〔院長の独り言〕 「いずれどうせまた世界のどこかで起こるであろう放射能被害に備えて、健康被害の有無を含めた情報を蓄積しておくことは、人類への貢献」(福島民報)について
前毎日新聞社主筆、福島市出身の菊池哲郎氏の「論説/あぶくま抄」について。
……そして、その次の段落はもっと驚きます。
いずれどうせまた世界のどこかで起こるであろう放射能被害
と書いています。なぜ、この放射能被害を二度と繰り返してはならないとかけないのでしょうか。また、このような惨事を繰り返す必要があるのですか?全く理解できません。そして、
健康被害の有無を含めた情報を蓄積しておくことは、人類への貢献なのだ。それはとりもなおさず日本のあるいは日本人の、人類に対する医療的な社会倫理的な責任で、つまり医療制度全体のまさに根幹だ。
ついに、この主幹の本音が出ました。福島の人は福島にとどまり、人類に対して実験材料になれと言っているわけです。
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大沼 院長に同感です。
Posted by 大沼安史 at 09:24 午後 | Permalink
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