〔コラム だから あじさいの国へ〕 「和」を以って「脱原発」と為す
今年1月、東京新宿区立区民ギャラリーで「反原発への嫌がらせの歴史展」が開かれた。
福島県知事時代、いったんは原発を容認したものの、東電のトラブル隠しなどで反原発に転じた佐藤栄佐久さんも、会場に姿を見せた。
脅し、嫌がらせがこれだけのさばる、日本の社会。
佐藤栄佐久さんは、こう嘆いたそうだ。「これはもう原子力帝国だ。日本の劣化だ」
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北海道新聞の徃住嘉文記者(編集委員)の<匿名 陰から 脅し 盗撮 大量メール 「反原発」に続く嫌がらせ> (22日付け)のレポートを、呼んで、「原発」をめぐる、この国の闇の深さを考えさせられた。
⇒ http://www.hokkaido-np.co.jp/news/donai/522863.html
「反原発の思いを自己規制しない」、元アイドルで情報会社社長の千葉麗子さんは、車を壊され、子どものことで脅され、結局、引っ越して防犯カメラをつけ、警備を頼むところまで追い込まれた。
わたし(大沼)の知るケースでは、バラバラにした蝶々を入れた、匿名の手紙が郵送される脅しにあった女性もいる。
花の都、パリからの脅迫状も。
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徃住記者によると、「反原発への嫌がらせの歴史展」の実行委員会は、「犯人像」を、こう分析しているそうだ。
① 郵便の消印は全国、海外にまたがる ② 個人の自宅住所、出張先まで調べ上げ、写真を撮ったり器物を破壊したりしている ③ 全国の集会参加者や反対運動家のリストをばらまいている ④ 反対運動の内部資料や、反対運動家の郵便箱から盗んだとみられる書類もあった―、こんなことができるのは、強力で資金力のある大きな組織に限られる――。
「資金力のある強大な組織」が、警察に取り締まられもせず。やりたい放題を続けて来たのだ。
「国策いやがらせ」と「国策脅迫」が、「原子力帝国・ニッポン」において、堂々と続けられて来たのである。
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これだけ見ても、「原発」という巨悪の、無法ぶりが分かるが、徃住記者は、こうした無残な状況を報じるだけでなく、わたしたちの前途に、ひとつ、光明を投げかけている。
北海道の瀬棚に、こんな希望の灯が灯った、という。
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<檜山管内せたな町の法華寺住職大塚泰淳さん(69)には確信がある。1988年、北電泊原発前で抗議の断食をした。後日、街宣車が寺に現れボリュームを上げた。「大塚、出て来いっ」
本堂に招き入れ、言い分を聞いた。「売名行為をやめろ。原発は必要だ」。溝は埋まらない。だが、話し合いを約束し、以来、手紙のやりとりが続いた。
3・11直後、男が書いてきた。「あなたの言うとおりだった。申し訳ない」
大塚さんは言う。「人には仏性があり、必ず仏になれる。どんなことをされても、その人を軽んじたり、憎んだりしてはならない。逆に、被害を受け苦労しても、いつか必ず花開く時が来る。諦めてはいけない」>
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この大塚住職の言葉は、ほんとうに、そうだ。
わたし自身、一昨年来、ひどいめにあっているが、住職の言う通り、「その人を軽んじたり、憎んだりしてはならない」と、いま、あらためて思う。
「その人」には、その人の、「事情」がある。
それが、「その人」の仕事である。
しかし、「その人」が今後、絶対、「変わらない」…………ということは、ない。
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言うまでもなく、「フクイチ核惨事」は、「その人」たちも――「その人」の家族の「いのち」をも、被曝させてゆく。
「無差別受難」である。
「その人」の愛する人も、その愛する人との間から生まれた子どもの「いのち」も、被曝せずにはいない、空前の放射能災害である。
わたしたちは「その人」も――「その人」から生まれる新しい「いのち」も、守っていかねばならない。
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大塚住職の言うように、わたしたちには、「その人」たちの仏性に、絶対的な信頼をおく心が大事なのだ。「その人」たちと「和」して生きていく。
「和」――――そう、あの、「和(やわらかなる)を以って貴とし」とする、「和」の精神。
それは(敢えて言うならば――)聖徳太子を通じ、わたしたちの社会の今に流れる、あの「捨身行」の精神にもつながる気構え、心構えである。
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そして、住職の言うように、わたしたちは「被害を受け苦労しても、いつか必ず花開く時が来る。諦めてはいけない」。
たしかに、わたしたちの「脱原発の和」を象徴する集合の花、紫陽花は、まだ、つぼみのままだが、しかし、時が来れば――そして、「その人」が変われば、必ず咲く。
必ずや、咲く。
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だから、だからこそ、脅しやヘイトスピーチに対して、わたしたちは「和」の言葉を差し向けなければならない。
大塚住職が、あきらめずに、手紙のやりとりを続けたように。
「その人」(たち)との間をつなぐのは、最後は言葉だ。
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紫陽花のふふむ雨滴を揺りこぼす言わば言葉がすべてとならむ
【ふふむ】 ふくらむ。…… つぼみでいる。広辞苑より。
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これは歌人、河野裕子さんの、愛の歌。
わたしたちがことし、歩むべき、「あじさいの道」にも咲くべき、愛の言葉でもある。
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(追記)
徃住(とこずみ)記者は、実は<沖縄返還協定をめぐって、米国側が負担すべき400万ドルの費用を日本側が肩代わりするという「密約」の存在を認める証言を、政府側関係者(当時の外務省アメリカ局長だった吉野文六さん)から初めて引き出した>人だ。
⇒ http://jcj-daily.sakura.ne.jp/hokkaido/report06/0923tokosumi/youshi.htm
道新(北海道新聞)には、こういう記者がいる(そして、こういう記者が、他のマスコミにもいる)――これまた、ひとつの光明である。
Posted by 大沼安史 at 09:25 午前 3.コラム机の上の空 | Permalink

















