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2014-05-22

〔吉田調書で判明!④〕 <誰も助けにこなかった> 吉田所長は ◆ 政府事故調に、こう語っていた! 「実質的な、効果的なレスキューが何もないという、ものすごい恨みつらみが残っていますから」 ◆ 東電テレビ会議では、怒鳴っていた! 《責任者が答えろといっているんだよ、このド阿呆が、まったく》! 

  ★ 東電本店は、日本政府は、フクイチ現場の効果的なレスキュー(救援)に動かず、吉田所長ら、現場を見殺しにしていた! 

 だから、吉田さんは怒ったのだ! 「このド阿呆が、まったく」 ――と

  ◆ 吉田所長は「調書」の中で、フクイチ現場に駆けつけ、給水、ガレキ処理に奮闘したくれた「南明興産」と「間組」の人たちに感謝の言葉をのこしていた!
 <自衛隊員も少人数ながら出動! 原子炉水補給で6人が被曝!>

  ◆ 現場に詰めるべき保安院の担当者たち、「みんな福島(市)に引き揚げ」

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  ★は大沼 ◎ 朝日新聞デジタル(無料会員登録で読むことができる)
   ◎「…………」は吉田所長の「調書」での証言 ◎ 《…………》は朝日デジタルによる、東電テレビ会議での吉田所長の発言 ◎ <…………>は朝日新聞の記事コメント 
   ⇒ http://digital.asahi.com/special/yoshida_report/1-3m.html

 ◆ 「……すみません。自分の感情を言っておきますけれども、本店にしても、どこにしても、これだけの人間でこれだけのあれをしているのにもかかわらず、実質的な、効果的なレスキューが何もないという、ものすごい恨みつらみが残っていますから」

 「消防隊とか、レスキューだとか、いらっしゃったんですけれども、これはあまり効果がなかったということだけは付け加えておきます」

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 ◆ 「最初に武藤から電話があって、保安院さんが来るという話のときに、短期間で1回来られたかも知れないんです。14日ごろにね。そんな記憶もあるんです。ちょこっといらっしゃった。オフサイトセンターが福島に引き揚げるとなったときに、みんな福島に引き揚げられて、結局、16日、17日ぐらいまで、自衛隊や消防がピュッピュやっているときはいなかったような気がするんです」

 <……原発から5km離れたところにあるそのオフサイトセンターだが、原発事故があったら、10以上の省庁から40人超が集まり、原発や周辺自治体と連携して、情報を収集・発信する拠点になると定められていた。甲状腺がんを防ぐ安定ヨウ素剤の配布指示でも大きな役割を担っていた。
 それなのに、今回の事故では半数強しか来なかった。班が七つ立ち上がり、それぞれが班長の指揮のもと作業にあたることになっていたのだが、班長が3月末近くまで来ない班もあった>

 <最も大変な事態が進行しているときに、原発を操作できる唯一の組織である電力会社が収束作業態勢を著しく縮小し、作業にあたる義務のない者が自発的に重要な作業をし、現場に来ることが定められていた役人が来なかった。
 これが多くの震災関連死の人を出し、今もなお13万人以上に避難生活を強いている福島原発事故の収束作業の実相だ。>

 <2日後の3月13日午前6時48分、そのころオフサイトセンターに詰めていた東電原子力担当副社長の武藤栄が、吉田に、保安検査官が福島第一原発に戻ると連絡してきた。
 「保安院の保安検査官が、そちらに4名常駐をしますと。12時間交替で1時間ごとに原子炉水などプラントデータを、報告をするということになります」
 吉田は即座に「保安検査官対応!」と受け入れ態勢を整えるよう部下に指示した。
 保安検査官はその後しばらくしてやって来たが、3月14日夕方、2号機の状況が急激に悪化するとまたオフサイトセンターに帰ったとみられる。そして、15日朝、オフサイトセンターが原発から60km離れた福島市へ撤収すると、いっしょに行ってしまった>

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 ◆「南明さんとかですね。ほとんど会社としては退避されたような形で、個人的に手伝ってといったらおかしいんですけれども、そういうことは聞いております」

 
 <新潟県にある東電柏崎刈羽原発を1台の化学消防車が福島に向けて出発した。消防関係の業務を東電から請け負っている南明興産という会社の社員3人が乗っていた。消防車を操れる人間はもともとごく少数。それもそのはず、東電の社員は誰も消防車を運転したことがない。ホースを消火栓につないだり、ホースとホースをつなぐなどの消防車周りの作業もしたことがない。南明隊は到着するやいなや、あちこちにかり出された。

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 ◆「バックホーが数台もともとこちらにあったのと、間組さんがどこかから持ってきてくれて、主として最初のころは間組なんです。土木に聞いてもらえばわかりますけれども、間組さんが線量の高い中、必死でがれき撤去のお仕事をしてくれていたんです」

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 <また、自衛隊がちょうど給水車で原子炉に入れる水を補給しにきていた。作業をしていた6人は被曝し、何人かは怪我もした>

Posted by 大沼安史 at 08:37 午後 |