、と思っている。

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 昨日夕、奥邃師のこの言葉に出会う前、わたしはある、敬愛する女性歌手に、ようやく書き上げた自作の歌を郵便局から送っていた。

 その歌詞の出だしは、偶然にも(あるいは必然として……)、こういうものだった!

  ♪ あじさいが咲いた道 手をつなぎ 歩いている ……

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 わたしは足尾鉱毒事件を、それ以上の規模で現代に再現したフクイチ核毒事件を越えてゆくみちは、この、奥邃師ののこした、この言葉に、あると思う。

 「それは皆で一緒に手を繋いで来いと言われているのです」

 脱原発の道は、「皆で一緒に手を繋いで」行く道。

 その道に、田中正造さんも、谷中村の方々も――林さんも日向さんも――そしてもちろん、奥邃先生も、あじさいの花となって微笑んでらっしゃることだろう。

 ことしも間もなく、あじさいが咲く。

 この道を、わたしたちは、一緒に、手をつないで歩いてゆく。

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 ◎ 参考 → http://app.m-cocolog.jp/t/typecast/153575/136311/73144908

Posted by 大沼安史 at 09:30 午前 |