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2012-04-23

〔国会事故調〕 「避難指示 不十分」 大熊町長 国、県の対応に不満/★★★ 石田仁町生活環境課長は「東電は社員らを(11日午後)4時すぎに避難させたと聞いた」と説明。「なぜ情報が町に入ってこないのか」と憤った。

 東京新聞 → http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2012042302000094.html

 国会の東京電力福島第一原発事故調査委員会(黒川清委員長)は二十二日、福島県会津若松市で会合を開き、同市に集団避難している大熊町の渡辺利綱町長らから、事故当初の状況などを聞き取りした。国や県、東電からの避難に関する連絡が不十分だったとして、徹底調査を求める声が相次いだ。

 同様の指摘は、二十一日の浪江町関係者の聞き取りでも出ている。黒川委員長は二十二日の会見で「避難指示の遅れがいかに住民に深刻な影響を与えたか痛感する」と述べ、強い関心を示した。

 渡辺町長は、事故翌日の昨年三月十二日早朝に出た十キロ圏内の避難指示を、すぐには確認できなかったと指摘。その後は「何の連絡もない状況だった」と述べた。また、十一日夜に県が独自に出した二キロ圏内の避難指示も、情報を把握できなかったと説明した。

 渡辺町長は「唯一の情報源がテレビ。町民に聞かれても答えようがなく、もどかしかった」と振り返った。

 石田仁町生活環境課長は「東電は社員らを(十一日午後)四時すぎに避難させたと聞いた」と説明。「なぜ情報が町に入ってこないのか」と憤った。

 会合に続き、避難中の町民約百六十人との意見交換会もあった。

Posted by 大沼安史 at 03:38 午後 |

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