〔避難・再出発NEWS〕 浪江町から沖縄で避難、琉球絣織りで前向く
【南風原】「絣が生きる力をくれました」―。東日本大震災で被災し、原発事故で福島県浪江町から県内へ避難してきた八幡万里子さん(58)が17日、昨年7月から取り組んできた琉球絣の技術習得研修を終えた。心の穴を埋めようと挑戦した7カ月間の修行。「絣が日常を取り戻してくれた。前を向いて生きていきたい」。修了証を手にした万里子さんは共に励んだ仲間たちに囲まれ、満面の笑みを見せた。(大野亨恭記者)
「糸一本一本が組み合わさり、こんな美しい織物になるの」と、絣の魅力を話す万里子さん。沖縄に来て間もなく琉球絣に出合い、その繊細な織りに魅了された。琉球絣事業協同組合が主催する後継者育成事業に応募、技術習得の道を踏み出した。
「震災を忘れる日なんてない」。それでも、絣に向き合っている間は夢中になれた。自宅アパートのある糸満市から南風原町までは毎日、夫の喜美男さん(64)が送り迎えした。「やるべきことがある日常が、こんなに有意義なものだとは思わなかった」。絣が生活の中心となり夫妻の支えともなった。
自宅は福島第1原発から約11キロ。昨年の3月11日までは、当然のように「浪江で骨をうずめる」と思っていた。その浪江町にはもう戻らないことを決めた。「悔しいし、寂しい。でもそうしないと前に進めないから」
「つらい毎日を救ってくれた絣を多くの人に伝えたい」。今月からは、南風原町のかすり会館内にある工房で働くことが決まった。一本一本の糸と向き合う新たな日々が始まる。
Posted by 大沼安史 at 05:17 午後 | Permalink

















