〔東京新聞〕 鎮魂の祭壇 道路脇に手作り 福島第一原発事故警戒区域
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◎ この記事は東京新聞と読者の間に「絆」が生まれているあかしである。
写真は東京新聞電子版に公開された、堀井五郎さん提供のもの。
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福島第一原発の事故で警戒区域となり、立ち入りが制限されている福島県浪江町と双葉町の様子を、区域内で住宅修理などをしている同町の堀井五郎さん(64)が先月撮影し、本紙に提供した。 (五十住和樹記者)
堀井さんは加須市の旧騎西高校に避難し、今は福島市の仮設住宅とを往復して仕事を続けている。写真はその合間に撮影した。
冬の青空の下、津波で流された漁船があちこちにそのまま残る。海岸まで約一キロの、浪江町請戸で撮った。人っ子一人いない荒野に見えるが、震災前は民家などが並んでいたという。
クーラーボックスを台に、線香を手向ける手作りの祭壇がある。同町役場によると、遺体捜索が始まった昨年四月に現地に入った業者の人が作ったらしい。卒塔婆や小さな仏像もある。一時帰宅した町民が供えたのか、菊などの生花も手向けられていた。「集落の姿は何もない。子どものころ海水浴に行ったことを思い出すだけ」と堀井さんは言った。
三角の真っ白い建物は、双葉町の海の家「マリーンハウスふたば」。電気で動いていた時計は、津波が到達したとみられる三時三十六分で止まっている。割れたガラスが、津波が二階上部まで襲ったことを示していた。
この近くに住む同級生の家の跡を撮影に行った際、この写真を撮った堀井さん。「一時帰宅しようにも、同級生にはもう、家はないんですよ」と話した。
Posted by 大沼安史 at 11:14 午前 | Permalink


















