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2012-04-29

〔菅直人〕 「判断間違っていなかった」 浜岡停止要請から1年 ◇静岡新聞インタビュー /「今年は脱原発依存、再生可能エネルギー推進の元年だ」

 → http://www.at-s.com/news/detail/100119824.html (◇以下は大沼による)

 東日本大震災に伴う東京電力福島第1原発事故を受け、政府が中部電力に対して浜岡原発(御前崎市佐倉)の稼働停止を要請してから5月6日で1年。最高責任者として停止要請を決断した菅直人前首相に、要請に至る経緯や当時の判断について聞いた。

 ―停止要請の判断を今はどう感じるか。

 「福島の事故の重大性と、浜岡で巨大地震が起きる可能性の高さ。二つの理由が重なった中での判断だった。中部電力が要請を受け入れ、今も停止状態が維持されていることは、浜岡原発の近くに暮らす皆さんにとって、あるいは全国レベルでも必要だった。判断は間違っていなかったと思っている」

 ―南海トラフ巨大地震の推計が示され、あらためて注目される浜岡再稼働。自身の考えに変化はあったか。

 「現時点で浜岡原発をどうするか、個別の問題として議論があってもいいが、それよりも短期、中期、長期の展望の中で『脱原発依存』の方向に進めることが必要だ。浜岡についても、エネルギー基本計画の見直しなど大きな流れや観点から考えるべきではないか」

 ―停止要請決断までの事情を振り返ってほしい。

 「(福島第1原発事故の)いわゆる最悪シナリオを検討したところ、福島から250キロ離れた首都圏まで事故の影響が広がり、首都圏に暮らす約3千万人が避難しなければならない事態も起こりえた。昨年5月の時点でそう分かっていた。さまざまなものが集積する地域に立地し、交通の大動脈にも近い浜岡原発が福島と同じ状況になった場合の影響を考えた」

 ―地震発生リスクも判断につながった。

 「一般的な意味で浜岡の活断層の問題は震災以前から認識していたし、(昨年4月27日の)中央防災会議で(30年以内の東海地震発生確率が)87%の数字があらためて示され、私自身の中で『何とかした方がいい』との思いが積み重なってきた。ちょうどその頃、浜岡原発の視察を終えた海江田万里経産相(当時)から『停止すべき』との提案があった。私自身が考えたことと基本的に一致したので、『そうしましょう』と停止要請を決めた」

 ―停止要請時、中電との間で、再稼働に関する何らかのやりとりもあったのか。

 「中部電力との具体的なやりとりは、直接的な権限を持つ(海江田)経産相がすべてやった。私は中電と具体的な話は一切していない」

 ―全国の原発再稼働の議論をどう見るか。

 「電力が足りない、という供給側の話ばかりが聞こえてくる。需要側を考えれば、電力のピークカットに関してもいろいろな努力の仕方があるのに、議論が一方に偏っている。短期的には原発を再稼働させれば、石油や天然ガスなどの燃料コストを抑制でき、(電力会社の)収支が改善される。それが(再稼働の)動機の大きな部分を占めているのでは。だが、核廃棄物の最終処分まで考えれば、実際にはものすごいコストになる」

 ―再生可能エネルギー普及の現状は。

 「大手企業をはじめ、風力や太陽光発電の取り組みが、日本中にかなりある。それらを積極的に引き出そうと経産省も動いている。一層進めるのか、それとも抑え込むのか(の分岐点)が今年だ。原子力を使えないとなれば、必ず進む。今年は脱原発依存、再生可能エネルギー推進の元年だ」

Posted by 大沼安史 at 04:22 午後 |

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