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2011-12-18

〔南相馬・HCR救援活動〕 写真&報告 これほど高線量な地で、「子どもじゃないから」避難させない、という言い訳になるのか?

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 ちょうど9ヶ月目のあの日、
 静岡から訪ねてきてくれたボランティアの滝さんを伴い、我々は2件、個人宅の線量測定に出た。

 片方は街中のこじんまりした家。
 もう片方は、郊外の広大な敷地にそびえる城のような家。
 前者の家に暮らす人は、除染を視野に入れての測定だったが、後者の家に暮らす人は…何を想っていただろう。

 結論を言えば、
 前者の家は、除染できる、しかし、
 後者の家は、もう、我々の力では、到底、どうにもできない状態だった。

 地上1mで1.5~2μSv、
 地上1cmでは、広大な敷地一面、
 どこを測っても3~10μSv、
 最高地点で30μSvをこえた。

 だけど、特定避難勧奨地点には選ばれなかった。
 小さな子どもがいない、ということが、考えられる唯一の理由というところだろうか。

 たしかに子どもは、どんな微小な線量でも、
 浴びさせたり体内に入れたりするようなことがあってはならないと思う。

 それは大前提。

 だが、これほど高線量な地で、「子どもじゃないから」避難させない、という言い訳になるのか?
 年寄りだって子どもだって、同じ、命、だ。
 ましてや、あんな高線量地に…。

 わたしたちは、核を前に、あまりにも、無力だ。
 除染することもできず、そこに住み続けるしかない、という人たちを前に、「いつか必ず除染するから」と心に誓い、ただその場を引き上げることしかできなかった日がどれだけあっただろう。
  毎日が、あまりにも無力だ。
 それでも、目の前に核が立ちはだかる限り、わたしたちはその力と、闘い続ける。

 それは、これほどにも恐ろしいものを、
 そうだと知りながら、受け入れ続けてきた、止めることができなかった、
 自分たちの愚かさを、
 その愚かさゆえに奪った命を、
 罪なき子どもたちの今を、未来を、
 これから奪うことになる命を、一時も、忘れることの、ないように、自戒を込め。

 そしてこれ以上、
 こんな悲劇を、核のジェノサイドを、
 次の世代に、
 決して、
 引き継がせることのないように。

 除染の現場で、一日を終え、今、改めて。
 明日も、引き続き、現場に入ります。

 森本裕子 

Posted by 大沼安史 at 09:14 午前 |

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