〔愛媛新聞〕 社説 「大飯原発の安全評価 こんな手続きで理解は得られぬ」(21日付け)
→ http://www.ehime-np.co.jp/rensai/shasetsu/ren017201201217763.html
◎ 大沼 例によって愛媛新聞の社説子の指摘は鋭い。とくに、このくだり!
「国には、あらためて民主、自主、公開という原子力平和利用の3原則を順守し、多くの専門家の指摘に耳を傾けるよう促したい」
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定期点検で停止中の大飯原発3、4号機(福井県)再稼働の前提となるストレステスト(耐性評価)について、関西電力が提出した1次評価結果を、経済産業省原子力安全・保安院が妥当とした。
東京電力福島第1原発の事故以来、安全評価をめぐる保安院の判断は初めてであり、次に審査が控える伊方原発3号機など、他の原発の評価に波及するのは必至だ。事故の詳細な原因が未解明なままの拙速な判断であり、国民の理解は到底得られまい。
現在、国内の原発54基のうち稼働しているのは5基。4月末までには全基が停止する見込みだ。事故を受けた必然の結果であり脱原発、電源多様化に向けて取り組む環境が整いつつあるといえよう。
それだけに、規制側である保安院が、再稼働を急ぎたい電力会社の意向を受けたかのような判断を下すことには、強い違和感がある。「再稼働ありき」の批判も当然だ。
そもそも、当事者である電力会社が、自らの事業を「評価」するシステム自体、お手盛りの感がぬぐえない。
ストレステストは地震や津波、全電源喪失、放熱機能停止―の際、事故の拡大までどれほど余裕があるのかをコンピューターで解析する。これまで7社から14基分の1次評価が国に提出されている。
今回の審査書案は「福島第1原発を襲ったような地震・津波でも、そのような状況に至らせない対策が講じられている」としている。しかし、どの程度の余裕があれば「安全」なのかという肝心な基準を、国は示していない。
また、審査書案提出を受けて開催された専門家会議は傍聴者を閉め出した。これに抗議した委員2人が欠席し「総合的な評価になっていない」「自然災害の多重発生や航空機墜落など偶然の要素を含めず議論している」と評価のあり方や信頼性を批判した。
国には、あらためて民主、自主、公開という原子力平和利用の3原則を順守し、多くの専門家の指摘に耳を傾けるよう促したい。
今後は、審査書を国際原子力機関(IAEA)が監査した上で、原子力委員会がチェック。地元の了解を得て、政府が稼働再開を政治判断するという手続きだ。
しかし、福井県知事はストレステストだけでは不十分との認識だ。ほかの立地自治体の多くも再稼働に慎重な姿勢をみせている。再稼働へのいくつもの扉は、机上の空論で開くほど軽くはないのだ。
国は未曽有の事故からいかなる教訓を学んだのか。今後の評価次第では、保安院の存在意義が問われかねない。
崩れ去った原発の安全神話は二度と復活しない。国はそれを肝に銘じ、「負の歴史」を断ち切らねばならない。
Posted by 大沼安史 at 04:43 午後 | Permalink

















