〔☆ 毎日新聞〕 肌で感じた原発の罪深さ(中川聡子記者)/福島/「広野はさ、原発の作業場になっちゃったのよ」
「若い人たちは帰ってこられない。町はもう、元には戻らない」。原発事故の緊急時避難準備区域指定を昨年解除された広野町を取材すると、町民はこう口をそろえた。
人口約5500人のうち町に戻ったのは約300人。常磐道の広野インターを降り、JR広野駅まで約5キロ車を走らせたが、人っ子一人見当たらない。
スーパーだと思って入った店では、作業服にマスク姿の男たちがたむろしていた。「広野はさ、原発の作業場になっちゃったのよ」。60代の自営業の男性は憤る。
スーパーや公民館などは原発の事故処理や除染の作業員の拠点になった。「公園や店に東京電力や関係会社のやつが居座ってさ。誰がこんな町に帰る?」
夕刻、自宅前を掃除していた高齢の女性。寒さで仮設住宅の水道管が破裂したため、仕方なく自宅に戻ったという。
除染作業が行われる日中は家に閉じこもる。
買い物と病院は、いわき市まで足を延ばすしかない。震災直後に親族を亡くしたが、避難生活が続き、葬儀が昨年末にずれ込んだ。「眠れない夜が続きました」と目を伏せた。
高齢の両親と暮らす40代の男性会社員は昨年6月、愛犬の死をみとった。「老犬なのに避難で連れ回してストレスを与えたからかな」。腕に抱いた亡きがらのぬくもりが忘れられない。
仕事があるため自宅に残るが、周りは人けのない民家ばかり。「話せてよかった、話し相手もいなくなって」。雨が降り出すと、傘を差し出し、近くに止めた車まで送ってくれた。
日が落ちると、町は身震いするほどの暗闇に包まれる。事故が「収束」した町の現実に、復興への意欲すらそぐ原発事故の罪深さを、肌で感じた。 (東京社会部)
Posted by 大沼安史 at 03:44 午後 | Permalink

















