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2012-01-22

〔東京新聞〕 岐路に立つ原子力 いばらきの決断 <5> 村上・東海村長に聞く

 → http://www.tokyo-np.co.jp/article/ibaraki/20120122/CK2012012202000057.html

 福島第一原発事故以来、原発の「安全神話」が崩壊し、東海村の日本原子力発電(原電)東海第二原発も「廃炉」と「再稼働」の間で揺れる。福島の事故後、「脱原発」を明確に掲げる村上達也村長に思いを聞いた。 (近藤統義記者)

 -(福島第一原発事故後)放射性物質の拡散を予測するシステム「SPEEDI」の結果がなかなか公表されなかった。情報公開に問題は

 (国の考えは)原子力業界を守ろうというのが中心で、住民を守ろうという視点が全くなかった。震災直後、村の放射線量が跳ね上がった際、文部科学省から出向している職員にSPEEDIについて尋ねたが結局、(拡散予測は)出なかった。炉心溶融も五月にやっと認めたが、村の専門家の間では震災二日後くらいに(炉心溶融の)話が出ていた。いいかげんというか情報の隠ぺいだ。

 -震災の津波で東海第二も過酷事故の可能性があった

 それを知ったのは四月初めの村議会の委員会だった。震災当日は、自動停止はすぐに確認したが、詳しい情報は入ってこなかった。通信回線の問題もあったが、原電から原子炉内の温度や圧力など一報が来たのは午後十一時すぎだった。(震災発生から一報まで)八時間ほど空いたのは確かに問題だ。

 -住民への説明は五月に入ってからだった

 福島の状況から、われわれも住民への説明会を早期に開催すべきだったという反省はある。その点は一方的に原電を非難するわけにもいかない。復旧作業と福島の放射能の問題に気が回っていた。

 -村の原子力施設でも過去に何度か情報隠しがあった。原子力関係者による閉鎖的な「原子力ムラ」をどう見るか

 国、電力会社、メーカー、建設会社、学界が驚くほどの一体性を持った強固な集団だ。異を唱える者を排除して権力的な構造をつくり、危険性にふたをして原発の利点ばかりを強調する。

 福島事故後、少しは変わってきたが、基本的な構造は温存されている。これは戦争遂行のための組織をつくり、国民にプロパガンダを行ってきた戦前の軍事警察国家と同じ。極めてゆがんだ世界だ。

 -関西電力大飯(おおい)原発の安全評価(ストレステスト)が妥当とされたが、信頼性は

 私は福島事故の戦犯は(経済産業省)原子力安全・保安院や(内閣府)原子力安全委員会だと思っている。権威が失墜した彼らがお墨付きを与えるのでは、何の反省もしていないとしか思えない。

 ストレステストは机上の計算で余裕度を測っているが、有効性も分からないし、大丈夫と言われても住民は分からない。国が審査するんだから、おまえらは黙って従えばいいという姿勢に見える。

 -原発の寿命を原則四十年とし、さらに二十年延長可能とした政府の方針をどう見るか

 数字の根拠は分からないが、方向性が示されたのは一定の前進があった。ところが、担当大臣が表明したのに対し、役人がただちに例外規定を拡大解釈して二十年延長とする。こんなことを言う国は信用できませんよ。

 福島事故の原因を追究し、その経験に基づいて規制をしていくべきなのに、結局は現状追認だ。現実にある原発を何とか稼働させたいという思いが見える。原理原則が何もなく、実に情けない国だ。

 -「脱原発」への思いは

 福島事故への対応を見て、この国は原発を持つ資格はないと分かった。能天気で安全神話にどっぷり漬かっている。巨大科学技術は必ずどこかに陥穽(かんせい)があり、それが破綻したとき、取り返しのつかない惨事になる。私はふるさとを失いたくない。

  =おわり

Posted by 大沼安史 at 10:58 午前 |

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