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2012-04-25

〔EXSKF〕 さっさと現場から逃げ出していた保安院の検査官たち In March Last Year, NISA Officials Had Withdrawn from #Fukushima I Nuke Plant Before TEPCO Did

 → http://ex-skf.blogspot.jp/2012/04/in-march-last-year-nisa-officials-had.html

◎大沼 保安院の検査官たちは「事故から3日後の昨年3月14日午後5時には、独断で現地を離れていた」そうである。

 この問題はすでに知れ渡っているこおtだが、現場離脱時間が明らかになったのはこれが初めてではないか!

 そいういえば、米軍の沖縄上陸前には沖縄県知事や沖縄師範の校長が本土に逃げ帰っていた!

◇ ソース 産経新聞 → http://sankei.jp.msn.com/life/news/120424/trd12042408160003-n2.htm

 ……“敵前逃亡”は寺坂だけではない。福島第1原発で勤務していた保安検査官らも同様だった。当時、原発敷地内には保安検査官ら職員8人がいた。平時は施設の巡視点検などを行うのが役割だが、緊急時には現場確認や本院への情報提供を行うことになっている。

 彼らは、3号機が水素爆発し、2号機でも原子炉内部の放射性物質を含む蒸気を外部に逃す「ベント」ができないなど、状況が悪化する中、事故から3日後の昨年3月14日午後5時には、独断で現地を離れていた。国は現場の情報を得るチャンネルを失い、情報収集は東電に頼らざるを得ない状況が生まれた。

 保安検査官らが撤退した日は、東電が政府に「全面撤退」を申し入れたとされる時期と重なる。当時の首相、菅直人(65)は同15日早朝に東電本店に乗り込み「撤退はありえない」と拒否したが、この時すでに政府側が現場から撤退していたのだ。……

Posted by 大沼安史 at 06:05 午後 |

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