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2013-12-31

〔コラム 机の上の空〕 苦界浄土へ 

 2013年を終えるにあたり、いま、わたしの心に痛みとして突きあげるものは、この国において、わたしたちが厭離(おんり・えんり)すべき穢土(えど)が、――忌み嫌って離れるべき、穢(けがれ)た土地が、局所でなはく、そのままわたしたちが生きる、日本の国土全体に及ぶものになった(なっていた)という、どうにも否定できない現実認識である。

 日本が、まるごと「苦界」になってしまった。

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 日本全土を「苦界穢土」としてしまった最大の元凶は、いうまでもなく「フクシマ核惨事」である。

 森林を田畑を、海を山を――水も空気も食べ物も――この国に生きる、すべての「いのち」を、濃淡の差こそあれ、核の毒で穢してしまったのは、3年近くにわたって、「石棺」化等の抜本対策をとらず、手をこまねくどころか、放射能ガレキの全国拡散焼却事業を進めて、汚染の拡大・深化を招いてしまった、政府当局者の無能と無責任である。

 南相馬市の大山こういち市議が、ツイッターに載せた、この母と子の写真は、「ニッポン苦界穢土」の、縮図そのもの――いや、わたしたちそのもの、ではないか!
 ⇒ https://twitter.com/MinamisomaOyama/status/384202248382734336/photo/1

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 暮れかかる2013年は、10月に「水銀に関する水俣条約外交会議」が開かれ、「水俣条約」が採択された「水俣の年」でもあった。

 その開会式に寄せたビデオメッセージで、安倍首相は言った。

 「水銀による被害と、その克服を経た我々だからこそ……」と。
 ⇒ http://www.kantei.go.jp/jp/96_abe/discource/20131009message.html

 水銀被害を克服した? いつ? 誰が? 今なお、水俣病と認定もされず、苦しみ続けている人がたくさんいるのに……。

 水俣病の患者たちから、「反発の声が上がった」のは、当然のことである。
 ⇒ http://www.47news.jp/CN/201310/CN2013100901002222.html

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 当時の園田厚相が、水俣現地を訪れたのは、1968年9月22日のことである。

 そのときのことを、石牟礼道子さんは『苦海浄土』にこう書いている。

 園田厚相が病室に現れたとき、天草牛深生まれの坂上ゆき女さんが、「やってしもうた」のだ。

 「やってしもうた」とは、「水俣病症状の強度の痙攣発作」のことである。

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  (発作を)予期していた医師たちに三人がかりでとりおさえられ、鎮静剤の注射を打たれた。肩のあたりや両足首を、いたわり押さえられ、注射液を注入されつつ、突如彼女の口から、

 「て、ん、のう、へい、か、ばんざい」

   という絶叫がでた。

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 『苦海浄土』の「苦海」とは、「広辞苑」によれば、「三界、即ち生死・苦悩が海のように果てしなく広がっている世界。苦界」である。

 苦海=苦界。

 水俣の苦海=苦界は、フクシマの苦海=苦界をつながり、そしてフクイチ放射能による苦海=苦界は、いまや日本全国を、程度の差こそあれ、死の灰でよごれた「穢土」と化しているのである。

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 この放射能にまみれた「苦界穢土」を、「浄土」とするには――「浄土」として生きてゆくには、どうすればよいのか?

 水俣条約会議開会式へのメッセージで安倍首相は、

  「ミ・ナ・マ・タと、4つの母音をもつ言葉は、……それは、水銀の危険に対する、また対策の必要に対する、変わらぬ警告の言葉」だが、「それ以上に、希望の言葉です。水俣の海は、輝きを取り戻しました」

 と語ったが、こうした、コトバによるごまかしは、もう要らないし、もはや効かない。

 いま「フ・ク・シ・マ」を「希望の言葉」と言い、「福島の海は、輝きを取り戻しました」と言ったところで、いったい誰が、いつ、どこで信じることか!

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 原発20キロ圏内、福島県南相馬市の小高地区から横浜市旭区で避難生活を続ける村田弘さん(71)は、45年ほど前、全国紙の記者として熊本に赴任し、水俣病を取材した。
 神奈川新聞 25日付け ⇒ http://news.kanaloco.jp/localnews/article/1312250001/

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 (駆けだし記者の村田さんが)そこで出会ったのは、公害の原点である水俣病で苦しむ人々の姿だった。

 企業城下町の水俣で、「(原因企業の)チッソにもの申すなんて、町民ではない」と、村八分になりながらも被害を訴える人たちを取材した。「しんどいなあ」。被害の苦しみ、そして責任追及の厳しさを知った。そしてそれは、当事者が背負う重い宿命を知ることでもあった。

  ……公害に苦しむ人たちと、放射能禍に見舞われた自分たちはだから、重なって見えた。「事故の責任を追及することで、原発政策を転換させ、避難者全体の救済につなげる。そのためには、避難者自身が声を上げるしかない」。

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 村田さんはだから、神奈川県へ避難した同郷の人々の先頭に立って、国と東京電力(東京都)を相手に、集団訴訟を横浜地裁に起こした。

 「被害とは、一人一人の生活がぶっ壊されること。だから、数字でくくることなんてできない。すごく具体的で、すごく悲惨で、すごく残酷なものだ」

 訴訟を通して、それをできる限り伝えていくことこそ重要だ――と村田さんは感じているというが、それはとりもなおさず、『苦海浄土』の石牟礼道子さんが書き続けたことであり、水俣病の犠牲者たちが、生き通し・生き続けて訴えつづけていることでもあるだろう。

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 穢土となった苦海=苦界を、浄土となすには、なによりもまず、その生を、その具体性において、隠蔽せず、歪曲せず、心から、認め合う、ことから始めなければならない。

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 では、個々の犠牲者の「すごく具体的で、すごく悲惨で、すごく残酷な」被害を、犠牲にならずにすんだ人が、自分にとっては具体的でないその被害を「認める」には、どうしたらいいか?

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 私事で恐縮だが、わたし(と同伴者)は、この春以来、ある種の苦難に遭い、連日連夜の苦しみの中、ついに仙台の家を放棄せざるを得ないところまで追いつめられた。

 そんなわたしに、上記の問題提起に対し、ひとつ言えることがあるとすれば、「他者の被害」を「認める」起点にあるべきは、自分の痛み・苦しみを通して、相手の痛み・苦しみを理解しようと努めることである。

 わたしの(そして同伴者の)苦しみはいまなお、続いているものだが、わたしはこの苦しみを体験できてほんとによかったと思っている。

 たとえ万分の一、億分の一にせよ、水俣の、あるいはフクイチ被曝地の、人々の苦しみを「共体験」できるわたしに、わたしは、なれたのだから。

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 水俣にはことし(10月)、天皇、皇后両陛下もお訪ねになり、水俣病の患者たちと懇談された。

 その会場に、患者の緒方正実さん(56歳)がつくった、こけしが並べられていた。

 そのこけしが、天皇陛下の意向で、陛下の手元へ届けられた。

 西日本新聞はこう報じている。

 (緒方さんは)
   こけしには、水俣病問題で対立してきた市民の融和を願って水俣湾埋め立て地に造成された森のモチノキを使った。懇談する朝、「祈」の焼き印を押して完成させた。……
  (31日付け)「祈りのこけし 陛下に届く 水俣病患者が制作」
 ⇒ http://www.nishinippon.co.jp/nnp/national/article/60972

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 「祈」――祈るとは、自分のためにも、あるいは他者のためにも、状況の中で、状況を超える願いを共有することである。

 間もなく、新しい年――2014年。

 わたしたちは、新年に、元日に、祈るはずだ。

 いや、必ず、祈るに違いない。

 そしてその祈りは、苦界穢土と化した、わたしたちのこの国を、苦界浄土へと、いまふたたび、はじめから浄化し直してゆく、辛い苦しみの共体験を通した、全国的な、深い祈りになるに違いない。

 ここまで来てしまった以上は…………。

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 石牟礼道子さんは、その『苦海浄土』に、いまひとつ、忘れ難い場面を、記している。

 ……その(園田大臣の)後姿にむけて粛々と哭(な)いていたひとびとの口から、高く、宗教的な響きをもった和音が、ひびき渡った。
 「おねいがいします!」

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 2013年から2014年へ。

 わたしたちも、心をつなぎ、心を合わせて、「祈りの和音」を響かせ、新しい年の世直しに、それぞれ/ともに、向かうことにしよう!

 苦界穢土から苦界浄土へ。

 それぞれ/ともに、前へ、進もう!

Posted by 大沼安史 at 02:08 午後 |

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