〔被曝地NEWS〕 こんな「絆」はいらない 福島に漂う「逃げる」ことを許されない空気
……福島で取材していると、「逃げる」という表現をよく耳にする。「うちの近所にも逃げた人はいたよ」とか「逃げたいけど先立つもの(カネ)がないからね」といった具合だ。
「逃げる」が「避難する」という意味に使われているのだ。それは「放射能から逃げる」という意味でもあるのだろうが、多分に「仲間をおいて逃げる」というニュアンスを含んで使われているように感じた。
大人だけではない。子どもの社会でも「逃げる」という表現が使われている。小学生の子どもを持つ父親が語った。
「一時避難していて学校に戻ってきた子どもが、まず友だちに言うのが『ごめん』なんだそうです。避難していた子を『あいつは逃げた』と、うちの子も普通に言います」
露骨なイジメがあるわけではない。「逃げた」と言う方も、あからさまな敵意があって言うわけでもない。
しかし、そこに「陰湿な空気」を感じないわけにはいかない。それがあるからこそ、戻ってきた子どもがまず口にするのが「ごめん」なのだ。
「友だちを残して自分だけ逃げてきた、という気持ちを子どもは持っています。それに苦しんでいます。だから、『帰りたい』と何度も何度も言うんです」。子どもを避難させて、自らは福島に残っている父親はそう言った。避難した子どもも、避難した先で「ごめん」という気持ちに苦しんでいるのだ。
こんな空気があれば、大人も子どもも簡単に「逃げる」ことなどできるはずがない。放射能の影響に不安を抱きながらも留まることを選択せざるをえないのだ。……
Posted by 大沼安史 at 05:11 午後 | Permalink

















