〔肥田舜太郎さん〕 講演:「安全な日本に」 医師・肥田舜太郎さん力説 原発事故思い「生きている者の務め」--原爆資料館 /広島
広島陸軍病院時代に広島で被爆し、数多くの被爆者の治療に尽力した医師、肥田舜太郎さん(95)が4日、中区の原爆資料館で、東京電力福島第1原発事故などについて講演した。「核兵器と原発はあって良いことは一つもない。目の黒いうちに、安全な日本にすることが生きている者の務めだ」と力説した。【矢追健介記者】
同資料館の公開講座の一環で、数多くの市民が耳を傾けた。肥田さんは原爆投下後、「ぶらぶら病」と呼ばれる無気力で動けない被爆者が頻出したことについて「怠け者と呼ばれて苦しみ、自殺した人もいた」。さらに「放射線の影響かどうかは、現代の医学では検査しても分からない。原爆から66年もたっているのに、放射線の影響を研究してこなかったのは国のサボタージュだ」と指摘した。
その上で、原発事故について「日本中どこに行っても逃げられない。放射線に触れた人は、広島や長崎の被爆者がたどった経験をおそらくしなくちゃならないだろうと思っている」と解説。「放射線を受けたらみんな病気で死ぬかと言えばそうじゃない。僕のように95歳まで生きる人もいる」と話し、早寝早起きやよくかんで食べることなど「放射線との戦い方は、原始に近い生き方をする。これに尽きる」と説明した。
最近、東京から自主避難してきたという30代女性=東区=は、0歳の子どもを抱えて参加。「原発事故は決して遠い場所の出来事ではない。広島で自分のこととして考えてほしい」と話した。
Posted by 大沼安史 at 04:08 午後 | Permalink

















