〔避難NEWS〕 再出発は岡山の山村で 仙台出身のデザーナー一家 夢も同居 村の森林再生
岡山県の山村で、福島第1原発事故による放射能汚染を懸念し避難してきた仙台市出身のデザイナー一家と、村の森林再生に打ち込む女性が共同生活を始めた。東日本大震災の被災地から遠く離れた“シェアハウス”が一家の再出発の場だ。
鈴木宏平さん(27)一家と、同県西粟倉(にしあわくら)村の企業「西粟倉・森の学校」に勤める熱田尚子さん(24)。
鈴木さんは東京でデザイナーとして働きながら仙台市の実家に通い、農家の両親が生産する米のパッケージをデザインしていた。09年には産地直送「鈴木米プロジェクト」を立ち上げてネット販売を始め、昨年3月には実家に移り住み、消費者と直接つながる米づくりを本格始動する予定だった。
だが、夢を追い掛けていた直後に東日本大震災が発生。実家は津波で全壊し、田畑はへどろで埋まった。妻菜々子さん(27)は、放射能汚染を恐れて避難を希望した。鈴木さんは「故郷を見捨てることになる」と悩んだが、「家族を守ろう」と移住を決めた。
熱田さんは岡山市出身で、昨年1月、「西粟倉・森の学校」に就職したばかり。森の学校は、村の面積95%を占める森林の再生に取り組む「百年の森林(もり)」構想の担い手企業だ。仕事は楽しいが、広い一軒家での一人暮らしに孤独を感じ、同居人をツイッターで募集。鈴木さん夫妻と知り合った。
菜々子さんは下見に来て熱田さんとすぐに意気投合。同年8月に子ども2人と先に移り、鈴木さんも3カ月後に合流した。村人は気さくに話しかけ、新鮮な野菜を届けたり、子どもの面倒を見てくれたりする。温かい村人との交流が、不安な心をほぐしてくれた。
鈴木さんはインターネットを生かしてデザインの仕事を続ける傍ら、3月の映画上映会も企画しており、村おこしにも積極的に参加している。熱田さんは「村に可能性を見いだした鈴木さんに刺激を受ける」といい、鈴木さんは「私たちを支えてくれる住民の集まる場を作り、村を活気づけたい」と話している。【坂根真理記者】
Posted by 大沼安史 at 04:15 午後 | Permalink

















