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2014-01-01

〔あけまして おめでとうございます〕 あさみどり よにいずる あじさいのくに 

あさみどり 雲の八重垣わけ出でて われ世われ生(い)ずるそのときは 八百萬代(よろずよ)の神(かん)たちが 集い来たりて大倭(おおやまと)  天の沼鉾(ぬぼこ)のたつときぞ

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  あさみどり 雲の八重垣わけ出でて われ世われ生(い)ずるそのときは 八百萬代(よろずよ)の神(かん)たちが 集い来たりて大倭(おおやまと)天の沼鉾(ぬぼこ)のたつときぞ

 これは奈良に終戦後、「大倭紫陽花邑(おおやまと・あじさいむら)」を開いた、矢追日聖(やおい・にっしょう 1911~96年)さんが、「「大倭神宮伝承」として、書き遺されたものです。(『ことむけやはす 二 ながそねの息吹』〔野草社、1996年刊〕、310頁)

 この伝承を、新年をむかえたいま、なぜ、ここに掲げさせていただくかというと、わたし(と同伴者)が、ふるさと仙台を出て、たどりついた新天地の空で見た、不思議なもの――以下の写真(連続写真の一部)がそうです――の意味を、もしかしたら解き明かすものであるかも知れないからです。

 午後1時半ごろ、西の空に出現した、この「あさみどり」について、わたし(たち)は、最初は何のことか、わかりませんでした。見当もつきませんでした。

 そうしているうちに、買い置いてわたしたちの手元にあった、矢追日聖さんの本(全二巻)の下巻、第二巻の最後の部分に、この伝承が掲げられいるのを読み知り、もしかしたら、わたしの見上げる空に、突如、旗のように現れた(10分ほどで薄いピンク色になって消えました)ものが、伝承の「あさみどり」かも知れない…………ことに気づいた次第です。

 わたしにはもちろん、それが、伝承どおりのことなのか(ものなのか)、判断がつきません。(わたしは生前の日聖さんにお会いしたことはないのですが、「空のあさみどり」を一緒に見上げた、わたしの同伴者は、かつて日聖さんにお会いしたことがあり、その葬儀にも駆けつけ、手伝った人です)

 偶然の一致であるかもしれませんが、新年のごあいさつとして、ここに日聖さんのお言葉と、「あさみどり」の写真を、紹介させていただきます。
            
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 写真との関係はさておき、お言葉の意味は、「あさみどり」が空に出現するときは、天の沼矛が立つとき――つまり、新たな国づくりが行なわれるときである、ということでしょう。

 雲をかきわけて現れた「あさみどり」とはすなわち、世直しの開始の合図である……こう考えて、間違いは、なさそうです。

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 さて、矢追日聖さんが開かれた「紫陽花邑」ですが、なぜ、そう名付けられたか?

 これは、「大倭紫陽花邑」の会誌「おおやまと」(平成25年12月号)に収録された、矢追日聖氏の平成5年12月23日、満82歳の降誕祭における法話を読むとわかります。
  法話 ⇒ http://www.ohyamato.jp/ohmotomiya/pdf/oymt201312.pdf

 ちょっと長いのですが、法話の関係個所を以下、再録させていただきます。

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 終戦直後、この山に入った頃に聖武天皇の奥さんの光明皇后さんが、紫陽花の花を持って出てこられました。

 そして、「地下水の如くに清く流れ、紫陽花の如くに美しく咲きなさい」と、そういう言葉を言われるですネ。

 紫陽花の花は何の意味かなぁと思っておったんです。結論は「ゆりかごから墓場までの間、皆が幸せに暮らせる地域社会を――小さくてもいい、楽しく・愉快に・安心して暮らせる人間社会を、この場所で創ってほしい。根が一つで細胞が寄って丸く咲く紫陽花のように、相互扶助の精神で」という意味だったんです。

 そして又、「人間一人ひとり絶対差別しちゃいけない。皆が同じ吸うて生かされておる。この世の中に引っ張り出された以上、自分で生きているというような自惚れは絶対にいけない。みんな生かされておるんや、という心が大切だ」と仰るんです。

 欲や名誉などなくして、目に見えない地下水のように陰で、みんなが幸せになる行いをすることを望まれているんです。

 光明皇后さんは今から千二百年程前の方ですけど、肉体のない霊界には時間はございません。昭和二十二年に、私がこの山に入ったときに示されてきたんです。……

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 日聖さんは霊界からの声を聴き、姿を目にすることができた(と周囲の人が認め、自分でも認めている)方です。

 その日聖さんが、光明皇后の、「地下水の如くに清く流れ、紫陽花の如くに美しく咲きなさい」の霊示に導かれ、開いたのが、病院あり、特別養護老人ホームあり、身体障害者療護施設ありの「大倭紫陽花邑」だったわけです。

 ところで、日聖さんは、「紫陽花邑」を開く前、まだ日本が(日聖さん自身も)戦争に必ず勝つと思いこんでいた昭和18年ごろ、終戦直後の光明皇后の霊示へと続く、以下のような重要なお告げを、霊界から受けているそうです。

 上記の法話から、その部分を引用します。

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 昭和十八年頃から霊界の人達が、「この戦争は負ける。霊の世界からみると、負けさすんや。日本人の長年積み重ねてきた大きな罪を全部これで洗い流す大禊(おおみそぎ)や。お前は勝つと思っておるやろうが、……」と盛んに言うてこられました。

 ……もとのヤマト(=大倭)というのは非常に穏やかで、人々が幸せに暮らせる国であったらしい。

 それが次第に武力制覇する時代になって、権力で人を抑え、権力者は庶民を家畜以下に扱うような人道に反した行為をずっとやってきたわけです。

 「負けることによって、罪滅ぼしが済む。その後日本の国は段々良くなるんや」と、霊界の人達は仰いました。

 それでもネ、私は、終戦の日までそんなことをほとんど否認をして参りました。……

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 「大倭紫陽花邑」とは、戦争に負けることで罪滅ぼしした日本の、戦後のあるべき姿の、いわば原点として、霊示によって、生み出された場所なわけです。

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 光明皇后が日聖さんにおっしゃられた「地下水の如くに清く流れ、紫陽花の如くに美しく咲きなさい」のお言葉は………………しかしながら、日聖さん個人へのお言葉であるだけでなく、戦後の民主主義社会を、かなりだらしなく生きてしまったわたし(たち)への、戒めの――諭しの言葉でもあるかも知れません。

 福島核惨事のあと、どこからともなく、「あじさい革命」が言われるようになった背景にも、もしかしたら、光明皇后の、霊界からの願いがあるのかも知れません。

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 さて…………そうしたところへ、雲の八重垣わけ出てて現れた「あさみどり」!

 これを、「天の沼矛」の立つ、合図とするかどうかは…………わたしたちひとりひとりの新年の思いひとつにかかっている――そう言って、構わないかもしれません。

 新月で始まった、新らしいことが始まるという、新しい年。

 あけまして、おめでとうございます。

Posted by 大沼安史 at 10:18 午前 |

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