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2012-01-17

〔フクシマ・東京新聞〕 岐路に立つ原子力 いばらきの決断<1> 震災時、過酷事故の可能性も

 → http://www.tokyo-np.co.jp/article/ibaraki/20120117/CK2012011702000054.html?ref=rank

 昨年夏、原発の安全などを提言する東海村の諮問機関「原子力安全対策懇談会」の住民代表の委員として、東海第二原発を視察した主婦永目裕子さん(57)は目の前の光景にあぜんとした。

 緊急事態に出動する移動式電源車が、東海第二原発わきの少し高い空き地に三台そろって並んでいた。これらは同原発を運転する日本原子力発電(原電)が福島第一原発事故後、国の指示に従って新たに配備した。

 永目さんは「三台すべてを同じ場所に置くことは危機管理上あり得ない。よく考えれば分かること」と驚いた。視察後、同所でトラブルが起きた場合を指摘し、他の委員とともに別の場所に分散させるよう求めた。

 永目さんは「安全対策は、すべて国が言っているからという姿勢。もっと考えて主体的に動いてもらわなければ困る」と原電の受け身の姿勢に憤る。

 東日本大震災後、永目さんら住民の不安は増している。東海第二原発が、福島第一原発と同じような過酷事故の手前までいきかけたからだ。震災による停電で東海第二は外部からの電源が断たれた。高さ五・四メートルの津波に襲われ、冷却水をくみ上げる三つのポンプと電気系統のうち一つが浸水で機能しなくなり非常用発電機を生かせなかった。残り二つも津波があと七十センチ高ければ、壁を越えた水で同様に機能しなくなるところだった。

 残り二つがかろうじて助かったのは、防護壁に空いていたケーブル敷設用の溝が震災直前の三月上旬に工事でふさがれ、高さも震災半年前の二〇一〇年九月に県の津波予測(五・八メートル)の指摘で約六・一メートルにかさ上げしていたためだった。一方、浸水した冷却設備の防護壁は、溝の穴があいたままだった。

 村上達也村長は「原電も随分いいかげんな対応をしてくれたもんだ」とあきれる。

 原電は高さ約八メートルの場所にガスタービンを使った冷却装置もあり、大丈夫だったと主張するが今回、福島と同じ高さの津波だったら原子炉建屋やガスタービンも津波につかり、機能しなくなる可能性は十分あった。

 東海第二は震災後、自動停止し、そのまま今年八月まで定期検査に入っている。原電はその間、住民の不安払しょくに奔走。緊急時の冷却用機材の配備、十五メートルの津波を想定した防潮堤も検討し、村や隣接四市の住民に説明会で訴えている。

 しかし、永目さんには対策全般が「形だけ」と映る。震災後、さらに原子炉建屋の耐震強度計算の誤りや原子炉を冷却する復水貯蔵タンクの容量を三十三年前から誤っていたことが判明。火災など事故も後を絶たず安全対策に疑問符が付く。

 昨夏、原電が開いた説明会で住民の男性がこう訴えた。「震災前までの対策で大丈夫と、これまでずっと説明してきたじゃないか。新たな対策と言うが論理が破綻しているのではないか」 (井上靖史記者)

    ◇

 周辺三十キロ圏の住民が九十四万人と全国の原発で最も人口密集地にある東海第二原発。周辺には多数の原子力施設を抱える。十七日に東海村議選が告示されるのを機に原子力を見つめ直す。

<東海第二原発> 1978年11月から稼働。出力は中堅クラスの110万キロワット。沸騰水型炉で東京電力、東北電力に売電している。震災前に想定した耐震強度は600ガル。同じ敷地内にある廃炉作業中の東海原発と合わせて原電社員400人弱、ほかに協力会社の作業員が働く。10キロ圏に約23万人、20キロ圏に約72万人、30キロ圏に約94万人が暮らす

Posted by 大沼安史 at 03:26 午後 |

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