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2012-01-30

〔東京新聞〕 浪江の絆で「がんばっぺ」 東京でこんなに町民…初の交流会

 → http://www.tokyo-np.co.jp/s/article/2012013090135446.html

 福島第一原発事故で、福島県浪江町から首都圏に散り散りに避難した住民に、故郷のつながりを取り戻してもらおうと、同町が避難先で町民交流会を開く動きが本格化している。帰還や生活再建が見通せない中、故郷の情報を交換し、悩みを打ち明け合う場のニーズは高く、第一弾の東京会場は町の予想を超える人数が参集。年度内に首都圏三都市でも開催を予定している。

 「東京にこんなに町民がいるとは。久しぶりに友人と会い、『がんばっぺ』と励まし合った」

 二十九日午後、東京国際フォーラム(東京都千代田区)の一室で開かれた浪江町主催の交流会。原発から五キロの自宅を津波で失い、長女が住む東京都江戸川区に身を寄せる町民の畑中武さん(81)は、震災後、途絶えていた旧友との触れ合いをかみしめた。

 交流会のネーミングは「なみえの“しゃべり場”」。県外に分散する避難者の交流会を避難元の町村が主催するのは珍しく、初回のこの日は主に都内で避難生活を送る町民約百人が集まった。

 「ここまで避難が長引くなんて」「補償はどうなるのだろう」。テーブルごとに初めて顔を合わせる人同士でも、会話は途切れない。避難生活の苦労や帰郷の見通しなど、口々に思いを吐き出した。

 全域が警戒区域と計画的避難区域に指定され、全住民が避難する同町。町民約二万一千人のうち三分の二は福島県内に、残りは県外へ逃れた。首都圏には約四千四百人、うち都内に約千人が散らばって暮らす。コミュニティーの維持は町の懸案事項。孤立している人もいて、町は「人と人との絆づくり」に力点を置く。

 県内に比べ、県外避難者に必要な情報が行き渡らないリスクを不安視する参加者も。目黒区で避難生活を送る藤野フミ子さん(71)は「交流も大事だが、知りたいのは浪江のこれからのこと」。東京に町役場の相談窓口を求める声も上がった。

 交流会のコーディネーターを務める高崎経済大の桜井常矢准教授は「県外避難者の生活実態を把握するためにも常時、つながりを持つことが大事」と話し、課題の解決を社会に求める力になると指摘する。

 しゃべり場は今後、さいたま市(二月十二日)、水戸市(三月十八日)、千葉市(同二十日)で開く。会場で交わされた思いや要望は、同大の学生が聞き取り、復興に役立てる。問い合わせは浪江町役場二本松事務所=電0243(62)0123=へ。

Posted by 大沼安史 at 05:33 午後 |

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