〔コラム 机の上の空〕 いのちの花は、しんじつに咲く
10月27日、熊本県水俣市を訪れた天皇、皇后両陛下に、母親の胎内で水銀に侵された胎児性水俣病患者、「語り部の会」の前田恵美子さん(59)が、自分の思いを綴った歌を贈った。
「ピンクの花が好き」*1
そう私は私らしく生きるだけ そうピンクのきれいな花が好き
#
このこと知って、わたしは、農婦、吉野せい*2の、あの「洟をたらした神」の、あの一節を思いだした。
畑には取り残したふらふら菜っ葉に、真黄な花がしんじつに咲いていた
#
ふらふら菜っ葉は、その日の家族の唯一のたべもの。「何もねえから、花にてくうべな」と、日暮れの、福島の、極貧の開拓地の畑道で、元気に言ったのは、少女のタズさんだ。
続けて、タズさんは、こうもいった。
おてんとさまあっち行った
#
水俣の恵美子さんは
3歳のころ 急にしゃべれなくなり 歩けなくなった
網元の漁師だった大好きなおじいちゃんは 9年間寝たきり たばこに火をつけるのが私の役目だった
潮風が吹く明神で生まれ育ち 近所の子供とままごとしたり学校ごっこしたり
…………
体は不自由になったけど 心は傷つけられなかった……
#
恵美子さんのピンクのきれない花も、「しんじつに咲いた」花だ。
#
恵美子さんの作詞した「ピンクの花が好き」を、地元の音楽家、柏木敏治さん(58)が、両陛下の前で歌った。
お二人は歌に聴き入り、「大きな拍手を送った」。
恵美子さんは「私の気持ちは両陛下に伝わったと感じました」と話した。*3
#
天皇陛下が感想を述べられた。*4
やはり真実に生きるということができる社会をみんなで作っていきたいものだと改めて思いました。
今後の日本が、自分が正しくあることができる社会になっていく、そうなればと思っています。
#
真実に生きる。
自分が正しくあることができる。
人が、しんじつに、正しく、生きることができる日本への希望を、陛下は、しんじつに、正しく生き抜いてきた恵美子さんの前で語ったのだ。
#
「洟をたらした神」の、極貧の、福島の畑道の情景は、80年以上前、昭和5年(1930年)のことだ。
水俣の恵美子さんが母の胎内で水銀の毒におかされたのは、60年前のことだ。
水俣、そして福島。
ああ、日本…………この国の過去と現在!
#
でも、少女たちは、負けなかった。
恵美子さんのいうように、「心は傷つけられなかったから」負けなかった。
#
そのしんじつに――花のように、真実に咲いた、そのいのちに、この国の希望をみるのは、陛下だけではなかろう。
そういう国を、そういう社会を、わたしたちは、つくらなければならない。
###
◎ 関連 ニューヨーク・タイムズ電子版 「水俣」(ユージン・スミスさん、石川武志さん)⇒ http://lens.blogs.nytimes.com/2013/10/01/revisiting-minamata-and-a-storied-mentor/
(*1) 「ピンクの花が好き」(作詞・前田恵美子さん)
そう私は私らしく生きるだけ そうピンクのきれいな花が好き
人前で話をするのは苦手だけど でも子供は好きだから 話せるかなと思って語り部になった
チッソにはこれといった憎しみは無いけれど こんな私でよかったのかしら
3歳のころ 急にしゃべれなくなり 歩けなくなった
網元の漁師だった大好きなおじいちゃんは 9年間寝たきり たばこに火をつけるのが私の役目だった
潮風が吹く明神で生まれ育ち 近所の子供とままごとしたり学校ごっこしたり
小学校には少し遅れて入ったけど 親がいじめを心配したみたい
でも私は大丈夫 やられたらやりかえすから
そう私は私らしく生きるだけ そうピンクのきれいな花が好き
いろんな人たちと出会ったリハビリステーションセンター
まっすぐ歩く練習をしたり コップに水を入れる訓練をしたり あまりうまくできなかったけど ずいぶん勇気づけられた
そう私は私らしく あまりくよくよしないこと
チッソはどう思いますかってよく聞かれるけれど 私はいじめられなかったから
体は不自由になったけど 心は傷つけられなかったからかな 親がそういうことを心配して守られていたのかな
今はミサンガを作ったり 花を育てたりハウスでマンゴーも作ってる
写真を撮るのが好き お酒も好きだし歌も好きよ
そう私は私らしく あまりくよくよしないこと
そう私は私らしく生きるだけ そうピンクのきれいな花が好き 花が好き
(*2) 吉野せい Wiki ⇒ http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%89%E9%87%8E%E3%81%9B%E3%81%84
(*3) 毎日新聞電子版 ⇒ http://mainichi.jp/feature/koushitsu/news/20131028k0000m040031000c.html
(*4) 陛下のご感想(全文)
どうもありがとうございます。本当にお気持ち、察するに余りあると思っています。
やはり真実に生きるということができる社会をみんなで作っていきたいものだと改めて思いました。
本当にさまざまな思いを込めて、この年まで過ごしていらしたということに深く思いを致しています。今後の日本が、自分が正しくあることができる社会になっていく、そうなればと思っています。
みながその方に向かって進んでいけることを願っています。
Posted by 大沼安史 at 10:36 午前 | Permalink