« 〔Fukushima Diary〕 1~3号機の核燃プールのことを思えば、それでも4号機核燃プールからの核燃取り出しは、まだ楽 / 1~3号機、まだ調査もせず / ◎ 4号機核燃プールは序の口に過ぎない! | トップページ | 〔自由法曹団が秘密保護法案を徹底解明〕  「日本“政府”」の「特別管理秘密」、16府省庁で計41万3千件にも! / 原発に関する情報も、原子力規制委員会の委員長が「別表」の四イ「テロリズムによる被害の発生若しくは拡大の防止ための措置又はこれに関する計画若しくは研究」にあたると判断すれば、特定秘密の指定対象となる。このことは、現在の特別管理秘密保護制度において、原子力規制委員会が504件の特別管理秘密文書を保有していることからも裏づけられる。 »

2013-11-08

〔コラム 机の上の空〕 いのちを響かす「フクシマの音楽隊」――または、「楢葉いやしの森」の坂本​恵悟さんと、500匹の仲間たちのこと

 避難指示解除準備区域(半径20キロ圏)のすぐ外側、の山中、双葉郡楢葉町​大谷字乙次郎​の山の中で、原発事故の巻き添えをくった動物たちの世話を続けている人がいる。
 
 元ソーシャルワーカーの坂本​恵悟さん(58歳)。

 「楢葉いやしの森」での、坂本さんの生活(活動)の様子を、最近、「南ドイツ新聞」電子版の動画を観て、知った。
  * ロイター・ビデオ ⇒ http://www.sueddeutsche.de/panorama/mann-pflegt-rund-tiere-beim-atomkraftwerk-fukushima-1.1810908

         #

 犬、猫、ニワトリ、アヒル、山羊、ウサギ、マーモット……。

 3・11のその日まで、ペットとして飼われていた動物たちだ。

 エサと愛情がなければ生きてゆけない、500のいのちを、ずっと守り続けてきた、一人のいのち。

 その姿を「映像ルポ」で見て、(南ドイツ新聞電子版で見せてもらったせいで)、思わず、あの、「ブレーメンの音楽隊」のことを思い出してしまった。

 坂本さんと500匹の姿に、あのロバさんと動物たちの姿を重ね合わせてしまった。
 *「ブレーメンの音楽隊」(ウィキ) ⇒ http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%9A%E3%83%BC%E3%82%B8

         #

 3・11のあと、楢葉町もまた死の町となった。残されたペットたちの受難も始まった。

 市街から離れた山の中で、10年前から、ペットたちのサンクチュアリ、「いやしの森」を開いている坂本さんは、様子を身に、町場に下りてみた。

 そのときのことを、坂本さんはこう書いている。

 全文、以下の通り。

         #

     失われた一途ないのち

  だれひとりとして姿を見ることが出来ない楢葉の町
  その中を、あの家で、あの家族と幸せそうに暮らしていたあのワンコや、ニャンコが
  鎖を解かれ、エサ、水、そして愛する人たちを求めて彷徨う・・・

  車のエンジンの音が、探し求める人のその音に聞こえたのか…
  そばに近づいて来る。

  目と目が合う
  「お父さん、お母さんじゃない!!」

  私は、戸惑いながらも
 「おじさんの車に乗って山のお家(いやしの森)へ来る?!!」
  と尋ねてみる…

 「いや、お父さん、お母さんを待つヨ!!」
  とみんな同じ答えを返してくる。

  そして1週間後、1ヶ月後、
  又、車の音に寄ってくる…

  そして私は、ひと時の安らぎのエサと水を与えて…
  又、同じ事を聞く
  同じ答えが返ってくる。

  そして月日は流れ、暑い暑い夏が終わろうとした時、その子たちの姿は見えなくなった。

  「あんなに逢いたかった人に逢えたかい?」

  どうしようもない怒りと、
  懸命に1日1日を生きぬいた一途な命に
  私は思いを巡らし
  涙が止まらない…
  安らかに…

  (このエピソード……を御主人が大好きだった太郎君に捧げる…) 坂本恵悟

 *坂本さんを支援する「「楢葉いやしの森・坂本さん応援隊」ブログ、「楢葉いやしの森と仲間たち」より ⇒ http://d.hatena.ne.jp/naraha184/20131029/1383035484

         #

 坂本さんの説得に応じて、「いやしの森」へ来たペットたちもいた。

 そのなかの一匹は、ラーメン屋の愛犬、「ジン君」。

 「ジン君」は、「いやしの森」で元気に暮らしていることを知って駆けつけた飼い主家族と、ことし5月に再会を果たした。

 8月には山羊の「ユキちゃん」の家族も会いに来てくれた。

         #

 坂本さんは避難勧告を受けたが、拒否して居残った。

 動物たちを遺棄することができなかったからだ。

 事故後、一ヵ月間、完全な孤立を余儀なくされた。

 外部との接触を断たれたのだ。
 
 一人で頑張っているうちに、支援の輪が広がった。

 「応援隊」が結成され、「いやしの村」へ救援物資を送る運動が生まれた。

 * 物資支援の申し込み先  ⇒ http://www.amazon.co.jp/registry/wishlist/10SR5LEIVWXF7/ref=cm_wl_rlist_go_v_C-1/378-2524005-7356732

         #

 わたしは、その映像ルポを観、支援ブログを読んでいるうち、だんだん、こちらの心が、温かくなるのを感じた。
 
 なぜか、うれしい気がこみあげてきた。

 救われたような気がしたのだ。

 坂本さんと500のいのちの絆のたしかさに、励まされたような気がしたのだ。

         #

 「いやしの森」では、たぶん、今日もまた、ワンワン、ニャンニャン、グアッ・グアッ、メエメエー、コケコッコーの合唱が、にぎやかに湧きあがったことだろう。

 坂本さんをコンダクターとした、「いやしの森の大合唱・大合奏」!

 それは、史上空前の核惨事の中にあって、なおも生き続ける、被曝地のいのちの強さを象徴するものではないか。
 
         #

 森の中で共同生活をおくる「フクシマ 坂本さんと500匹の仲間たちの、いのちの音楽隊」!

 楢葉の山からの響いてくる、その遥かなる呼び声にこたえ、わたしたちは――そして、わたしたちの「力」であるはずの「日本の政府」は、いまこそ全力を挙げ、被曝地救援に取り組まねばならない。

Posted by 大沼安史 at 07:04 午後 |

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 〔コラム 机の上の空〕 いのちを響かす「フクシマの音楽隊」――または、「楢葉いやしの森」の坂本​恵悟さんと、500匹の仲間たちのこと: