〔浪江発・ツイッター〕 バッシング……頑張れ!/双葉砕石の青御影の砕石は、県内でも人気があったんだ/今でもJAEAが宇宙服のフルアーマーで入ってるとか/南相馬副市長はWBCを購入するのも妨害したから、個人名で予約し、隠していたんだそうだよ/死を覚悟したから居座ることを選んだ/此処はパワースポット。守護霊や精霊が守ってる/日本専用モデルと称する中国製は半分程の数値しか。騙されちゃったよ
◎ 杉本祐子さん → http://twitter.com/#!/ikarostayuu
@ikarostayuu フクシマ、浪江町の自宅
実は耳なしウサギのママなのだ。
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# 耳なしウサギのバッシングも酷かったね。タダの田舎のオバサンだと思ったらしいけど。半端な極道してこなかったし、男遍歴も半端じゃないし。逆に脅したら工作員はビビって消えたけどね。普通の女性じゃ耐え切れなくなるかもしれない。今頑張らねば、全てがウヤムヤにされ闇に消されてしまう。頑張れ! 6時間前
◇ 双葉砕石
# 双葉砕石の青御影の砕石は、県内でも人気があったんだよ。浪江の再生と言ってるが、昼曽根は浪江の水源地なんだよねぇ。私の山からの源流の美味しさは、百名水もかなわぬ程の甘露水なのに。井戸3本も掘ったのに。将来、売り出しも考えていたのにさぁ。山菜もキノコもお釈迦にされちまったよ。5時間前
# 双葉砕石に罪はない。町の多くが二本松に避難した15日に防災無線は流れずに私達は置き去りにされた。25日に防災無線が、屋内退避の人に津島のスタンドでガソリンを10リットル配給しますと流れた。29日の自衛隊は屋内退避の必要も無いと言っていた。その後も水1本貰っていないと言ったけど。6時間前
# そうだった、双葉砕石は、事故後間もなくからダンプが走っていたよねぇ。警戒区域になるまではガンガンと。道路工事に使われるのかと思っていたんだっけ。あそこは15日に330μsvあった場所なんだもんねぇ。でも多分1ミリ超えてたんだよ。今でもJAEAが宇宙服のフルアーマーで入ってるとか。
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# 3.7キロ地点で燃料棒の破片が。ユウチュウブではっきり燃料棒が飛んでいる画像が出てると聞いたけど。多分北西の、浪江町井手、小丸を経て昼曽根方向だと思うなぁ。4月で1ミリ超えの地点があったそうで。JAEAのフルアーマーが怪しいじゃん。核爆発だから成層圏まで飛んでるんだし。14時間前
# 電話だけの取材は1社あって、2度目では取材費は振り込まれましたか?とか。今まで一銭も頂いたことはありませんと言ってやったが。南相馬副市長はWBCを購入するのも妨害したから、高橋先生の個人名で予約し、隠していたんだそうだよ。副市長は省庁からの天下りなのだそうな。やっぱりねぇ。14時間前
# 3月11日から3日間、ベントを繰り返して爆発をしのいだって、1回だけ流してたじゃないの?だから茨城以南が濃いんじゃないの?大阪湾は福井県から何度も流れてきてるのだし。以前は公表せずにすかしっ屁や垂れ流しが多かったんでしょ?福井県では、85年に和牛4頭に障害が出てたじゃないの。1月15日
# 10数年前に、ガラス固化技術が完成されたような話だったが、それを入れる1m厚の鉄の箱に蓋をする技術ができてないと聞いたけど。まぁ、素人使って溶接した福一も10年そこらでヒビだらけになってたんだし。国内の原発のほとんどがそうなんだろうねぇ。ご愁傷様としか言えないね。次は何処かな? 1月15日
# 画像掲示板に、皆が逃げろと書き込んでくれたけど、大勢の動物達を置いても行けず、避難所は満杯。18日からは高熱、鼻血、下痢、咳で動けなくなっていた。死を覚悟したから居座ることを選んだ。現地に留まる人が貴重になると、高橋先生にも言われたのだ。お互い最後のミッションだと思ったのだ。1月15日
# 3月15日は津島の避難所は200μsvほどあったそうだけど公表は無し。4月になってもダッシュ村の向こうは1ミリ振り切る場所があったそうだ。スピーディにもある飛び地の濃い場所だろう。19日に300m先の数値が分かったけど20μ。でもテレビには一切浪江の数値はは出なかった。1月15日
# それが不思議。此処は震災時に地場が狂って、野鳥が消えたけど、1週間ほどで元に戻ってた。虫達も通常だった。でも郡山は5月頃まで雀や烏も見なかったと。彼等の声を聞き、逃げるのを諦めた。彼等はカナリヤの代わりにいてくれてるのだろうって。此処はパワースポット。守護霊や精霊が守ってるのだと 1月15日
# フランスからの線量計の残りは何処へ行ったんでしょうねぇ?県内の学校や幼稚園には1個も配布されなかったのだったが。自腹で購入したと聞いたよねぇ。β線を計測できる優秀な線量計もネットから消えてしまったし。日本専用モデルと称する中国製は半分程の数値しか提示しないし。騙されちゃったよ。1月14日
Posted by 大沼安史 at 04:38 午後 | Permalink

















