〔フクシマ・記録〕「雲さんのみた夢」/「今日ここに飯舘共和国の独立を宣言します!」
◇ 「雲さんのみた夢」 村雲 司さんの俳句 余想「梅が丘 通信」冬花火号 (大木晴子さんのブログより)
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「雲さんのみた夢」
俳句 余想「梅が丘 通信」冬花火号11/12/10
しんしんと耳鳴りの野や夢寒夜
発作性めまい症の続きか、こんな目くるめく夢を見た。
福島の放射能汚染による長期帰宅困難地域の代表者が、日本外国人特派員協会で記者会見を行った。外国人記者を中心に三百人余りの報道陣を前に代表者はこう静かに語り始めた。
「私たちの祖先は、天明の飢饉の折、餓死で失われた相馬藩の人手不足を補うために、加賀、越中、越後、能登などから強制移住させられた困窮農民であります。先祖代々お上の都合で振り回されて来た私たちが、二百年後の今また、塵芥のごとく扱われようとしています。もはや日本政府や東電の、お情けと恫喝によって生きる屈辱を断ち切り、死を覚悟して自分たちの力のみで生きる独立自尊の道を選ぶことにしました。今日ここに飯舘共和国の独立を宣言します」。
◇
飯舘に凍み大根あり濁酒あり
記者たちの間から驚きの喚声が上がった。それを制しながら代表は続けた。「国名は自給自足の最低限の食料と雨露をしのげる家さえあれば足りる人間の原点を掲げて『飯舘』としました。私たちは大企業の意のままに踊らされ、人間本来の欲求からは遠く離れた虚妄の欲望をそそられ続けて来ました。これから私たちは地産地消、この土地で収穫したものだけで生きて行きます。主食の飯舘米は天明の移住以来、営々とわが祖先たちが丹精して来た極上のものです。燃料は絶えることなく続けて来た炭焼きによる高品質の飯舘炭です。凍み大根、凍み豆腐、うどん、どぶろく、そして飯舘牛と産品にはこと欠きません。
私たちは、既に充分過ぎる放射能を浴びせられてしまいました。同じ死を迎えるなら、汚染されたものであろうと、私たちは最後の日まで、自らの手で産み出したもので生きる幸せを享受します。国民の条件は六十歳以上、滅び行く故郷の最後を大地と共に看取ろうと決意した者たちが結集しました」。
暦果つ心の除染ならぬまま
共和国の代表は暫し沈黙した後、会場全体を見渡した後、きっぱりとこう語った。「私たちはこの独立を保障するために核武装することも合わせて宣言します」。記者たちから今度は悲鳴が上がった。再び両手を上げて制しながら、これまで以上に決意のこもった調子で代表は続けた。「私たちの国土から、図らずも大量に産出する高レベルの放射能汚染土を、粉末状に乾燥させ花火の三尺玉に詰めたものを、わが国の花火師たちが、既に数百発余り完成させています。私たちの独立を鎮圧しようとして、機動隊や自衛隊が国境を超える時、私たちは躊躇なく三尺玉を打ち上げます。私たちは自らを安全の地に置いて、遠くからミサイルを発射するような卑怯な核攻撃はしません。私たちも共に被曝する覚悟です」。
銀杏舞い目も廻う国の傾きて
たいていの夢は目が覚めると共に忘れてしまうが、この夢はくっきりと残っていた。夢か現かの惑いの中で、恐る恐る朝刊を開いた。案の定それらしき記事はなかった。もしもあったら・・・、私は即座に飯舘共和国へ馳せ参じたいと思った。ほぼ国の全域を放射能で汚染されながらも、なお原発再稼動とその輸出までも受け入れようする呆けた日本国民に、共和国の核花火で、華々しく引導を渡したかったからだ。
煤払いできぬ山野へ詫びと愚痴
来年は震後元年、大切な一歩の年。原因と責任追及抜きの、戦後六十六年のようにしてはならない。
◎ 「雲さん」、郡山出身の私の父親そっくり!
Posted by 大沼安史 at 11:07 午前 | Permalink


















